1163 勘違い野郎
「ライネ!」
あえて強く呼びかけた。
「はいっす!」
ビシッと背筋を伸ばすライネ。
叱られることを直感したのだろうか。
緊張した面持ちだ。
何かを期待するような感じではない。
わずかながら動揺が見て取れる。
俺が強く呼びかけた理由が分からない証拠だ。
「風壁を展開する前に扉の向こう側にいる連中を先にどかせろ」
ライネの目を見て静かに淡々と語った。
怒鳴りっぱなしで注意すると、叱られたという印象の方が強く残るからな。
次は叱られたくないという感情的な思考だけが先行してしまうと意味がない。
上から言われたことだけをこなすイエス人間になってしまいかねないからな。
何をどうしたら良くないのかを自分で考えて行動できるようになってほしいのだ。
「うへぇあぁっ!?」
俺の注意にライネが奇妙な声とポーズで驚き固まってしまった。
言われて初めて自分のやらかしたことに気が付いたようだ。
他の女子組も何人かは同じような表情を見せている。
俺が言う前に気付いた者もいるにはいるが、ばつの悪い表情を浮かべている。
気が付いても対処できなかったことを悔いているのだろう。
「俺が退避させたからグシャッとはなってない」
「はえ~……」
ヘナヘナと座り込むライネであった。
それだけ失態の重さと責任を感じているということだ。
ならば言うことは何もない。
あとは自分で考えて如何に反省するかである。
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静まり返った謁見の間に乗り込んでいく。
俺が叱ったせいか率先して乗り込む雰囲気がなかったので、俺が先頭だ。
下がった意味はあまりなかったことになる。
凹みはしないが、些かモヤッとしたのは事実。
『気にしてもしょうがない』
気持ちを切り替えるとしよう。
だだっ広い謁見の間を見渡した。
王侯貴族が真ん中に集められており、周囲をレヴナントが囲んでいる。
いくつか死体も転がっているのは状況的にお約束のようなものだ。
死んだ者が残忍な殺され方をしたのは一目瞭然。
それらが動き出す気配はないのだが、それは件のポーションが使われていないからか。
『仲間にする気のない相手ってことか』
よく見れば、王の姿もある。
【天眼・鑑定】を使わないと誰だか分からない状態にされていたけどな。
転がっている死体の中では最も無残な亡骸になっていた。
『かなり恨まれていたようだな』
どういった理由かまでは分からないが。
少なくとも賃金が安い程度の話で、ここまではされないだろう。
まあ、積極的に知りたいとも思わない。
今回の一件の黒幕であったことを考えれば碌でもないのだけは確かだ。
故に逆恨みがあったとしても、それは一部にすぎないと考えられる。
「おやおや、客人とは珍しい」
玉座に座っていたローブ姿の男が芝居がかった鷹揚な身振りで声を掛けてきた。
コイツが実験を失敗した研究者である。
初めてまともに喋るレヴナントの登場だ。
会話が成立するかは、まだ分からんが。
「しかも、派手な登場をしてくれるからビックリしたじゃないか」
余裕の笑みを浮かべる研究者。
扉の派手な壊されっぷりを目撃して、なお自分の方が有利だと判断しているようだ。
件のポーションがあるからか。
確実に死に至る毒でもあるからな。
そして、死んでからレヴナントになるまでの時間がそれなりにある。
そうなる前に対処すればいいと計算したのだろう。
如何にレヴナントといえど四肢を切り離されてしまえば身動きが取れなくなるしな。
噛みつきによる再生もあり得ない話ではない。
が、その状態から再生するのではどれほど時間がかかるか。
悠長に待ってくれる敵はいない訳で。
それに1人から吸収したくらいじゃ奪われた四肢は再生しきれない。
だからこそ奴には余裕があるのだろう。
既に外のレヴナントはすべて始末済みなのだが。
『井の中の蛙大海を知らず、だな』
少しは俺たちがどうやってここに辿り着いたかを考えろと言いたい。
まあ、コイツには事実もヒントも教えてやる義理などないがね。
教えたところで無駄だろう。
己の考えを盲信しているよう奴が、意に添わないことを受け入れるとは思えない。
実際にポーションが通用しないことを目の当たりにするまでは無駄な気がする。
ポーションが無効という現実を突き付けられても信じようとしないのではないか。
『さて、どう反応するかな?』
研究者は何やら酔い痴れたように語っている。
王族は無能だとか。
貴族も無能ではあるが、利用価値があるとか何とか。
『ここの王侯貴族が無能なのは同感だが』
悪辣な計画を立てる割に実行に関しては詰めが甘いしな。
が、利用価値については同意しかねる。
死体になった連中は特に強欲だったり際だった差別主義者だし。
程度の差はあれど、残っている連中も同じである。
まともな奴が1人もいない。
よくぞ、クーデターが起きなかったものだと思うくらいだ。
徹底して奴隷を使っていたからだろう。
不満に思っても逆らえないんじゃ、どうしようもないからな。
そういう意味では強固なシステムなんだろうが、実に危うくもある。
奴隷がいなくなることを想定していない。
今回のことがなくても、流行病で大勢が犠牲になるなどは考えられるはずなのだが。
おそらく、奴隷が半減するだけで国家運営は成り立たないだろう。
研究者が馬鹿にするのも分からなくはない。
『けどなぁ……』
自分はまれに見る天才だとか。
永遠の命を手に入れた自分こそが支配者に相応しいとか。
こんなことを聞かされると辟易するしかない。
骸となって転がっている王が生きていても同じようなことを聞かされた気はするけれど。
所詮は似たもの同士である。
奴隷に対する認識なんかは特にそうだと言えるだろう。
王は使い捨ての道具としか思っていない。
研究者は廃棄前提の実験材料としか見ていない。
『どっちも人間じゃねえよ』
ふざけた輩の演説など聴くに値しない。
「いい加減にしろよ、クズ野郎が」
クズ研究者の悦に入った表情が凍り付く。
もちろん、奴のお喋りも止まった。
「変だねえ。
クズ野郎と聞こえたんだが?」
「いい耳してるじゃないか」
「クズ野郎とは誰のことを言っているのかなぁ?」
平静を装おうとしているのだろうが、こめかみも頬も明らかに引きつっている。
「おやおや、おつむの方が耳より先に耄碌し始めているようだな」
別にクズ研究者が年寄りという訳ではない。
「────────────────っ!」
故により腹が立ったことだろう。
クズ研究者は、こめかみあたりの血管を破裂させそうな歯噛みっぷりを見せていた。
「それとも能無しだから考える力が足りないのか?」
能無しと脳無しを掛けたのだが、奴は気付いただろうか。
それ以前にブチ切れるであろう挑発になっているから瞬間的に煮沸しかねないのだが。
『さて、どうかな?』
「なんだとおおおおおぉぉぉぉぉぉっ!?」
思った通りの激発ぶりでクズ研究者が玉座から跳び上がるように立ち上がった。
「なんだ、レヴナントのことを知らないのか?」
「れ、れぶ……、何だと?」
「レヴナントだ。
自分が、どういうアンデッドになったのかも理解していないとはな」
「ふざけるなっ!」
クズ研究者が吠えた。
「私はアンデッドのような愚劣にして醜悪なる怪物ではないっ」
声を限りに力説するクズ研究者。
その口調は自分に酔っていることがありありと分かるものであった。
それだけに周囲は白けるのだが。
アンデッドになったことを認めないとは、さすがに想定外だ。
『あれだけ瘴気を振りまいて、よくそんなことが言えるな』
自らのことを正しく理解していないとは研究者としてどうなのかと思うのだが。
ところが、だ。
「私は究極にして至高の生命体であるヴァンパイアとなったのだ!」
何故かガッツポーズでクズ研究者が予想外の言葉を叫んでいた。
「「「「「はあぁっ!?」」」」」
俺も含めてミズホ組が一斉に頓狂な声を上げたさ。
「そうだろう、そうだろう」
何を勘違いしたのか、クズ研究者は満足そうに頷いた。
「恐れ戦くがよい、フハハハハハハッ」
仰け反るようにして高笑いする。
「バッカじゃねえの?」
この言葉に高笑いがピタリと止まる。
「何だと?」
表情が反転したかのように剣呑な雰囲気を漂わせたものへと変わる。
「誰が何に恐れを抱くんだよ、勘違い野郎」
「勘違いだとぉ!?」
「貴様がヴァンパイアの訳がないだろうが。
その眷属であるデミヴァンパイアですらないぞ」
「ふんっ、分かっていないな。
私は究極のポーションによって生まれ変わったのだ」
「ちなみにヴァンパイアもアンデッドの一種だぞ」
「なっ!?」
「貴様はあくまでもマイナーなアンデッドでしかないがな」
「まだ言うかっ!」
「自分の中途半端な知識を棚に上げるなよ」
「何だと!?」
「レヴナントも知らなかったじゃないか」
「そんなものは知る必要のないものだ」
「へー、知らなくていいんだ」
「当然だっ」
吠えた割には表情が硬い。
何か嫌な予感がしたのだろう。
だが、それが何なのかは分かるまい。
レヴナントになった時点で複雑な思考はできなくなっているからな。
安い挑発に簡単にかかるのも、そのためだ。
「レヴナントは生前の記憶は残しながらも知能は低下するアンデッドだ」
「か、関係ないねっ」
動揺を隠しきれず台詞にも顔にも出てしまっている。
『噛みながら言ってちゃ説得力ねえよ』
薄々は何か違うと気付いていながら、そうではないと強がっていたようだな。
そういう弱気な姿勢で言って欲しくない台詞だ。
まあ、奴は日本のCMとか知る訳ないんだけどさ。
「関係はあるさ。
誰が何と言おうと、お前はレヴナントなんだから」
俺に言葉に、クズ研究者は大きく頭を振った。
「違う、違うっ、違ぁーうっ!」
駄々っ子が拒否しているかのようだ。
そこまで拒絶するのは本人が事実を認めたも同然である。
読んでくれてありがとう。