1166 見世物ではないけどチャッカリします
胸に陥没するような穴が空いたレヴナントはピクリとも動かなくなった。
穴の状態はえぐり取られたようになっているのに血は吹き出さない。
焼けただれたような跡が残るのみだ。
内臓が見えるよりはマシだが、割とグロい。
「効果を確認する」
ウィスは割と平気そうだ。
特に表情を変えることもなく観察している。
「確実にトドメを刺した。
オーバーキルしていると考えられる」
淡々と呟く声からも動揺など感情の揺らぎは感じられない。
むしろ、周囲の方が「おおっ」とか驚きを露わにしていたりする。
襲いかかるレヴナントを蹴り飛ばして距離を取りながらなので割とシュールな光景だ。
「消費魔力量は少し多め」
ここで少し顔を顰める。
仕留められなかったのならともかく、嫌そうな顔をする理由が思い当たらない。
試すと言った以上、ある程度の想定はしているはずなんだが。
「次は5本から3本に減らして試す」
すぐに気を取り直して表情を戻していたが。
『よく分からんなぁ』
「次」
ウィスは残る2体へと目を向けた。
もはや用はないとばかりに目もくれない。
「スゲえっす」
「光魔法っすね」
「聖烈光っすよ」
風と踊るの3人娘は逆だ。
暴れなくなったレヴナントに着目している。
他の女子組も同様だった。
「あれってトドメを刺したってことよね」
「そうみたいね」
「学校で習って間もない魔法を使うのは予想外だったわ」
「あの子なら驚かないわよ」
「言えてる」
「それに、あれならダメージを算出しやすいんじゃない?」
「それが狙いなんでしょうね」
「観察力の高い斥候ならではの発想だわ」
「魔法だけで簡単にけりが付けられるなんて思わなかったわよ」
「何にせよ、次からは手間が省けるわ」
「でも、消費魔力は多いみたいよ」
「言うほどでもないじゃない」
「そうだったのかなー。
そっちは、あんまり注意してなかったから分かんない」
「少なくとも今回に限って言えば、魔力で困ることはないでしょ」
「そうね、まだ試すつもりみたいだし」
「余裕はあるってことねー」
「今後のことを考えてるなんて、あの子らしいわ」
「言えてるわね。
結果がどうなるか見極めた方が良さそうかしら?」
「でしょうね。
いつでも仕留められるようにしておきましょ」
「了解」
「オッケー」
「分かったー」
次々と了承していく他の女子組。
完全に観戦モードである。
それはフィズとジニアも同じであった。
「さすがはウィスね」
「ええ、魔法だけで仕留めちゃったわ」
蹴り技を駆使して各関節部を破壊。
立てず振るえず掴めずの状態にした上で床に転がるレヴナントの背中を踏みつけている。
風魔法でレヴナントの顔面周囲を覆って悲鳴やらが届かないようにもしていた。
「参考にさせてもらうべきよね」
「戦闘終了まで少し余分に時間がかかりそうだけど」
「そこは、しょうがないわね。
今後のことを考えると選択肢として、ありだと思うのよ」
「それもそうね。
ギリギリの時には、こんな真似できないもの」
「そういうこと」
「それはそうと分からないことがあるんだけど」
「何よ?」
「どうしてウィスはわざわざ制御が難しい魔法の使い方をしてるのかなって」
「聖烈光の5本同時制御のこと?」
「そうそう」
ジニアが頷く。
「皆に見せるためでしょ」
「あー……」
フィズの嘆息混じりの口振りに苦笑するジニア。
「「説明するのが面倒だから」」
2人してハモる。
「あの子らしいわねー」
「しょうがないわよ」
諦観を感じさせる小さな溜め息をつくフィズ。
「ずっと人見知りをこじらせてたんだから」
「お陰で人前で説明するのが苦手なままなのよね」
互いに顔を見合わせて苦笑する。
「さて、ウィス先生はどういう結論を見せてくれるのかしら」
「乞う御期待ってところね」
本人が聞いていたら機嫌を損ねそうな締めくくり方だ。
「人任せで高みの見物はズルい」
とか何とか言いそうである。
だからウィスは外野と化した面々の会話を意図的に遮断していた。
見学を決め込んだ以上は、そういう話がされるであろうことは容易に想像がつく。
想像がつくから頬が膨らむのだ。
とはいえ、普段の彼女と比べても大きくは違わない程度なのだが。
故に気付く者はそうはいない。
風と踊るのメンバーでさえ、まだ気付いていない有様だ。
そのうち気付くとは思うけれど。
『プチ修羅場になりそうだな』
5人がどう対応するか。
ヘソを曲げてしまったウィスが、どの程度で許すのか。
『けど、3人娘は除外されるか』
ウィスが標的にしたレヴナントの動きを止めたのは彼女らだ。
試しの魔法を使う際に援護をしたのもね。
援護が必要だったかはともかく手伝いをしたのは事実。
頬を膨らませる対象からは除外されるだろう。
となると、フィズとジニアの2人に矛先が向く訳か。
甘味を奢らせるくらいはするだろう。
それも、それぞれ別の日替わりで要求しそうである。
女子組全員に矛先を向ければ何日かかることやら。
『……………』
何だか思考が脱線してしまっている。
まあ、この戦闘は結果の見えた出来レースのようなものだからな。
それにウィスは試すと言ったが、失敗するとは思っていなかったはずだ。
どの程度の消費魔力でレヴナントを無力化できるかを調べているにすぎない。
「3本」
宣言通りに3本の聖烈光を放ち1本へと束ねる。
ウィスの制御力なら最初から1本でこの威力にできたはず。
それをしないのは皆も推測しているように、ダメージ量を推し量らせるためだ。
フィズとジニアは説明するのが面倒だからと言っていた。
が、それでは満点にはならない。
参考になるものを見せたのだから、お代はいただきますとなるはずだ。
『やっぱり、全員に要求しそうだな』
2体目のレヴナントが沈黙した。
「最後、2本」
先程までと同じ要領だ。
本数が減っただけである。
ただし、結果は少し違った。
3体目のレヴナントは聖烈光の攻撃で胸に小さめの穴が穿たれた。
穴の大きさが異なる点以外は、それまでと同じだったのだが。
そこから先はビクビクとレヴナントが体を痙攣させる時間が続く。
「弱すぎた。
トドメを刺すには不足する」
そう言って、それまでよりも更に細い聖烈光を放つ。
『1本の半分くらいか』
着弾するとレヴナントはビクリと大きく震え、それっきり動かなくなった。
「魔力消費量は2本半で確定。
ただし、個体差を考慮して3本を推奨する」
そう言って見学者たちへと振り返るウィス。
「皆、露骨に見過ぎ」
ウィスの指摘に「うっ……」とたじろぐ一同。
「チラ見ならスルーしたのに」
不満顔で文句を言うウィス。
皆は更にたじろいだ。
ウィスを怒らせると面倒なことになるのを骨身にしみているからだろう。
特に風と踊るの面々は頭を抱えている。
「失敗したわねー」
「途中で抗議してこなかったから油断したわ」
フィズとジニアはドンヨリした空気を纏い。
「いきなりのギルティ判定っすー」
「そういやウィスっち、ずっと不機嫌そうだったっすよ」
「今更そんなことを言われてもっすー」
3人娘は愚痴りながら騒がしく藻掻いていた。
「槍の3人は実験対象の提供と護衛をしてくれたからいい」
その言葉にパーッと笑顔を咲かせていく3人娘。
「「「おおーっ、逆転無罪判決っすよ!」」」
賑やかさを変えぬまま3人娘が手を取り合って喜んだ。
近寄ってくるレヴナントを蹴り飛ばしながら輪になってスキップしている。
まるでフォークダンスを踊っているようだ。
そして、魔力を練り上げてウィスが指定した出力で聖烈光を放った。
蹴り飛ばされたレヴナントどもに、それを躱す余力などあるはずもない。
ウィスが仕留めたレヴナントと同様に胸に穴を穿たれ動きを止める。
そのまま倒れ込んで二度と立ち上がってこなかった。
一方でタダ見をしてしまった面々はどうなったかというと……
「ガン見された以上は甘味を要求する」
あっさり処分内容が言い渡されていた。
どんな無理難題を言われるかと戦々恐々としていた面子にとっては拍子抜けである。
だが、本当にいいのかなどと聞いたりはしない。
それで覆れば堪ったものではないからだろう。
『そこまで酷いことは言わないと思うんだがなぁ』
とはいえ、人見知りをこじらせていた頃のウィスを俺は知らないも同然。
女子組の反応を大袈裟だとは笑えない気がする。
なんにせよ、全員が苦笑しながらも片手で応じた。
お安い御用ということらしい。
ウィスがコックリと頷いて交渉が成立した。
残るはレヴナントどもとの戦闘だ。
フィズとジニアは踏みつけていた足の裏から光を放ちトドメを刺した。
足裏から光魔法とは斬新である。
他の面々も見学モードから実戦モードへと切り替えていく。
ほとんどの面子が普通に手から聖烈光を放つのみだったが。
ダメージを揃えるためだろう。
中には抜刀術で倒す者もいたが。
光魔法を刃に纏わせて斬る。
血飛沫が飛ぶことはなかったために時代劇を見ているかのようだった。
それを見越して刀を振るったのだろう。
傷口は聖烈光で穿たれた穴と同じように焼けただれていたのだけれど。
読んでくれてありがとう。