1181 電話の時間ダブル
とにかく神のお告げ作戦についてはルディア様に報告すべきだ。
勝手なことをしているので気分が重いけど。
それでも先延ばしするのは良くないだろう。
少なくとも事後報告は悪手だと考えるべきである。
何処かのおちゃらけ亜神の常套手段だからな。
俺のやろうとしていることはイタズラではないけど、もたらされる結果が重要なのだ。
結果、ギルティ判定されればラソル様と同じ目にあうのは想像に難くない。
「……………」
お仕置きされかねない。
そう考えただけで身震いするばかりだ。
『『『『『……………』』』』』
そこは同意するらしく、他の俺たちも沈黙している。
そりゃそうだろう。
実際に見たことはないものの、3倍コースの長さときたらシャレにならなかったしな。
標準コースでだって勘弁願いたい。
俺は好き好んでお仕置きを受けたがるM系の変態ではないのだ。
ラソル様のように、その時さえ楽しければいいというお気楽人間でもない。
「そうなると、事前の報告は大事だよな」
『『『『『異議なしっ』』』』』
全員の声がそろった。
それだけルディア様のお仕置きにビビっている訳だ。
『まだ死にたくないからな』
そこまでされることはないだろうが、気持ち的には大袈裟だと思えない。
『そうそう、何徹させられることやら』
不眠不休でのお仕置きは充分に考えられる。
『そっちじゃなくて内容を気にしろよ』
『いやいや、これもお仕置きと言えるぞ。
眠れないのは精神的に来るものがあるからな』
『肉体と精神の両面攻撃かー』
『堪えるなんてもんじゃないぞ、それ』
『ラソル様はよくケロッとしてられるよな』
『終わった直後はそんなでもないんじゃないか?』
『そこは見たことないから分かんねえって』
『たとえそうだとしても、やせ我慢で芝居してるかもな』
『あー、ほとぼりを少しでも早く冷ますために?』
『そうそう』
『逆効果じゃないか?』
『どうだろうな』
脳内俺会議がやかましい。
脱線してるし。
とにかく逃げたい一心で無理やり話を続けようとしているのがバレバレだ。
まあ、俺の考えることだから読むのは容易い。
「現実逃避していても仕方ない」
先送りするだけでは何の解決にもならない。
無駄に時間を浪費するだけだからな。
『『『『『……………』』』』』
もう1人の俺たちが再び沈黙する。
分かってるなら逃避するなよと言いたいが、それは言えない。
俺だって脳内会議を止めずに聞き入っていたからな。
自分でも焦れったくなってたんだけど。
どうしようもなく逃げたい時ってあるだろ?
「はあ、気が重い……」
溜め息が漏れるのを止めることができない。
だから、これを利用して気持ちを切り替える。
パンッと両手で頬を叩いて──
「よしっ!」
と気合いを注入。
それが目減りしない間に脳内スマホをスタンバイした。
その直後である。
『RRRRR』
脳内スマホの着信音だ。
「どわっ!?」
思わず仰け反るほど驚かされてしまったさ。
タイミングが良すぎる。
こういう時に真っ先に思い浮かぶのがラソル様。
次いでエリーゼ様なんだが。
『RRRRRRRRRR』
これだけ鳴っているのに強制着信しないならエリーゼ様の線は薄いだろう。
反射的に着信せずに切ってやろうかと思ったが、ブレーキがかかった。
嫌な予感がしたのだ。
それも後々まで尾を引きそうな感じで。
『RRRRRRRRRRRRRRR』
万が一にもルディア様からだったらシャレにならないしな。
受けてから切るかどうかを決めても遅くはないはずだ。
そう判断して俺は通話ボタンをタップした。
『出るのが遅ーい!』
開口一番が、これである。
普通は「もしもし」ではなかろうか。
しかも、聞き覚えのない女性の声である。
『僕は怒っているんだよ、プンプン!』
いや、正しくは女の子の声と言うべきだろう。
声と台詞の感じからすると大人の雰囲気は微塵も感じられない。
そのせいか、叱られているように思えないのは秘密だ。
それを言ってしまえば、おそらく更に怒らせてしまうことだろう。
あんまり怖いとは思えないので油断しそうになるのだが。
何となく、ちみっこ先生ことアフさんを思い出した。
声そのものは似ているとは言い切れないんだけど。
恐らくは同年代だからだろう。
そして、アフさん以上にキャラが濃そうである。
僕っ娘だもんな。
リアルで存在するのは知ってたけれど。
まさか自分が僕っ娘と会話するなど夢にも思わなかったさ。
「……………」
だから、絶句するのも仕方ないんじゃないかと思う。
亜神以上の存在であることは確実だし。
脳内スマホを使っているからね。
頭が痛くなってきそうだよ。
雰囲気的に物凄く面倒くさそうな相手っぽいもんな。
『何とか言ったらどうなんだい、プンプン』
「っ!?」
僕っ娘ちゃんに促されて、ようやく俺は我に返った。
『あのー』
『何だい、プンプン?』
『どうして語尾にプンプンが付くんでしょうか?』
いくら怒っているからって、声に出すだろうか。
僕っ娘であることより驚きだ。
漫画やアニメじゃあるまいし。
そうは思うのだが、本人からはふざけているような雰囲気など感じられない。
至って真面目に話しているつもりなんだろう。
でなきゃ、とっくに笑ってしまっている。
だというのに……
『そりゃあ、僕が怒っているからに決まってるじゃないか、プンプン』
台詞そのものは笑わせようとしているとしか思えないから質が悪い。
『怒っているのは分かったので、不要です』
『いいや、分かってないっ』
分かりたくもないけど、それを言えば火に油だ。
煽るつもりはない。
『プンスカプンプン!』
なのにプンプンが強化されてしまった。
ラソル様並みにゲンナリさせてくれる亜神だよ。
『でしたら尚のことプンプンは言わない方がいいと思います』
『なんでさ、プンプン』
『子供っぽく聞こえますから』
『ガーン!』
そう言ったきり沈黙の間が続いた。
「……………………………………………………」
そんなにショックだったのだろうか。
声の雰囲気が似ているアフさんなら子供扱いすると怒りそうだけどさ。
この調子だと、外見まで子供っぽいかもしれないな。
で、そのことを他人が想像できないほど気にしている。
あり得そうで怖い。
反動で何を言われるか分かったものじゃないからな。
ショックを受けている間に撤退するのが吉だろう。
俺は通話を切りにかかる。
慎重に注意深くそっと切断ボタンに触れた。
タップするという感じじゃない。
その動作さえも相手に振動が伝わるのではないかとビクビクしながらだったからな。
息を殺しながら押して離すだけの動作をどうにか完遂した。
「ふうっ……」
それこそ深呼吸をするかのように大きく息を吐き出した。
「助かったー」
無事に逃げ切ることができて何よりだ。
僕っ娘亜神が復活したら面倒なことになりそうだけどな。
「絶対にリダイヤルしてくるぞ、あれ」
それを防ぐ手立ては今の俺にはない。
え? 着信拒否?
そんなことしてリアルに乗り込んでこられたらどうするのさ?
今度は逃げることもままならなくなるぞ。
だから、向こうがショックを受けている間に先手を打つのだ。
俺は着信履歴を確認してから即座に電話した。
『ハルトだな』
「っ!?」
1コールと待たずにルディア様が出てくれた。
ありがたいけど、心臓が飛び出すかと思ったさ。
今日はこんなのばっかりだ。
『はい、御世話になります』
『事情は分かっている』
『へっ?』
思わず間抜けな返事をしてしまっていた。
『すべて分かっていると言ったのだ。
ハルトがこれからしようとしていたことも、今の電話のことも』
『そうでしたか』
そりゃそうだ。
ルディア様はベリルママの筆頭亜神である。
何処かの誰かさんと違って真面目に仕事しているしな。
『この一件で特に罪悪感を感じる必要はないぞ。
弱者救済のために少し横着をしたくらいでガミガミ言わぬ』
『それは、助かります。
ありがとうございます』
『礼には及ばぬ。
それよりも、こちらの方が謝らねばならぬのだ』
『へっ?』
またしても間抜けな返事になってしまった。
だって、ルディア様が謝る理由なんてこれっぽっちもないんだ。
混乱もするだろう。
『今し方、電話しておっただろう』
『はい』
『それよ』
言われて初めて気が付いた。
その相手がルディア様たちの関係者であることに。
すっかり失念していたのは恥ずかしい限りだ。
『ジュディーチェなる亜神の方のようですが』
着信履歴から判明したことである。
本人からは名前を聞きそびれたままだったのでね。
『うむ、西方では裁きの神として知られておる』
『…………………………』
俺はしばし言葉を失ってしまった。
あの唐突な僕っ娘が裁きの神として崇められているとは……
読んでくれてありがとう。