1194 作ったものを見せた結果
鉛筆と消しゴムの試作品を使ってみせた後のカーターたちの反応は顕著であった。
「おおっ、凄いね!」
カーターが喜色満面な様子で紙に文字を書き込んでいる。
試し書きなので文章になっている訳じゃないが、それっぽい。
乱雑な書き方をしていないせいだろう。
紙が貴重品であるという意識は簡単には抜けないようだ。
「コピー用紙だけじゃなくて、質の悪い紙にも滑らかに書けるじゃないか」
ウンウンと満足そうに頷いている。
「この消しゴムというのも素晴らしい」
楽しそうに鉛筆で書いた字を消していく。
「あ、この青緑のはハルト殿が言った通りちょっと癖があるね」
ひとつひとつ確かめながら。
「これは凄いね!」
先程から絶賛状態だ。
「ううむ……」
一緒にいた爺さん公爵が唸っていた。
昔のパソコンゲームに出ていたオヤジのようだと思ってしまったのは内緒だ。
クリア後の台詞の初っ端が「ううむ」なだけで、声が似てるとかじゃない。
どうして思い出したのか自分でも謎だ。
きっと、いい年したオッサンが厨二病くさすぎて記憶にこびり付いてしまったのだろう。
それはともかく、爺さん公爵が鉛筆と消しゴムを睨みっぱなしだ。
最初は無表情で書いて消してを繰り返していたんだけど。
「これを使えば、紙の無駄遣いを減らしつつ便利な使い方ができるだろ」
「間違いないね」
カーターが即答する。
「消耗品としても高いものじゃないし」
これは好感触だ。
俺は採用されるであろう手応えを感じた。
が、そう簡単には問屋が卸してくれない。
「ですが、記録に残すべき文書には使えませんぞ」
爺さん公爵が抗弁したからだ。
もっともな意見で頷かざるを得ない。
俺も日本人だった頃は役所で公文書を扱う立場だったからね。
例えば住民票を取得するための申請用紙も定められた期間は保管しないといけないのだ。
故に消しゴムで消える鉛筆での記入は厳禁。
もちろん熱で消えるペンを使うのもダメだ。
たまに持ち込みのペンで使う人がいるから油断できなかった。
そういう申請者に限ってごねたりするし。
説得するのに苦労している同僚も見てきた。
だからこそ、爺さん公爵の言いたいことはよく分かる。
保管すべき書類に消せる筆記具は使えないという主張は真っ当だ。
「そういうのはペンを使えばいいだけじゃないか」
カーターはバッサリだったけど。
「ぐっ」
「使いどころを間違えないようにすればいい」
「ですがっ」
「効率を上げる必要があるのは分かるよね」
「それは……」
「注意点は増えるが、難しいものでもない。
上手く使えば効率が上がるだけじゃなくミスも減るだろう」
「……………」
爺さん公爵は反論できずにプチぐぬぬ状態だ。
ただ、それだけを懸念している訳じゃないからこそ引き下がれないのだと思う。
「その点については承知の上で言ってるんだと思うぞ」
俺の言葉にカーターが目を丸くする。
「そりゃまた、どうして?」
爺さん公爵とは付き合いの長いカーターの方が分からないとは珍しいこともあるものだ。
「効率は上がるがコストも上がるからな」
導入すれば、ただじゃない。
そして使えば使うほど無くなる消耗品だ。
少しでもコストを抑えたいと考えるなら──
「あー、せめてもの抵抗をしたんだね」
カーターの言うような発想になる。
ケチくさいと言うなかれ。
限られた予算の中で必死にやりくりしているのだ。
そういう状態なら発想が守りに入るのも仕方がないと俺は思う。
「そういうことだ」
「効率が上がることで無駄が減るとは考えられなかったかー」
「うっ」
カーターの残念そうな一言に爺さん公爵がたじろぐ。
「あと、ミスが減ることで損も減る」
「ぐっ」
俺も追撃を入れてみたんだが、やっぱりたじろいだ。
「そういう積み重ねって大きいよ」
「ううっ」
保守的に考えると、そういう部分は考慮しなかったり過小評価になるからな。
「もたつくとモチベーションにも影響するし」
カーターが見落としていた部分を指摘してみた。
「あー、そういうことあるよね」
「ぐふっ」
気付けば、爺さん公爵はテーブルに突っ伏していた。
今の心境は滅多打ちにされた投手じゃなかろうか。
復活するのに少々時間がかかりそうだ。
「ところで、カーター」
「なんだい? ハルト殿」
『この調子じゃ、抜け落ちてるな』
「採用してくれるとは思うんだが、消しゴムはどれがいいんだ?」
「さて、どうしたものか。
一長一短というか、癖の強いのもあるよね」
即決とはいかないようだ。
結局、消しゴムは3タイプすべてが仮に採用となった。
現場の人間に使わせて、最も受けが良いものを本採用するようだ。
「こういうのは現場の人間の意見を無視しちゃいけないよね」
カーターさん、分かってらっしゃる。
そういうことなら俺に否やはない。
用意した鉛筆と消しゴムはすべて捌けた。
とは言うものの、売った訳じゃない。
試作品ということで代金は現場の声ということにしたからだ。
その声を参考に最終的な調整をしたものを卸す予定である。
「これで皆が算盤の使い方をマスターしてくれれば凄いことになりそうだ」
カーターは御満悦である。
「喜んでもらえて何よりだ」
作った甲斐があるというものである。
多少の暇つぶしにはなっただろう。
帰るまで、まだ日程はあるけどな。
この調子で別の何かを作ってもいいし。
そんなことを考えていたら──
「ハルト殿、ひとつ頼みがあるのだが」
カーターが神妙な面持ちで語り掛けてきた。
「どうした? そんな深刻な話か?」
「あ、いや……」
申告という単語に戸惑ったのか、苦笑するカーター。
「そういう訳じゃないんだ。
ただ、個人的な頼み事になるのでね」
遠慮がちにボソボソと言ってくる。
「なんだ、そんなことか。
遠慮せずに言えばいい。
できるできないの返事はちゃんとするぞ」
「いやー、ポケットマネーの都合もあるからね」
それでピンときた。
「魔道具が欲しいのか」
「あ、分かる?」
「そりゃあな」
2人して苦笑する。
爺さん公爵は渋い表情をしているけどな。
口出ししようにも、個人的な頼み事な訳だし。
それに自分のお金でどうにかするという話ならケチのつけようがない。
あまりに高額なら「勿体ない」とか言ってきそうだけど。
「実はね……」
再び神妙な面持ちになったカーターが話を切り出す。
『そんなマジになるとか、何なんだ?』
よほど深刻な話なのだろうか。
思わず身構えてしまった。
まあ、心の中でだけどさ。
表面上は「ふーん」と気のない感じで話を聞いている。
「時間の分かる魔道具が欲しいんだよ」
その要求を聞いて、内心の緊張は崩れさった。
「なーんだ、時計かぁ……」
『勿体ぶるから何事かと思ったじゃないか』
「もっと凄いものを求められるのかと思ったじゃないか」
苦笑と嘆息が一緒に出てしまう。
カーターの方は目と口を開いて固まっていたけどね。
ツッコミを入れないと再起動に時間がかかりそうだ。
「なんで、そんなに驚くんだよ」
ハッと我に返ったカーターだったが、落ち着くまでには至らない。
「時間の分かる魔道具は既にあるのかい!?」
驚きによって跳ね上がった興奮を隠そうともせずに聞いてくる。
爺さん公爵も姿勢や表情こそ眼光が鋭くなっていた。
「別に魔道具じゃなくても、時計くらいはあるだろう」
砂時計だって時計だし。
まあ、1日の時間を計るのは基本的に日時計だったりするが。
「いやいやいや、砂時計や日時計のことを言ってるんじゃないんだよ」
慌てた様子で頭を振るカーター。
砂時計や日時計ならば不要だと首の振りの力強さが物語っていた。
『あー、それで時間の分かる魔道具という言い方にこだわってたのかぁ』
西方では時計と言えば砂時計か日時計だからな。
「おいおい、慌てすぎだ。
俺は時計としか言ってないぞ。
砂時計とも日時計とも言ってないだろうに」
「え? あ、あれ?」
カーターが首を傾げ、そして爺さん公爵を見た。
爺さんの方も困惑した様子を見せていたがね。
「確かにそうですな」
そう答えるのが精一杯。
でも、それが確認できれば充分だったのだろう。
カーターが再び俺の方を見た。
「どういうこと?」
「こういうこと」
懐から腕時計を出した。
ゼンマイ仕掛けのシンプルなやつだ。
祖母のコレクションのひとつをルベルスの世界の素材で再現したレプリカである。
それをカーターに手渡す。
「これ……は?」
「ゼンマイ式の腕時計だ」
本当は機械式というのだが、こっちの世界には機械という概念がないからな。
じゃあ、ゼンマイも知らないんじゃないかとなるが、そうでもないようなのだ。
ドワーフの職人が作ったオルゴールなんかが出回っているみたいだからな。
すっごく高いらしいけど。
そのせいでカーターもギョッとした目を向けてくる。
「もしかして魔道具より高くつくんじゃないのかい?」
「そうでもないぞ」
俺は笑って否定した。
読んでくれてありがとう。




