1177 地方領主も……
「結局、盗賊部隊はどうするのですか?」
苦虫を噛み潰したような顔でヴァンが聞いてきた。
事の詳細を知るより対処が先だと考えたのだろう。
「対処済みだよ」
「え?」
「翌朝には領主に身柄が引き渡されるだろう」
アジトに斥候型自動人形を送り込んで全員を魔法で眠らせてから捕縛。
いくつか魔法をかけて領主の館の前に積み上げれば終わったも同然だ。
「この連中は罪状が確認されれば処刑は免れられんな」
それだけのことをやっている。
奴隷として命令されていたというのはあるが、命令されていないことまでやってるし。
根っからの極悪犯罪者だったってことだな。
「……………」
唸りそうな表情で黙り込むヴァン。
「だけど、それで簡単に解決するとは言えないんだよな」
「既に領民に被害が何度か出ているんだね」
カーターが渋面を浮かべながら言った。
さすがはカーターだ。
『察しが良くて助かるぜ』
問題を理解してくれているなら説明の手間が省けるし。
俺があれこれ動くことになるのも理解してくれるだろう。
「そういうことだ」
「この調子だと、他の領主のところでも何かしらやってそうだね」
「子飼いの商人を使って財務関係をいじったりとかな」
「うわぁ……」
カーターが顔を顰めた。
同じタイミングでヴァンも渋面になっている。
「経済に弱い領主は何処も多いようですね」
「我が国も他人事ではないんだよねー」
2人して重々しく溜め息をついた。
「ハルト殿のところは、どうしてるんだい?」
質問を口にしたカーターであったが、答えは期待していないような雰囲気が感じ取れた。
何処も似たような問題を抱えているはずと思っているのだろう。
「教育してる」
「え?」
まともな返答があったことに唖然とするカーター。
ヴァンも声こそ出さなかったが、カーターと同じような表情で固まっている。
「うちは数字に弱いと要職に就けないよ」
ウソではない。
学校での必須科目だからな。
試験をクリアできないと卒業できないようにしたし。
卒業していない者は重要な仕事には就けないのも事実だ。
余所の国からすると画期的なことみたい。
俺の話を聞いた瞬間、ヴァンはうらやましそうな顔をしていたし。
「それは領地経営に関わるような財務計算ができることが条件ということですか?」
すぐさま聞いてきたくらいだ。
「そうだな。
それくらいできて当たり前にしている」
西方では一般的でない複式簿記なんかも導入しているし。
「何とも、うらやましい話だね」
カーターが唸った。
「まったくです」
同意して嘆息するヴァン。
「短期で集中的に教えるくらいなら、どうにかできるんじゃないか」
勉強合宿的なものを実行すればいいのだ。
社会人なら研修と言うべきか。
いずれにしても期間が短いから、それですべて身につく訳じゃない。
『予習復習は特に重要になるってことだな』
それを年に何回か実施できれば、かなり改善できるのではないだろうか。
俺はそう思ったのだけれど返事は溜め息が先であった。
「そうしたいのは山々だけどねー」
カーターが力なく乾いた笑いを漏らす。
「まずは何と言っても先立つものが必要になるから……」
ガックリと肩が落ちる。
「予算か」
「そうなんだよー」
エーベネラントは色々とギリギリのラインでやっているからな。
「そういうのは、少しだが当てにできるものがあると思うぞ」
「「ええっ!?」」
カーターとヴァンの2人がそろって驚いている。
「そんな大袈裟なものじゃないさ。
ここでも後始末でやろうと思っていることだし」
「そっふぇはどういうことかなっ?」
珍しくカーターが噛んでいた。
「盗賊部隊の話をしたよな」
「うん、そうだね」
「そいつらが送り込まれたのは数字に強い領主のいる所だ」
「うん」
首を捻りながらも頷くカーター。
「逆に送り込まれなかった領主の所には……」
「ここの為政者たちが差し向けた子飼いの商人が送り込まれたって話だったよね」
「数字に弱いなら、そういうのに強い人間を頼ると思わないか?」
「あっ」
カーターの表情が一変した。
「単に暴利をむさぼるような商売をするために送り込まれたんじゃないんだ」
「そう、刺客として差し向けられていたんだよ」
「どういうことでしょうか?」
困惑した表情でヴァンが聞いてきた。
今の会話だけでは分からなかったようだ。
『まあ、察してちゃんな話だったしな』
分かりづらかったのは間違いない。
俺はカーターの方を見た。
「商人がスパイだったと言えばいいのかな」
まずは確認を取るべきだろう。
余計に分かりづらくなったら訳が分からなくなるしな。
「そうだね。
ただし、経済的破壊活動専門のと付け加えるべきだと思う」
ヴァンは首を捻っている。
「ああ、すまない。
先にカーターに確認を取っただけで、質問に対する答えじゃないんだ」
「は、はあ……」
逆に混乱させてしまったようだ。
完全に俺のミスである。
そこから先はちゃんと丁寧に説明したけどな。
話を聞いている間のヴァンの表情は唖然としたものだった。
予想外の話だったからだろう。
『意外に世間知らずだね』
しかしながら、終盤に差し掛かる頃には眉間に皺が寄っていた。
知らないからこそ怒りもより湧いてくるといったところか。
ただ、カーターとの話の内容自体は単純なのだ。
数字に弱い領主に取り入って財務関連の業務を引き受ける。
もちろん、報酬ありでの話だが。
商人だってボランティアで商売している訳じゃない。
報酬なしだと怪しまれて雇ってもらうことなどできないだろう。
逆に、帳簿管理の経験をアピールすれば雇われやすいと言える。
そういうのは商人の得意分野だ。
口八丁手八丁で取り入れば、後はどうとでもなる。
苦手分野のチェックを詳細に行う領主はいないからな。
日々の仕事に忙殺されるが故に。
どうにか時間を作ることができても、苦手なだけあって上辺を精査するだけで精一杯。
計算間違いのあるなしを確認できれば上出来だろう。
細かな部分にまで目は届かない。
これも商人の得意分野だ。
微妙な誤魔化しに横流しの帳尻合わせ。
破綻させない程度に財政へダメージを与える。
結果、手も足も出せなくなる。
何をするにも予算は必要だからな。
まともでない中央の不満を抱いていても、クーデターを起こすことはできない。
行動を起こしても簡単に鎮圧されてしまう。
何よりもまず兵の練度を上げられないが故にな。
兵の練度を上げるには働き手である者たちを訓練に専念させる必要がある。
その間の食事やその他諸々の費用は決して安くない。
その上、労働力を別に確保せねばならない。
人を雇うにも金がかかる。
財布の紐を握られてしまうと、どうしようもないという訳だ。
「信義にもとると言わざるを得ないですね」
険しい表情のままヴァンが声を絞り出した。
「相手の弱みにつけ込むように取り入るなどっ」
「それが詐欺の常套手段だからな」
「仮にも商人じゃないですか」
「世の中、真っ正直な人間ばかりじゃないってことだ」
「しかしっ」
鼻息も荒く反論しようとするヴァン。
だが、次の言葉は出てこない。
頭では理解しているからだろう。
感情がついてこないだけだ。
「人を疑ってかかるのは嫌なものだよな」
「はい……」
「だったら、相手を見抜く目を鍛えろ」
「ヒガ陛下?」
「相手の本質を見極められるようになれば、疑わずに済むようになる」
真っ当な相手であれば普通に接することができるだろう。
そうでないなら警戒するだけ。
疑って警戒するのと確信した上で警戒するのは違う。
己の中に「もしも」がなければ、罪悪感が膨らむことだってないからな。
屁理屈の類だが、要は納得できるかどうか。
ヴァンがこの考えを受け入れられるかは微妙なところだとは思う。
それなりの時間はかかるだろう。
「とりあえず、それはヴァンへの課題だ」
カーターが諭すように言った。
「はい」
「全体として解決すべきは、そこじゃない」
「はい」
返事をするたびにヴァンの中にある熱が冷めていく。
これなら納得がいかぬと突っ掛かってくることはないだろう。
「その商人たちをどうにかして予算の健全化をしなきゃならないんだが……」
カーターがそう言って俺の方を見た。
「ハルト殿のことだから商人の始末は翌朝までにつけるんだよね?」
「ああ」
「それはいいとしても、どうやって目減りした分を回復させるかが問題じゃないかな」
困ったものだと嘆息しながら、カーターは問題提起した。
「ハルト殿は何か当てがあるようなことを言っていたね」
カーターは思いつかないようだ。
いくらカーターでも何でもかんでも分かる訳じゃない。
さほど頭を捻らなくても分かるようなことでも見落とすことはある。
「ああ、言ったぞ」
「見当もつかないんだけど」
「そんな大層なことじゃないさ」
「えっ、そうなのかい!?」
俺の言葉にカーターが目を白黒させるのであった。
読んでくれてありがとう。