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1130 待っているんだよ

 カーターが不意に訓練場内を見渡した。


「ところで、ハルト殿」


「何かな?」


「連れて来た女の子たちがいないようだけど」


 カーターも気付いたようだ。


『女の子たち、ね』


 一部に女の子と呼ぶには大きな齟齬のある者がいるのだが。


 ただ、それを指摘することはしない。

 そんなのが約1名の耳に入ってしまうと拗ねてしまうのが目に見えているからだ。

 とても厄介かつ面倒なので我慢する。


「ここの外でも似たような状況になっているから対応させているんだ」


 一から説明するのは面倒なので端折っておいた。

 きっかけは違うが、結果はそういう形になっている。

 特に問題はないはずだ。


「それは……」


 さすがのカーターも余裕を失った表情を見せた。

 すぐに復活するのだが。


「さすがだね。

 助かるよ、ハルト殿」


「大したことじゃない」


「またまたー」


 茶目っ気を感じさせる笑顔を見せるカーター。


「こうなることを予見していたからこそ先手を打ったんだろう?」


「さすがに、そこまでじゃない。

 不穏な動きを察知したから動いたまでだ」


「いやいや」


 カーターが苦笑する。


「普通は到着して早々にそういうことが分かったりはしないと思うよ?」


 カーターの言葉にエクスがしきりに頷いていた。


「そんなこと言われてもな。

 これがスパイなのかってくらい分かりやすい連中だったぞ」


「確かに」


 クックと喉を鳴らして笑うカーター。

 エクスは怪訝な表情を浮かべていたが。


 カーターが見られていたことに気付いていないようだ。

 自身が監視対象だったなら話は別だったのかもしれんがな。


「では、彼女らが戻るまではこのままかな?」


「いいや」


 俺が頭を振ると──


「え?」


 カーターは怪訝な表情で俺を見てきた。


「全員を待つまでもない」


「ああ、そういうことか」


 納得したようにカーターが表情を緩める。


「1人で充分なくらいだ」


 俺が言い添えると、カーターはニッコリ笑って頷いた。

 エクスはギョッとした目を向けてきたけどな。

 少なくともタイマン勝負になるよう数を揃えるとでも思っていたのだろう。


「まあ、呼んだのは2人だがな」


「随分と慎重だね」


 カーターが少しばかり意外だと言わんばかりに軽く目を見開いている。


 その言葉にエクスの方は、またしても驚いていたが。

 その表情は漫画であれば「なに言ってんだ、コイツ」の吹き出しが凄く似合いそうだ。


「パーチドデッドなど、うちの面子の敵ではないよ」


「そうなんだ」


 俺の返答に一応の納得を見せるカーター。

 その後を追うように──


「パーチドデッド?」


 エクスが呟く。

 珍しいアンデッドはベテラン冒険者であるビルであっても初耳のようだ。

 カーターも知らないらしく、興味深げな様子で聞き耳を立てている。


「あのアンデッドの種類だ。

 名前には干涸らびた死体という意味がある」


「言い得て妙だね」


 カーターが苦笑した。

 エクスには、そんな余裕がない。


「ゾンビよりも強いのか?」


 とにかく、そこが気になるようだ。


「少しはな」


「少しって、どれくらいだよ」


「無茶を言うなよ。

 数値化しろって言うのか?」


「そ、そういう訳じゃないけどよ」


「マミーよりは弱いぞ」


「それも知らねえよ」


「全身を包帯に包まれたアンデッドだね」


 カーターは知っていたようだ。


「具体的な強さまでは分からないが」


 そんなことを言いながら苦笑している。


「それでも、よく知っていたな」


「ロードストーン戦記に出てきたからね」


「なるほど」


「作中ではゾンビ以上ヴァンパイア未満の扱いだったよ」


「その認識でいい」


「では、パーチドデッドはアンデッドにしては弱い方なんだね」


「アンデッドにしてはな」


「そうか、ならば少しは安心だね」


 カーターがエクスの方を見ながら言った。

 ミズホ組がいなくても対応できそうだと考えていそうだ。


「少しも安心できませんよ」


 青い顔をしながらエクスは返事をした。


「大丈夫だって。

 ハルト殿に任せておけば、すぐに片付くよ」


「はい……」


 エクスは消え入るような声で返事をした。

 頭では理解できても心が警戒を解かないのだろう。

 トラウマを抱えているのだから仕方のないことだとは思う。


 ドンヨリな雰囲気を纏っているエクスを見て、カーターが肩をすくめた。

 それ以上は声を掛けられないようだ。


 俺の方へ目を向けて大丈夫なのかとアイコンタクトで確認してくる。


「誰しも不得手はあるってことだ」


「なるほど、そういうことか」


 カーターもエクスにトラウマがあることを悟ったようだ。

 何かの拍子にエクスの正体がバレそうな気がした。


 こういう特徴的な反応は変装では誤魔化せないからな。


『まあ、仕方あるまい』


 カーターなら特に頼まなくても口外はしないだろうし。


「では、話を戻すけど」


 カーターがエクスを放置して俺に話し掛けてくる。

 エクスはそっとしておく方が無難だと判断したようだ。


「あのアンデッドたちが敵じゃないとすると、他にどんな問題があるというんだい?」


 本題に戻してきた。


「呼び寄せている2人が色々あるコンビなんだよ」


 婆孫コンビであるのは言うまでもないだろう。


「どういうことかな?」


「仕事を頼む時に片方だけに頼むと……な」


 最後の方は言葉を濁した。

 あんまり具体的に言って聞かれでもしていたら、それだけで面倒なことになりかねない。


『そろそろ来る頃だしな』


 事情をメールで説明して呼び寄せたのだが。


[確保したスパイの処置を終わらせた後、特急で向かいます]


 というレスを貰っている。

 処置というのは、スパイが目を覚ました時の対策だろう。

 目を覚ました時に発動するように魔法をセットするといったところか。


『……………』


 やりすぎそうな気がした。

 睡眠系の魔法を何重にも重ね掛けとか。

 目を覚ますたびに延々と電撃で失神させようとするとか。

 あるいは重力系の魔法で動けなくするとか。


『さすがにレベルの低い相手にそこまではしないか』


 そう思いたいところだ。

 願わくばスパイが目を覚まさないことを祈る。


「あー、そんな感じなんだ」


 具体的なことは言わなかったが、カーターは苦笑いしていた。


「デリケートな問題のようだね」


 見当がついたようだ。


「そういうことだ。

 ほら、噂をすれば来たぞ」


 訓練場の入り口から入ってきた婆孫コンビは常識的な速さの駆け足で俺の元に来た。


「「お待たせして申し訳ありません」」


「はいよ、御苦労さん」


 俺が声を掛けると並び立つ2人は頷き、パーチドデッドの方を見た。


「アンデッドはあれですね」


 ナタリーが確認してくる。


「では、さっそく?」


 ベルは待ちきれないらしく、逸る気を抑えきれない様子だ。


「間合いに入ったら囲うから気を付けろよ」


「「はい」」


「じゃあ、行け」


 俺の指示を受けてパーチドデッドへ向けて突っ込んでいく2人。

 あっと言う間に所定の位置についた。


 そこでスタンバイして動かない。

 俺の理力魔法を感知しているからだ。


「先に4体倒した方が大きいのを倒す権利を獲得ってどうかしら?」


「好きにしてください」


 2人は緊張感の感じられない会話をしている。

 それを耳にして唖然とするエーベネラントの騎士やメイドたち。


 きっと2人の常識を疑っていることだろう。


 俺はフィンガースナップを合図に氷壁を発動させる。

 婆孫コンビと皆の間が氷の壁で遮断された。


「「「「「おおっ!」」」」」


 エーベネラントの騎士たちがどよめく。

 他の面子はさほど驚いていないのは慣れてきたからだろう。


 そして理力魔法をカット。

 それまで動きを封じられていた9体のパーチドデッドが婆孫コンビへと殺到する。


 まあ、2人に脅威を感じさせる素早さではなかった。

 余裕を持ってギリギリのタイミングで左右に跳ぶ。

 共に躱して離れる瞬間に腰のミズホ刀を抜刀していた。


「「まず、ひとつ!」」


 通り過ぎたパーチドデッドの先頭にいた2体が崩れ落ちた。

 そのまま塵となって消えていく。


「どうなっている!?」


 エーベネラントの騎士たちの1人が叫んだ。

 剣でアンデッドが、こうも容易く倒されるはずがないという先入観があるせいだろう。


「魔法剣じゃないのか?」


 別の騎士が言った。


「そうか、それなら説明がつく」


『残念だが正解とは言い難い』


 彼女らの手にしているミズホ刀は魔法剣ではない。

 とはいえ、丸っきり間違いとも言えないが。

 魔力を流し込んで一時的に同様の効果を持たせたからだ。


読んでくれてありがとう。

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