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1198 試作品をどうするか

 不思議なものだ。

 何故か厚紙サンプルを見せた途端に──


「あっ、大きさはこれが手頃かな」


 とか言い出すカーターさん。


『さっきまで大体のサイズさえ決められなかったのに』


 何なんだと言いたくなったさ。

 が、これで終わりではない。


「形は、この横長の長方形で正面が斜めに切り落とされた感じのがいいね」


『もしもしぃ』


 大きさを決めた直後に形まで即決してくるとは。

 先程までの優柔不断さは何処に行ったのか。


「こんな感じ?」


 別の厚紙を用意して大きさを合わせた要望通りの形のものをサクッと作り直す。


 スピードは控えめだ。

 でないと、数秒とかからず終わってしまうからね。

 それでも爺さん公爵なんかはギョッとした感じで見ているけれど。


『さっきもこれくらいのスピードだったじゃないか』


 しかも複数だ。

 今の単品より複数の並行作業の方が見応えある感じになっているはずなんだがな。


 もしかすると、さっきのは仕込みだと思っている?

 事前に用意したものなら並行作業だろうと問題なく制御できるとか考えていそうだ。

 で、今のが即興でやっているように見えるから驚くと。


『いや、違うか』


 あの様子では俺が型紙を幾つも用意していると思っているかもしれない。

 その場合、サイズ変更まで対応するなら用意する厚紙の種類が多くなってしまう。

 それも無数と言えるほどに。


『だったら、驚くか』


 カーターは普通に喜んで組み上がるのを見ているんだけどな。


「いやー、何度見ても面白いねー」


 パチパチと拍手までしている。

 気分は寄席で紙切りを披露する芸人さんだ。

 ハサミひとつで1枚の紙を切り抜いて絵にする紙切り芸とは随分と違うかもだけど。


『向こうはシルエットで、こっちは立体だし着色もしてるし』


 似てるのは客の前で芸を披露するところだけか。

 まあ、気分の問題だ。


「こんな感じでどうだ?」


 形が変わると大きさに対する印象も変わってくるからな。

 やっぱり、これじゃないと言われる恐れはある。

 感覚的に合わせてみたけれど……


「うーん」


 腕組みをしてカーターが唸り出す。


『見積もりが甘かったか』


 カーターの思い描く大きさとズレが生じているようだ。

 問題は大きいか小さいか。


 どちらかハッキリしないと動けないからな。

 こればかりはカーターに聞いてみないと分からない。


「……………」


 しばし待つ。

 やがて、最新のモックアップを凝視していたカーターが顔を上げた。


「ハルト殿、無理を言うようで悪いんだが……」


「遠慮はいらんぞ。

 大きさを変えるんだろう?」


「あ、いや、大きさじゃなくて色の相談なんだ」


「なぬっ?」


 ガクッとズッコケた。

 てっきり大きさに納得がいかないのだと思っていたからな。


「色を変えるくらいは訳ないぞ。

 それでカーターは何色を御所望かな?」


「それが……」


 どうにも煮え切らない。


「言ってみなきゃ始まらんぞ。

 できるできないは、ちゃんと返事するから言ってみな」


「漆塗りなんだけどね」


「ああ、そういうこと」


 厚紙のザラついた触感から艶やかな漆の色は再現できないと思っているのだろう。


「こんな感じでどうだ?」


 魔法を使ってサクッと上から塗りつける。

 漆風の厚紙はないが、厚紙に塗ることはできる。


「おー」


 カーターは食い入るように塗り替えられたモックアップを見る。


「これはいいね。

 蒔絵も入っているし」


「そうしないと、暗闇の中だと目覚まし時計が何処にあるか分からなくなるぞ」


 正面から見れば文字盤があるから分かるがね。

 後ろからだと黒い漆だけでしか塗られていない場合は、サッパリ所在が掴めなくなる。


 夜中に目覚めた時に伏せられていたりしたら、最悪だ。

 手探りで探すか光源を用意するかになってしまうからな。


「おっと、そうだったね」


 苦笑いするカーター。


「でも、これは思った以上にいい感じだ」


「蒔絵はこういうデザインでいいんだな?」


「ああ、最高だよ」


 満面の笑みでカーターは答えた。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 夕食後に試作品のお披露目という体裁でカーターに目覚まし時計を見せてみた。


『作っておいて言うのもなんだけど、黒漆の目覚まし時計って微妙じゃないか?』


 しかも、カーターのリクエストでデジタル表示だから違和感が際立つのだ。

 そんな風に思うのは俺だけかもしれないけれど。


「うーん……」


 先程から目覚まし時計を手に取ったカーターが矯めつ眇めつしている。

 その表情は真剣でありながら、何処か緩んだ空気を纏っていた。


「ふーむ……」


 徐々にニヤけそうになっていくのだが……


『おおっと!』


 ギリギリのところでピシッと引き締まる。

 一応は周囲への意識を残しているようだ。

 同席している者たちにはバレバレだけど。


 壁際で控えているメイドたちなんて苦笑を堪えている始末である。

 こういう時に苦言を呈しそうな爺さん公爵が静かなのが気になるところだけど……


『あー、ダメだ』


 カーターの様子より目覚まし時計に目を奪われている。

 自分も注文すれば良かったとか思っていそうな雰囲気だ。


 かろうじて表情には出さずにいるが、目で「欲しい」と語っていては台無しだ。

 思うに爺さん公爵は内心で「勿体ない」を連呼して我慢したんじゃないだろうか。


『しょうがないなぁ』


「カーター、ここはと思う所があったら言ってくれ。

 注文通りになるよう作り直してオーダー品を仕上げる」


「えっ!?」


 ギョッとした目で見られてしまいましたよ。


「これに手を加えるんじゃなくて?」


「それは試作品とはいえ、完成品だぞ」


「そうだったね……

 いや、でも勿体ないなぁ。

 私はこれでも良いくらいだよ」


 そういう言い方をするということは、デザイン面などで満点ではないということだ。


「別に捨てる訳じゃないから勿体ないというのは当てはまらないと思うが」


「とはいえ、ひとつ確実に持て余すだろう?」


「下賜すればいい」


 俺がそういった瞬間はキョトンとしていたよ。

 あまりにも意外な提案だったのだろう。

 すぐに破顔したけどね。


「おおっ、その発想はなかったよ」


 ナイスアイデアとばかりにカーターが生き生きした表情で頷いている。


『俺にできるのはここまでだ』


 ここから爺さん公爵に誘導すれば、あからさますぎるからな。

 場合によってはイケメン騎士ヴァンに下賜される可能性もある。


『物欲しそうにしていると下賜されなかった時がツラいぞ』


 そこまで責任は持てない。

 当局は一切関知しないからそのつもりでってことだ。


 別にスパイになったりする訳じゃないがね。

 危険な任務を遂行したりすることもないし。

 あとは運を天に任せるのみ。


「では、これはカッツェに下賜するとしよう」


 カッツェって誰だっけ?

 一瞬、そう思いかけたさ。

 カッツェ・ヒューゲル、爺さん公爵の本名だ。


 俺の中では爺さん公爵で定着してしまっているせいで忘れていた。

 失礼な話である。


『というか、俺が勝手にあだ名をつけてしまってるだけなんだよな』


 爺さん公爵はもちろん知らない。


「よろしいのですか?」


 当の本人は俺が名前を忘れていたことに気付いていない。

 【千両役者】は使っちゃいないんだが。


 それどころじゃないようだ。

 何だか歯を食いしばっている様子。

 勿体ないとか無駄遣いだとか言い出すのだろうか。


「いいよ、いつも頑張ってくれている褒美にしては安すぎるとは思うけど」


「なんとっ勿体なっ!」


 そこまで返事しかけて爺さん公爵は上を向いた。

 ブルブルと震え、顔は歯を食いしばっただけでは足りないようで真っ赤になっている。

 爆発寸前といったところだ。


 そんな風に思っていたのだが……


『何ですと!?』


 急に爺さん公爵がむせび泣き始めた。


「泣かなくてもいいじゃないか」


 苦笑するカーター。

 その様子から察するに泣いても不思議ではないと思っているようだ。


 訳が分からなくなった俺は映像ログを脳内で高速再生しつつ確認する。

 2回ほど再生したところで、俺の勘違いであることに気付いた。


 勝手に苦言を呈して怒ると思い込んでいたのが、そもそもの間違いだったのだ。

 爺さん公爵も目覚まし時計は欲しがっていた。

 そして、それを下賜されると聞かされて感動しただけの話。


 分かってしまえば、どうということもない。

 爺さん公爵に対する認識を少し改める必要がある。


『すまない』


 直に謝ると話がややこしくなるので、内心でだけ謝罪しておいた。


「ハルト殿」


 困った様子で助けを求めるような視線を向けてきたカーター。


「しばらく、そのままにしておいてやればいいさ」


「いいのかな?」


「嬉しくて泣いてるんだ。

 浸りたいだけ浸らせてやればいいさ」


「おー」


 感心するカーターがフンフンと頷いていた。


「だけど、その間の我々が手持ち無沙汰になるね」


「微調整の注文は、まだ聞いてないが?」


「おっと、そうだった」


 自身のウッカリに照れ隠しで苦笑するカーター。

 そこから注文を聞いていった。

 大きさや形はそのままだが、蒔絵のデザインを変えるようだ。


「毎日、使うものだからね。

 だからこそ、納得いくよう仕上げないと」


 そんな風に力説するカーターだが、最初は値段にビビっていたことを忘れていそうだ。


読んでくれてありがとう。

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