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1131 強くはないが強い奴

 婆孫コンビの氷壁デスマッチが続く。


「「ふたつ!」」


 ほぼ同時に魔力を込めたミズホ刀でパーチドデッドを切り裂いた。

 人間であれば致命傷の深手である。


 アンデッドにとっては動きに支障のない切り傷と言うべきだろうか。

 手脚を根元から切断されても死なないのだから質が悪い。


 それ故に西方では最下級のスケルトンやゾンビでさえ脅威と言われるのだ。

 他の魔物よりも警戒されるのも道理というもの。


 ただし、ベルたちの攻撃は普通ではない。

 切られた2体のパーチドデッドが動きを止めた。


 次の瞬間には原形を留められなくなって崩れ落ちていく。

 その途中で更に塵となって消えていった。


「凄いな……」


 イケメン騎士ヴァンが呟く。


「どうすれば、あのような凄まじい攻撃ができるのか」


 絞り出した呟きに悔しさを滲ませていた。

 表情にもわずかに浮かんでいる。


「魔法剣ならばあるいは……?」


 そう呟くが、すぐに小さく頭を振る。


「炎も光も発してはいない。

 切り裂く瞬間でさえも、だ」


 自らの言葉を否定して嘆息する。

 そして更に頭を振った。


 その動きはわずかなもの。

 注視していなければ気付く者がいたかどうか。


 誰もが一様にベルとナタリーの戦闘に目を奪われていたからだ。


「どうやって倒しているのか分からない」


 小さく唸るヴァン。


「分かるのは、伯爵たちがアンデッドに成り果てたことだけだ」


 確信を持てないながらも、パーチドデッドの正体に気付いてはいたみたいだな。

 冒険者としての経験があるビルよりも冷静に状況を見極めていたようだ。


「技のキレも凄まじい。

 どれ程の研鑽を積めば、あの領域に至れるのか」


 やはり悔しそうだ。

 厳しい訓練を重ねてきた自負があるからこそだろう。


 それでも呟くような声量で周囲に聞かれまいとしている。

 本人は冷静に行動しているつもりのようだ。


 独り言を喋ってしまっている時点で、それはないのだが。


 しかしながら、ヴァン自身は落ち着きを失っていることに気付けていない。

 気付くことを拒否していると言うべきか。


 焦る気持ちがあることを本能的に悟りつつ、それではいけないと己を戒める。

 どうにか冷静であろうと必死で考えているように見えた。


 それも考えようとするだけではない。

 ある程度は論理的な思考ができている。

 普段よりは非効率ではあるだろう。


 だが、それでも一定の思考力を維持しているのは胆力があるからではないだろうか。


『凄い奴だ』


 同じような心理状態に陥った時、ここまで焦りを封じることができるのだからな。


 レベルは今回連れて来たミズホ組には及ばない。

 だが、胆力だけならトップクラスだろう。


 少なくとも豆腐メンタルな俺は勝てる気がしない。


 ヴァンがいることはカーターにとっても心強いことだろう。

 現状では足りない部分もあるが、向上心があることもうかがえる。

 いずれ、それらも埋められていくだろう。


『独り言を呟くのが癖だとしたら苦労しそうだけどな』


 そういうのは無意識に出てしまうものだ。

 指摘してくれる者も多くはないはず。


 呟きであるが故に耳に届かないこともあるだろうし。

 現状においても、ヴァンの呟きは他の騎士たちには聞こえていなかった。


 仮に独り言を普通に喋ったとしても結果は同じだったかもしれない。

 騎士たちは声もなく固まっていたからだ。


 ベルとナタリーの動きを目で追うのがやっとという状態。

 最初の反応は信じられないものを見たという驚愕だった。


 顔全体に張り付いていたそれが絵に描いたような茫然自失状態へと変わっていく。


『あー、こりゃ重症だな』


 自力で復帰するには時間が必要なのは明白であった。

 少なくともパーチドデッドが全滅してからの話になりそうだ。


 カーターにとっては頭の痛いことだろう。

 そして爺さん公爵にとっても。


「うぬぅ……」


 その爺さん公爵が唸っていた。


「ヒガ陛下が自ら手を下されぬ訳だ」


 こちらはヴァンと違って堂々と独り言を口にしている。


「アンデッドを相手に、たった2人で戦ってこうも容易く仕留めるとは……」


 爺さん公爵も気付いたようだ。

 どのタイミングで気付いたかまでは不明だが。


『まあ、死んだはずの人間が起き上がったしな。

 それに婆孫コンビの攻撃で塵になって消滅してるし』


 普通の人間ではこうはならない。

 確実に死体は残るからな。

 最初は混乱しても判断材料があれば推測はできるってことだ。


「あれは時間の問題だな」


 何故か遠い目をする爺さん公爵。


「ああ、頼れる人材がほしい」


 切実さあふれる呟きを嘆息と共に漏らした。


『なるほど』


 遠い目をする訳である。

 人材育成は一朝一夕でどうにかなるものではないからな。

 しばらくは爺さん公爵の気苦労が絶えないことだろう。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 婆孫コンビが氷壁デスマッチを始めた頃、俺はひとつの作業を終えていた。

 厳密に言えば、もう1人の俺がと言うべきだがな。

 【多重思考】で何人か、もう1人の俺を呼び出して仕事を分担していたのだ。


 その内のひとつが【天眼・遠見】による現況確認である。

 うちの子たちが対応している訳だからな。


 念のために外の様子を確認するのは当然のこと。

 ミスがあればフォローするためなのは言うまでもないだろう。


 過保護と言われようと気にしない。

 皆は、まだレベルが低いし。


 それにパーチドデッドは噛みつくことで仲間を増やすタイプのアンデッドだ。

 俺が即応できるようにしておくのは過保護ではないのだよ。

 とはいえ、ミズホ組は無難に動けていた。


「敵は3体だ。

 ゾンビに毛の生えた程度だからと油断するなよ」


 風と踊るの面々に注意を呼びかけるフィズ。


「「「へーい」」」


 気の抜けた返事をしたのは槍士の3人娘だ。


「ローヌ、ナーエ、ライネ」


 サブリーダーであるジニアが3人の名前を呼ぶ。

 それだけだったが、3人は震え上がった。

 いつになく冷めた声だったからだ。


「おっかねーっす」


 ローヌがヒソヒソ声で吐露する。


「ジニアを怒らせちゃダメっすよ」


 ナーエもヒソヒソ声で2人に注意する。


「なに言ってるっすか。

 怒らせてるのはナーエだって同じっすよ」


 ライネがやはりヒソヒソ声で抗議した。


「そうっすよ」


 ローヌも黙ってはいない。

 しかしながら、3人とも目線だけはパーチドデッドから外してはいなかった。


 槍で牽制しつつパーチドデッドの動きを抑え込んでいる。

 でなければジニアの雷が落ちていただろう。


「あんたたち」


 ジニアが溜め息を漏らす。

 ビクッと体を震わせる3人娘。


「聞こえてるわよ」


 3人娘は聞こえないように声を潜めていたようだが、ジニアにはしっかり聞かれていた。

 いくらヒソヒソ声でも会話が成立していたことを考えれば当然の結果だ。

 同じくらい近くにいれば聞こえて当然というものである。


「「「うひーっ」」」


 3人がまたも震え上がった。


「バカ……」


 ウィスが短くツッコミを入れた。


「周囲の人はどう?」


 フィズがウィスに問いかける。


「避難完了」


「よし、牽制は終了。

 これよりアンデッドを倒す」


「「「「「了解」」」」」


「ウィス、援護を」


「ん」


 短く返事をしたウィスがパーチドデッドの横に素早く回り込んだ。

 そこから光魔法のライトダガーを放つ。

 連射を想定しているのか小さめで光も強くはない。

 あれでは当たっても致命傷とはならないだろう。


「ローヌ、ナーエ、ライネ」


「「「はいっす」」」


「縫い止めろ」


「「「待ってましたーっす」」」


 3人娘が左右に散開して下段の突きを繰り出した。

 ウィスの攻撃で体勢を崩していたパーチドデッドが容易く串刺しにされる。


 パーチドデッドが暴れるが、槍はビクともしなかった。

 タフで痛みを感じないのがアンデッドの厄介なところだがパワーはそうでもない。

 西方の一般人には、それも脅威になるみたいだが。


 生憎と3人娘にとっては力負けするはずのない非力な相手だ。


 そして、刺さった所からはブスブスと煙が上がっている。

 槍の穂先が高熱を発しているからだろう。


 魔法の槍ではなく自前で魔法を付与している。

 派手に燃やさないのは縫い止めの指示を守るためか。

 発火しないように温度調整しているようだ。


『芸が細かいな』


「これがホントの串焼きっす」


 ローヌが自慢げである。

 会心の冗談だと思ったのかもしれない。


『そんなのでドヤ顔を見せられてもな……』


 アンデッドの串焼きなど見たくないんだが。


「ホントじゃないっすよ」


 勘弁してくれと言わんばかりのナーエ。


「串焼きを食べる時に思い出すじゃないっすか」


 ライネも抗議する。

 まったくもって同感だ。


「減らず口をたたいている暇があったら集中」


「「「へーい」」」


 ジニアの言葉に3人娘はビクッとした割には緊張感のない返事である。

 それもそのはず、パーチドデッドが急速に動きを弱めていたからだ。


「トドメを刺すまで油断するな」


「「「うっす」」」


 フィズが注意すると3人娘も表情を引き締めた。


読んでくれてありがとう。

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