1197 優柔不断だったとは……
オーダー品の値段を客であるカーターが決めてみるかと提案してみたのだが。
「そうだね」
カーターがあっさりと頷き、そして苦笑した。
「その方が心臓には良さそうだ」
爺さん公爵も賛同するようで、しきりに頷いている。
『大袈裟だなぁ』
そうは思うが、カーターは本気なんだと思う。
故に本人の意思を尊重することにした。
「先にぶっちゃけとくと、魔道具だから大きさは関係ないぞ」
自由に決めてほしいから先に聞いたのだ。
カーターの方から制限をかけられては元も子もない。
「いくらなんでも、それは……」
なのに戸惑いの表情を見せるカーター。
「心臓部分は術式の記述だからな。
ほとんどカラクリを使わんし。
柱時計みたいにデカい方が魔力消費が多いくらいだ」
「そうなのかい?」
「物理的に針を動かす必要があるだろ」
アナログの場合はね。
「あ……」
俺の指摘を受けてカーターも気付いたようだ。
「大きい方が針も大型化するから、魔力を余分に消費する」
針という荷物が重くなるのだからしょうがない。
まあ、デジタルでも結果は似たようなものだけど。
表示面積が増える分だけ消費量が増える訳だし。
故に魔力の供給面では省エネになる小型の方が有利ではある。
「そういうことだ」
「悩みどころだねえ」
とはいえ、時計の大きさによる魔力消費の差は微々たるものだったりする。
実は大した差にならないのは、カーターには内緒だ。
「それならどういう使い方をするかで考えるといい」
「というと?」
「四六時中、時間を確認したいなら腕時計か懐中時計だ」
幻影魔法で大きさを見せながら説明していく。
「おおっ、こういうのがあるんだね」
「寝室から持ち出さずに常に同じ位置に置いておきたいなら、壁掛けか柱時計だ」
「色々あるんだねえ」
「枕元に置いておきたいなら、こういうのもある」
一般的なサイズの目覚まし時計を幻影魔法で見せてみた。
「なるほど、これはサイドテーブルにおいて使うんだね」
カーターはなかなか楽しそうだ。
『決まるのか、これ?』
俺は不安になってきた。
目覚まし時計の大きさを決める段階で、カーターが迷いを見せているからだ。
『買い物で優柔不断になるタイプだな』
俺もそうだけど。
箱の説明を読み込んだり、商品を見比べたり。
どうでもいいものや定番のものはササッと買ってしまうというのに。
新しいものを買う時はじっくり見てしまうのだ。
お陰で日本にいた頃は店員が見に来る始末であった。
確実に挙動不審者として見られていたことだろう。
『まあ、選択ぼっちだったしなぁ』
動作のひとつひとつが怪しく見えた恐れもある。
これで店員に「フヒヒ、サーセン」とか言ったなら余計に怪しまれたことだろう。
やらなかったけどね。
何にせよ優柔不断だと犯罪者として疑われる羽目になる訳だ。
カーターも日本では店側からマークされるタイプじゃなかろうか。
『王族でイケメンなのに……』
だけど、親近感を感じてしまった。
「大きさは少し保留しようかな」
カーターがそう言って苦笑しながら嘆息した。
「それなら文字盤のデザインを決めようか」
「色とかは選べないのかい?」
「目覚まし時計なら視認性の良さを優先した方が無難だぞ」
「そうなんだ」
「どうしてもというなら希望のものにするがね」
「そこまでは、こだわらないかな」
聞いてみただけといった感じのようだ。
「そういえば忘れていた」
「何をだい?」
「文字盤なんだが、こういうこともできるぞ」
俺は幻影魔法を使って色々と見せていく。
スケルトンは見やすさを損ないかねないので参考程度にチラ見させただけで終わった。
今の説明とも矛盾するしな。
それよりも日付や曜日の表示にカーターは興味を示していた。
「日付まで分かるなんて素晴らしい。
曜日も分かるのは、とてもありがたいよ」
「なんと……」
爺さん公爵は素で驚いていたけど。
「魔道具だから、これくらいはできて当たり前だぞ」
「「あ」」
2人とも魔道具を注文しているという感覚を何処かに置き忘れていたようだ。
「ものによっては寒暖の状況を数値化したものを表示させたりとかな」
「それはもう別の何かじゃないかな?」
呆れたような感じで疑問を口にするカーター。
爺さん公爵も似たような表情で頷く。
「そうは言うが、あると便利だぞ」
「それはそうかもしれないけど」
「魔道具として処理するなら大した手間じゃないしな」
「そうなんだ……」
「無理に機能を増やせとは言わないさ」
デザイン面で問題のある場合も無いとは言えないしな。
「あくまで、こういうのがあるってだけだから」
「分かった」
「そういう意味では、こういう表示のさせ方もある」
再び幻影魔法を使ってデモを見せてみた。
「「─────っ!」」
両目を見開いただけでなく、仰け反って驚く両名。
「いやはや、ハルト殿の発想には驚かされるばかりだよ」
ゆっくりと小さく頭を振るカーター。
どこか夢見心地のような表情になってしまっている。
「まったくですな……」
同意する爺さん公爵も似たようなものだ。
何処か諦観を感じさせるような嘆息のオマケ付きである。
「大袈裟だな」
苦笑を禁じ得ない。
デジタル表示させただけなんだが。
ただし、液晶ではなく魔法による表示を想定しているので背景は白だ。
見やすさは断然こちらの方が上だろう。
「そんなことはないよ」
真面目な顔でカーターが言ってくる。
「左様ですな。
明快で分かりやすいですぞ」
「うんうん」
真面目な表情のまま頷いているカーター。
「これは画期的と言えるでしょう」
「間違いないね」
カーターは爺さん公爵の言葉に太鼓判を押した。
『やっぱり大袈裟だ』
そうは思ったが黙ってスルーしておいた。
本人たちがそう思うなら、それで良し。
これはオーダーメイドのための聞き取りなんだからな。
俺は希望に添うものを作るのみ。
「じゃあ、表示はこっちにするか?」
「あ、待ってもらえるかな」
ガクッときた。
爺さん公爵もだ。
「あの矢印が指し示す表示方法もデザイン的に捨てがたいんだよね」
『そういうことか』
「寝室に置くことを考えると……」
カーターが唸り始めた。
「寝ぼけてる時なんかは見間違えたりするぞ」
「そうなんだー。
それは困るけど……」
「あ、ちなみに矢印の部分は針と言うから。
長い方が長針、短い方は短針と呼称する」
「針……針ね」
うんうんと頷きながら、カーターが繰り返し呟く。
「針はデザイン的に捨てがたいんだよねえ……」
そう言って嘆息するカーターは実に悩ましげに見える。
「じゃあ、表示方法も保留だな」
「悩ましくて決められないよ」
苦笑するカーター。
俺も釣られて苦笑してしまう。
カーターがここまで優柔不断になるとは思わなかったからだ。
選択肢の幅が広いと目移りしてしまうのだろう。
これで執務に影響しないのかと思ってしまうのだが、そういうのは大丈夫なようだ。
仕事とそれ以外で別人になるタイプなんだろう。
『そういうのは親近感が湧いてしまうな』
「外枠の色くらいは決められるだろう」
「うーん……」
腕を組んで悩み始めるカーター。
「おいおい」
「好みで決めたいところなんだけどね」
悩ましげな表情のままでカーターが言った。
「それで決めればいいじゃないか」
「そうした時に寝室にそぐわないんじゃないかと考えてしまったんだよ」
『あー、こりゃ半永久的に決まらんぞ』
既製品でも何種類か選べる状態で売られていれば簡単には決められないタイプである。
多少、強引でも誘導していくしかあるまい。
「要するに柱時計や壁掛け時計はなしってことだ」
「ええっ!? どうしてそうなるのさ?」
選択肢を狭められたカーターが驚いた直後に聞いてくる。
本人は無意識だろうが、これには抗議の意味合いが込められているだろう。
ここで負けてはいられない。
元の木阿弥では八方ふさがりになりかねないからな。
「大きいと目立つからだよ。
違和感があるなら、それだけ際立つぞ」
「うっ、それもそうか……」
素直に引き下がってくれるようだ。
内心でだが、安堵の吐息をつく。
一度でも退かせてしまえば、これより状態が悪化することはないからな。
ただし、注意点がひとつだけある。
あまり強引すぎると不満を抱かれてしまう恐れがあるのだ。
受け渡しが終わってから「自分で決めたかったのに」とか言われるのだけは避けたい。
ここから先は、強引すぎるのも良くない訳だ。
誘導の仕方も色々ある。
「これくらいのサイズなんてどうだ」
そうは言ったが幻影魔法は使わない。
召喚魔法風に数種類の色で塗り分けられた厚紙を倉から引っ張り出す。
理力魔法で切り抜きつつ折ったり填め込んだりすれば……
「おーっ、面白いねー」
興味を持ったカーターが厚紙で作ったモックアップの完成を喜んでいる。
色はもちろん、形と大きさをそれぞれ変えている。
文字盤の表示方法も違うから、ここからある程度の方向性は決められるはずだ。
形はこれに近いものとか。
大きさはこれがいいとか。
実際に手に取って色々な角度から確認できるから不満も少ないと思うのだが。
重さは推して知るべしなんだけど。
読んでくれてありがとう。




