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1145 買います売ります夜逃げもします?

「じゃあ、この金はお前たちのものだ」


 小袋をトフルに持たせる。


『さあ、ここが正念場だぞ』


 トフルの性格を考えると先が長くなるであろうことは容易に想像できるからな。

 だから、タフな交渉になることを前提に別の作業も進めておく。


『スマンが頼む、俺』


『任せろ、俺』


 【多重思考】でもう1人の俺を呼び出して、仕事を依頼する。

 魔法を使って脱出手段を用意するだけなんだけどね。

 この家族に転送魔法を見せるつもりはないからさ。


 視覚的なインパクトはこっちの方が上かもしれないけれど。

 どういう反応をするかは、その時になってみないと分からない。


「ですから、これでは高すぎます」


『やっぱり……』


 トフルの返答は思った通りのものだった。


「悪いことは言わないから取っとけ」


 返却など認めない。


「ですがっ」


 トフルも返そうとしてくるがね。

 強情なオッサンである。


 だが、こういうのは嫌いじゃない。

 商売人の意地と信念を感じるからな。


「この国を出て生きていくんだろう」


「はい」


「1人じゃないってことを忘れちゃいないか」


「うっ」


 トフルがたじろぐ。

 どうやら軽く失念していたらしい。


『ダメじゃん』


 信念よりも大事なものだってあるだろうに。

 この一家は家族の絆を大事にしている。

 ならば尚のことだ。


「家族を食わせていかなきゃならんのだろう?」


「それは、そうですが……」


 さすがにトフルも揺らぐ。

 それでも完全に寄り切った訳ではない。


 本当に強情さんである。


『もう一押しがいるな』


 決め手になるものが。


 それは、やはり家族に関連する話だと思う。

 卑怯な言い様になってしまうので罪悪感を感じてしまうのだけれど。


 だが、トフルを納得させるためだ。


『致し方あるまい』


「外国に移り住めばどうにかなるとか思っているなら甘いぞ」


「それは承知しているつもりです」


「そう言うからには、コネとかあるんだろうな?」


「……いえ」


 気まずそうに目線をそらしながら返事をしてきた。


「自分1人なら屋台や行商でもやっていけるだろうさ」


 食べる分だけ稼げれば、どうにかなるだろうし。


「けど、家族の生活をそれで支えきれるのか?」


「それは……」


 トフルが言葉に詰まる。

 家族持ちであるなら、その先はイエスの返答を断言すべきところだ。


 が、それができなかった。

 既に失敗しているからこそ軽々しくは言えなかったのだろう。


 俺はここで手札を切ることを決意した。

 トフルに対してはジョーカーとなる最強の1枚を。


「そんなことではナトレが戻ってきても、同じ過ちを繰り返すだけだぞ」


「っ!」


 トフルの目が大きく見開かれた。

 過ちが何であるかを理解したからこその反応だ。


「意地を張って無理をするのは勝手だ」


 何を選択しようと、それはトフルの自由である。

 とはいえ、その自由には責任がついて回ることを忘れてはいけない。

 もたらされた結果がどういうものであれトフルは一家の大黒柱なのだ。


「だが、それで同じように大きな借金をするか?」


 トフルが意地を張れば、そうなる可能性が非常に高い。


 指摘されても否定できないのだろう。

 トフルが悔しそうに歯噛みした。


 見守る妻と娘はハラハラしながらトフルを見ている。


「それとも信念などへし折って受け取るかだ」


 この言い様では悪い取り引きを持ちかけているかのようだ。

 あるいは、無理に借金を押し付けている状況とかを想像してしまう。

 決してそんなことはないのだが。


 それでも罪悪感は湧き上がるので、トフルには早々に決断してほしいところである。

 が、当人は迷いを見せている。


『半分成功、半分失敗ってところか』


 もう一声がないと決断がつかないのだろう。

 もはや手札は切ったので、同じことを言うだけなのだが。

 そして、俺の中の罪悪感は加速すると。


 できれば勘弁してほしいと思いつつ口を開こうとしたところで、トフルが嘆息した。


「分かりました。

 ですが、いつか必ずお返しします」


 本人は返済期限も利息もなしだから何も問題はないと思っているようだ。


『分かってね─────っ!』


 これはちゃんとした対価である。

 そういうことではないと言いたくなったさ。


 リアルでツッコミを入れなかったのは、諦めたからだ。

 勝手にしろの心境である。

 無期限&無利息でなければ俺も折れたりはしなかったけど。


 有耶無耶にしてしまえばいいのだ。

 上手くいくかどうかは分からないが、その時はその時である。


 とにかく、受け取る気になったのなら後は脱出あるのみだ。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 店舗の売買が決まった後、このまま王都から出ることを説明し魔法を使ったのだが。


「「「……………」」」


 フランク一家が真上を見たまま絶句している。

 もし、喋ることができたなら──


「天井があんなに高く……」


 とか何とか言ったことだろう。


「部屋ごと地下に潜行しただけですが、何か?」


 俺の切り返しは、何処かで聞いたような台詞になったと思う。


 実際には潜行しただけじゃなくて色々とやっている。

 チョイスしたのはプラン3の爆破解体だ。


 爆破解体するようにセットしたのは地上部分だけだが。

 脱出後は、部屋も元に戻して痕跡は残さないからね。


 あとは俺のことを待ち構えている犯罪奴隷どもが店内に入ればドーンといく予定である。

 なかなか出てこないことに焦れて連中が押し入ってくるだろうと読んだからなんだが。

 押し入らなくても3時間後には瓦礫の山にしてしまうがね。


 シミュレート結果は概ね下敷きコースである。

 瓦礫に埋もれれば助からないのは言うまでもないだろう。


『3階分の石材が降り注ぐからな』


 重力魔法も発動させるから隙間に運良く入り込んでなんて状況も発生させはしない。


 使いっ走りみたいな奴らだが、犯歴は万死に値する。

 国境地帯にいた連中と遜色ない悪党ぶりだ。


 そういう輩だからこそ使っている連中も重宝して使っているんだろう。

 汚れ仕事に躊躇いを見せないのは強みと言えるからな。


 で、調子に乗りすぎた。

 結果として踏んじゃいけない尻尾を踏んでしまった訳だ。


 逆襲の第1弾が国境地帯で完了済み。

 第2弾の下っ端の始末は準備がほぼ完了。

 仕上げは第3弾ってことだな。


 まずは第2弾の準備を終わらせないといけない。

 そのためにはフランク一家を無事に避難させないといけないのだが……


「そろそろ、いいか?」


 声を掛けると3人もさすがに我に返る。


「はっ、はひっ」


 トフルがビシッと固まり。


「ももも申し訳っ」


 イーラが謝ろうとしてリアルで舌を噛んで悶え。


「すみません……」


 ニーナだけが普通にションボリした感じで謝った。

 娘が慣れつつあるのに両親はまだまだのようだ。

 それでも声が届くなら動けるだろうとツッコミを入れはしなかった。


 店側へとつながるドアに手をかけてサッと開く。

 ここは地下なので本来ならば土砂しかないのだが。


「「「え?」」」


 3人が目を見開いて固まってしまう。

 そして戸惑いの表情を見せた。

 空間が拡がっていただけでなく光が差し込んできたからだろう。


「魔法で空間を確保して、魔法で明るくしてるだけだが?」


 暗くちゃ中に入っても身動き取れないだろうしな。


「そんなことより、急げよ。

 外で見張っている連中が中を覗きに来たらどうするつもりだ」


 それだけ言い置いて、部屋の外に出た。

 背後で慌てた様子を見せる3人の気配がするので、ちゃんとこちらに来るだろう。


 その間に車両を用意する。

 転送魔法が使えれば楽なんだけど、この一家にも見せるつもりはないしな。

 友好国へ移住することになるとはいえどもミズホ国民ではないのでね。


 ちなみに車両は前に使ったやつに少し手を加えたものだ。

 この人数で使うには大きすぎるのだが、誰にも見られる心配はないのでノープロブレム。


「こっ、これはっ!?」


「なんて広いのかしら」


「変な建物?」


 3人がこちら側に来たが、三者三様の反応だ。


 トフルはとにかく驚いている。

 場所に対してか車両に対してかまでは不明だが。

 あるいは両方かもな。


 イーラは部屋より遥かに広い場所に唖然としていた。


 ニーナは車両を見て首を傾げているが、その台詞にはガクッときた。

 知らないんじゃ無理もないけどさ。


「これは魔道具で自走する乗り物だ」


 とりあえず話の通じそうなニーナに告げた。


「「っ!」」


 トフルとイーラがギョッとして振り向いてきた。


 それまでは車両の先に続く細長い空間の先をずっと見ていたのだが。

 魔道具のあたりでビクッと反応していたので、予想外という訳でもない。


 ニーナは驚いてはいるが、感動が入り交じった感じで両親より落ち着きを感じる。


『どっちが親なんだか』


「乗るぞ」


 3人に声を掛けると頷きが返ってきた。

 トフルやイーラはやや怯えつつ。

 ニーナはちょっと嬉しそうだ。


『こういうのは若い方が抵抗がないのかもしれないな』


 何にせよ、拒否はされなかったのでありがたい。

 俺が先導して乗り込むと3人もついて来た。

 キョロキョロと中を見渡して落ち着きを失うのは仕方ないだろう。


「適当な席に座るといい。

 すぐに出発するぞ」


読んでくれてありがとう。

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