1133 女の子は頑張る
シャーリーと神官ちゃんがパーチドデッドを延々と牽制し続けていた。
実際はほんの数分の出来事だったのだが。
ずっと緊張を強いられる2人には十倍以上に感じられたかもしれない。
パーチドデッドの動きを見極めて先読みし高速で回り込む。
蹴りつける時も角度や威力に気を付けねばならない。
並みの集中力でできることではなかった。
3桁レベルに達していないとはいえ、常人の領域は超えているからな。
体力的にも精神的にも、これくらいで消耗するものではない。
「増援はまだなのっ」
愚痴りながら蹴りを繰り出すシャーリー。
溜まっていくフラストレーションを愚痴ることで発散しているらしい。
言葉ほど表情が苛ついていない。
「シャーリーはせっかち」
神官ちゃんが蹴りながらツッコミを入れる。
「これでも商人ですからねっ」
負けじと切り返すシャーリー。
もちろん次の標的に蹴りを入れながらだ。
「今は違う」
神官ちゃんのツッコミが止まらない。
そして容赦がない。
短くも的確であるがために、シャーリーには確実にダメージが入っていた。
その証拠に頬が引きつっている。
「ええ、ええ、今は元ですぅ」
拗ねたように唇を尖らせる。
返事は口喧嘩のノリであった。
普通であれば、そちらに意識が向いてしまうことだろう。
が、2人の抑え込みは鈍ることがなかった。
そこへ駆け込んでくる人影。
「「「お待たせーっす!」」」
風と踊るの3人娘だ。
飛び込んできた勢いそのままに槍で突いていく。
3人とも狙っているのは膝である。
「秘技!」
「必殺!」
「膝クラッシュ!」
順番に叫んだところからすると、3人で技名を言ったようだが……
『秘技か必殺かどっちなんだよ』
ややこしい技名である。
聞けば「「「どっちもっす」」」とか答えるんだろうけど。
どうでもいいことを考えている間に次々とパーチドデッドの膝が壊されていく。
あえて切断はしていないようだが、足止めするには充分なようだ。
片方の膝が壊れれば満足に歩くことはできないからな。
それどころか、バランスを崩して倒れ込んでいく。
「くっ、こんな方法があったとは……」
シャーリーが悔しそうに歯噛みする。
「もっと頭を捻るべきだった」
神官ちゃんは大きく表情を変えないが、わずかに目付きが鋭くなっている。
やはり悔しいのだろう。
あるいは自分に不甲斐なさを感じているのか。
だが、仕方あるまい。
2人とも最近まで本格的な戦闘訓練を受けたことがなかったのだ。
3人娘たちとは経験に差がある。
こればかりは、どうしようもない。
が、神官ちゃんの言葉は次の糧となるだろう。
実戦からひとつ経験を得た訳だ。
2人のこれからに期待しよう。
『さーて、避難は終わったかな?』
3人娘が秘技だか必殺技だかを繰り出している間に風と踊るの残り3人が動いていた。
逃げ遅れている非戦闘員の強制避難だ。
『抱えて運ぶだけの簡単なお仕事ですってね』
エーベネラントの面々に任せていたら終わらないがね。
現に応援が来ているのだが、モタモタしている。
中にはフィズたちの動きを目の当たりにして呆気にとられている者までいる始末だ。
成人して間もないくらいに見えるから新兵なんだろう。
「バカ野郎! お前は何のためにここへ来たんだっ」
上官らしき兵士にドヤされ、ビクッと身を震わせて我に返った。
「申し訳ありませんっ」
「返事をしている暇があったら動け動け!」
「はっ!」
四つん這いで逃げているメイドを抱えて走り出す。
『走ってるんだよな?』
うちの子たちと比べると、そうは思えないくらい遅いのだが……
少なくとも本人にしてみれば走っているつもりだろう。
それは他の応援に駆けつけた兵士たちも同じである。
その脇を左右の肩にメイドを抱えたフィズたちが追い抜いていく。
「何だ!?」
すぐ脇を走り抜けていったジニアの後ろ姿に愕然を顔に張り付ける中年兵士。
驚きながらも走るのをやめないのは、さすがと言えるだろう。
新兵とは練度が違うってことだな。
「スゲえ……」
「マジか……」
「ウソだろ……」
溜め息を漏らすように呟く声が、あちこちから聞こえてくる。
『意外に練度が高いのか?』
そう思うのは走る速度が落ちないからだ。
速くはないが、メイドの這い回る逃げ方よりはずっとマシである。
『これなら、フィズたちが往復する必要はないか』
彼らが退避する間にパーチドデッドの対応をするのがベストな選択だろう。
「速えっ」
「力持ちー」
驚きつつも軽口を叩く風な面子もいる。
そういう者は運んでいるメイドが小柄という共通点があった。
そのせいか体力的に余裕があるようだ。
他の面子よりは速く走れている。
まあ、どんぐりの背比べのようなものだが。
「俺たちよりお客さんが多いってのにな」
お客さんとはメイドのことだろう。
お嬢さんとは言い難い年齢の人もいるしな。
「あの姉ちゃんたち何者だ?」
兵士たちが口々に疑問の声を漏らす。
彼らの疑問に答える者はいない。
並んで走っている訳ではないのでね。
抱えられているメイドは恐怖に怯えるばかりでそれどころではない。
仮に併走していても答えられる者がいただろうか。
着いて早々にこんなことになっているからな。
「ゲールウエザー王国からの客人がこれほどとは……」
どうやら1人は分かっているようだ。
新兵をどやしつけた上官殿である。
『このオッちゃんがいれば、避難の方は任せて大丈夫そうだな』
そうこうするうちにフィズたちが戻ってくる。
3人娘は、パーチドデッドの動きを封じていた。
両膝を膝クラッシュで破壊し移動力を大きく削ぐことに成功。
とはいえ痛みを感じないパーチドデッドはしぶとい。
腕の力だけで這いずるように動こうとしていた。
それを見ても3人娘は慌てず騒がずパーチドデッドの肩を破壊して回る。
動きが鈍った分だけ膝の時よりも早く終わったくらいだ。
「必殺!」
「秘技!」
「肩クラッシュ!」
変な掛け声は相変わらずであったが。
ローヌとナーエの台詞が入れ替わって、ライネは膝を肩と言い換えただけだ。
『それ必要なのか?』
ツッコミを入れたくなったさ。
直に見ている訳ではないから無理なのは分かるんだけど。
イラッとしたのは事実な訳で……
誰か言ってくれないかなと思っていたら──
「うるさい」
ボソッと呟くような声でウィスがクレームをつけた。
以心伝心だったら嬉しいところだが、そうではあるまい。
ウィスの表情を見る限り、苛立っているのが分かるからだ。
「黙って仕事する」
「「「うぃっす」」」
3人娘もウィスの苛立ちを感じたのだろう。
素直に返事をして作業を完了した。
パーチドデッドの移動能力を完全に削がれたところで──
「助かったわ、ありがとう」
「感謝」
シャーリーと神官ちゃんが礼を言った。
「礼には及ばない」
フィズが小さく笑みを浮かべた。
「仲間じゃないか」
ジニアも同じような笑みと共に言い添える。
「そうっすよ」
「仲間っす」
「困った時はお互い様っす」
3人娘などは歯を見せて笑う。
「まだ、終わってない」
ウィスだけは笑わずにパーチドデッドを指差した。
『おいおい』
もうちょっと空気を読めるようになってほしいものだ。
まだ、兵士たちが戻ってくるまでは時間があるというのに。
「そうだったわね」
「先に殲滅」
シャーリーと神官ちゃんは特に気分を害した様子もなく気持ちを切り替えていた。
「ウィスの言う通りだな。
エーベネラントの兵士が戻ってくる前に終わらせよう」
フィズもすぐに切り替える。
他の面子も神妙な表情で頷いていた。
『もしかして俺の方が空気を読めてなかったのか?』
どうにも分からん。
元選択ぼっちな俺は、こういう方面での経験値が不足しているからな。
ハードルは高い。
「一気に片をつける。
聖炎、スタンバイ!」
フィズの号令に──
「「「「「了解」」」」」
風と踊るの面子が即座に返事をする。
「あー、えっと、了解」
「了解した」
わずかに遅れてシャーリーと神官ちゃん。
このあたりは同じパーティーか否かで差が出てしまう。
連携を繰り返してきた経験の差。
付き合いの長さからくる慣れの差。
そういうものを即席で組んだ面子に求めるのは酷というもの。
特に何か指摘する者はいなかった。
全員で身動きが取れなくなったパーチドデッドを取り囲む。
掌をパーチドデッドに向けて集中すると炎が灯った。
「放て!」
決して大きくはない炎だ。
が、火属性だけでなく光属性も込められた炎はアンデッドには特に効果的である。
命中すると一気に燃え上がった。
満足に動けぬパーチドデッドに抗う術はない。
あっと言う間に燃え広がって塵と消えていった。
『これ以上ないくらい乾燥肌だしな』
読んでくれてありがとう。