1141 敵のお膝元にて
霧が晴れていく。
そこにはファントムミストを使う前と変わらぬ風景があった。
盗賊兵士どもは誰1人として息をしていなかったけれど。
『当然の報いだ』
連中の精神は深層の領域まで破壊された。
こうなると肉体に魂をつなぎ止めておくことができなくなる。
肉体から魂が離れていく訳だ。
ファントムミストでこの状態に陥ったなら引き剥がされたと言うべきかもしれない。
恨みを抱く霊魂が連中を許したとは思えないからだ。
居合わせた盗賊兵士どもの中に程々で解放されるような生温い奴はいない。
どいつも凶悪犯罪者ばかり。
ならば奴らの魂が摩耗するまで取り憑かれることだろう。
肉体のくびきから解放されたかどうかは関係ない。
むしろ、寿命という時間制限のある体を失ってからが本番かもな。
果たして、どれ程の時間がかかることやら。
連中の自業自得であるが故に同情の余地はないがね。
同情すべきは、そこまで強く恨みを持つに至った霊魂たちだ。
『せめて恨みの晴れる日が来ることを願おう』
俺は霊魂たちだけに黙祷を捧げた。
盗賊兵士どもに対しては微塵もそんな気持ちが湧いてこない。
死体を前にして黙祷していると、誤解されそうだけどね。
この場には他に誰もいない。
その心配はないだろう。
「さて、残るは抜け殻の始末だな」
このまま放置するとアンデッドが発生しかねない。
魂を失った死骸など材料として最適だからな。
肉体は言うに及ばず、壊れた精神も霊体型のアンデッドの素材たり得るし。
ただしアンデッド化は取捨選択。
肉体が選ばれれば実体型に、精神が選ばれれば霊体型のアンデッドになる。
選ばれなかった方の一部が魔物核の材料となるからだ。
故にアンデッド化した後に残された肉体もしくは精神がアンデッド化することはない。
倍に増える心配はない訳だ。
とはいえ、残された死骸は3千ほど。
確率的には発生しない方がおかしい数である。
すべてがアンデッド化することはなくても厄介だ。
近隣の村ならば1割どころか1分ほどでも脅威となり得るからな。
『確実に処理しないとな』
即座に土葬魔法ベリアルを展開。
地属性だけでなく光属性も併用しているためアンデッド化を防ぐ効果もある魔法だ。
そして、何時の日にか肉体が土の中で完全分解される。
ちょっと多めに魔力を込めれば、当日中に完了するけどな。
何故か植生魔法を思い出してしまう。
土の中で分解する点については似ているけどさ。
なんにせよベリアルはかけ終えた。
連中の死骸が地面に埋もれていく。
「これで良し……ではないか」
テントや物資が残るからな。
このまま残していくと、ちょっとしたミステリー事件である。
荷物を運んできた馬に罪はない。
ファントムミストで直接の危害は加えられてはいないが……
『臆病な動物だからなぁ』
軍隊用に訓練を受けているとはいえ、ストレスがない訳ではない。
残していく訳にはいかないので倉へと回収しつつ魔法でケアする。
眠らせている間にバフをかけておけば回復させられるはずだ。
あと、食料品関係は倉庫へ回収した。
残るはテント、武具、物資といったところだが、こちらは不要品と判断。
何処で足がつくか分からんからな。
『悪いが消えてもらおう』
分解の魔法を使って消滅させていく。
消しながら野営の痕跡を残さぬようにも処理しておいた。
これで移動中に失踪したことにされるだろう。
調べに来る奴が出てこないようにするつもりだが、念のためだ。
『主要な街道を使っていれば、こんなことにはならなかったのにな』
目撃者が大勢いただろうから。
その場合はエーベネラント側に情報が漏れていただろうけど。
極秘裏に国境線を越えようとするから、いなかったことにされてしまうのだ。
ラフィーポ側は色々と準備をした分だけ損をして終わるってことだな。
気の毒だとは思わない。
『自業自得だよ』
まあ、まだ誰も気付いていないだろうけど。
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続いて跳んできました、ラフィーポ王国の首都。
【諸法の理】によれば首都はフィポンというそうだが、どうでもいい。
そんなことより次の作戦行動である。
あたりは既に夕暮れ時だ。
『急がないと晩餐に間に合わなくなってしまうぞ』
幸いなことに目的地はすぐに発見できた。
フランク商会という看板は他にはなかったのでね。
ただし、外から見た感じは繁盛しているような雰囲気はない。
店じまいしているのかと思うほど客の出入りが一切ないのだ。
他の店はそれなりなんだが。
理由は簡単。
利用客に圧力をかけている連中がいるからだ。
店を見張っている奴がいたので鑑定して調べた。
それによると、手口はこうだ。
まずは店から出た客を路地裏に引きずり込み、集団で暴行を加える。
ボロボロになったところで、あの店を利用するなと脅して解放。
そして、これを繰り返す。
何度かやっているうちに噂が拡がって客足が途絶えるという寸法である。
実行している者たちにしてみれば合理的な営業妨害なんだろう。
碌でもない連中だが、実行犯たちに犯罪行為をしている認識はない。
捕らえられても命令されて指示通りに動いているから悪くないと主張するだけだ。
それはウソではない。
実行犯は犯罪奴隷だからな。
上から命令を受けているのは事実。
故に衛兵がこの連中を捕らえても釈放されることになる。
国が犯罪を認めているのだ。
表面化することはない。
衛兵も動かないので訴えても無駄である。
日本なら考えられないことだ。
『法治国家じゃないよな』
が、これがラフィーポ王国の実態であった。
程度に差はあるものの、既に亡国となったバーグラーを思わせる。
ハッキリ言ってしまうのであれば、クズ国家だな。
『まあ、その命運もつきる訳だが』
余計な真似をしたのが運の尽きってやつだ。
とりあえず、今はフランク一家の確保が先である。
俺はフランク商会の扉を開けて中に入った。
通りにいたガラの悪そうなのが小走りで去って行く。
応援を呼びに行ったのだろう。
実行犯全員で見張るのは、あからさますぎるからな。
噂が広まって他の店舗にまで被害が及びかねない。
おそらく両隣は奴らの上の息がかかっている店だと思われる。
後から出店してきたのか、既存店舗だったが売り上げで負けていたか。
そこまで調べる気はないが。
斥候型自動人形で走り去ったチンピラを追跡させるだけで充分だろう。
「外国のお客さんかな」
店に入ってかけられた第一声がこれだ。
まあ、着ている服がミズホ服だからな。
『じゃなくてっ』
普通は「いらっしゃい」とかだと思うのだが。
「悪いことは言わないから、すぐに出て行った方がいい」
返事をする前に店主であろうオッサンが話を続けてきた。
「全力で走れば、あるいは逃げ切れるかもしれない」
思わず苦笑が漏れた。
「店主が気付いているとは、露骨な嫌がらせだな」
「知っていたのかね!?」
驚きを露わにする店主。
「ああ、何から何まですべてをな」
俺の返事に店主の表情が訝しげなものへと変わる。
「トフル・フランクだな」
店主のオッサンが目を見開いた。
無理もない。
目の前にいるのは初対面の、それも外国人と思しき相手だ。
普通に考えれば自分のフルネームを知っているはずがないのだから。
にもかかわらず、フルネームを言い当てた。
得体の知れなさが呼び込むのは恐怖か警戒心か。
「そうですが、アナタは一体……?」
恐る恐る聞いてくる。
どうやら前者であったようだ。
借金のこともあって、警戒されるかと思ったのだが。
どうやら折れる寸前まで追い込まれているようだ。
「通りすがりの賢者だ」
「は?」
トフルが呆気にとられていた。
その顔には「なに言ってんだコイツ」が書かれている。
『久々に見た気がするな、この表情』
個人的には「通りすがりの仮面ワイザーだ」と言ってみたかったが。
さすがに、そこまで厨二病な台詞を言ってしまうとオッサンが付いて来られないだろう。
『それ以前に仮面ワイザーが分からんか』
とにかく話を進めないことには何も始まらない。
「この店の借金を返す当てはあるか?」
ギョッとした表情を向けてくるトフル。
何処まで知っているのかと問いたげに見える。
「言っただろ?
何から何まですべてを知っていると」
「……………」
返事がない。
先程の発言がハッタリでないのかと疑心暗鬼に陥りつつあるようだ。
『今頃になって警戒心が湧き上がってきたか』
「これでこの店を買おう」
懐から出した小袋を店のカウンターに置く。
ジャラリと音がした。
「え?」
本日2回目の「なに言ってんだコイツ」顔が出ましたよ。
商人ならば袋の大きさとふくらみ具合で、おおよその枚数が分かる。
おそらく、トフルは大銀貨で30枚ほどと見立てたはずだ。
だからこその表情である。
3万ゲートで店の権利が買える訳がないと。
無理もない。
『日本円にすれば30万円相当だからな』
これが事実なら、買い叩きもいいところだ。
借金を引き受けるという条件なら話は別だとは思うが。
そういう話はしていない。
「言いたいことがあるようだが中身を見てからにするんだな」
トフルが何かを言いかける前に俺は言葉で遮った。
怪訝な表情を見せるトフル。
逡巡するように小袋を見つめ、結局は何も言わずに袋の口を開いた。
読んでくれてありがとう。