1146 夢の超特急?
「うあっ」
「ああっ」
「きゃっ」
フランク一家の3人がバラバラに短く悲鳴を漏らした。
車両が浮き上がったからだ。
「心配は無用だ」
一家が浮き足立つ前に声を掛ける。
「今ので地面から少し浮き上がった」
その説明に返されたのは言葉ではなく困惑の表情。
有り体に言ってしまうと、3人とも「なに言ってんだコイツ?」の顔をした訳だ。
「浮いたのでございますか?」
恐る恐る聞いてくるトフル。
「ああ、そうだ」
唖然とした様子で固まってしまう。
「浮いてしまっては動かないのではありませんか?」
今度はイーラが聞いてくる。
「こいつはホバークラフト列車といって、車輪なしで飛ぶように走る乗り物だ」
「ええっ!?」
目を見開ききって愕然とした様子を見せるイーラ。
「しゃ、車輪なしって……」
動揺しているのがありありと分かる呟きを漏らしていた。
乗り物には車輪があって当たり前という常識がこびり付いているせいだろう。
「お母さん、賢者様は魔道具だと言ってた」
ニーナが驚きの余韻を表情に残しながらも、そう告げる。
「え? あ……」
混乱している状態ではあったが、頭の中が真っ白という訳でもないらしい。
「そ、そう、だったわね」
娘の言葉を受けて、どうにかこうにか復帰してくるイーラであった。
何かを問いたげにしているが、問うてこないならスルーだ。
俺は前方へ向けて手で合図を送る。
「コレヨリ当車両ハ発車イタシマス」
加工した音声でアナウンスが入った。
「だっ、誰ですか!?」
固まっていたトフルが泡を食ったように聞いてきた。
そんなことには構わず列車がゆっくりと動き出す。
「誰でもない。
ホバークラフト列車の音声だ」
「え?」
「言っただろう?
こいつは魔道具だと。
高度なものだと、これくらいはできるんだよ」
「「「……………」」」
3人とも絶句している。
トフルやイーラは愕然とした感じで。
ニーナは驚きつつも嬉しそうに見える。
先程から思っていたことだが、ニーナは適応力が高そうだ。
1人だけでも状況を許容しうる者がいるのはありがたい。
落ち着いた者がいるいないで色々と変わってくるからな。
残りの面子を落ち着かせる時間も。
状況の説明のしやすさも。
「通常時ニオケル最高速ニ到達シマシタ。
コレヨリ、おぷしょん装備ぶーすとぽっどニヨル再加速ヲ行イマス」
3人が俺の方を見る。
説明を求める視線を感じた。
「悪いな」
俺は苦笑した。
「この後、ちょっと用事があって急ぐんだよ」
「そういうことではなくてですね……」
もちろん、分かっている。
説明するのがいい加減面倒になってきただけだ。
とはいえ、キレる訳にもいかないから誤魔化そうとしてみたんだがな。
「魔道具に魔道具を付け足して超高速で移動できるようにしたと言ってるんだ」
「いえ、私どもに魔道具のことは分かりません」
やはり誤魔化せなかったようだ。
『知らない方が幸せだと思うんだがなぁ』
ただ、これを言ってしまうと不信感を抱かれてしまうだろうし。
「このトンネルが何処まで続いてるのかって言うんだろ?」
俺が真顔で問いかけると──
「は、はい」
トフルは少し焦ったように頷きながら返事をした。
「ぶっちゃけると娘の所までだ」
つまりエーベネラント王国の王都エーベネだ。
直線でトンネルを掘ったから最短距離で移動できる。
ホバークラフト列車を移動手段に採用したのは直進安定性を考慮してのこと。
でないと、音速を超すのに不安が残ってしまう。
『ちょっとしたことで壁面にドカンは嫌だもんな』
ホバークラフト列車ならば、そういうことになりにくい。
風魔法で微調整を利かせやすいからね。
それと、大型のオプション加速装置をセットできる大きさなのもチョイスした理由だ。
車じゃ大型バスでも微妙にバランスが悪いサイズなので直進安定性が悪くなる。
それ以前に、車輪があると路面抵抗があるから音速の倍の速度を出すのは無理があるし。
乗車後にトンネル内の気圧を下げて空気抵抗を減らしたりはしたけどね。
え? 飛行機じゃダメなのかって?
飛行機だと翼が邪魔なんだよな。
空気抵抗を減らしたと言ってもゼロになる訳じゃないからね。
だから、より前面投影面積の少ない方を採用した訳だ。
あとはトンネルの広さに影響するというのも飛行機を使わない理由だ。
飛行機だと翼の分だけ横に張り出すことになるからね。
まあ、列車が貸し切り状態になってしまうことを除けば最適な選択をしたはず。
『広いのだけは、どうしようもないからなー』
俺以外の3人にとってはソワソワして落ち着かないんだろうけど。
そこに目を瞑れば、密かに最速で移動する乗り物だ。
馬車で移動すれば何日もかかるところを1時間とかからず到着してしまう。
到着予定時間については、あえて教えていないけどね。
故に気になるのは距離だろう。
トンネルの長さはフランク一家にとって尋常ならざるものであった。
「「「────────っ!」」」
驚愕のあまり、しばし目も口も開きっぱなしとなる3人。
具体的な距離は分からないからこその驚きかもしれない。
少なくとも人間業でないことを実感しただろう。
まあ、こういうので化け物扱いされるのも慣れてきた。
『あんまり慣れたくはないけどな』
「あの、娘は今どこに……?」
どうにか復帰してきたトフルが念のためとばかりに聞いてきた。
俺が近くまで連れて来ているかもしれないと考えたのだろう。
その方が、まだ現実的ではあるからな。
「エーベネラントの王都だ」
具体的な地名が出たことで、トフルが遠い目をした。
が、今度はすぐ我に返る。
「……そこまで、この地下道が続いていると?」
どこまでも自分の常識で折り合いがつくように考えたいようだ。
「ああ、魔法で開通させた」
「いつの間に……」
呆然として呟きを漏らす。
「先程だな」
「終わったのがですよね?」
ずっと前から掘り続けていたとでも思いたいのだろうか。
「始めたのも終わったのも先程だぞ」
「は?」
「そりゃあ一瞬で終わらせたとは言わないが、何日もかけてないぞ」
「ええっ!?」
「始めたのは店内に入ってからだし」
と言って、ぼかしておいた。
始めたのは入った直後じゃないんだがな。
これならウソにならないだろ?
焼け石に水みたいなもんだけど……
「「────────っ!」」
俺の返答にトフルとイーラが愕然としていた。
ショックのあまり叫び声が出そうになったものの声が出ないという状態。
ぼかせば少しは違うかと思ったのだが、ダメだったようだ。
『今日ってことにしておけば良かったか』
きっと、あまり変わらないだろう。
ただ、ニーナが無反応に近かった。
トンネルが何処まで続いているか明かされた時に気付いていたかのようだ。
感覚が麻痺したのか慣れたのか。
恐らくは後者なんだろう。
『何度も驚く必要はないって?』
そう聞けば恐らくは肯定されたことだろう。
まあ、意味のないことだ。
到着すれば再び驚くことになる。
あるいは先のことも予測できているからこその無反応なのだろうか。
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ホバークラフト列車が減速の準備態勢に入った。
車内アナウンスは省略することにしたのでフランク一家には何も分からないだろうが。
オプションで装着したブーストを最大出力で逆噴射。
一気に減速したので旅客列車として考えると、あり得ないくらい制動距離が短い。
もし対策されてない状態で使用すればフランク一家は座席から投げ出されただろう。
もちろん、無事では済まないことになる。
慣性の運動エネルギーは、ほぼカットしたのでそういうことはないがね。
ゼロにしなかったのは3人に変化を感じ取ってほしかったからだ。
現にトフルが何か聞きたそうにして俺を見ている。
「減速してる」
「えっ!? もう休憩するんですか?」
『あー、そんな風に勘違いするんだ』
オプション付きホバークラフト列車の速さを知らないから仕方あるまい。
「いいや、到着だよ」
「「「────────っ!」」」
フランク一家が声のない悲鳴を上げつつ目を見張る。
この一家にとって本日、何度目の驚きだろうか。
『まあ、うるさくなくて助かるけど』
3人が驚いている間にトンネル内の加圧処理を実行する。
あと、地上の様子の確認とか。
そちらは特に問題ないようだ。
あまり驚かせてばかりだと可哀相なので、トンネルの大半を埋めにかかる。
『走りながら塞いできたことにしておこう』
目の前で見せたら卒倒しかねないしな。
ウソも方便と言うし、誰も傷つけないウソなら問題なかろう。
直に見ないなら折り合いもつけられると思う。
なんにせよ、何度も驚けば慣れてくるものだ。
処理を終わらせた頃、3人が復帰してきた。
「それじゃあ、降車するぞ」
促して外に出ると、また驚く。
トフルなどは列車の前と後ろをしきりに見ている。
「走りながら塞いできたからな。
後から敵に押し掛けられても迷惑だろ」
「迷惑って……」
困惑した様子でトフルが言った。
「この真上がエーベネラント城の中庭だからな」
「「「ふぁっ!?」」」
今度こそ驚きの声を上げた3人。
奇妙な声を出したくらいは序の口かもしれない。
トフルとイーラが腰を抜かして座り込んでしまった。
『マジか……』
トンネルを塞いだことより、現在地に驚くんだもんな。
読んでくれてありがとう。