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1180 仮眠の時間

 算盤の有用性は充分に証明できたと思う。


 え? 計算尺は用意しないのかって?

 あれは扱える桁数の限度が低いからね。

 大きな数値を扱うとなると下の桁は先に四捨五入などで省略する必要が出てくる。


 要するに計算可能な上の桁以外はゼロと見なしてしまう訳だ。

 概算を素早く求めるには向いているけど、正確な結果は得られない。


 新たな誤魔化しの温床になりかねないものをアピールする訳にはいかないだろう。

 道具が悪いんじゃなく、扱う人間の問題なんだけどな。


 悪党どもの手先である商人を排除しても先々で何が起きるか分からないのでね。

 変なのにスルッと入り込まれても面倒だし。


 それなら算盤だけにしておくのが良いだろう。


「この算盤を売ってもらえるのかい?」


 カーターの鼻息が少し荒い気がする。

 かなり算盤のことを気に入ったようだ。


「もちろん」


 譲ってもいいんだけど、それはカーターが受け入れないだろう。


「学生の作った習作で良ければ安くしておこう」


「おおっ、それは助かるよ」


 こういう形なら素直に受け入れてくれるんだけど。


 そして、トントン拍子で話は進んだ。

 その後は軽く打ち合わせをして仮眠を取ることになったのだけれど。


「これは面白いね!」


 寝袋を手にしたカーターが子供のようにはしゃいでいた。

 謁見の間で寝袋を使っての雑魚寝には何の抵抗もないようだ。


「寝心地までは保証しないぞ」


 魔道具じゃないからな。

 硬い床で直に寝るよりはマシという程度だ。


「コレだけフカフカしてれば充分だよ」


 カーターはまるで意に介した様子がない。


「それにしても変わった形をしているね」


 広げてしげしげと眺める。


「見ようによっては十字架っぽいかな?」


 袖があるせいで、そう見えるのだろう。


 ファスナーを使っていないので、こうしないと開口部を閉じるときに不自由なのだ。

 というより閉じられない。


 内側からボタン留めするように作れば可能だったんだろうけど。

 寝返りを打ったときの寝心地に影響するので紐で閉じるようにした。


『ボタンの出っ張った感触は嫌だもんな』


 とにかく使い方を説明する。


「なるほど、なるほど。

 それで袖があるんだね」


 うんうんと頷くカーター。

 それを困惑の表情で眺めるイケメン騎士ヴァン。


「どうした?」


「いえ、あの……」


 どうにも歯切れが悪い。

 それでも待ち続けていると、重い口を開いた。


「本当にここで寝るのですか?」


 どうやらヴァンは抵抗感があるようだ。


「寝具はこれしかないからな」


 手にした寝袋をヒラヒラ揺らしながら言った。


「城は作ったが、ベッドまで用意した訳じゃないし」


 おまけで椅子やテーブルなんかは用意したけどさ。

 立ったままじゃ、食事も事務関係の執務もできないからな。


「そのあたりは理解しているつもりなのですが……」


「割り切れないものがあるか」


「だと思います」


 今にも溜め息をつきそうな表情でヴァンはそう漏らした。


「場所が場所だから、しょうがないだろう」


「いえ、割り切るべきだと分かってはいるつもりです。

 そのつもりなのですが、何とも言いがたい感情が消えません」


 苦虫を噛み潰したような顔で頭を振る。


「こんなことでは良くないと思うのですが……」


 生真面目な男である。

 ただ、普通は雑魚寝を受け入れない方向で頑張ると思うのだが。


『どう考えても逆だよな』


 こちらとしては受け入れようとしてくれているので助かるんだけど。

 そちらの方へ戻られても困るので助け船を出すことにした。


「ダファル卿、ここが先程まで戦場だったのは分かるよな」


 最後のアンデッドスライムとの戦闘以外は狩り場に近い状態だったけど。

 それか低難易度のダンジョンとか。


 最終的には戦争であることを実感させられるとは思うんだけどな。

 勝って得られるのは敵の領土だし。


「はい」


 ヴァンは頷きつつ明確に答えた。

 微かに困惑の表情を浮かべながらではあったけどね。

 一体、何の話を始めるのだろうという疑問から来るのだと思う。


「ここは我々が占領した」


 それは紛れもない事実。


「はい」


 だからヴァンもハッキリと答えた。

 内心では変わらず疑問を抱いている風ではあったがね。


「ならば、ここは勝利した後の最前線と考えればいいんじゃないか?」


「はい?」


 先程までの「はい」と違って疑問形である。

 俺の提示した答えが理解不能だったんだろう。


「最前線じゃないと言うつもりか?」


「いえっ」


 ヴァンが頭を振った。


「場所が特殊ってだけだよな」


「特殊というか……」


 言い淀んだヴァンだったが。


「そうですね、普通とは言い難い最前線だと思います」


 すぐに肯定した。


「最前線なら野営するだろ?」


「ええ、まあ……」


 ヴァンの表情が曇る。

 嫌な予感がしたのだろう。


 城内でキャンプを始めるつもりじゃないかとか考えたのかもな。

 そういう状況になるなら場違いな光景になるという拒絶感があるようだ。


 シュールな光景に見えるのは否定しない。

 もちろん、そんな真似をするつもりはないがね。

 変わっていて面白いとは思うが遊びにきた訳じゃないし。


「こんな場所でテントを張ったりはしない」


 この言葉にヴァンは明らかにホッとした表情を浮かべていた。

 俺の推測は間違っていなかったようだ。


『それにしても、そんなに嫌なのか』


 寒い季節だと割と有効な防寒対策になるのだが。

 あとは孤独を好む者が作業場として遮光性の高いボックス型を利用したりするそうだし。


「せっかく建物があるんだから、それを活用せず外でテントを張るとかする訳がない」


「ごもっともです」


 ヴァンは神妙な表情で頷いた。


「ただ、占領地であるここには寝具がないから寝袋を使うだけだ」


 そこでヴァンの表情が再び曇る。

 どうやら寝袋に対する認識がテントと変わらないようだ。


「床の上で寝るのが嫌ならテーブルかソファーの上で寝るんだな」


 そう言うと、ブルブルと高速で頭を振った。


「いえっ、そのような真似はできません」


 どうやら行儀作法なんかの観点から拒否感があったようだ。

 意外に融通が利かない。


『そんなこと言うタイプに見えないんだが?』


 ピンポイントで何かこだわることがあるのかもしれない。

 そこを追及するつもりはないけど。


「だったら、外で野営しているつもりになるんだな」


 それしか折り合いをつけられないと思う。


「なんだったら、ここでテントを張るか?」


「うっ」


 結局、ヴァンが折れる格好となった。

 妙なところで面倒な男である。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 城内の謁見の間では皆が寝静まっていた。


 俺は気配を殺して起き上がり外に出る。

 皆が寝ている場所で仕上げの魔法を使うのは落ち着かないからだ。


 【多重思考】でもう1人の俺を大量に呼び出して分担を決めていった。


「正直なところ、気は進まないな」


『仕方ないだろう、俺よ』


『そうだ、これ以上の解決策があれば話は別だが』


 そんなものはない。


 本来は地方領主たちを訪ねて回り、話をつけるべきなんだろう。

 筋を通すならば。


『どれほど時間がかかるやら』


 最初の1人目でも話をするだけで夜が明けてしまうはずだ。

 そこから納得させるに至るまでは更に時間がかかるのは言うまでもない。


 もちろん、そんな時間的余裕はない。

 今夜中に終わらせるつもりだからな。


 故に夢の中で神のお告げ作戦を実行するのだ。

 あまり多用して良い方法ではないが、背に腹はかえられない。


 現在の不安定な状況が長く続けば国内が混乱するからな。

 下手をすれば隣国から宣戦布告されかねない。


 北側の2ヶ国とはよほどのことがない限り、戦争にはならないだろうが。

 それと南は今ではエーベネラント王国としか接していないから問題ないとして。


 東と西の国がどう動くかは不透明なのだ。


『両方同時に動かれるとシャレにならん』


 【諸法の理】によれば、野心的な国ではなさそうなんだけど。

 それは歴史的に見ての話だ。


 現在の王がどういう人間かで状況は幾らでも変わる。

 油断して足をすくわれる訳にはいかない。


『まあ、体のいい言い訳だな』


 ズルであることに代わりはないのだし。

 それを正当化しようとしているにすぎない。

 そう考えると、ルディア様のことが思い浮かんだ。


「あー、事前に報告しておくべきだよな」


 お叱りを受けるのは確実だと思うが、仕方あるまい。

 というより、ルディア様たちを利用しようとしていたのに報告しないなどありえない。


『今の今まで失念していたけどな』


『完全に白紙状態』


『そうそう、誰の目にも明らか』


『否定できない』


『すっかり失念しているんだからな』


『おいおい、そこはすっかりじゃなくてウッカリだろ』


『誰が上手いことを言えと』


『上手いか?』


『座布団は貰えないな』


『とにかく、迂闊にも程がある』


 一斉にもう1人の俺たちから言われてしまったさ。

 ぐうの音も出ない。

 反論の余地はないからな。


 ツッコミどころはあるけど、それを言うと収拾がつかなくなりそうだ。


「ごもっとも」


 これくらいしか言えなかった。

 言えないのだけれど、釈然としないものがある。


 なんたって全員が俺だからな。

 俺に言われる筋合いはないといったところか。


「……………」


 やめておこう。

 全部がブーメランになって自分に戻ってくる気がしてならない。


読んでくれてありがとう。

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