1169 攻撃を通すには
「総員、射出型の光魔法を準備」
ミズホ組の大半が「えっ」と驚いて俺の方を見てきた。
チラ見をするに留めて油断なく巨大スライムを見ているのは数名といったところか。
『いくら結界があるからって、それはダメだろう』
信頼の表れと言えるのかもしれないが。
不測の事態が起こらない保証はないのだ。
「まったく……」
今回は良くても他の似たような状況になった際に同じとは限らないし。
こういう油断癖がつくのは良くない。
チラ見なら分かるんだが、首が完全にこちらを向いてしまっているからな。
風と踊るの3人娘などは完全にこちらを向いている。
「こらこら、これから攻撃しようって時に目標から注意をそらすんじゃないよ」
「でも、どうやって攻撃するっすか?」
ローヌが困惑の表情で訴えてくる。
「そうっすよ」
それにナーエが同じような表情で同意した。
「あれって空間魔法で遮ってるっすよね」
ライネなどはツッコミを入れつつ、顔でギブアップしてくる始末だ。
他の面子も、ウンウンと頷かんばかりである。
3人娘をたしなめる立場であるフィズやジニアもその面子に含まれていた。
『なんだかなぁ……』
このあたりが古参組との差なんだろう。
国民になって日が浅いと、俺の手札を知ってはいても気付かないことがある訳だ。
逆に、こちらを見ていない面子は気付いているってことだな。
そのあたりは個人差なんだと思う。
現時点で全員にその水準を要求するのは酷か。
学校の授業で修正していくしかあるまい。
「やりようはあるから準備しろ」
そう言うと、すぐに切り替えてくれた。
正直、助かる。
説得に時間を割きたくはなかったからな。
残された時間は少ないはずだ。
皆が巨大スライムに向き直り集中する。
それは3人娘も同じ。
方法があるのであれば自分の仕事をこなすだけと思ってくれているからだろう。
「どの光魔法を使いますか?」
このタイミングでベルが聞いてきた。
俺は射出型としか言ってないからな。
「各々が最も威力を出せるやつだ」
ベルならば、それが分かっていたはず。
それでも問うたのは全員に周知させるためか。
何を使うべきか迷う者もいたかもしれないし。
俺の指示が具体性を欠いていたってことだ。
『焦りすぎだな』
巨大スライムが消える未来は変わらない。
我々が仕留めるか、奴が自滅するか。
結果が後者になったとしても被害が出る訳ではないのだ。
単に経験値を取り損ねるだけの話。
勿体なくはあるが、それだけ。
自分にそう言い聞かせる間に皆の射出準備が整っていく。
ライトダガーを使う者が多い。
多数展開したり大型化させたりと個性はあるが。
聖烈光を使う者は皆無だ。
習いたての魔法では最大ダメージは出しづらいようだ。
一定ダメージで揃えるのとは制御方法が違うからな。
それはウィスも同じだ。
ライトサーキュラーソーを5枚重ねにして使っている。
『まるでハンバーガーだな』
ウィスのようにライトサーキュラーソーを使う者は少ない。
ベルとナタリー、それにシャーリーと神官ちゃんだ。
彼女らは、やはりハンバーガースタイルである。
大きさはピザサイズだけど。
「面白いことを考えるわね」
ベルがくすくすと笑う。
「あれなら単純計算で5倍のダメージになるわ」
「それは、どうでしょうか」
ナタリーが反論する。
「1枚あたりのダメージは下がっていると思います」
「あら、そんなことを言ってるアナタも真似してるじゃない」
「総合的に判断した結果です」
痛いところを突かれたのか、ナタリーが仏頂面になっている。
「素直じゃない」
神官ちゃんがボソッと呟いた。
シャーリーとベルがクスクスと笑い、ナタリーが歯噛みする。
この4人は余裕があるようだ。
が、他にライトサーキュラーソーを使う者はいない。
回転と鋸歯の制御が難しいからだろう。
それらの維持に気を取られて威力に気を回せないといったところか。
その点は聖烈光と似ている。
ライトリングソーが皆無なのも、そういうことだと思われる。
あれは幅広くダメージは与えられるんだけどね。
逆に、そのイメージが威力アップの妨げになるようだし。
広げる感覚とダメージの拡散が結びついてしまうみたいなのだ。
もちろん、それらを修正すべく学校で教えている。
女子組はまだ教わっていないか、教わったばかりのようだが。
他にも最大ダメージを出すために時間がかかる者が少なくない。
某アニメの気を練るような手順を必要とするようだ。
それは仕方あるまい。
最も威力を出すように指示したのは俺だ。
途中で撃たせると失敗しかねないので待つのみである。
『課題が色々と出てくるな』
それらをクリアするのはミズホ国に帰ってからになるがね。
そして、全員の準備が整った。
最後の1人が溜め終わったのだ。
待つ必要がなくなったのであれば、すべきことはひとつ。
「撃ち放て!」
すかさず号令をかけた。
レヴナントの集合体である巨大スライムへと向けて一斉に放たれる各々の光魔法。
これなら相手が如何に巨体であろうと倒しきれる。
誰もがそう思ったことだろう。
ただし、空間魔法の結界がなければの話である。
だからこそだろう。
放った次の瞬間には俺の方を見てくる者ばかりであった。
『おいおい、それじゃ見逃すでしょうが』
斥候型の自動人形に監視させているから、見逃してもどうにかなるけどね。
だが、それは映像でしか見られないということだ。
せっかく生で見る機会をふいにするとは勿体ない。
放たれた魔法の勢いは弓矢のそれを超えている。
今から前を見ろと言っても遅い。
それを承知で俺の方を見ているのは明らかだ。
この調子では転送魔法を使うと思われていそうである。
『んな訳ないでしょうが』
後でカーターに説明を求められたら誤魔化しようのない手は使わないよ。
もう少し、俺のことを信用して任せてくれてもいいじゃないかと思うんだが。
心配してくれているのは嬉しいけどさ。
『俺のことを心配するなら強くなってくれ』
そうも思ってしまうのだよ。
今の状況で言うなら、振り向かずに前を見ていてほしかった。
インパクトが違うはずだ。
何人かは生で見ているから、後で話を聞くことはできるだろうけど。
目撃していても伝えきれる保証はない。
印象だけなら特に支障を来すことはないかもしれない。
だが、果たしてあれを見切れるだろうか。
『あれをただの障壁と見ているなら気付かないだろうなぁ』
そして、その衝撃だけは生でなければ伝わらないだろう。
凄いことをしている訳ではないが、初見なら驚くはずという確信があった。
ネタバレしてしまえば、どうということはないのだけど。
現に古参組なら使える手段である。
『さて、何人が気付くかな』
結界の表面に各人の光魔法が着弾する直前で俺は魔法を発動させた。
使ったのは空間を歪める魔法だ。
次の瞬間、皆の魔法が集束していく。
それは光の奔流とでも言うべきものであった。
皆にはそう見えたことだろう。
実際は違う。
歪めた空間は薄く薄く結界の周りを渦を巻くように囲んでいた。
芯のないラップフィルムがイメージとして近いだろうか。
ラップに相当する部分の空間内を光魔法が飛んでいるために、そう見えただけのこと。
歪められた空間の内と外では見え方が異なっているとしか言い様がない。
内側は広大だ。
光魔法は何処とも接触していないので勝手に弾けて消えたりはしない。
位置情報と移動ベクトルが歪められ巻いた空間の内側の末端へと向かうのみ。
外からは極薄にしか見えない空間は何重にも巻いており、それなりの距離がある。
減衰しないよう空間内で魔力を補充している。
それらは攻撃を実現させるための処理手順を実行するために必要なものだ。
俺は、まず歪めた空間の入り口をすべて閉じた。
それを確認してから終点を結界に接続させる。
続いて歪めた空間と結界を融合。
終点を出口として解放した。
出口から飛び出した光魔法は本来の勢いで巨大スライムに襲いかかる。
一斉に着弾。
その際、強く発光したために闇色の巨体は光に飲み込まれた。
あまりのまばゆさに顔を顰める者が多い。
まあ、上の連中に比べればマシだけどね。
奴らは目を押さえて暴れているよ。
声は遮断しているから聞けないけど、叫んでいるのは暴れっぷりから分かる。
お約束のように「目がっ、目がぁっ!」と絶叫しているんじゃなかろうか。
こうなることは想像がついたから闇魔法で光量調節をしたのだ。
上の空間以外は。
「カーター、大丈夫か?」
目を瞬かせている友人に声を掛けた。
イケメン騎士ヴァンは、カーターほど眩しがってはいないので放置する。
「うん、大丈夫。
ちょっと驚いたけどね」
「すまない。
光量調節をミスったな」
「咄嗟に魔法を使ってくれたんだろう?」
上を指差しながら苦笑する。
「まあな」
カーターの言うような咄嗟のことではなかったので言葉を濁しておく。
「ところで、消えているね」
「ああ、消滅したな」
タイミング的にはギリギリだったかもしれないが、間に合った。
皆のレベルが上がっているからな。
「仕留めたということでいいんだよね?」
「ああ、光魔法を使っているから浄化もされてる」
「凄いねぇ。
倒しただけじゃないんだ」
感心したように頷いているカーター。
「それを聞けば、皆も喜ぶよ」
俺の言葉にカーターは照れ臭そうに笑った。
「そうだと、いいね」
これを謙遜とかじゃなく本気で思っているのがカーターだ。
ここにもいましたよ、本物のイケメンが。
元から分かっていたことだけどさ。
読んでくれてありがとう。