1196 爺さん公爵の懸念とオーダーしたいカーター
カーターから腕時計が返された。
「ハルト殿、どうだろうか?
難しい注文だと思うのだが……」
「目覚まし時計だろ。
難しくはないけどな」
時間が来たらベルを叩くだけの簡単なものならな。
それこそゼンマイ式でも、軽く手を入れるだけで可能だ。
時を刻むのが正確であるなら精度もそこまでは求められるものではない。
しばらくベルを叩いて鳴らせばいいだけだ。
「目覚まし……
なるほど、その呼び方はスマートだね」
カーターが妙なところで感心している。
爺さん公爵も「ふむ」とか言って小さく頷いているし。
ひとしきり感心してから、カーターがふと気付いたように表情を変えた。
「名前があるということは現物があるということだね」
「魔道具ではない単純な仕組みのものならな」
「「………………………………………」」
驚きと呆れと諦めが交互に2人の表情を塗り替えていく。
「そんな大層に考えるほどのことじゃないさ。
時計としての精度に多少目を瞑るなら熟練工にも真似のできる代物だぞ」
「多少ってどのくらいだい?」
カーターが食いついてきた。
解析すれば自国での生産も考えられる情報だから無理もない。
「さあ、それは職人の腕次第で変わってくるから何とも言えないけど」
誤魔化すつもりはないが、答えようがない。
うちの職人たちは3桁レベルだから基本ステータスが高いからだ。
西方の職人たちとは如実に差が出てしまうのは言うまでもない訳で……
故にカーターの参考となる情報は提供できないだろう。
「目安でいいんだけどね」
「そう言われてもなぁ……
うちはドワーフの職人も普通に魔法を使うから」
魔法を使わない場合の精度のバラツキが読めないというのもある。
「恐ろしい話ですな」
爺さん公爵が信じられないとばかりに頭を振った。
西方の常識ではドワーフが魔法を使うことはまず考えられないから無理もないけど。
だからか、爺さん公爵が憮然とした顔をしている。
ミズホ国の総合力が想像以上だったからだろう。
色々と見せているはずなんだが。
『それでも俺頼みなところがあると思っていたんだな』
否定はできない。
けれど、決してワンマンにならないようにしているつもりだ。
最近は農業や漁業関連はノータッチだし。
まあ、倉庫内に俺個人で確保した食材が有り余ってるせいなんだが。
学校で指導する時に何度も実演していたら、こうなってしまったのだ。
「何を懸念してるか想像はつくが、自重はしてるつもりだぞ」
自重という言葉に疑わしげな目を向けてくる爺さん公爵。
「ファックスは一般には流してないし、流通させるつもりもない」
「むぅ」
「算盤は模倣するのも難しくないしな」
粗悪品でいいなら見習い職人でも作れるだろう。
「うっ」
「鉛筆や消しゴムだって消耗品だ。
それに魔道具なんかじゃないしな」
「ぐっ」
「そもそも、うちは自国以外へ本格的に進出するつもりがない」
「なっ」
そこが爺さん公爵がもっとも懸念するところだろう。
経済力で周囲に影響を及ぼして支配力を強めるのではと。
武力制圧なら反発心を生みやすいからな。
そのため、いつかバランスが崩れてしまう恐れがある。
得てして武力で拡大路線を進めた国家は滅んだり見る影もなく縮小したりするものだ。
そうならないよう経済面だけの進出をするのは間違った選択ではない。
経済進出される側も、国という形態が残っていると意外に反発されないからな。
たとえ国の経済が侵食されていたとしても、そういうのは分かりづらいものだ。
爺さん公爵には、そこを疑われている模様。
それだけミズホ国の発展の度合いが普通じゃないと思われているのだろう。
「領土は充分に広いし、資源も確保できる」
国民になりたいと言ってきても、受け入れ基準はどの国よりも厳しいしな。
「……………」
爺さん公爵、あえなく撃沈。
復活してくる様子がないので話を戻すことにする。
「まあ、目覚まし時計で商売するのはやめた方がいいぞ。
カーターの許容できる精度の品になったとしても商売にはならんはずだ」
「そうだろうか?」
「こっちの職人に作らせた場合、値段はどうなる?」
「あ」
一部の貴族や大商人が買えるかどうかということにカーターも気付いたようだ。
それはつまり売り切ってしまえば買い手がいなくなるということである。
「下手に作らせぬ方が良いでしょうな。
どのような混乱が起きるか想像もつきませんぞ」
復活してきた爺さん公爵がカーターより先に結論を言った。
「そっかー……」
カーターが残念そうに嘆息した。
それでいて、どうしても諦められないというような雰囲気は感じない。
「欲はかかない方がいいよねー」
むしろ、サバサバしているように見えるくらいだ。
『決断が早いな』
本人にしてみれば軽い思いつき程度の産業振興策がボツになったくらいの感覚か。
国内産業が荒れそうなら、悩むまでもなく取り下げると。
『未練もないか』
こういう部分は見習わないといけないね。
「それで、どうする?」
カーターに問う。
「ゼンマイ式だっけ?
それでも目覚まし時計は可能なのかな?」
コスト面を心配しているようだ。
「精度は落ちるが可能だな」
「それならすぐに買えるんだよね」
「ああ、千ゲートだ」
大銀貨1枚、日本円で約1万円相当だ。
安くはないだろう。
そう思ったのだが……
「「安っ!」」
カーターと爺さん公爵からツッコミをいただきました。
『無理もないか』
西方の職人に模倣して作らせたら高くなると言ったからな。
これでも高くしてるんだけど。
材料費だけなら、もっと安いし。
けれども工賃を入れている訳じゃない。
最低でもこれくらいにしておかないとドン引きされそうだなと思ったからこその値段だ。
かろうじてドン引きは免れたようではあるが、一歩手前くらいだったかもしれない。
「ちなみに、こういうのだ」
召喚魔法風にドンと引っ張り出す。
「「……………」」
2人は呆気にとられていた。
そうでないと困る。
誤魔化すために引っ張り出したやつだからな。
「「大きい……」」
カーターも爺さん公爵もそう言うのが精一杯といった感じである。
俺が引っ張り出したのは、いわゆる柱時計と言われるものだ。
壁掛けではなく自立式なので人の背丈ほどもある。
確かに大きいことは大きいが。
「まさか、これほどのものが出てくるとは……」
とまで爺さん公爵が言うのは些か大袈裟な気がする。
時計塔を知っている身としてはね。
札幌のは旅行に行って直に見たことがあるし。
だからこそ、言っておきたい。
塔をイメージして見に行くのはお薦めしないと。
写真とはスケール感が違って残念な気持ちになってしまうかもしれないからだ。
「さっきのとは比べるべくもないね」
『あー……』
腕時計を見た後なら、しょうがない。
文字盤の部分を見ただけでも大きく違う。
「これなら腕時計ほど部品は細かくないしな」
取って付けたように言い訳しておく。
「それにしたって安すぎるんじゃないかい?」
カーターでさえ呆れている。
「原材料費に釣り銭が出ないようプラスアルファしたくらいなんだが」
「加工代金がないとそんな値段でできてしまうのかい!?」
驚きに目を見張るカーター。
「木製の部分はかなり安いからな。
金属部品だって特別なものを使っている訳じゃないし」
「いや、それにしたって……」
なかなか信じようとしないカーター。
つまり、それだけ衝撃プライスだった訳だ。
「材料の調達も自分で魔法を使うからこその値段だ」
「それを言われると納得するしかないよね」
苦笑しながらも信じてもらえたようだ。
爺さん公爵も呆れてはいるが黙っている。
無茶苦茶だとか思っているんだろうがな。
「魔法はかかっていないんだよね」
「そうだな」
「それだと買いづらいかな」
「そりゃまた何故だい?」
「どのくらいの頻度で故障するかにもよるけど」
「ああ、そういうこと」
「万が一、壊れたら修理できる者がいない」
「そこは考えていなかった、スマン」
という訳で、オーダーメイドで魔道具の目覚まし時計を作ることになった。
『ゼンマイ式は扱いが悪いと、すぐに壊れるからなぁ』
逆巻きとか巻きすぎとか。
ゼンマイ式のバネって繊細なんだよな。
だから毎日何回と決めて巻くのを習慣化するのが長持ちさせるコツである。
習慣化すれば、巻く方向を間違えないし。
巻き忘れの防止にもつながるから一石二鳥だ。
まあ、カーターは魔道具を選択したからその心配は無用になるけれど。
「まずは大きさを決めようか」
「そんなに色々あるのかい?」
「もちろん、さっきの腕時計にだって目覚ましの機能を組み込むことは可能だ」
「予算が限られているんだが」
「友達から工賃は取らないぞ」
「材料費だけってことかい?」
「俺としてはそのつもりだったんだけど。
なんだったらカーターが値段をつけるか?」
意外な提案だったらしくカーターが目を丸くした。
爺さん公爵も黙って聞いてはいたが、ギョッとした顔になっている。
前代未聞と顔で語っている。
『客に値段を決めさせる訳だから無理ないか』
この発想自体は俺のオリジナルって訳じゃない。
日本人だった頃、それも中学生か高校生くらいの古い話だ。
ニュースで見たことだけは覚えている。
旅館だから物ではなくサービスの値段なんだけど。
その後、その旅館がどうなったかは知らない。
旅館の名前まで覚えていた訳じゃないしな。
とにかく、当時は宿泊料金とか大胆なことするなと子供ながらに思ったものさ。
相手のことを信用していないとできないからね。
そういう意味では、カーターたちも似たような思いをしているのかもしれない。
読んでくれてありがとう。




