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1173 カーターは策士である?

「おやおや、何か反論はないのかね?」


 カーターが上の連中に向かって挑発的に聞いている。

 意趣返しってところだろう。


 アンデッドを差し向けられたことか。

 あるいは軍隊を送り込まれるところだったことか。


『そういや越境侵略行為と断言してたな』


 実際は緩衝地帯だったんじゃないのかと思うが、そこを訂正する気はない。

 こんな場所でバカ正直になる必要はないってことだ。


 反論できる奴がいない時点で軍の細かな行動を把握していないのは明らかなんだし。

 もっと報告を密に受けていれば、違うと言えたはずだ。


 え? 軍隊の全滅を告げられたことにビビってる?

 確かに全滅を意識させられるようなものは見せたからな。


 アンデッドスライムなんて連中にはどうしようもなかっただろうし。

 レヴナントどもにさえ、まともに抵抗できなかったのだ。

 騎士もどき連中などは王侯貴族を守ろうともせず逃げていたくらいである。


 そんなものを捕食融合して巨大化する化け物をあっさり倒されたんじゃビビりもするさ。


 だが、それがどうしたというのか。

 今まで散々、威張り散らして横暴に振る舞ってきた連中に配慮する必要などないだろう。


 ビビって口を閉ざし、惨めな姿をさらそうと知ったことではない。

 むしろ、いい気味だと虐げられてきた者たちは思うんじゃなかろうか。


 こじつけで借金奴隷にさせられた人たち。

 奴隷ではなくても権力でねじ伏せられてきた国民たち。

 フランク一家などは両方か。


 恨み骨髄に徹する者もいるだろう。

 そういう者たちからすれば、まだまだ甘い。


 今まで暴力的に黙らせてきたのは連中なんだから、報いを受けるのは当然というもの。

 敵に塩を送るのは敬意を払うに値する相手の時のみだ。


 この連中にそれを受ける資格はない。

 これしきのことで手心を加える必要も一切感じない。


 生かさず殺さずの加減で丁度いい。

 エーベネラント王国にも悪意と暴力を送ってきた訳だし。

 塩ではなく相応の罰を送るのが相応しい。


 え? 嫌みで本物の塩を送るのはありかもって?

 微妙だな。

 口いっぱいに詰め込んで、吐き出せないようにするとかは罰ゲームの類だし。


 そもそも嫌みにはならないからね。

 どの国も岩塩が普通に入手できるから塩には困っていないのだ。


 故に諺も通じない。

 なんにせよ、これだけ待っても何も言わないなら反論なしと結論づけていいだろう。


「どうやら反論はないようだね。

 しても、消えてもらうだけだけど」


 サラリと言ったカーターの言葉に上の連中は震え上がっていた。


『芝居が上手いな』


 殺す気はないのに、そう思わせるだけの説得力があった。

 カーターなら地球へ転移しても役者でも食っていけるだろう。


「それから諸君らの処遇だが──」


 連中が一斉に固まった。

 自分たちの命運がかかっているだけに必死の形相だ。

 何故か盗み聞きしている風にしか見えなかったが。


『盗賊かよ……』


 この連中の本性を垣間見た気がしたのは言うまでもない。


「身分はすべて剥奪だ。

 たった今から諸君らはただの平民である」


 ザワリと上の空気が変わった。

 到底、受け入れられるものではないという強い拒絶感。

 そこから生まれる反発心と憤り。


 奴らにしてみれば、それだけは認められないだろうしな。

 憎悪の視線で射貫けとばかりにカーターを見る。


 吠えようとしないのは電撃ビリビリが頭の片隅にあるからか。

 それとも、それすら忘れるほど怒りに支配されているのか。


 いずれにしても関係ないとばかりにカーターは軽く流している。


「不服があるというのかい?

 自らの行動を正当化してきたツケだよ。

 何を言おうと認めない。

 お前たちが、今までそうしてきたように黙殺するだけだ」


 諸君からお前たちに変わった。

 処分は下されたのだという宣告に他ならない。


 それを理解しているのかいないのか、連中は歯ぎしりし身悶えていた。

 地団駄を踏もうとして空振りしている奴までいる。


 なり振り構わぬとばかりにギャーギャーと罵り始めてもいた。

 聞こえてこないので滑稽にしか見えないがね。


 だが、笑う気にもなれない。

 あまりにも身勝手で醜悪に見えたからだ。


『お前らは何でもかんでも権利を主張する悪質クレーマーかっ』


 思わず内心でツッコミを入れていた。

 カーターの話が続かなければ、説教のひとつもしていたことだろう。


「それでも不服があるなら重犯罪者として奴隷にする」


 カーターが冷たく言い放った。

 上の連中がピタリと止まる。

 そして、縋るような目を向けてきた。


『現金な連中だ』


 より下があることを知るとマシな方へ逃げようとするのは人間の心理だとは思うが。

 この連中のプライドはやたらと高いのに薄っぺらい。

 呆れるよりも嫌悪感が先に来る。


 どうにかこうにか自分たちが不利な条件を少しでもチャラにしようとするし。

 そのためになら媚びへつらうことも平気でできるのだろう。


『コイツら絶対に借金を踏み倒すタイプだな』


 そのくせ、自分たちが貸し主である時は返済が滞ることを何があっても許さない。


「返事がないなぁー」


 芝居っ気たっぷりに言い放つカーター。

 何か思惑があるようだ。


「そうか! 今までのことを大いに悔いているのだな?」


 その言葉を聞いた瞬間に罠だと思った。

 カーターの芝居くさい台詞回しが続いていたからだ。

 そうと気付かず気持ち悪い笑みを浮かべながら上の連中は頷いていた。


『アホだな』


「せめてもの償いに、より厳しい罰を受けようという心意気は素晴らしい!」


 頷きかけて「ん?」と怪訝な表情になるのが約半数ほどいた。

 騎士もどきに多いようだ。


 次に多かったのが、そのまま何の疑いも抱かずに頷く連中。

 媚びることに全力を注いだかのようなネチっこい笑み付きなのは言うまでもない。

 下級貴族と思しき連中が大半だ。


 そして残る少数派はギョッとした表情になっていた。

 あくどいことを考え主導する立場だからこそカーターの意図に気付いたようだ。


「ならば望み通りにしてやろう」


 カーターのその台詞回しからは芝居っ気など完全に消えていた。


「重犯罪を犯した犯罪奴隷として罪を償え」


 冷たく言い放つ。

 パニックが発生した。


 それはそうだろう。

 最悪の事態を免れたと、ぬか喜びした直後に奈落へ落とされたんだから。


 直前まで何の疑いも抱かなかった奴には相当の衝撃だったはず。

 直前で変だと思った奴も、嫌な予感が的中したショックは小さくないだろう。

 そんなのが大半を占めていれば、残りの少数派に止められるものではない。


 いや、ギリギリでヤバいと気付いた奴らも冷静ではいられなくなっていた。

 反応は様々だ。


 ショックのあまり卒倒する奴。

 この世の地獄を見てからにしろと言いたい。


 もちろん、電撃ビリビリで叩き起こしたさ。

 その後は喚き出すか、ガタガタ震えて何かを呟き出すかに分かれた。


 卒倒しなかった連中は元からそういう反応だ。

 周囲に怒鳴り散らすのが大半だったがね。


 どうやら責任のなすりつけ合いをしているっぽい。

 怒号が飛び交っているであろう様子が見て取れる。

 互いの距離が近ければ、取っ組み合いが見られたことだろう。


 中にはカーターに向かって喚く奴もいた。

 【読唇術】を使ってみたが、失笑ものである。


「ハルト殿?」


 カーターが鼻で笑った俺に気付いて、こちらを見てくる。


「唇を読んだら、笑うしかなくてな」


「凄いな!

 そんなことができるとは」


「同じことの繰り返しだから、慣れた者なら誰でも分かると思うぞ」


「へえ、何と言っていたのかな?」


「卑怯者だってさ」


「本当に?」


 思わず吹き出しそうになりながらの確認だった。


「それしか言ってないっぽいから、見ていればカーターにも分かるんじゃないか?」


「おー、それは是非とも確かめねば!」


 気合いを入れたカーターが、下に向かって喚いていると思しき女の方を向いた。

 そのままジッと観察し始める。

 そして、カーターが何故か卑怯者と連続で呟き始めた。


 よく見れば、相手の唇の動きに合わせて呟いているようだ。

 やがてカーターは頷き始め、俺の方を見てニヤリと笑った。


「確かに言ってるみたいだね」


「だろ?」


「ハルト殿が笑ったのも分かるよ。

 どの口がそれを言うのかと問い詰めたくなるね」


「同感だが、面倒なことになったと思わないか?」


「そうだろうか?」


「どうやって、この事態の収拾をつけるんだよ」


「ああ、そのことか。

 狙い通りだから大丈夫だよ」


「なんだって!?」


 思いもよらぬことを言われたためか、叫ばずにはいられなかった。


「まずは今のうちに輸送準備が整えられる」


『複数あるのかよ』


 まあ、ひとつ目の狙いはさほど意味はない。

 もう終わっているからだ。


「輸送機なら、もう用意できているが?」


「さすがはハルト殿だね」


 カーターは感心したように言った。


「それで次の狙いってのは?」


「大したことじゃないんだけどね」


 そう前置きしてカーターは話し始めた。


「彼らはまともに運動したことがないはずだ」


「だろうな」


「怒りにまかせて発散するようなら、すぐに疲れて動けなくなると思わないかい?」


「確かに」


「ああいう輩は疲れるとすぐに悲観的になるから誘導しやすくなる」


 連中の心を折ることはできなくても疲弊させることはできるってことだな。


「犯罪奴隷になるよりはマシと思わせる訳か」


 そして強制スローライフの刑を確定させると。


「それが理想なんだけどね」


 カーターが苦笑する。


「少なくとも我々には下手なことが言えないと思わせることができるはずだよ」


「なるほどな」


 一理あると思った。

 暴れて疲れれば、きっと辟易することだろう。

 無駄な交渉を持ちかけようとするバカも減るはずだ。


『カーターめ』


 なかなかの策士である。


読んでくれてありがとう。

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