1183 特異体質だったりする
ジュディ様がうちのイベントに来たいと言っているらしい。
必死すぎて俺の心境としては引き気味だ。
ドン引きとまでは行かないけど。
嫌とかではないからね。
そこまで必死になるなら普通に言ってくれれば良かったのにと思う。
直接が難しいなら伝言を頼むとか。
まさか、他の亜神と仲が悪いということはないだろう。
『なんだか子供っぽいですね』
だから、これは何気なく言ったつもりの一言だった。
言ってから嫌みっぽいかと思った程度だ。
だというのにルディア様が沈黙してしまった。
『……………』
回線が切断されたのかと思うほど静かな時間が続く。
もちろん、通話状態は維持されている。
だというのにルディア様が何も言わない。
『…………………………』
きっとルディア様は何か考え事をしているのだろう。
自分の一言が切っ掛けになったのはドキドキするけど。
それでも内心で大丈夫と自分に言い聞かせながら待つ。
『……………………………………………………』
待てども待てども静かなままだ。
時間の経過と共に不安になってくる。
つい何度も脳内スマホの画面を確認してしまう。
通話状態は変わらぬままなんだけど。
『あの、もしもし?』
結局は不安に勝てず呼びかけてしまった。
充分に待ったはずだと自分に言い聞かせながら。
『うむ、聞いている。
少し考え込んでしまった』
思った通りでガクッときた。
まあ、居眠りしていたと言われる方がもっとガクッとくるんだろうけど。
『何かあるんですか?
そういえば、ジュディ様と話したときも子供っぽいと言ったら沈黙されたような……』
『やはりそうか』
ルディア様は1人で納得している。
『どういうことです?』
『ジュディは見た目が幼くてな。
よく子供っぽいと言われるのだ。
それ故、本人も気にしておるのだ。
中身もあんな具合だから否定できんしな』
『なるほど、そういうことでしたか』
ジュディ様が子供っぽい外見かもという俺の予想は当たっていた訳だ。
それを気にしているということも。
ただ、分かるのはそこまでだ。
『そうではないかと思ったのだ。
読むまでもなくだったからな。
訝しむ者もいたが、想像通りであった』
こんな風に言われても何がなにやらサッパリである。
ルディア様の沈黙と関連するであろうことくらいしか分からない。
『礼を言うぞ、ハルトよ』
『はい?』
返事をするのに疑問形である。
サッパリ状態なのに礼を言われれば無理もない。
『ジュディの動きを察知したときは逃げられることも想定していたからな』
『そうでしたか』
まるで何処かのイタズラ好きな亜神である。
目的のためには手段を選ばない雰囲気がヒシヒシと感じられたからだろうか。
イタズラされた訳じゃないのがせめてもの救いだ。
『特に何かした覚えはないんですがね』
子供っぽいと言ったくらいだろう。
『そんなにショックだったのでしょうか?』
『棒立ちになるくらいにはな』
重症ではなかろうか。
おそらく目の前に手をかざしても気付かなかったものと思われる。
『それは申し訳ないことをしました』
『何を言う。
お陰で楽にジュディを確保できた。
何も詫びる必要などないのだぞ』
許可なく勝手な真似をしたから捕まえて説教する。
ルディア様からすれば、それだけのことなのだろう。
だが、俺の立場からすると違ってくる。
何もされていないのに悪口を言って凹ませたようなものだからな。
意図しなかったとはいえ罪悪感が湧き上がってくる。
『落ち着け、ハルトよ』
『はい?』
今日はこればっかりだ。
『ジュディの特殊能力に囚われておる』
『はあっ!? どういうことですか?』
『会話した相手を強制的に反省させてしまうのだ。
しかも、常時発動で本人にも制御できんときている』
『……それはまた難儀な』
面倒と言いかけて言葉を換えたが、まあ言いたいことは伝わったはず。
『念話をするときの意識のブロックより防ぐのは簡単だ。
囚われた際に抜け出すのも難しいものではないから試してみるがいい』
言われて軽く抵抗する感じで念じてみた。
すると、何かプレッシャーのようなものが抜けていく。
抜けるというか縛り付けていたものが解けたというか。
何とも言いがたい不思議な感覚だ。
その感覚が治まる頃には罪悪感が軽くなっていた。
完全に消えてしまう訳ではないようだ。
これは元から自分が悪いと思う部分があったからだろう。
何がなんでも詫びねばならぬ感じではなくなっているのは間違いない。
ルディア様の言う通り抜け出せたのだろう。
疑っていた訳じゃないけどね。
こんなに呆気ないと、戸惑うんだよ。
簡単な術式でブロックできそうなくらいなんだぜ。
ササッと脳内スマホに組み込んだくらいだ。
ついでに普通のスマホの方にも。
それを制御できないっていうんだから、どういうことかと思ったさ。
『どうだ?』
『驚くほど簡単に終わりましたが』
『であろう?
だからこそ放置しているのだ』
『と言いますと?』
『止めることはできるのだ。
本人はもちろん、我々が封じることもな』
でも、それをしない。
『その能力を止めると不都合があるんですね』
『そういうことだ』
ここでルディア様は間を置いた。
溜め息が聞こえてきそうな沈黙だ。
よほどのことなのだろう。
『幼児退行してしまうのだ』
またしても『はい?』が出てしまうところであった。
『何対抗ですって?』
『対抗ではない』
どうやら聞き違えてしまったようだ。
『幼児退行、別の言い方をするなら赤ちゃん返りだ』
あり得ないと思っていたから聞き違えたのだと思い込んでいた。
が、それは勝手な思い込みによる勘違いだったようだ。
『能力を無理に止めるとジュディの精神が幼くなっていく』
『それは……』
想定外の理由に言葉がなかった。
『何度か特訓したのだが、効果がなくてな』
仕方あるまい。
効果があるなら、こんなことにはなっていないのだから。
『赤子も同然の状態になったときは、ほとほと困り果てたものだ』
『あー……』
体はそのままでの赤ちゃん状態は確かに困る。
赤ちゃんプレイの趣味があるなら話は別だが。
『意思の疎通はほぼ不可能。
泣くか寝るかお漏らしかで苦労させられた』
思った以上に赤ちゃんであった。
そこまでのリアルを趣味的なプレイと同列に考えてはいけない。
俺はそんなことを考えていたが、電話の向こうはそれどころではないようだ。
悲痛と苦悶が一度に押し寄せたような悲鳴が上がっていた。
ギャーギャーとジュディ様の声が聞こえてくる。
合間に濁声で「やめて」とか「消えたい」なんて言っているし。
厨二病の過去を暴露された大人のような反応だと思ってしまった。
実際、強烈なのを暴露されてるしな。
大人になってお漏らしとか恥ずかしいどころの話ではないだろう。
人によっては、いっそ殺してくれと言い出すかもしれない。
『記憶はあるみたいですね』
『だから質が悪いのだ』
『言ってしまって良かったんですか?』
まだ悲鳴が聞こえているんだけど。
『ハルトに己の能力についての説明をせず注意を促さなかった罰だ』
『そういうことですか』
これについては不問に付されたりはしないみたいだな。
一応は被害を受けている格好になるからだろう。
被害者たる俺からすると、被害とも言えないような内容だったが。
だからこそ処分も軽いと見るべきか。
ジュディ様からすると、決して軽くはないっぽいけど。
まあ、何処かの誰かさんと比べれば遥かにマシなはずだ。
苛烈かつ長期に及ぶお仕置きじゃないからな。
『とにかく、後のことは任せろ』
『ありがとうございます』
ジュディ様が壊れ気味なのが気がかりというか不安になるが。
そこはルディア様たちがフォローしてくれるだろう。
電話の向こうでもアフさんたちが、あれこれ言って落ち着かせようとしているようだし。
『ところで、こういう時に引っかき回しそうな人が静かなんですが』
『兄者は教習所で合宿中だ』
『抜け出したりしないんですか?』
イタズラのプロは脱走のプロでもあるからな。
『統轄神様の目を盗んで仕事を抜け出すなど自殺行為だな』
『そうなんですか?』
『脱出不可能な反省房へ放り込まれるのだ』
『ラソル様でもですか』
『管理神でさえ内側からは出られないと言われているからな』
それでも名人なら何か穴を見つけそうな気もするけど。
『もし、これを抜け出すようなことがあれば破門となるだろう』
『破門ですか』
『当然だな。
反省する意思がないのだから。
統轄神様は我々のように甘くはない』
甘いと言われると、首を傾げたくなるけれど。
折檻フルコース3倍とかを甘いと言われている気がしてくるからな。
まあ、でも言いたいことは分かる。
破門は確かに重い。
亜神の資格剥奪だけでは済まないはずだ。
おそらく亜神となってから得た能力は発揮できなくなるだろう。
それが修練の末に会得したものであっても。
場合によっては記憶の消去などもされるかもしれない。
処分されたことさえ覚えていない状態になれば、逆恨みさえできなくなるからな。
『どうだ、安心したか?』
『逆に怖くなりましたよ』
『それくらいでないと、兄者には効果がないだろう』
そうかもしれないけどね。
読んでくれてありがとう。