1195 カーターに頼まれた訳だけど
カーターが目を白黒させている。
腕時計が魔道具でないと知って慌てているようだ。
小さくて精密なものというのは直感的に分かったらしい。
それだけに、超のつく高級品だと思ったのだろう。
機械ものは魔道具のような誤魔化しはきかないからな。
俺の否定の言葉も効果が薄いようだ。
「大丈夫だって」
苦笑しつつも保証したのだが。
「そうは言われてもね……」
値段を聞く前からカーターがビビっている。
このあたりの金銭感覚が庶民的で微笑ましく感じるんだけど。
当人としては、それどころではないようだ。
『無理に買わせたりするつもりはないんだがなぁ』
向こうからの注文のはずなのに押し売りしているような気分に陥ってしまう。
ちょっと罪悪感を感じてしまうんですが?
とりあえず、誤解は解かねばなるまい。
「それは手巻きするタイプだから自動巻きより構造が単純だし」
ちょっとアプローチを変えてみる。
値段を言っても変に勘繰られてしまう恐れがあるしな。
そりゃあ、お友達価格で提供するつもりだけどさ。
大幅な赤字にしたりはしないよ?
原価にしようと思うけど、信じてもらえそうにないのがね……
「手巻き? 自動巻き?」
カーターが不思議そうに聞いてくる。
「横に出っ張りがあるだろう」
指差しながら言うと、カーターは軽く覗き込むような仕草を見せた。
掌の上に乗っているのだから持ち上げればと思ったが、気軽には扱えないようだ。
やはり、頭の中には高額商品という意識があるのだろう。
「……あるね」
「それを竜頭と言うんだが、それを使ってゼンマイを巻くのが手巻きだ」
「へえー」
カーターが興味深げな視線を腕時計に向けた。
まあ、手にしてはいるが見るだけだ。
下手に弄って壊してしまうのを恐れているのだろう。
まだまだビビっているらしい。
『触れたくらいで壊れるなら手渡したりしないよ』
そうは思うが、慎重になるのは分からないではない。
自分が直せなかったり弁償がかなりの痛手になると思っているものだろうし。
だから、ツッコミは入れなかった。
「自動巻きは装着した腕の動きを受けてカラクリがゼンマイを巻いてくれる」
代わりという訳ではないが、説明を続ける。
「それは凄いね……」
目を丸くして感心するカーター。
「だから、自動巻きかー」
「そゆこと」
「魔道具じゃないのに、そんなことができるとは……」
「にわかには信じられませんな」
呆気にとられた表情で頭を振る爺さん公爵。
「手巻きなら余所のドワーフに真似して作らせることもできるんじゃないかな」
「本当かい!?」
目を丸くさせながらカーターが聞いてきた。
「たぶん、その時は高くつくことになると思う」
「「え?」」
カーターだけでなく爺さん公爵まで驚いている。
「2人とも、そのサイズだってことを忘れてるだろ」
カーターが手にした腕時計に2人の視線が注がれる。
「「……………」」
俺の言いたいことは、すぐに伝わったようだ。
元々、そうじゃないかと思っていたはずだからな。
会話の中で失念したにすぎない。
だからこそ、思い出した2人の表情は硬かった。
「そう言えば、魔道具じゃなかったんだよね?」
カーターが諦観を感じさせるような顔になって聞いてきた。
「ああ、カラクリ仕掛けだ。
中には細かくて精度の高い部品が一杯詰まってるぞ」
2人の喉がゴクリと鳴った。
「一杯なのかい?」
恐る恐る聞いてくるカーターというのも珍しい気がする。
「ああ、その腕時計の中にはこういう感じで部品が入ってるぞ」
俺はそう言いながら幻影魔法で腕時計を映し出した。
そこから部品をひとつずつ浮かせていく。
風防・針・文字盤と。
『ちょっとCM風だな』
こういう部品の展開の仕方は映像ならではだ。
「「おおっ」」
カーターも爺さん公爵も首を突き出さんばかりにしてCM風動画に見入っていた。
『まだまだ、ここからなんだがな』
更に内部の部品を浮かせていく。
「「……………」」
2人とも完全に言葉を失っていた。
「まあ、こんな具合だ」
幻影魔法を消して言うと、ようやく両名とも我に返った。
「あんなに細かい細工で魔道具よりもずっと安いのかい?」
なかば呆れたような表情でカーターが聞いてきた。
「矛盾しておりますな」
爺さん公爵が追撃してくる。
「俺は魔法で作ってるから安いんだ。
ドワーフは手作業で作るから高くつく」
俺の言葉を聞いても2人は冴えない表情である。
感覚的になんとなく分かったような気がするだけといったところだろうか。
魔法を使うのと手作業での差が分からないからだろう。
少なくとも納得はしていまい。
「魔法で作る利点はな、微細な部品でも精度を高くするのは難しくないんだ」
そう言うと、カーターがハッと何かに気付いた表情になった。
「そうか、なるほど!
ハルト殿の魔法なら凄いものも普通にできそうだ」
カーターの言葉に爺さん公爵も気付いたようだ。
頬を引きつらせている。
『そんなにビビらなくても……』
破壊力のある魔法をバンバン使う訳ではないのだが。
繊細な物作りを何だと思っているのだろう。
それと2人は勘違いしている。
訂正しなければなるまい。
「これぐらいなら、うちの面子でも可能だぞ」
そこまで難しいものではないのだ。
「「────────っ!?」」
目が飛び出さんばかりの驚き様を見せる2人。
『そんなにか?』
何か色々と誤解されている気がするのだが。
無理からぬところはあるかもしれない。
中身を見せたからといってゼンマイ式の時計の製作難易度が分からないだろうし。
「言っただろ、難しくないって」
2人とも納得がいかないようだ。
「高度な魔力制御を要求されるから誰にでもできるって訳じゃないがな」
こう言うことで「ほら、やっぱり」という顔をされた。
「今回、連れて来た面子にも可能なのは何人かいるぞ」
ベルやナタリーは、もちろん何人かに含まれる。
2人は時計を作ったことはないはずだから先に教える必要はあるけど。
シャーリーや神官ちゃんだと、不可能ではないという程度になりそうだ。
合格基準を満たせるものは数回に1回の割合で作れるくらいかな。
ただし、その合格品も一定の品質とは言い難くなると思う。
ベルたちでも気が緩むと品質を統一させられないだろうし。
「言い直そう。
うちでは、そこそこの難易度になるぐらいだ」
「「っ!?」」
それでもギョッとした表情を向けられてしまった。
「「……………」」
呆れたような諦めたような視線を向けられてしまった。
「とにかく、だ」
誤魔化すように話を強引に切り替えにかかった。
「魔法で作ると品質を統一できる」
うちの学校を卒業しているなら、レベルも技術も充分に条件を満たしているはず。
例えば、カーターも面識のあるブルースなら間違いない。
え? 子供組?
もちろん、余裕で作ってくれますよ。
「逆に手作業だと至難の業だ。
精度にどうしてもバラツキができるからな」
ドワーフの熟練工でも難しいだろう。
求められる精度の桁が違うのだ。
「つまり、ミズホ国製だから安くなっていると」
「そうなるな」
遠い目をしてカーターが爺さん公爵の方を見た。
爺さんの方は諦めた感じで肩をすくめるだけ。
「その様子じゃ、この腕時計では満足できなさそうだな」
カーターが困ったような感じで言いづらそうにしている。
が、求めているのとは何かが違うのだろうというのは逆にそれで分かった。
「あるいは何か特別な機能を求めているとか?」
カーターが頷いた。
「分かるかい?
特定の時刻に起床を促してくれるような特別なものが欲しいんだ」
目覚まし時計が欲しいのか。
シンプルな腕時計では満足できない訳である。
「それで魔道具の時計が欲しいと言ったのか」
「そうなんだよ。
無茶な注文をつけている自覚はあるんだがね」
カーターは照れ隠しするように苦笑する。
注文が通ったとしても高くつくだろうという諦観のこもった予測でもあるようだ。
『まだまだ認識が甘いよ、カーター』
内心では俺の方が苦笑せざるを得ない。
「別に無茶ではないな」
「本当かいっ!?」
目を白黒させて前のめりで聞いてくるカーター。
『どんだけ欲しがってるんだよ』
実はかなり困っているのではないだろうか。
「おいおい、あまり根を詰めて仕事をするなよ。
体を壊したら元も子もなくなるんだからな」
「敵わないなぁ」
してやられたという顔をするカーター。
「肝に銘じるよ」
カーターがそう言うのだ。
信じるしかあるまい。
「注文通りの時計を用意するとなると、更に正確性が要求されるな」
カーターは起床時間を一定にしたいがために、そういう要望を出したのだろうし。
「そうなると音叉式がいいか」
「音叉式とは?」
さっそく興味を持ったのか聞いてくる。
爺さん公爵の耳もピクピク反応しているな。
これがギャグアニメなら手のひらサイズにまで耳が大きくなっていることだろう。
「楽器の調律なんかで使う音叉という道具を使った時計だ。
一定の振動数で音を発するから時計に応用できるんだよ」
クオーツ式の方が精度が高いけどな。
ただ、脳内シミュレートでコストを考えると音叉式の方が少しだが安くつく。
値段を抑えたいカーターにはモアベターな選択となるだろう。
読んでくれてありがとう。




