1159 勝手に逃げていくんですけど
「手掛かりがほしかったのだろう?
ならば、さっきのが手掛かりだ。
それを元に己で考え励むんだな」
「はい、ありがとうございます」
ヴァンは勢いよくガバッと頭を下げた。
今度はすぐに上がってきたけど。
「ひとつ、オマケしておこう」
「えっ」
俺の提案が予想外だったのだろう。
ヴァンが固まってしまっている。
「大したことじゃない。
ヒントにもならないからなぁ」
それでもヴァンは緊張した表情を崩さない。
「この先の伸び代は如何ほどの覚悟があるかで変わる」
それだけだと目に力を込めた。
この言葉の受け止め方次第でヴァンの未来が変わるからだ。
うちの国民並みに3桁レベルを目指せるかどうか。
それなりに手本は見ているから現在の自分がどの程度かは見誤ることはないだろう。
だが、手探りでその領域を目指さねばならない。
場合によっては人であることを捨てるほどの修練を積まねば届かぬはず。
治癒魔法を使えぬままに修練を始めれば、血反吐を吐く程度は茶飯事となりそうだ。
途中で折れても仕方あるまい。
あるいは、もう充分と妥協することもあり得るか。
目指すべき場所は遙か遠い。
生半可どころか、かなりの覚悟であっても辿り着けはしないだろう。
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ヴァンが落ち着くのを待って声を掛ける。
「さて、じゃあ急ごう」
俺たちは再び謁見の間へと向かう。
ヴァンが謝ろうとしていたがスルーした。
今度は、やや早歩きである。
わずか数分とはいえロスしたからな。
始末したレヴナントは召喚魔法で呼び出したアイスゴーレムに運ばせる。
「これなら体液を漏らしようが無いね」
カーターが笑う。
そんなに面白いだろうか。
レヴナントをゴーレムで覆っているだけなんだが。
「実にユニークな運搬方法だよ」
それには同意する。
自分で運ぶのが面倒で、ちょっと頭を捻ったからな。
凍らせた傷口を溶かさずにおこうと思えば、氷漬けが最適だろう。
その分、重くはなるがな。
重くなるなら、氷そのものに運ばせればいいってことでゴーレム登場となった訳だ。
これなら多少の重さを気にしなくて良くなるし。
他のゴーレムと違って中身も確認できる。
我ながら便利な方法だと思う。
「あ、あの……」
ヴァンも何か言いたいことがあるらしい。
「何かな?
遠慮はいらんぞ」
「迷いなく歩かれていらっしゃるようですが……」
何故なのかという問いを口にしたかったのだろう。
困惑があるせいか、最後までは言えなかったようだけれど。
「アハハ、ハルト殿は事前に偵察済みだよ」
答えたのは俺ではなくカーターだった。
「城内までですかっ!?」
驚愕に思わずといった感じでヴァンの声が大きくなった。
そこまで詳細な事前調査がされているとは思っていなかったようだ。
すぐに「しまった!」という顔をしてペコペコ頭を下げてくる。
「風の魔法で遮断してるから気にしなくていいぞ」
「……………」
唖然とするヴァン。
『これくらいで驚いているようじゃ目指すべき場所は遠のくんだがな』
変に刺激することになるとマズいので、ツッコミは内心で留めておいた。
とにかく早足で歩く。
ちなみにアイスゴーレムにはスケートをするように石の床の上を滑らせている。
足音は消音結界でどうにでもできるが、振動はそうはいかないからな。
そんなものまで止めるくらいなら、ゴーレムの足裏の摩擦係数を下げる方が楽だ。
絶妙なバランス感覚がないと立てなくなるけどね。
そういう前提で召喚しているので俺が制御する必要はない。
カーターはそれを見て──
「滑らせて移動させるとは面白いね。
ハルト殿は発想がユニークというか柔軟だ」
と屈託のない笑顔で感想を述べてきた。
「そいつは、どうもありがとう」
礼を言いながらヴァンの方を見てみる。
「……………」
ひとことで言うならドン引きだった。
何かコメントする余裕もないのは分かるけど、意識をゴーレムの方へ向けすぎだ。
一応は歩いちゃいるが、あれでは咄嗟の襲撃に対処できなくなる。
とはいえ、指摘しても余計に酷いことになりかねない。
今は何も言わないのが正解だろう。
『まあ、シュールな絵面にはなってるしなぁ……』
氷漬けの人型をした何かが間近で奇妙な移動の仕方をしている。
もし、城内の人間がこれを見たらパニックを起こしても不思議ではない。
ゴーレムと言われても、まず信じないだろう。
中に死体が閉じこめられる形になっているし。
新種の魔物と思いかねない。
そうなると、次に襲われるのは自分ではないかと思ってしまうようだ。
試しに先頭に立たせてみたら──
「うわあああぁぁぁぁぁっ!」
「出たぁ─────っ!」
「化け物だあっ!!」
レヴナントから逃げてきたと思しき連中が悲鳴を上げて逃げていった。
「アハハハハッ、これは楽でいいね」
カーターが楽しげに笑う。
「勝手に逃げていってくれるじゃないか」
ヴァンは恨めしそうに見ているけどな。
「そんなことが言えるのは陛下だけです」
とかなんとか思っていそうだ。
そんな調子で謁見の間を目指す。
ちなみに階段を滑るのは無理があるので理力魔法で運んだ。
そういう時に限って逃げてきた連中と出くわしたりするんだけど。
これはこれで恐怖感が倍増するらしい。
「「「「「ぎゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」」」」」
先程よりも酷い有様で取り乱していた。
これでも、コイツらは騎士である。
気丈に振る舞える奴は1人としていない。
それなりに人数もいるというのにね。
恥も外聞もなく腰を抜かしそうになりながら逃げていく。
「ちょっと、ちょっと、ちょっとぉ」
カーターが呼びかけるも、悲鳴を上げながら逃走する連中の耳には届かない。
正直、ここで捕らえると連れて行くのが面倒なので助かった。
そんなことよりカーターの呼びかけの方が気になったくらいだ。
ついというか、ふと双子の芸人を思い出したから。
今の呼びかけのイントネーションとかが、そこまで似ていた訳ではないんだけどね。
この場に日本人組がいないのは残念である。
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時を遡ること、しばし。
「さっきからレヴナントばっかっす」
「5体目っすね」
「戦力の逐次投入は下策って学校で習ったっすよ」
風と踊るの3人娘がぼやきながらも、突進してきた5体目となるレヴナントを止めた。
光魔法を纏わせた槍の石突きで下段に突きを集中させている。
槍の穂先を使わないのは血飛沫を上げさせないためだ。
下段のみに限定した攻撃は足止めのための意味合いもあるが、それだけではなかった。
胃液や唾液を飛ばさせないための方が理由としては大きい。
膝や足首を壊されたレヴナントが突進の勢いのままに前のめりに倒れ込んでいく。
が、それを許すまいとする突風が王城の廊下を吹き抜けた。
フィズ、ジニア、ウィスが3連続で魔法を使い、強風を吹かせたのだ。
エアスマッシュは使っていない。
強力すぎて風穴を開けかねないからな。
ひとつ目で大きく減速。
ふたつ目で更に減速。
みっつ目で停止……とはならずに、後方へと倒れ込もうとする。
「「「おおっと!」」」
3人娘がその勢いのまま転倒させまいと槍でフォローに回った。
後頭部の損傷でも血を流すことはあるからな。
頭部の皮膚は裂けやすいし。
レヴナントの脇の下から槍の柄が入って急な転倒を防いだ。
残りの1本は股関節を横から殴りつけて破壊していた。
「ゴメン」
ウィスが謝った。
表情はあまり変わっていないが【天眼・遠見】で見る限り、凄く悔しそうだ。
「仕方ないわよ。
皆でフォローできているんだからいいじゃない」
フィズが慰める。
「そうそう、咄嗟の加減は難しいし。
現に私の2発目が強すぎたと思う」
同じくジニアもだ。
「私の方こそゴメンね、ウィス」
そして謝る。
「そういうのは、コイツを仕留めてからにしてほしいっすぅ」
「そうっすよぉ」
「こんなんなっても暴れようとしてるんすからぁ」
3人娘が泣き言を口にしていた。
レヴナントは脚部はガタガタで歩くことはできなくなっていたのだが。
お得意の再生は相手に接触するか噛みつくかして吸収しないと使えない。
にもかかわらず脇に差し込まれた槍の柄を逆に抱え込んで前に進もうとしていた。
ライネが石突きで胸を突いて押し返しているが、諦める様子がない。
「「「うひーっ、キモいっすぅー」」」
「ああ、ゴメンゴメン」
フィズがそう言いながら水壁を使ってレヴナントを閉じこめた。
同時に槍が引き抜かれ、すかさず水壁が凍り付いた。
「凍結完了」
凍らせたのはウィスだ。
「トドメはお任せ」
ジニアが氷壁の前まで進み、腰を落として低く構える。
ミズホ刀は地面と水平に寝かせた状態だ。
刀の柄に掌を上にして乗せる。
魔力を練り上げ──
「ふっ!」
気合いと共に掌を返す勢いを乗せて抜刀一閃。
氷壁に横一文字の筋が入る。
レヴナントが氷壁ごと真っ二つにされた証だ。
ただし、血は吹き出さない。
ウィスが再び凍結させる魔法を使ったからだ。
こうして魔力を込めた斬撃でレヴナントは両断された。
氷壁が取り除かれても再び動き出すことはないだろう。
読んでくれてありがとう。