1167 現実を目の当たりにすると壊れる?
レヴナントどもとの戦闘は終了。
一方的な結果となった。
『残るはコイツだけか』
途中から聞かないようにしている演説会に自ら酔い痴れているようだ。
が、ふと気付いたように表情を変えた。
『おやおや、戦力を失ったことに気付いたかな?』
見た目と音ではバレないようにしたものの、気配まで誤魔化した訳ではない。
クズ研究者が気付くはずもないと省略したのだが。
『さすがに侮りすぎたか?』
認識を改めようかと思ったのだが。
「貴様っ、聞いているのかっ」
気付いてなどいなかった。
別の意味では気付いたと言えるのか。
奴の話を聞いている振りをしてスルーしていたことにはな。
「ああん? 聞く義理なんざねえぞ」
あえてガラの悪い口調で言い放ち、最後に鼻で笑ってやる。
「きききききっきさっきさっ貴様ああああああああぁぁぁぁぁっ!」
瞬時に沸点に到達した。
いちいちうるさい奴である。
『煽りすぎたか……』
辟易しつつカモフラージュの魔法を解除した。
どう反応するか見物だ。
急に目の前にいたはずの女子組がいなくなれば、気付かぬはずもあるまいし。
「なぁっ!?」
後ろに倒れ込んで尻餅をついた。
ある意味、予想以上のリアクションである。
『お前は芸人かっ?』
思わず内心でツッコミを入れていた。
だが、それだけに留まらない。
奴の手に触れるものがあったからだ。
床とは違う感触に怪訝な表情を浮かべるクズ研究者。
それを乱暴に掴み、目の前に持ってくる。
「なんじゃ、こりゃあああああぁぁぁっ!」
驚くたびに絶叫するなと言いたい。
たかだか切り落とされたレヴナントの腕くらいでギャーギャーと。
『お前はもっと惨たらしい殺し方をしただろう』
そう言いたいが、聞き入れる状態にはなかった。
奴がとうとう振り返ったのだ。
「───────────────っ!?」
それは声にならない絶叫だった。
うるさくないと、滑稽に感じるから不思議なものだ。
手足をばたつかせて焦った様子を見せる。
腰を抜かしてしまったのだろう。
それが今このタイミングでなのか、尻餅をついた瞬間なのかは分からないが。
前者っぽい気はするけどね。
ようやく現実を目の当たりにしたわけだし。
「それじゃあ焼却処分にするから、外のやつも持ってきて真ん中に集めてくれるか」
「「「「「はーい」」」」」
女子組が返事をした直後──
「持ってきましたよー」
ベルたちが廊下に放置していたリヤカーを押してきた。
「「「「「早っ!」」」」」
女子組の何人かが驚いていた。
それも無理はない。
俺が「焼却」と言い出した時点で動き始めていたからこその早技である。
レヴナント退治に参加していなかった分は、ここで働くということか。
「待たせた」
神官ちゃんが澄まし顔でそんなことを言ったが、そんな覚えはまったく無い。
「そんな訳ないでしょうっ」
だからこそ生真面目なナタリーが噛みついた。
「シーニュの冗談ですよ」
苦笑するシャーリー。
コクコクと頷く神官ちゃん。
『分かりづらいわっ』
内心でツッコミを入れたさ。
ナタリーがばつが悪そうな顔をするのも無理はないと思う。
「ツッコミになっていて愉快だったわよ」
ベルがフォローだか何だか分からないことを言ってクスクス笑っている。
それでいてクズ研究者の脇を通り抜ける時も特に注意を向けることはなかった。
もちろん、通り過ぎた後も。
レヴナントを積み上げる作業をする面々もフルシカトだ。
攻撃する意志を見せれば話は別なのだろうが。
『相手にされないのも道理だな』
未だ立つこともできず目を見開かせてガクガクとアゴを動かすだけなのだから。
もしも人間のままだったなら、漏らしていてもおかしくないと思う。
コイツがレヴナントになって良かった唯一のことではないだろうか。
まあ、上の方で漏らしている情けない騎士もどきや王侯貴族どもがいるけどな。
面倒だが匂われても困るので、生活魔法の乾燥とドライ洗浄を使っておいた。
ドライ洗浄は濡らさずに選択できる生活魔法だ。
日本のクリーニング店なんかで採用されている選択方法とはまるで別物である。
故に先に乾燥させた訳だ。
ちなみに、うちの子たちの戦闘中に泡を吹いて卒倒したのもいた。
一部に騎士もどきどもが含まれるのが笑えない。
『何のための騎士だ?』
だから、もどきなんだと言ってしまえばそれまでだが。
卒倒した連中は強制的に目覚めさせた。
見て恐怖することも罰になるからだ。
楽になどさせてやらない。
目覚めさせ方もビリッと電撃で優しくないしな。
そこら中で「ぎゃっ!」とか「うぎぃ!」なんて悲鳴が出ているようだ。
風魔法の結界で遮断しているので下にまで声は届かないけどね。
え? じゃあ、俺は【遠聴】スキルでも使ってるのかって?
聞きたくもない声をスキルを使って聞く訳がないって。
熟練度をカンストさせた【読唇術】を使えば分かるのだよ。
これで耳障りなものを聞かなくて済むからストレスが軽減されるというものだ。
たまに傲慢な感じの文句を言う奴がいるのでストレスフリーとはいかないけど。
あんまりしつこい奴はお目覚め電撃を浴びせることにした。
でないと、延々と愚痴を垂れ流す上に周囲の連中にも感染するからね。
そこだけは個人用から上下の範囲遮断に切り替えたのは失敗だったかもしれない。
面倒だから元には戻さないけどね。
この連中にそこまでする必要性を感じないし。
そんなことするくらいなら感染しかけたところで大本にバチッと浴びせればいい。
これで充分に静かになる。
周囲の奴らも我が身可愛さに黙り込むしな。
これなら後で床に下ろした時も、うるさくはならないという副次的な効果もありそうだ。
『たぶん……』
絶対とは言い切れないのが悩ましい。
こういう連中は何があっても自分たちは偉いままだと思い込んでいるからな。
その点においては何処までもブレないのが凄い。
そこだけは見上げたものだと思う。
思考停止しているとも言えるんだがね。
そのせいで自分たちが身分を剥奪されるということを微塵も考慮していない。
この期に及んでそれとは、おめでたい連中だ。
現実を突き付けられて初めて慌てるのだろう。
『なーんか「死んだ方がマシだ!」とか言いそうだよな』
だけど、いざ殺されるとなると恥も外聞も捨てて命乞いをするのが容易に想像できる。
間違っても舌を噛み切って自害するとかする奴はいないだろう。
プライドの高そうなお姫様あたりは、もしかするとなんて思ったりもするが。
『それにしても……』
クズ研究者は未だに状況を受け入れられていない。
むしろ、泡を食っていた初期の頃より状態が悪化している気がする。
「あり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ない……」
ひたすら呪文のように呟き続けていた。
「おーい、いい加減にしろよー」
呼びかけても反応は見られない。
『危機感なさ過ぎだろう』
この状況下で視野狭窄に陥るとか、普通は考えられないと思うのだが。
ショックが大きすぎたとでもいうのか。
逃げようとすらしないのは何もかもを諦めたと受け取られても仕方あるまい。
『コイツは絶対にそういうタイプじゃないけどな』
何となくだが想像はつく。
対人交渉が苦手な、ぼっちタイプなんだろう。
故に人との関わりが希薄でも問題が少ないであろう研究者の道を選んだ。
そして、人が近くにいない方が自然な環境に身を起き続けた。
その結果として集中力がひたすら磨かれたものと思われる。
何かに集中すると自分の殻に閉じこもるほどに。
別の言い方をするならパーソナルスペースを極限まで小さくするとでも言おうか。
とにかく、狭い範囲の内側だけに集中するようになる。
それは誰かがすぐ近くを通りかかっても気付かないほどだ。
が、無視をするのとは違う。
外の情報が無視されるのは結果でしかない。
元来、こういうタイプは他人の視線には臆病なはずなのだ。
にもかかわらず居心地のいい環境に居続けたことで、その感知力が鈍感になってしまう。
端的に言えば退化しているのだけれど。
鈍感になるから気にならない。
気にならないから人目を気にしない行動が取れてしまう。
独り言などもその内のひとつだ。
ぼっちに多いタイプである。
だからと言って共感はしない。
コイツは研究のためと称して人体実験を繰り返してきたのだ。
ぼっちとしてのタイプが違うとか言う以前の問題である。
「絶対にあり得ない絶対にあり得ない絶対にあり得ない絶対にあり得ない……」
呪文タイムは続く。
いつの間にか「絶対に」が追加されていたが。
「絶対にあってはならない」
不意にクズ研究者の呪文が止まった。
「ようやくか……」
思わず嘆息してしまうほどに長かった。
レヴナントどもは、とっくに一ヶ所に集められていたからな。
氷漬けだった奴もギリギリまで氷が退けられている。
それなりに手間がかかっていたはずなんだが。
再びクズ研究者に視線を戻した。
「むっ」
奴は手に小瓶を持っていた。
『あのポーションか』
肌身離さず持っていたのだろう。
「距離を取れ」
指示を出すと待機していたミズホ組がクズ研究者から一定の距離を取る。
最初から距離があった者は油断なく構えるだけに留まったけれど。
小瓶のサイズから考えれば、それだけで中身の撒き散らし対策になる。
ほとんどの者が奴に背を向けぬようにしつつ飛び退った。
低く跳躍しているのは油断していない証拠である。
どのタイミングで攻撃されても対応できるようにしているのだ。
小瓶を投げつけられる恐れがあるからな。
奴も近接戦闘時の防御手段として使えるから投げることはしないとは思うが。
ただ、この時の俺はもうひとつの可能性を失念していた。
思い込みによって、あり得ないという先入観を持ってしまっていたと言うべきだろう。
クズ研究者が小瓶のコルクっぽいフタを引っこ抜いた。
『撒き散らすつもりか』
あの瓶に入る量では派手にぶちまけるなどできる訳がないのだが。
瓶ごと投げつけて周囲に飛沫が飛び散ればなどと考えているのかもしれない。
だが、違った。
撒き散らすことはもちろん、小瓶を投げることもない。
奴は小瓶を傾け、中身を自らの口の中へと流し込んだのである。
読んでくれてありがとう。