1149 根回しになるのかな?
俺はフランク一家に背を向け、ドアに向けて歩き始めた。
トフルたちが何か言おうとするものの……
「あれ?」
ついにナトレが目を覚ましたことで、何かを聞くには至らなかった。
「ここは……」
困惑気味の声が聞こえてくるが振り向きはしない。
ここで俺が目立ってもしょうがないだろう。
「「ナトレ!」」
「お姉ちゃん!」
家族の再会に水を差すつもりはない。
「え? ええっ!?」
混乱している様子は見なくても充分にうかがえた。
が、それをどうにかするのは家族の役割だ。
故に俺は歩みを止めることなくバスから降りる。
外に出る直前、号泣する声が聞こえてきた。
4人分だ。
ならば大丈夫だろうと俺はそのまま外に出る。
外に出ればバス内の様子をうかがい知ることはできない。
【天眼】や【遠聴】のスキルを使えば話は別だけれど。
そんな野暮をするつもりもない。
何かあれば、バスに残った面子が知らせてくれるしな。
念のためにショートメッセージをベルとナタリーに送っておく。
[4人のことはしばらく任せた。妙なことになりそうなら連絡してくれ]
レスはすぐに返された。
[心得ました]
[お任せください]
タッチの差でベルの方が早い。
別に競っている訳ではないがね。
『これで一安心、と』
俺はバスのドアを閉じた。
「おっ」
そこにカーターがやって来る。
イケメン騎士ヴァンがお供だ。
護衛が彼だけしかいないことになる。
『よくぞ、爺さん公爵がこれだけで送り出したな』
思わず感心してしまう。
まあ、人手不足だからこそか。
『骸骨野郎は死んでも祟ってくれるな』
もはや懐かしい感じすらしてくるアンデッドに成り下がった元伯爵。
名前は……
『どうでもいいか』
自分からアンデッドになろうとする輩のことなど、できれば記憶から消し去りたい。
死んでも傍迷惑な奴なので消えることはないだろうけど。
ちなみに祟ると表現したが、言葉の綾であって本当に祟られている訳ではない。
関係者や場所などが実際に呪われたりするほどの力はないからね。
むしろ、こちらにとって不要な人材を引き込んでいたから助かっている部分はある。
アンデッドとして処理できたから余計な仕事を増やさずに済んでいるのだ。
ニュートラルな人員まで多く削られたので、評価がマシになることはないけれど。
そんなことを考えている間にカーターが目の前に来る。
「やあ、こんばんわ」
笑顔で挨拶してきた。
「ああ、こんばんわ」
俺も笑顔で応じる。
「その様子だと晩餐は遅れるか難しいようだな」
カーターの笑顔が苦笑に変わる。
「いやぁ、面目ない。
人手が足りないというのは不自由なものだね」
その言葉でおおよそのことを察することができた。
『しまったなぁ』
自分のミスを痛感する。
事ここに至り……、は言いすぎか。
ただ、気持ちが逸っていたことだけは間違いない。
アフターフォローを完全に失念していたのだからな。
せめて、ベルに頼んでおけば違ったはずと悔やんでしまう。
「すまないな。
昼間の騒動のせいだろう。
メイドたちのケアを忘れていたな」
腰を抜かしたメイドたちで仕事に復帰できた者は何人いるだろうか。
騎士や兵士たちなら動揺しながらでも動くことはできると思うのだが。
非戦闘員であるメイドたちにとっては計り知れぬ恐怖体験となったはずだしな。
気丈な者であれば、わずかな時間で少しは落ち着けるかもしれない。
が、そのような人材がそうそういるものでもないだろう。
逆にショックのあまり寝込んでしまう方が多い気がする。
『アンデッドなんて見ることないもんなぁ』
しかも、見た目が干涸らびててゾンビの次ぐらいにグロい。
今夜は悪夢にうなされる者たちが多そうだ。
とにかく、そこに考えが至らなかったのは俺のミスである。
どうにか対策を取らないといけないだろう。
すぐにでもラフィーポ王国に乗り込んでとか言っている場合ではない。
「いやいや、そこまで面倒を見てもらう訳にはいかないよ」
カーターが頭を振った。
「こちらこそ勝手に首を突っ込んで引っかき回したんだ。
ならば、アフターケアまで抜かりなく対応すべきだろう?」
カーターが苦笑交じりに小さく嘆息する。
「御言葉に甘えさせてもらうよ」
よほど対応に困窮していたのだろう。
カーターの纏っていた空気が柔らかくなったように感じた。
「じゃあ、まずは魔法でケアをしようか」
「まずはって、それ以外もあるのかい?」
カーターが目を丸くする。
どうケアすべきか、そのことしか考えていなかったみたいだな。
「メンタルのケアなんて急激にやろうとしたら副作用が出るぞ。
それを抑えようと思ったら、全員を今日中に回復させるのは難しいな」
重篤な者であれば数日は安静にして様子を見た方がいいだろう。
これでも早いくらいである。
「副作用か……」
カーターが考え込んでしまった。
「そんなに深刻に考えるものじゃないぞ。
まあ、しばらく城内が暑苦しい感じになるくらいだ」
「ん?」
今の説明では想像がつかなかったらしくカーターが首を捻る。
分かり易い例をと思ったが、具体例は日本のものしか思い浮かばない。
元男子プロテニスプレイヤー。
これだけで分かってしまう人もいるだろう。
俺がルベルスの世界に来た頃には、既に控えめな感じになっていたけど。
全盛期のテンションを城内全員にコピーしたらどうなるか。
『考えたくないな』
右を向いても左を向いても、熱血的本気モードが常駐しているのだ。
しかも、朝から晩まで付き合わなきゃならない。
是非とも御遠慮ねがいたいものである。
ここまでインパクトがあると、他に具体例が思い浮かばない。
『髭爺とは違うしなぁ』
暴風のブラドのテンションも高い方だが、どちらかというとイラッとする感じだ。
あれはあれで疲れるがね。
ゴードンの暑苦しさもメンタルより見た目に寄っているし。
いずれにしても、カーターの知らない相手だ。
二つ名持ちだから名前くらいは知ってるかもだが、性格などは知らないだろう。
具体例として挙げられないのでは意味がない。
『さて、どうしたものか……』
軽く途方に暮れてしまったさ。
騎士ヴァン・ダファルが動いたのはそんな時であった。
「陛下、よろしいでしょうか」
「いいよ」
「騎士団が訓練している時の精神状態が常に続くということではないでしょうか」
『何かそれっぽい』
思わず感心させられた。
「おおっ、そういうことか」
カーターも謎が解けたとばかりに明るい表情になる。
身近な事例だと通じやすい訳だ。
『やるな、イケメン騎士』
理解が早いというか、推知能力が高いのだろう。
見てくれだけのなんちゃってイケメンとは違うってことだな。
苦手なものがあるのかと言いたくなる。
まあ、助かったけどさ。
「ああいう状態に全員がなってー」
カーターが上を仰ぎ見た。
想像力をフル回転させているのだろう。
「なおかつ、ずっと続くのかー」
徐々に表情が変化していく。
それが望ましいものでないのは早い段階で分かった。
ギャグ系のアニメ化漫画なら影付きの縦線が描かれたことだろう。
そして、カーターは想像の世界から帰ってきた。
「ないねー」
疲れた感じで苦笑するカーター。
「だろうな」
「時間がかかってもいいから確実な感じでお願いするよ」
その口振りはしみじみとしていた。
想像しただけで、かなり堪えたようだ。
「んー」
シミュレートして見積もってみた。
「症状が重い者で3日程度かと思うけど、構わないかなかな」
「その程度でいいのかい?」
目を丸くしてカーターが驚いている。
「継続的に作用する魔法だからね。
その代わり、効果は弱めにして副作用が出ないようにする」
「それは助かるね」
笑顔でカーターが頷く。
「じゃあ、さっそく」
「ここで始めるのかい?
皆を一ヶ所に集めた方が、いいんじゃないのかな」
「大丈夫だ、もう終わったから」
「なんとっ!?」
カーターが飛び上がらんばかりの勢いで驚いている。
イケメン騎士ヴァンも目を見張っているくらいだから無理もないだろう。
『この2人は慣れたと思ってたんだけどなー』
そう言えば、何の演出もしてなかった。
「この件の話が始まった時から準備はしてたからね」
「あっ、ああ……、そうなんだ」
カーターにしては珍しく立ち直りに時間がかかっているようだ。
「あっと言う間だったからビックリしたよ」
「この魔法は発動させれば、あとは勝手に効果が持続するからね」
「おー、なるほど!
変化があったようには見えなかったから、気付かなかったよ」
『あー、失敗したー』
意図的に演出しなかったのだが、これがいけなかったようだ。
事前に説明していなかったから2人を驚かせてしまったんだな。
「派手にやらかすと城内が騒ぎになりかねないだろう?」
皆は昼間に泡を食ったばかりだから慌てさせてはいけないと、そればかり考えていた。
明らかに配慮不足である。
「先に言っておくべきだったな、すまない」
「いや、いいんだ。
ハルト殿の配慮はとてもありがたい」
『えー……』
配慮不足なのに配慮したと言われるとは、これ如何に?
読んでくれてありがとう。