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1150 メイド不足解消法?

 ありがたいと言ってくれるカーターに罪悪感を覚える。

 それでもスルー決定。


 話がややこしくなりそうだからだ。


『確実に押し問答になるな』


 そんなことで言い合いをしている場合ではない。


「とりあえず寝込んでいた者たちは回復するまで眠らせておいたから」


「重ね重ね、すまないね」


「言っただろう?

 アフターケアを抜かりなく対応すべきだって」


「そうだけど、感謝を忘れてはいけないと思うよ」


 そう言われてしまっては俺も強くは言い返せない。


「親しき仲にも礼儀ありってことだな」


「へー、いい言葉だね」


「うちの諺だよ」


「ミズホ国の諺……」


 カーターが感心して何度も頷いている。

 イケメン騎士ヴァンも小さく頷いていた。


「それよりも次だ」


「次? ああ、魔法のケア以外もあると言っていたよね」


「まあ、そんな大層なことじゃないさ。

 寝込んだメイドたちが復帰するまでは、うちの面子が手伝うってだけだ」


 一瞬、呆気にとられたカーターだったが。


「そういう訳にはいかないよ」


『言うと思った』


「それで大丈夫なのか?」


 今でも晩餐の断りをカーターが言いに来るくらいだ。

 明日以降も色々と支障を来すのは目に見えている。


「やりようはあるんだ」


 カーターが自信ありげに笑みを浮かべた。


「やりよう、か……」


「明日になれば少しは形になると思うんだ」


 成功を確信しているように見える割には微妙な発言だ。


『もしかして……』


 俺はヴァンを見た。

 身じろぎもせず黙している。

 瞳にも余分に語るべきものを持たない。


 そこにあるのは絶対の信頼と忠誠だ。

 俺の想像通りなら奇策と言う他ないんだが……


「それって騎士や兵士にメイドの仕事をさせるってことじゃないのか?」


 普段していないことを急にさせるとなると難しい。

 自分のすべきことではないと反発する者たちもいるだろう。

 表に出すかどうかは別として。


 いずれにせよ、不満を抱えた者が満足な働きを見せるとは思えない。

 そういうものは伝染していくしな。

 蔓延してしまえば詰みだ。


 仮に自発的に動く者だけを募ったのだとしよう。

 それでも困難であることに違いはない。


 普段しないということは経験も知識も欠けているのだから。

 知識だけはあったとしても、やったことのないことを無難にこなせる訳ではない。

 反復によって積み重ねられた経験が伴ってこそだ。


 誰にでも初めてはあるが、過半数が素人という状況は厳しいと言わざるを得ない。

 必然的に教育する者が必要になるからな。


 それは経験者であり数少ないまともに仕事のできる者だ。

 人手の足りない時に更に仕事を増やしているようなものである。


 教えることやフォローに掛かり切りになるのが目に見えている。

 まともに仕事ができる訳もないだろう。

 本末転倒と言う他ない。


 そんな訳で頭数を増やしただけでは解決には至らない。


「よく分かったね」


 なのにカーターは余裕の笑みを浮かべて肯定してきた。


「大丈夫なのか、それ」


「さすがにぶっつけ本番は難しいよ。

 晩餐にはとても間に合わなかった訳だし」


 カーターが苦笑する。


「それでも皆が率先してやろうとしてくれているんだ。

 不慣れだから専業者に任せて引っ込んでいるようになんて言えないよ」


 どうやらトップダウンで命令されたことではないようだ。

 逆の形になるとは想像の埒外であったが。


 カーターがそれだけ慕われているということだろう。


「だが、それで問題なくやれるのか?」


 しっちゃかめっちゃかな状況になっていそうなんだが。


「そこをどうにか回るようにするのは私の役目だ」


「秘策ありってことか」


 俺が感心してそう言うと、カーターは苦笑した。


「秘策なんて大層なものではないかな。

 いきなり仕事をさせないってだけだからね」


「その方がいいだろうな。

 余計に混乱するだけだ」


「ああ、クレーエにも言われたよ」


 爺さん執事のことだな。

 フルネームはクレーエ・ボーネだったか。


「不慣れな者を大勢入れるならば慣らしが必要だとね」


『全否定はせずに混乱が少ない方へ誘導したのか』


 伊達に執事歴は長くないってことだな。


「それならばとクレーエを中心として城内での仕事を教えている最中だ」


 爺さん執事の意見を取り入れることで、無用な混乱が発生しないようにした訳か。


「これについては秘策と言えるかな。

 クレーエの案は私の短絡的な思いつきを修正してくれたし。

 基準を満たした者だけ実際に仕事をさせるようにしたから大きな混乱はないよ」


 満足そうに頷いているカーター。


「その分、時間はかかるからハルト殿には迷惑をかけるが」


「迷惑だとは思っていない」


「助かるよ」


「ストームはなんて言ってる?」


「ハルト殿と似たようなものだね。

 大変な時なのだから気にしないでほしい、と」


 やはり本物のイケメンは違うな。

 普段の影の薄さは何なんだろうと思ってしまう。


「それに手伝うとまで言ってくれてね」


「おいおい」


 友好国とはいえ王太子が外国で雑用なんてしたら変な噂が立ちかねないぞ。


『あ、それは大丈夫か』


 誰にも気付かれずに黙々と仕事してそうだ。


「さすがに直接はね」


 カーターが苦笑する。


「でも、彼のところのメイドを貸してくれたよ。

 身の回りのことは自分でできるからと言ってね」


「それに、護衛の面子もそういう仕事は一通りできるはずだ」


 ハハハとカーターが笑った。


「確かにそう言っていたね。

 だから、こちらの人手については心配無用だと」


「そこからも何人か出すといったんじゃないか?」


「いやいや、本当にハルト殿は鋭いね」


 苦笑されてしまった。


「鋭いんじゃなくて、あそこの王族とは付き合いがあるから何となく分かるんだよ」


「それは、実にうらやましいことだね」


 肩をすくめながらカーターが言った。

 本気で言っている訳でないのは見れば分かる。

 話のノリに合わせているだけだ。


「いずれ親戚になるんだろ」


「おっと、そうだったね」


 ツッコミを入れると、おどけた調子の返事がきた。


「その様子だと、うちの面子は出さない方がいいようだな」


 人手不足だからこそ人材投入は慎重に行うべきだ。

 仕事を知らない人間に手伝わせるのは論外。

 知っている者だとしても、現場のことを知らないなら大量投入は避けるべきだ。


『少数でも混乱するからな』


 日本人だった頃、役所で実体験があるのだ。


 本庁舎ではなく支所勤務だった時の話である。

 別の支所で集団食中毒が発生して応援要員の1人として送り込まれた。


『仕出し弁当で支所勤務の職員が全滅って……』


 まあ、病院に搬送されて1日の入院だけで済んだけど。

 そういう時でも支所を閉鎖する訳にはいかない。


 その日のうちに各支所から1人ずつ集められることになったのだ。

 支所の業務を知っているという理由でね。


 最初は誰もが何とかなると楽観視していた。


 それが大間違いであると思い知らされるのは、駆けつけて間もなくのこと。

 地区の人に無料開放している会館の予約状況を確認していた職員が言った。


「会館の鍵って何処だろう?」


 引き継ぎもされぬまま来た俺たちに分かる訳がない。


 そこからは、てんやわんやであった。

 1時間後に予約が入っていたからだ。


 その支所に前年までいた職員に電話で聞いてどうにか間に合わせたけどギリギリだった。

 他にも似たようなことが続き、定時になる頃には全員がグッタリ状態。

 それが次の日も続くとか地獄かと思ったさ。


 翌日はその支所の所長経験がある人が来てくれたから助かったけどね。

 ちなみに鍵の件で電話した人だ。

 本来なら余所の課の副課長だったんだけど、上の人が根回ししてくれたらしい。


 そんな訳で、勝手の分からない面子をホイホイ入れるのがヤバいのはよく分かる。

 そういう実感がこもっているのが伝わったのだろう。


「すまないね」


 カーターが申し訳なさそうにしながらも安堵していた。

 別に押し付けるつもりはないんだが。


「実はストームくんから借りたメイドたちも教育の方へ回ってもらっているんだ」


 俺はカーターの言葉から職業訓練校を想像していた。

 短期で技術を習得して働きに出ることを目的にした学校。

 俺の中ではそういう認識だ。


 日本での実態がどうだったのかは生憎と知らない。

 それでも本来なら半日でどうにかできるものではないことくらい想像がつく。


『とすると……』


「仕事を細かく振り分けて専念させたのか」


 それならば、覚えることも少なくて済む。

 それだけを教えれば、超のつく短期間で即戦力になり得る。

 メイドよりも騎士や兵士の方が多いからこそ使える手だ。

 それでも半日は時間を要するのだけれど。


「さすがだね。

 こうも簡単にクレーエの策を見抜くとは」


 言われるほど、凄いことを言ったつもりはない。


「半日でメイドの仕事をすべて覚えろという方が無理だろう」


 そこから推理したので、誰でも思いつくようなことだ。


「通常業務もこなさなきゃならんから細分化した方がローテーションも組みやすい」


「それはクレーエも言っていたね。

 仕事を習うのと通常勤務だけでなく各人の疲労回復を考慮した休みも考慮すべきだと」


 そこまで目配りができる爺さん執事は、やはり執事の鑑だと思う。


「瞬く間にローテーションの表も作ってしまったからね」


 カーターがしみじみと頷くが、それは俺も同じだ。


『爺さん執事、スゲー』


「執事の中の執事だな」


「ハハッ、それを聞けばクレーエも喜ぶよ」


 カーターだって我が事のように喜んでいるんだけどね。


読んでくれてありがとう。

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