120 そして街を出る
改訂版です。
結局、ダンジョン焼きとダンジョン棒は土産にはできなかった。
行列ができて匂いが途切れなくなると完売御礼まで人の列は途切れなかったからだ。
色んな人に食べて貰った方がオバちゃんの得になるから買い占めはしなかったよ。
愛想がなくて損をしている分、味と匂いで宣伝しないと勝負にならないんだし。
試食用に購入したダンジョン焼きとダンジョン棒はなかなか旨かった。
ダンジョン焼きはソース味のホルモン焼きって感じでB級グルメ感全開のいかにもな屋台料理だったよ。
なお、ダンジョン棒は見た瞬間に正体が判明。
フランクフルトだ。
ただし、皮は魔物の腸で充填物は内臓だったので縁日とかの屋台でお馴染みの味とは別物だったけど。
これはブラッドソーセージとかの仲間だろうな。
そういうのが元いた世界でも色々あるとは知ってたけど食べるのは初めてだ。
独特の臭みがあって味付けを濃くするのも納得である。
まあ、臭くて食べられないというほどじゃない。
パキッと口の中で弾ける食感。
腸が裂けたときにあふれ出てくる肉汁。
絶妙な焼き加減に肉を引き立てる味付け。
思わずお代わりが欲しくなったさ。
俺が食い終わる頃には身内以外にも大勢並んでいたので諦めたけど。
オバちゃんも生活がかかっているだろうし口コミでチャンスを広げてもらわないとな。
そんな訳で土産は他の屋台で売っているものにしたが簡単には見つからなかった。
まず粉ものは全滅に近い状態。
やたらと噛み応えのあるパンがあった程度だ。
大きさはスリコギほどで食感は水分の抜けたフランスパン。
隣の屋台で売っているスープに浸して食べると知ったのはほとんどお食べ終わってから。
見知らぬ相手に笑われたが、こういう失敗も旅の醍醐味である。
多かったのは肉系だ。
串焼きか返却必須の木の皿で出されるかで差はあったけど。
あんまり売れていないドライフルーツの屋台は俺的には大当たり。
串焼きみたいな差し方になってて色んな味が楽しめた。
お土産として買い占める分には遠慮がいらなかったと言っておこう。
なお、この店は次に来た時に無いと困るので皆を呼び寄せて行列を作った。
ぶっちゃけサクラだな。
各々が何本も買って「旨い旨い」と言いながら周囲にアピール。
芝居が下手なオッサンもいたけど人が集まって並んだので良しとしよう。
口コミで広がって繁盛店になるかは神のみぞ知る、だけどな。
ちなみに食べたのは各自1本だけ。
死角を利用して回収し、お土産として確保したのは言うまでもない。
「当たり外れの差はそんなでもなかったな」
「酷いのは続かずに淘汰されたんだろう」
ハマーの言う通りだと思われる。
「ダンジョン焼きとダンジョン棒以外は突出していなかったとも言えるのでは」
ツバキは薄味に慣れているが故か、あまり口に合わなかったようで辛口の評価だ。
「全体的に濃いめの味付けだったのが影響しているんじゃない?」
「質より量やから、しゃーないで」
レイナとアニスは屋台に慣れていることを感じさせる口ぶりだ。
「その割にどの店も量が少なめだったな」
馴染みのないハマーも評価は渋めだ。
「屋台だと小腹が空いた客も呼び込みやすいからだろう」
「ふむ、そういう側面もあるのか」
「他にも隣の屋台と協力し合ったりして客を飽きさせないようにしてたりとかな」
「生き残るための工夫だな」
「客に皿を洗わせるのも工夫なんでしょうか?」
そういうのを目撃してきたらしいボルトが聞いてきた。
「単に客の手持ち金が足りなかっただけだろ」
「労働で支払いをするということですか?」
「払えなきゃ食い逃げになるんだから仕方ないさ」
衛兵が出張ってくる事態になれば客足が遠のいてしまうからな。
食い逃げとして官憲に突き出すくらいなら働かせている間に客を少しでも多く呼び込むようにするほうが効率がいい。
まあ、使っている皿が木製で年季が入ってるから集客できるかは疑問だが。
油が染み込んで模様になってたりするのはざらだもんな。
使い捨てろとは言わんがニス塗りくらい丁寧にしたのを用意してくれとは思う。
耐腐食性に優れた合金を用いた金属の食器なんて発想はないだろうし。
そう考えると金属食器を使った屋台も面白そうだと思えるのだが、ここは我慢のしどころである。
一気に手を広げて既存の屋台や職人を淘汰したりするのは本意ではない。
変化のない世の中など考えられないので急激な変化にならぬよう留意しながら進めるつもりはあるけど。
まずはジェダイト王国をはじめとするドワーフの国々から始めるべきだろう。
ガンフォールに相談しながらであれば大丈夫なはず。
で、ゲールウエザー王国にも変化を促していけばって寸法だ。
「妙なことを考えておらんだろうな」
考え込む間があったせいかハマーがジト目で声を掛けてきた。
「帰ったらウィンナーとかフランクフルトなんかのソーセージを作ってみようと思ってな」
「何だ、それは?」
「ダンジョン棒に似た食べ物だ」
「そんなに種類があるのか」
「サイズとか使う肉の種類とかで味や食感がまるで変わるんだよ」
「ふむ」
険しい顔をして考え込むハマー。
「言っとくけど帰ったらだぞ」
ここで店を出したらオバちゃんの妨害になってしまう。
「うーん」
更に深く考え込み始めた。
「欲しければ言えばいいじゃないか。売るぞ」
「そうか。それならば、ぜひ頼む」
「毎度あり~」
どうやらハマーはダンジョン棒が気に入ったようだ。
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試食会を兼ねたお土産購入が終了した後は帰るだけ。
商人ギルドで鶏を受け取り街を出た。
足の遅い牛を連れて今から帰るとなると途中で夜を明かすことになるので別便だ。
ハマーやボルトが一緒だから途中で転送魔法を使う訳にもいかない。
まあ、そうでなくても鶏の運搬のために馬と馬車を余分に手配することになったけど。
誤算というかウッカリだな。
そんな訳でドルフィンとハリーに追加の馬車を操車してもらうことにした。
元からある2台の片方はツバキに任せジェダイト組はそっちに乗せる。
「おい、そっちは6人しか座れんだろう」
ハマーが乗車配分でツッコミを入れてきた。
俺の方の面子が全部で9人だから当然と言えるのだが。
「シートは追加できるんだよ」
格納していた3列目を展開する。
「なんと!?」
魔道具の類いじゃないのにハマーが目を見開いて仰天している。
「カラクリの技術まで常人離れしておるとは……」
そして遠い目をされてしまった。
元日本人としては見慣れた感があるが、初見だとこういうものなのだろうか。
「いや、それにしても1台に鮨詰めにすることはなかろう」
「移動中に説明しておきたいことがあるんだよ」
「む、そうか」
そして出発したのだけれど……
「身分証を」
街から出る際に身分証の提示を求められた。
ハマーが同乗していなかった上に俺たちが先頭だったからだ。
こういうのをキチンとするかどうかで治安が変わってきたりもするからバカにできない。
抜け道を作ってやりたい放題だったギブソンみたいな奴もいたけどな。
なんにせよ俺的にはキッチリしている方が好印象である。
「これでいいかな」
俺のカードを見せると衛兵の顔色が一瞬で変わって青ざめてしまった。
ある意味、街に入るときより過剰な反応のような気がする。
「確認しないのか?」
固まっている衛兵に声を掛けるとビクッと反応する。
慌てた様子でカードの内容に目を通す。
「しっ、失礼しましたっ」
緊張した様子でカードを返却してくれたが、そこで終わりではない。
そこからいくつか質問を受けた。
何処へ向かうのかとか何を積んでいるのかとか当たり障りのないことばかりだが質問自体に大きな意味はない。
先に同僚へサインを送っていたので時間稼ぎであるのはバレバレだ。
程なくして小隊長級の衛兵がやってきた。
「これは賢者様」
俺を知ってることにちょっと驚かされたが、よく見ればルーリアの件で検証をする時にいた衛兵だ。
「何かありましたか?」
「これが原因じゃないかな」
俺のカードを見せると目を丸くされてしまった。
「商人ギルドの金クラスだとは存じ上げていましたが、冒険者ギルドでも黒ランクと認定されたのですね」
「なかばギルド長にはめられたようなものだ」
そう返事をすると声を出して笑われてしまった。
「あの方が認定されたというのであれば何の問題もありませんよ」
随分と信用されているな、ゴードンは。
お陰で荷物の検査も簡単な目視で終わったし。
ちなみに後で聞いた話では荷物の目視検査はギブソンの事件が発生する前はなかったそうだ。
素早い対応だと言える。
そしてギブソンの罪は重い。
他の商人ギルド幹部からさぞや恨まれることだろう。
死してなお恨まれるとか尋常じゃないが憐れみは感じない。
ただ、反面教師として気をつけねばとは思うが。
逆恨みする奴だっている訳だし。
せいぜい時間の無駄にならないようにしないとな。
おっと、それで思い出した。
ジェダイト王国に到着するまで時間があるといっても暇じゃないんだ。
俺の秘密について説明しないと。
異世界とか亜空間とかの概念を理解してもらうだけでも骨が折れるんじゃないかと思う。
オタク文化に染まった者でもない限り平行世界などの概念を端から理解できるものでもないだろうし。
つくづく漫画やアニメは偉大だと思った。
まあ、途方に暮れてばかりもいられない。
そこで前日に説明した惑星レーヌから話を発展させることにした。
「俺たちが球体の上にいるってのは話したよな」
「ひとつ、ええかな」
初っ端からアニスによって待ったがかかる。
「うちらが球体の上におるいうんは分かったけど不思議やねん」
そこまで聞けば見当がついた。
「なんで、うちらは落ちたりせえへんのやろか」
やはりな。
あえて説明しなかったことに気付くとは勘がいい。
「どこかが下になってると思うんやけど、それを考えたら訳わからんようになるんや」
ひとたび指摘されれば誰もが「そういえば」と思う疑問である。
さっさと解決しないと煩いのが騒ぎ出しかねない。
「下は球体の中心だから何処に立っても地面が下になるというのが答えだ」
「ふえっ?」
奇妙な声を出して狐につままれたような顔をするアニス。
他の面々もそれに近い感じだ。
もう少し掘り下げる必要があるだろう。
そこで重力や引力について噛み砕いた説明をしてみたのだが。
気がつけば車内が静まりかえってしまっていた。
これは先が思いやられるな。
読んでくれてありがとう。




