1162 扉の前にて
次々とラフィーポ王国の騎士たちが走ってくる。
どいつもこいつも必死の形相だが……
「遅いな」
如何に訓練をしていないかが分かる。
「あれなら私と同じくらいだね」
カーターが苦笑するほどだ。
「いえ、陛下の方が早いかと。
連中は基礎からなっていません」
ヴァンが呆れたように溜め息をついて頭を振った。
まあ、気持ちは分かる。
ドタドタと不格好な音をさせている時点で素人くさいからな。
あれで騎士とは異国の人間であろうと嘆かわしく感じることだろう。
間違っても同類だとは思われたくあるまい。
「基礎以前の問題だろう。
横に寝かせて転がした方が速いのもいるくらいだからな」
「ハハハ、それじゃあまるで樽じゃないか」
カーターが屈託なく笑う。
「でも、確かにそういう輩がいますね。
あれが騎士かと思うと嘆かわしい限りです」
ヴァンはまたしても嘆息した。
敵が駆け寄ってくるにもかかわらず抜剣する素振りも見せない。
こんな連中が相手では束でかかってこようと意味がないと言わんばかりだ。
『まあ、俺たちがいるのに敵かどうかの確認すらしようとしないんじゃな』
逃げるのに精一杯といった感じだ。
「いい加減、気付かないものかな?」
カーターさえ呆れる始末である。
「気付いた者もいるようですよ」
ヴァンが指差す方向から走ってくる騎士もどきが抜剣しようともたついていた。
「あれは酷い」
もはや完全に素人である。
成り立てほやほやの新人冒険者の方がマシかもしれない。
「あれは、もう騎士とは呼べないね」
カーターもバッサリだ。
「俺は騎士もどきと呼称することにした」
「それはいいね。
私もそう呼ぶとしよう」
カーターがそう言ったタイミングで騎士もどきはようやく抜剣した。
そして、直後に転倒。
抜剣するために更に走りが遅くなったため後ろから追いついてきた奴とぶつかったのだ。
「痛そー」
派手に顔面ダイブを決めてくれたからな。
放り出される格好となった剣が勢いよく飛んできたので指で摘まんで止めた。
「お見事です!」
「凄いねぇ」
ヴァンもカーターも敵が間近に迫っているというのに緊張感が薄い。
「そこを退けぇっ!」
風船みたいな騎士もどきが抜剣して突っ込んでくる。
他のもどきたちも次々に抜剣して続く。
……次々ということにしておこう。
もたつくのは、この連中のスタンダードだ。
風船もどきが残り十数メートルに迫ったところで風属性の魔法を発動させた。
「ぶべっ」
「ぶきっ」
「ぷぎゃ」
風壁にまともに突っ込んだ風船もどきどもが奇妙な鳴き声を上げる。
悲鳴ではなく鳴き声だ。
肺から空気が押し出された結果なんだが、もうちょっと何とかならなかったのかと思う。
つい、家畜を連想してしまったさ。
風壁に足止めされ、聞くに堪えない悪口雑言を繰り出す様はオークを想起させるのだが。
『オークの方が憤慨しそうだな』
強くてもホブゴブリン並みの連中と一緒くたにされるのだから。
そう考えると、もどきどもは何にも成りきれない半端な輩でしかない。
騎士でもなく魔物でもない。
まさに、もどきだ。
「こうして見ると、本当に浅ましい連中だね」
風壁の中で足掻く様は溺れているようにしか見えないからな。
「凄い魔法です……」
ヴァンが呟くように言った。
「そうか? 足止め用に弱めにしてるんだが」
その分、分厚くして生け簀状態になっている。
「風の魔法なのに、そよ風ひとつ我々には届きません」
「ああ、そっちね」
頑張って制御力を上げろとしか言えない。
もっとも、魔法使いではないヴァンはそこまで考えての発言ではないだろう。
「魔法を覚えるつもりなら目標は高い方がいいとだけは言っておこう」
無理だ限界だと思った時点で魔法使いの成長は止まるからな。
「はい」
迷いなく返事をするあたり、素直な男である。
そうこうするうちに女子組が次々と到着し始めた。
俺の構築した風壁を強引に抜けてくる。
女子組ならできて当たり前の風壁にしているからな。
『これくらいは学校の授業でやってるさ』
それを見切っているからこそ、女子組も躊躇いなく突入するのだ。
騎士もどきどもは一様に驚いている。
そして怒り狂い始めた。
暴言を聞くつもりはないのと鬱陶しいので完全隔離に切り替える。
あと、女子組の集合するスペースの確保もしないといけない。
そんな訳で、風魔法で上へ退避させて遮音結界を展開だ。
ここの通路は無駄に天井が高いので、こういう時は助かる。
え? 眠らせて倉に入れた方が楽なのではって?
それじゃあ、お仕置きにならないだろ。
風魔法で大人版「高い、たかーい」をしてみたが、効果は覿面。
半数以上が震え上がっている。
そのまま他界した方が楽だったかもな。
『お前ら、本当に騎士として任命されたのか?』
そう言いたくなるくらいだ。
ある程度、こうなる予感はしていたがね。
やりすぎて酷いことになっても嫌なのでシェイク運動は切り上げた。
「さて、全員そろったな」
力強く頷く一同。
それを見てフィンガースナップでパチンと合図すると、黒猫さんたちが大集合。
もちろん、斥候型自動人形である。
「「「「「あ……」」」」」
皆も光学迷彩で姿を隠しつつ見られていたことに気付いたようだ。
「採点については後でな」
「「「「「はい」」」」」
公平であることが分かれば、クレームはつかない。
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「さて、いよいよ謁見の間へと入る訳なんだが」
「騎士もどきの彼らはあのままなのかい?」
カーターが上を指差しながら言った。
「連行するさ」
まだまだ連中を罰したとは言えないしな。
「中で何が起きているのかを目撃させないと」
「そんなに酷いのかな?」
「人によるんじゃないか」
見ていて気分のいいものではないだろう。
「それは腹をくくった方が良さそうだね」
表情を引き締めるカーター。
「じゃあ、行こうか」
とは言ったものの俺は後ろに下がる。
「ハルト殿?」
カーターが怪訝な表情で俺の方を見てきた。
「そう簡単に皆の出番を奪う訳にはいかないんでね」
「なるほど、そういうことなら私も前に出るべきではないか」
カーターも下がった。
当然、ヴァンも付き従う。
「「「「「じゃーんけーん!」」」」」
「え!?」
唐突に始まったジャンケン大会に唖然とするヴァン。
カーターはちょっと驚いた程度だ。
「もしかして誰が扉を開けるかってことかな?」
楽しげな笑みを浮かべながら聞いてくる。
その問いかけを耳にしたヴァンは更に驚いたのか、アングリと口を開けていた。
「ああ」
カーターの問いかけに答えつつ──
『イケメンのアングリ顔はレアかもしれんな』
そんなことを考える。
まあ、すぐに復帰してきたけれども。
そうこうする間にジャンケンも決着がつく。
「やったっすー!」
槍を突き上げて喜ぶのは、風と踊るの3人娘が1人ライネだ。
「喜ぶのは後にするっす」
「後が支えているっすよ」
同じく3人娘のローヌとナーエがツッコミを入れた。
「分かってるっす」
ダダダッと扉の前に駆け込んだのだが。
「ライネ、どうして端っこなんだ?」
リーダーのフィズに問われると、ライネが振り返ってニッと笑った。
「こうするっすよ!」
風魔法を槍に纏わせたかと思うと、下段から振り上げるように斬撃を繰り出した。
エアスラッシュが扉の繋ぎ目を切り裂いていく。
「最初から壊すつもりだったんだね」
感心したようにカーターが頷いていた。
確かに、あれなら宝石を割ったり切ったりせずに済みそうだ。
扉そのものに価値はなくても宝石は別である。
無駄に使われた税金を国民に還元する必要はあるだろう。
「反対側もっす!」
平行に移動する間に魔力を練り上げ、足を止めると同時に切り上げた。
「これで上の方を押せば向こうに倒れるっすよ」
「なっ!」
ヴァンが思わず声を上げるほどの跳躍を見せたライネが扉の上部に軽く蹴りを入れた。
宣言通りに扉が倒れていく。
最初はゆっくり、だが徐々に勢いを増して。
このままだと扉が床に叩き付けられた衝撃で宝石にもダメージが入りかねない。
「最後は風壁でショック吸収っす!」
ライネもそこまで考えて行動していたようだ。
ちゃんと魔法を使って勢いを消そうとしていた。
それ自体は間違いではない。
勢いの相殺は完全ではないものの、宝石への被害が出ない程度にはなる。
ただ、別の問題については考慮されていなかった。
『しょうがないなぁ』
このまま扉を倒させるとマズいことになるので介入決定。
倒れ込む扉の影を利用する形で影渡りの魔法を発動させた。
前に使った時は忍法としてだけどな。
そして、重い扉が謁見の間に倒れ込むズズゥンという重い音がした。
影渡りを使ったお陰で音はそれだけだ。
でなければ、聞きたくもないスプラッタな音声を耳にすることになっていただろう。
扉の向こうにいた連中を影の下に潜り込ませることができなかったら……
『考えたくもないな』
上手く処理できて何より。
肩の荷が下りた気分である。
内心で溜め息が漏れたのは言うまでもない。
読んでくれてありがとう。