1168 最後の意地
『既にアンデッドになった奴がアンデッド化ポーションを飲むだとぉ!?』
想定外すぎて、クズ研究者の行動を誰も止められなかった。
「「「「「ふぁっ!?」」」」」
素っ頓狂な声を出して驚くのが精一杯。
それも無理からぬこと。
もはや、クズ研究者にとっては何の意味もなさない行為のはずだからな。
『あり得んだろうが!』
俺も似たようなものだ。
できたのは心の中でツッコミを入れたことだけ。
あのポーションは生者には猛毒だ。
が、毒で死者は殺せない。
死んでいるのだから殺すと言うのはおかしいかもしれないがな。
とはいえ──
『アンデッドが自殺だと?』
そうとしか思えない行動であった。
何のギャグかと思ったさ。
この場面で俺たちを笑わせても何の解決にもならないのだが。
だが、他にそれをする理由が見当たらない。
その行動に意味を求めるのは困難というものであった。
故に困惑と沈黙の時間が続く。
が、さほど待つことなく変化が訪れる。
クズ研究者が胸を押さえたかと思うと丸くなった。
そして、ビクビクと痙攣しながら胸を掻きむしり始める。
どう見ても、藻掻き苦しんでいるようにしか見えない。
その光景に一同が唖然としてしまっていた。
もちろん、俺もビックリだ。
『アンデッドが苦しむだと?』
物理的な攻撃や毒では痛がりも苦しみもしないはずのアンデッドが?
想定外の現状に頭が上手く回らない。
あり得ない現実を前にして……
『いや、本当にあり得ないことか?』
奴らは光属性に弱い。
他の属性の魔法より明らかに恐れている節がある。
ならば、奴は光属性の魔力を帯びたポーションを飲んだというのか。
聖水や回復ポーションなんかは、その類いと言えるだろう。
だったとしても問題がいくつかある。
まず、そんなものを懐に忍ばせておいて何の影響もなかったのは何故かということ。
謁見の間に入った時の奴の態度には余裕があった。
光属性の物品を所持していたなら苦しんでいたことだろう。
考えにくいことだが、小瓶に細工していたなら可能性は残るけれども。
それでも所持する理由が分からない。
奴に使い道などないのだ。
『まさか、本当に自殺用か?』
思い浮かびはしたものの、頭の中ですぐに否定する。
コイツに限ってそれはない。
それなら自爆攻撃してくると言われた方が、まだ納得がいく。
そう考えた瞬間、引っ掛かりを感じた。
『自爆?』
クズ研究者が追い込まれれば、やりかねないことだ。
そして、俺はあの小瓶にはアンデッド化のポーションが入っていると思い込んでいた。
回復ポーションなどは考えられないと思っていたが故に。
奴が開発したのは、それひとつだと思い込んでいたがために。
例えば、あれがアンデッドを爆散させるほど体液を増加させるポーションだったら。
通常であれば失敗作だろうが、自爆攻撃にはもってこいの代物だ。
あれがそうだとは限らない。
それでも不審な行動にはもっと警戒すべきだった。
『バカだー、バカすぎるー』
皆に油断するなと言っておいて、俺が油断しているんじゃないか。
あの小瓶を鑑定していなかった俺のミスだ。
だが、悔いている場合ではない。
念のために皆とレヴナントどもを空間魔法の結界で隔離する。
その上で小瓶を鑑定した。
[未知のポーション]
つまり、レヴナント化するポーションではないということだ。
『効能は?』
[毒性はなし]
その一文に安堵する。
だが、それで終わりではない。
[細胞を闇属性に置き換えた上で活性化させる]
毒性はないが、これもアンデッド化するポーションのようだ。
『奴が飲んでも意味ないだろうに』
そう思ったが、補足事項を読む。
嫌な予感がしたからだ。
[当初は失敗作と思われていた。
毒が作成中に無害化され、目的とする効能を発揮しなかったためである。
また、生物をアンデッドにする効果がないことも確認済み]
その有様では誰だって失敗作だと思うだろう。
だが、過去形で締め括られている上に補足事項は続いている。
[実験の失敗により、アンデッドを軟体化させる効果が発見された]
『つくづく失敗に縁のある男だ』
まともな道を進む研究者であったなら成功を収めていただろう。
偏執的な性格だからこその今であるなら、あるいは平凡だったのかもかもしれないが。
そんなことより、問題にすべきはアンデッドを軟体化させるという部分についてだ。
[当初はそれだけの効果と思われていた。
後日、特殊な餌により強化されることが判明]
不穏な文章である。
嫌な予感がリアルタイムで増加中だ。
『特殊な餌って、まさか……』
[他のアンデッドを餌として捕食融合することにより──]
説明文を読むのを即座に中断。
クズ研究者の姿を確認すべく奴が藻掻いていた場所を見た。
「なっ!?」
その場には衣服だけしか残っていなかった。
奴が消滅した訳ではない。
軟体化したことで服から抜け出てしまっただけだ。
「あれじゃあスライムだろっ」
闇色をした大きなグミが1体のレヴナントに覆い被さっていた。
手も足もない。
顔も何処にあるのか分からなくなっていた。
「捕食するつもりかっ」
するつもりではなく、した。
ものの数秒とかかってはいない。
『それはもう捕食じゃねえよっ』
そして奴は急激に大きくなった。
ほぼ倍の体積だ。
一瞬とは言わないが、秒速で捕食融合が完了するとは反則級の捕食ぶりではなかろうか。
このまま捕食を続ければ、あっと言う間にすべてを喰らい尽くすだろう。
「くそっ」
悪態をついている場合ではない。
『いや、落ち着け』
空間魔法の結界で囲っているのだ。
奴が外に出られる可能性は万が一にもない。
ならば、落ち着いて仕留めるのみだ。
ミズホ組を見てみれば、臨戦態勢で構えている。
『彼女らの方が、よほど落ち着いているじゃないか』
つくづく俺は精神修行が足りていない。
情けないにも程がある。
だが、それを反省するのは後だ。
皆が待っているからな。
だからこそ奴の能力を確認する。
間違った指示はできない。
『アンデッドスライムだと?』
まず、名前から変わっていた。
レヴナントではなくなったということらしい。
しかしながら、元になったアンデッドから能力や知能は引き継ぐとある。
ヴァンパイアのような魅了は目がないために使えないようだが。
『何の慰めにもならんな』
奴はレヴナントだったのだから。
軟体化したために噛みつきはなくなったものの接触によるドレイン能力は使える訳だ。
それに、あの捕食能力を考えると油断は禁物だろう。
間違っても結界は解除できない。
そうなると問題がひとつ。
物理攻撃も魔法も見えない壁に阻まれてしまう。
向こうの攻撃が届かない代わりに、ミズホ組からの攻撃も同じような状態となるのだ。
空間魔法で干渉できれば話は別だが。
奴にそこまで高度な魔法は使えないはずだ。
うちの面子ならば空間魔法に干渉できる魔法も使える者もいるだろうけど。
ベルとかナタリーなんかはそのはずだ。
他にも何人か。
ただし、結界に穴が空きかねない行為は許可できない。
穴が空くってことは、相手にとっても壁がなくなることだからね。
そんな訳で互いに手詰まりだ。
ある意味、千日手とも言える状況だろう。
『生憎と将棋のように抜け道的なルールはないんだよなぁ』
同じ手が続いても、一からやり直しなんてことにはできないからね。
決着がつくまで終わらない。
それが分かっているのか、いないのか。
捕食が終わり巨大化した奴が動き出した。
楕円形のグミがボコボコと波打つように形を変える。
ウミウシのような軟体動物を真っ先に思い浮かべてしまった。
『うわぁ……』
ああいう系統は好きじゃないんだが。
どう動くかは見極めておかなければトドメを刺すのに手間取る恐れも出てくるだろう。
嫌々だが凝視する。
ナマコとかアメフラシが脳裏を過ぎった。
背筋をゾクッとさせる悪寒が駆け抜けていく。
あまりの気持ち悪さに身震いしたさ。
次の瞬間、ボコボコと膨らんだ部分が勢いよく伸びるように飛び出してきた。
『気持ち悪っ!』
ホースの先を潰して散水するときのような勢いで黒い触手が伸びる。
今度の姿はクラゲかイソギンチャクかといった様相だ。
しかしながら、触手のスピードは比べ物にならない。
幾つもの触手が四方八方に走った。
それでも結界は超えられない。
見えない壁に阻まれるばかりだ。
が、巨大スライムは何度も何度も触手を打ち付ける。
その執拗さはクズ研究者が苛立つ様に重なって見えた。
時間が経過するごとに、より激しくなっていく。
まるでヒステリーを起こしているかのようだ。
そこに違和感を感じた。
『焦っている?』
怒りも感じるには感じるが、途中から切り替わったように薄くなった気がした。
呼吸をしないアンデッドに酸素濃度は関係ない。
ならば他に理由があるということか。
そういえば補足事項を読むのを途中で切り上げていた。
[他のアンデッドを餌として捕食融合することにより──]
この続きに何か手掛かりがありそうだ。
[強化される]
ここまでは想像通りだ。
[強化しただけ瘴気の消費が著しくなる]
これも分かる。
[アンデッドとしての維持コストまで消費するため、強化するほど短時間で消滅する]
『そういうことか』
自滅することが分かっていたから焦っていたのだろう。
これなら勝てると繰り出した攻撃が届くことなく潰されたのだから。
奴にとっては最後の意地の見せ場だったはず。
それが、こうもあっさり奪われてはな。
とは言うものの、時間がないのは我々も同じ。
奴が自滅する前に仕留めねば、得られる経験値が激減してしまうからな。
読んでくれてありがとう。