1184 つくってみた?
あれから細かな打ち合わせをして電話を切った。
「ふうっ……」
大きく息を吐き出す。
肩の力が抜けていくのが分かった。
どうやら無意識のうちに緊張していたようだ。
『終わったー』
『仕事が大幅に削減されたな』
『丸投げしたようなものだからな』
『だが、罪悪感は感じなくていい案件だ』
『俺たちの仕事は完全になくなったしな』
『実にありがたい』
もう1人の俺たちが一斉に喋り出した。
実にノビノビした空気が漂っている。
「この薄情者どもめ。
電話がつながった途端に黙りを決め込むとは、どういう了見だ」
『どうもこうもないぞ』
ナチュラルに口を閉ざしたとでも言うつもりか。
「要するに逃げたってことじゃないかよ」
『いやいや、違うぞ』
『そう、逃げたんじゃない』
「ウソつけ」
『俺よ、ウソではない』
その一言に呼び出した全員が頷く気配がした。
「どこがだよっ」
胡散臭くてツッコミを入れずにはいられなかったさ。
『『『『『ホントだよ』』』』』
全員で言ってくるのが、余計に胡散臭く感じる。
『全員で喋るとルディア様に迷惑じゃないか』
『これでも気を遣ってたんだぜ』
『『『『『そうそう』』』』』
「……………」
1対多ではどうにも分が悪い。
おまけに全員が俺だ。
俺の考えそうなことは読むまでもなく分かってしまう。
「そういうことにしておくよ」
でないと不毛な会話が延々と続くことになりかねない。
『毎度あり~』
『なんで、毎度ありなんだよ』
『特に意味はないぞ。
言ってみたかっただけだ』
『『『『『紛らわしいわっ』』』』』
俺が早々に終わらせようとしているのに、他の俺たちが変に盛り上がるし。
たぶん、今まで黙っていた反動だ。
そんなに窮屈な思いをして黙っているくらいなら早々に引っ込んでくれればいいのに。
そう思うのだが、これを言ってしまうと反発されてしまうだろうから心の内で留め置く。
『んじゃ、お疲れ~』
『『『『『お休みー』』』』』
盛り上がるだけ盛り上がって勝手に終わるし。
「まったく、もうっ」
俺には一言もなしかと言いたくなったさ。
きっと反論されるけどな。
ちゃんと挨拶しただろうってさ。
さっきのあれは蚊帳の外にいた俺にも向けられた挨拶だったはずだ。
横着な俺だから間違いないと分かる。
分かってしまうことにイラッとするけどな。
「まったく、もう……」
大事なことではないが、連続して同じ台詞が出てしまったさ。
まあ、自分のことだからしょうがない。
そう思うしかないのだが、簡単には切り替えられないのが困ったものだ。
緊張した直後にイライラさせられたりと忙しくてしょうがなかったからな。
この調子では寝ようとしても、すぐには寝付けそうにない。
何かしらクールダウンが必要だ。
暇つぶしでもしていれば、そのうち落ち着くだろう。
ただ、そう簡単に思いつく暇を潰せる何かがない。
城内で自己鍛錬とかしてられないしな。
気配や音を消せば、うちの子たちにも気付かれずにできるだろうけど。
皆に気を遣ってそれをすると俺が気を張るせいで、いつまでたっても落ち着けない。
本末転倒である。
真夜中の街に繰り出しても散歩で終わってしまうのがオチだ。
娼館などに行くつもりはサラサラないし。
冒険者ギルドなどは24時間無休で空いているとは思うけど、こちらも問題がある。
余所者でソロの若造だからな。
顔を覗かせるだけで絡まれる自信がある。
クールダウンどころかヒートアップするのは間違いなしだ。
仮にそういうトラブルがなくても依頼を受ける訳にはいかないしな。
さすがに仮眠の時間すら取れなくなってしまう。
眠るためにクールダウンするのに、肝心の睡眠時間をなくしてしまうなど本末転倒だ。
散歩をするだけなら城内で充分だろう。
できればこの場で暇つぶしできる方がありがたいけどな。
「ふむ、困ったな」
口で言うほど困った訳ではないが、良案は何もないというのは事実だ。
今更それを言い出すのかという案ならあるけれど。
何もないよりマシだろうか。
ちょっとした物作りなんだが。
利点は錬成魔法を使って片手間にできることだ。
倉の中で作れば気付かれることもないだろう。
ただ、問題がない訳じゃないんだよな。
作る物がベッドと寝具だからね。
ヴァンに寝具はないと言いきったのに、これだから……
「何と言われるやら、だな」
じゃあ、別のものにすればいいと言われそうだけど。
暇つぶし感覚で作れそうなものが他に思い至らないのだ。
程良い感じに手抜きしようとしているからな。
それと本当に作りたいものは、色々と考えながら楽しみたいというのもある。
そうなると気が付けば朝なんてこともあり得るだろうし。
だったら不足している物を作るのがモアベターじゃなかろうか。
「元奴隷たちの分を早急に確保するってことで」
自分に言い訳して決定する。
そうと決まれば、さっそく倉庫から資材を倉の方へ流し込む。
「じゃあ始めますか」
ただ、元奴隷の人数分を一気に仕上げることはしない。
クールダウンのための暇つぶしを数分とかからず終わらせては意味がないからね。
そんな訳でオーダーメイド風に単品を仕上げていく。
単品というかワンセットだ。
ベッドと寝具を同時に仕上げていく。
それくらいはしないと単調すぎて飽きるのは目に見えている。
あとは工場で仕上げたような量産品ぽい仕上がりにならないように差異をつけた。
品質的に大きな差が出ないようにするのがミソだ。
「すべてをバラバラにするというのは意外に難しいな」
数が多いだけにね。
最初はB品に近い感覚だったけど、それではダメなようだ。
ちょっと休憩するとしよう。
「ふうーっ」
深呼吸の時のように少し長めに息を吐き出した。
かなり落ち着いたんじゃなかろうか。
少なくともイライラはない。
今の状態で横になれば、すぐに安眠できるだろう。
その気はないんだけどね。
「こりゃオーダーメイド風ではダメだな」
すっかり、やる気になってしまっているのだ。
物作りは楽しいから。
こういう縛りがあるのも悪くない。
解決法を模索していく。
デザインを変える。
これは既にやっていることだ。
が、すべてのデザインを変えるなど逆に違和感が際立つだろう。
一括で用意するなら、むしろ統一感のある方がいい。
故に数件の工房に発注した風に見せかけられるくらいにしてある。
他の方法というとランダムで塗りムラ染めムラを微妙に入れることぐらいだ。
これも露骨にはできないんだけどね。
工房に発注した感が台無しになってしまうからさ。
そのせいで行き詰まりを感じていた。
完成したものを並べてみると、B品なんだけど工場から出荷された感が強く出ている。
少しもオーダーメイドな雰囲気を感じないのだ。
どこかで王城に置く品であることを意識してしまっているせいかもしれない。
適当かつ雑に仕上げて良いなら、もっと量産品っぽさを消すことができると思うんだが。
『それはしたくないんだよなぁ』
ある程度品質を維持したオーダーメイド品くらいにしたいのだが。
それが上手くいかない。
何かを間違えている気がするのだけれど。
『それが何であるのかが分からないってのが……』
もどかしさを感じる。
このまま考えているだけでは埒が明かない。
少しアプローチを変えて原因を考えてみることにした。
そのために完成品を逆の工程で材料の状態に戻していく。
ひとつひとつチェックしながらなので作るときより時間がかかるが仕方あるまい。
技術的な面での問題はすぐに浮上してきた。
同じ職人が作ったにしても、そろいすぎだったのだ。
設定としては神業レベルの職人ではないのだから、これはおかしい。
『作った状況によって技術に差が出てもいいはずだよな』
かように職人のコンディションまでは考えていなかった。
上辺だけのブレでは工場生産の量産品になってしまうのも無理はないだろう。
だが、これも少し考えねばならない。
ベテラン職人レベルと考えると大きな差異は不自然だ。
そうなると間違えている何かに届かない気がする。
結局そんな訳で、すべての完成品を材料に戻してしまったさ。
『やりすぎたか?』
そう感じたのも一瞬のこと。
違和感を抱くものを残しても意味はない。
別の場所で利用するにしても量産品のB品感が前面に出ている代物は扱いづらい。
これで正解だったのだ。
規則正しく積み上げられた材料を見て、それを確信した。
『ん?』
いま何か引っ掛かりを感じた気がする。
問題は何処でそれを感じたかだろう。
自分のしたことを正解だと思うことには異論はない。
ならば、その後だ。
倉の中で元に戻った材料を見た時だったか。
【天眼・遠見】を多重起動させて様々な角度から見てみる。
特に異状以上は見当たらない。
理力魔法を使ってシャッフルさせてみた。
やはり、これといって変わった点は……
「そういうことか」
あまりにも規則正しすぎるのだ。
つまり、材料として均質すぎるが故にブレ幅が最小限に抑えられていた。
『量産品もどきになる訳だ』
答えが分かれば手を加えるのは簡単である。
材料に差があることを前提に作ればいいだけだ。
試しに5パターンを同時に制御して仕上げてみる。
「……………」
完成したブツを見比べてみた。
先程までのような気持ち悪いほど綺麗なそろい方はしていない。
「よしっ!」
この調子で全員分を仕上げてしまうとしよう。
読んでくれてありがとう。