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1151 提案してみたら……

「他に困っていることはないかな?」


 それは念のための質問だった。

 話題を変える前のワンクッションになればと考えたのだ。


 ところが、予想に反してカーターの表情が少し曇ってしまった。


『おやおや』


 他にも何かあるようだ。


「無いと言えば嘘になるね」


『やっぱり、そうか』


 やぶ蛇とは言わない。

 むしろ、渡りに船と言うべきだろう。


「解決できそうなことなら喜んで手を貸すが?」


「難しいかな」


 困り顔で自嘲するカーターである。


「へえ?」


「慢性的な人材不足だからね」


「あー、短期間だけ補っても意味がないってことか」


「そうなんだよ」


「教育に時間がかかりそうとか?」


「それもある」


 カーターが、どんどんションボリしていく。


「慢性的に不足する人材ねえ……」


 少し考えてみるが、見当もつかない。


「ちょっと想像がつかないな」


「かもね」


 力なくカーターが苦笑する。


「私もカッツェに相談を受けるまでは考えもしなかったし」


 宰相から話が振られるほどだから、相応に重要な話だったのだろう。

 変わらず見当はつかなかったが。


「特に欲しい人材は数字に強い人なんだけどね」


「計算が素早くて正確なことが条件か」


「まずはそれが前提かな」


「前提ときたか。

 要求する基準が高そうだ」


 カーターが否定せずに苦笑する。

 自覚ありってことだな。


「帳簿を見て不正を指摘できればと思うんだが……」


「そこまでこなせる者はそうそういないだろうな」


 国家の財政規模でとなると、個人では至難と言う他ない。

 必然的に数が必要になってくる。


「ある程度の絞り込みができるから1人だけでもいいんだけどね」


「ほう、つるし上げる相手は決まっているんだ」


「そうだね、そうなる」


 カーターが渋い表情になった。

 それほど性根が腐っているのだろう。


 だが、そんな輩であれば骸骨野郎が引き込んだはず。

 そうでないのであれば……


「領地持ちか」


「あ、分かるかい?」


「城内にいた輩は、すべて反逆者が掌握してたんだろう?」


 眷属として支配されていたとも言う。


「そうだったね」


「その様子だと、排除しても後釜がいないようだな」


「昔から良くない噂ばかり聞く一族だからね」


「あー……」


 後継者を置き換えても意味がないパターンか。


「領民が毒されているかどうかで対応が変わってきそうだな」


 一族どころか領ぐるみで犯罪に手を染めるパターンも考えられなくはない。

 似たような話は日本人だった頃にも耳にしたことがある。

 日本じゃ考えられないことではあるがな。


 海外なら話は別だ。

 村が丸ごと犯罪者という話を聞いたことがある。

 やってることが大掛かりな割にセコい犯罪なので例としては適切とは言い難いがね。


 あるバックパッカーが盗難被害にあった。

 田舎でバスに乗って降りたらリュックに入れていた貴重品を抜き取られていたのだ。

 これだけならスリの単独犯だと思うかもしれないが、そうではない。


 まず、バスは営業車ではなく村の所有である。

 他の営業車に紛れ込んで外国人観光客を狙うのが基本パターンだ。


 バスは満員だが、次のバスがいつ来るか分からないとなれば乗る者もいるだろう。

 地元では泥棒村と呼ばれる村から来たバスとは知らずに。


 満員状態で揺られている間に鞄は鋭い刃物で切られて荷物が抜かれてしまう。

 刃物で切った方がファスナーを開けるより気付かれにくいそうだ。

 ファスナーに鍵をつけていれば防犯になるというのは考えが甘いってことだな。


 そして、降りてから盗まれたことに気付く。

 向こうもその手のプロだから乗車中に気付かれるようなヘマはしないのだ。


 降りた直後に気付いても人の脚でバスの速さに敵うものではない。

 それに向こうは満員状態で乗り込んでいる。

 バスが停車していたとしても多勢に無勢ではどうにもならない。


 とはいえ、これでも穏便な方である。

 脅されて強奪なんてケースだったら怪我をするのは免れないのだし。

 殺されることだって充分にあり得る。


 こっちの世界じゃバーグラーのような前例もあるからな。

 そういう意味では領民がグルである場合、バスの例に近い集団かもしれない。

 凶悪でなければ目立たないだろうし。


 グレーゾーンで噂になる程度というのが逆にのさばりやすいとも言える。

 出る釘は打たれるが、微妙な出っ張り具合だと無視されるってところか。


「そこまで酷かったら迷わず征伐してる」


「じゃあ、領主一族だけがダメ判定と」


「そうなるね」


「処罰するにも一族ぐるみを証明するような証拠がない訳だ」


「そうなんだよ」


 言いながらカーターは深く溜め息をついた。


「それで帳簿の誤魔化しから追い詰めようって訳か」


 間違いだったと訂正してくることも考えられるが、今回はそれが許されないだろう。

 爺さん公爵が言い出したことみたいだし。


「人がいないから、手が回らないんだよね」


 アハハと力なく笑うカーター。


「だが、そういうのを放置すれば伝染していきかねない」


「そこなんだよ」


 とうとうカーターはガックリと肩を落としてしまった。


「そういうことなら超法規的措置が適用できそうだな」


「ええっ!?」


 カーターが仰け反るような仰天ぶりを披露してくれたさ。

 微動だにせずにいたイケメン騎士ヴァンも身じろぎしていた。


「うちが手を貸してもいいが、それだと不正を暴くまでってことになるよな」


「その後も人材が確保できる手があるのかい?」


「絶対ではないがね」


「それでも構わないよっ」


 カーターが喉から手が出てきそうなほど前のめりになって言ってきた。


「亡命希望者がいるんだよな。

 商店の経営者だから帳簿のことは分かるはずだ」


 この件を解決できるほどの能力があるかは未知数だが。


「それで超法規的措置なのか。

 でも、亡命者なら審査を受ければ大丈夫だよ」


 カーターは勘違いをしていた。


「そうじゃないんだ」


「え?」


「スパイを確保してると言えば、どうする?」


「「っ!」」


 カーターだけでなくヴァンも目を見開いていた。


『そこまで驚くことじゃないと思うんだがなぁ』


「いつの間に……」


 どうにかという感じでカーターが声を絞り出す。


「アンデッド騒動の前だよ。

 調べてみたら、ラフィーポ王国が送り込んだ借金奴隷だった」


「「え?」」


 驚きの連続らしい。

 2人とも呆気にとられた顔をしている。


『まあ、普通は犯罪奴隷だと思うよな』


「借金奴隷なのかい?

 犯罪奴隷ではなくて?」


 目を白黒させて聞いてくるとはカーターにしては珍しい。

 それだけ予想外だったってことだな。


「借金奴隷を脅して訓練して送り込んできてるんだよ」


「脅すって契約違反じゃないのかい?」


「本人を殺すとか言わなきゃ引っ掛からんよ。

 例えば家族を標的にすれば契約違反にはならない。

 だが、脅された方は自発的に動かざるを得ないよな」


「何と卑劣なっ!」


 瞳に殺気すら込めたヴァンが吠えた。

 ブルブルと肩を振るわせているのは怒りを堪えきれないからだろう。


「失礼しました」


 すぐ我に返って直立姿勢に戻ったけど。


「そう堅苦しくならなくていいさ。

 むしろ、ここで怒りを感じないのは人として残念だと思うぞ」


「同感だね。

 できれば猛獣のような目を控えてくれると助かるけど」


 カーターが苦笑しながら言ったが、微妙に引きつった笑みになっている。

 それだけビビったということだ。

 ヴァンが本気で怒った証拠でもある。


「申し訳ありません」


 しょぼくれた感じで謝るヴァンは、先程の怒りを見せた時とはまるで別人である。


「ちなみに、まだ言ってないことがあるんだ」


「良くない話かな?」


 カーターは勘がいい。

 ビクビクしながら聞いている時点で察しているのは明白。

 それだけに、ちょっと可哀相な気もするけどな。


「ヴァンがまた怒るような話だ」


「聞かない訳にはいかないよね」


 溜め息交じりに言いたくなる気持ちは分からないではない。


「申し訳ありません、申し訳ありません」


 連続で謝っているヴァン。


「心の準備はいいか?」


 2人に問いかける。

 台詞はひとつなんだけど、各々に向かって言いたいことは別物である。


 カーターには気を張って意識を保つように。

 ヴァンには怒りを押し止め殺気を放たないように。


 共に頷きで答える。


「黒幕は魔道具で暗示をかけて自害するようにしてたんだが……」


 そこまで言ったところで、ヴァンの表情が鬼になっていた。

 殺気が漏れ出ないように頑張ってはいたんだけどね。

 その分、素人なら見ただけで震え上がりそうな険しい表情になってしまったさ。


 懐から手鏡を取り出して見せると……


「─────っ!」


 鏡に映った自分の顔に驚いてビシッと直立姿勢になった。


「申し訳ありませんっ!」


「それくらいは仕方ないんじゃない?

 怖かったのは見た目だけなんだし」


 確かに触れれば切れるような殺気は発されてはいない。

 顔を見れば台無しなんだけどね。

 それでもカーターが許容できるなら、これ以上どうこう言うつもりはない。


「じゃあ、話を続けるぞ」


 俺は手鏡を引っ込めた。


「とは言っても、残すは黒幕がどう思っているかだけだがな」


「そこは重要だと思うよ」


「金はかかるが、使い捨て感覚だろう。

 脅し文句ひとつでやる気にさせられるからな」


読んでくれてありがとう。

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