1182 先走ると拳骨が落ちる
しばし真っ白な状態になっていたようだ。
『聞こえているか、ハルトよ』
「っ!」
ルディア様の呼びかけを受けて我に返った。
本日、2度目である。
前回はあれこれ考え事をしていたせいだけど。
最後まで名乗らなかった亜神ジュディーチェ様との通話でな。
今回は驚きのあまり考える余裕などなかった点が異なる。
それほど僕っ娘が裁きの神として認知されていることに違和感を強く感じた訳だ。
だって、怒っているのをアピールするために「プンプン」とか言うんだぜ。
聞いたことないとは言わないけどさ。
特撮に出演したこともあるタレントが言ってたことがあるからね。
ただ、向こうはバラエティの番組でネタ的に使っていただけだ。
あれを日常会話の中で言う者がいるとは思えないだろ?
リアルに聞かされると、衝撃の度合いはともかく「えっ?」ってなるぞ。
『すみません』
とにかく謝る。
『あまりに衝撃的なことを聞いてしまったものですから』
ついつい、言い訳じみたことを言ってしまったさ。
『仕方あるまい』
電話の向こうでルディア様が嘆息したのが聞こえた。
『あれは自ら名乗ることもしなかったであろう?』
『あ、はい』
よく分かるものだと思わず感心させられる。
それだけ行動パターンが把握されているのだろうけど。
少し嫌な予感がした。
ラソル様と似たようなタイプの亜神が他にもいるのかと考えてしまったせいだろうか。
『何が何だか、よく分かりませんでした』
『兄者のようにイタズラをすることはないのだがな』
それは何よりだ。
ラソル様がルベルスの世界からの卒業が確定しているのに、2代目がいるとか笑えない。
『突っ走ることが多いのだ』
『そんな感じだったかもしれませんね』
イタズラ好きではないと分かったはずなのに嫌な予感が払拭しきれない。
そこはかとない不安を感じる。
無理もないだろう。
トラブルメーカーっぽいのに裁きの神なんて呼ばれてるんだぜ。
『今回もそんな感じでな』
『そうでしたか』
どんな感じだよというツッコミは引っ込めておいた。
『自分の出番が来そうだと張り切った挙げ句に先走ったのだ』
『来るのは確定的だった訳ですか』
『誰かを派遣するつもりではあったがな』
『ジュディーチェ様とは限らないと?』
『顔見知りの方がハルトも気兼ねせずに済むだろう?』
『まあ、緊張はしないかと……』
とはいうものの、こういうのは肩書きも大事だと思うのだが。
裁きの神というなら適任だと言える。
双子の主神だと思われているルディア様もな。
そういう意味ではエヴェさんなどは不向きだろう。
狩猟神と思われているのに、どう絡めというのか。
『理由など、どうとでもつけられる』
まるで俺の考えを見透かしたようにルディア様が言った。
『ジュディでなければならぬ理由は何処にもない』
ルディア様はそう言うけれど……
『アフェールなどは簡単だぞ』
『そうなんですか?』
ちみっこ先生が介入しやすいだろうかと疑問に思いかけて気が付いた。
『ああ、アフさんは商売の神様として信仰されてるんでしたっけ』
『左様』
それなら、悪徳商人がらみで天罰を下すために云々と理由がつけられる。
『フェマージュも難しくはないな』
『西方では魔法神として知られているのですよね』
『うむ』
こちらはどう理由付けするのかがパッと思いつかなかった。
『魔法を用い禁忌の実験を繰り返した愚か者に鉄槌を下すといったところか』
『あー、確かに……』
言われてみれば、アンデッド化させるポーションの開発など禁忌そのものだ。
『リオステリアを派遣するとなると、こじつけになってしまうがな』
『リオス様ですか?』
さすがに無理があるだろう。
豊穣の神と今回の件を結びつけるのは困難と言わざるを得ない。
まあ、それをどうにかするからルディア様はこじつけと言ったのだろうけれど。
『借金奴隷たちは農村出身者が多かったであろう』
『あー、リオス様を信仰している人も多そうですね』
大勢の家族からの懇願に近い祈りを受けて動いたということにするつもりか。
確かにこじつけくさい。
が、納得できるレベルだと思う。
涙もろい者たちであれば、むしろ大いに納得するだろう。
『その気になればエーヴェルトでもいける』
『狩猟神なのに、どうにかできるんですか?』
『数が少ないとはいえ借金奴隷の中には狩人の家族もおる』
『理由付けとしては些か弱い気がしますが』
『そうだな。
故にこれを切っ掛けに下界を覗いていたことにする』
『監視の切っ掛けになったということですね』
そのくらいなら頷けなくもない。
問題はその先の行動に移る理由付けだ。
『その結果、騙されていた者たちを救済することにしたというのではどうか?』
ルディア様が問うてきた。
正直、微妙なところだと思う。
『同情したことにする訳ですか?』
絶対にあり得ないとも言い切れない。
『有り体に言うならば、その通りだ』
こじつけ感が強い気もするけどね。
『こんな具合にジュディである必要性はないのだ』
エヴェさんは無理やりっぽいとは思うがね。
ただ、俺は何も言わなかった。
他の3人が動く分には納得できたからだ。
『それを先走りおって』
ルディア様の言葉の後にゴスッという鈍い音が続く。
電話の向こうから『痛っ!』という声が聞こえてきた。
聞き覚えのある僕っ娘のものだ。
大方、頭の上に拳骨を落とされたのだろう。
『そこまでしなくても……』
思わず声が漏れた。
『ハルトは優しいな』
『そ、そうですかぁ?』
到底そうは思えないのだが。
『先走った馬鹿者に情けをかけておるではないか』
そういうつもりはないのだが。
『どこかのイタズラ好きな人に比べれば迷惑を被ったうちに入りませんので』
『……納得した』
ルディア様が返事をするまでに微妙な間があったが、仕方あるまい。
ラソル様のことで嫌みを言われたようなものだからな。
『申し訳ありません』
『ハルトが謝る必要はない。
せずとも良いイタズラをする兄者が悪いのだ。
そして、それを抑えきれぬ私にも責任がある』
『自分はルディア様も被害者だと思います』
『そう言ってもらえるだけで充分だ』
電話の向こうで幾つもの溜め息が漏れた。
ルディア様だけではない。
他の面子もいるようだ。
恐らくはジュディーチェ様を連れて来て待機していたのだろう。
ラソル様のイタズラには皆が振り回されているから、こうなるのはむしろ当然か。
逃走する恐れはないとは思うんだけど。
『とにかく、この件に関してはジュディに責任を取らせる』
ルディア様がそう決めたのであれば覆らないだろう。
何か正当な理由があれば違うのだろうが。
これが責任ではなく罰であるなら、あるいは口出しをしたかもしれない。
いくら何でも厳しすぎると思っただろうから。
『どうされるのです?』
『望み通り、仕事をさせてやろうではないか』
『そう来ましたか』
『やりたいと言う者にやらせる方が効率的だろう』
そう言われると「ごもっとも」としか言えない。
『託宣に関してはハルトのシナリオ通りに』
『助かります』
『おあつらえ向きに城が建て替わっておるから利用させてもらう』
神が力を振るったとするには、うってつけだろう。
『分かりました』
何が幸いするか分からないものだ。
『それとエーベネラントの王が奴隷を説得する手間は省いておこう』
『よろしいのですか?』
『少々伝えることが増えるくらいで手間は変わらぬよ』
そうだった。
皆の夢の中であれこれと必要事項を告げるだけだからな。
亜神の立場からすれば、簡単なお仕事です状態なんだろう。
まあ、俺がやるのだとしてもスリープメモライズで同じようなことをするだけだ。
そう難しいものではない。
手間を考えると面倒ではあるけれど。
何にせよ、手間が省けるのはありがたい。
やってくれる人がいるなら任せてしまうに限るというものである。
『では、ジュディーチェ様によろしくお伝えください』
『律儀なことよ』
そう言ってルディア様がフッと笑った。
そんなことはないと思うのだが。
『確かに伝えたぞ』
『ありがとうございます』
ルディア様こそ律儀だと思うが、言っても否定されるだろう。
『それとジュディから伝言だ』
『何でしょう?』
『長ったらしい呼び方はしなくていいそうだ』
何事かと思ったら名前についてだった。
『では、ジュディ様と?』
『それでいいそうだ』
『分かりました。
では、以後はそう呼ばせていただきます』
『それとな』
『はい?』
紅茶好きの警部殿のようなイントネーションになってしまった。
まだ、何かあるようだ。
『次からは自分もイベントに呼んでほしいそうだ』
ルディア様の一言がすべてをつなげた気がした。
『それが言いたくて電話してきたんですか?』
『そのようだな』
『もしかして、先んじて仕事を請け負うことで面識を得ておこうとしたとか?』
『そういうことらしい』
どうりで出るのが遅いと怒る訳だ。
他の亜神に気付かれる前に話をつけたかったのだろう。
それは失敗に終わった訳だけど。
結果は望んだ形になったから満足してくれるんじゃないかな。
拳骨を1発もらった分で損をしているとは思うけど。
『託宣で手間を省くと言ったが、あれはジュディが元から考えていたことだ』
『サービスするから、ヨロシクってことですか』
どんだけ必死なんだか。
読んでくれてありがとう。