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1129 干涸らびた死体

『それにしてもペンダントは遠隔操作で暗示を発動させる魔道具だったとはな』


 皆からの報告から、そうとしか考えられなかった。

 使い捨てだと思っていたから爆発系だと推理してみたのだが。


『見事に外れた訳だ』


 だが、悔しがっている場合ではない。

 アンデッドは西方の一般人にとっては脅威である。


『いや、一般人に限らずか』


 光属性や火属性の魔法が使えないと簡単には倒せないというのが西方での常識だからな。

 実際は他の属性でも魔法であれば倒せるのだが。


 光属性が特に効果があるというだけでしかない。

 火属性は相手によるだろう。

 燃えやすいのもいるからな。


 そのせいか、西方では普通の火も有効な手段として知られているようだ。

 何にせよダンジョン外に出現すれば災害扱いされるような魔物である。

 数や種類にもよるがね。


 とはいえ現実はパニックが先行するだろう。

 こんなのが王城から出てきたとなれば、尚更である。


『ラフィーポの連中はそれで自爆テロを目論んだのか』


 危険なやり口だ。

 スケルトンやゾンビならしつこいだけで、まだ何とかなる。


 だが、今回のはパーチドデッドだ。

 聞いたこともないアンデッドだったが【諸法の理】によるとマミーの亜種らしい。


 マミーは全身を包帯でグルグル巻きにされた乾燥した死体だ。

 ミイラとも呼称されたはず。


『見た目は包帯なしのマミーってことか』


 適当に想像してみたが、間違ってはいないだろう。

 立ち上がった熊蔵たちの姿は、まさに干上がった死体そのものだったからな。


 パーチドデッドとはよく言ったものだ。

 ゾンビよりはマシだが、グロい姿をしている。


 熊蔵も肉が削ぎ落とされたような状態となっては熊には見えなくなっていた。

 他の呼び方を考えるのは面倒なので熊蔵は熊蔵のままだが。

 座布団って感じでもないしな。


『こんな座布団には座りたくねーって』


 座ったら尻が痛くなりそうだ。

 それ以前に、不用意な接近は避けるべきアンデッドだがな。


 【諸法の理】の説明に軽く目を通す。

 噛みつくことで仲間を増やすタイプだった。


 なんか細かい補足説明があるようだが、とりあえずスルー。

 肝心なのは、増えるってことだ。


『そっち系のホラー映画とかで、よくあるパターンのやつかよ』


 噛みつかれた者は、さっきのポーションを飲んだ連中と同じ症状を発症して死に至る。

 そして、同じようにパーチドデッドに成り果てる訳だ。

 ポーションを飲むか、噛まれるかの差しかない。


 その事実を知る者は少ないようだ。

 騎士たちは臨戦態勢になっているからな。


 もしかするとゾンビあたりと勘違いしているかもしれない。

 腐臭を発したりはしていないのだが。


『そのあたりに気付かんとはな』


 無理からぬことか。

 騎士たちは冒険者と違ってダンジョンに潜る機会は少ない。

 アンデッドを目にしたことがないのだろう。


 話に聞く程度だと判別はできない訳だ。

 冒険者でもアンデッドと遭遇することは、そうそうある訳ではないしな。


 一方で、エクスは騎士たちとは対照的に警戒を強めていた。

 冒険者ビルとしての経験がそうさせるのかもしれない。


「賢者様、こりゃヤベーぞ」


 焦りの色をにじませながら声を潜ませるように呼びかけてきた。


「あれはスケルトンやゾンビじゃねえ。

 アンデッドなら、それより上のクラスの奴だ」


 エクスは断定してきた。

 ある程度はアンデッドを知っているということになる。

 それも単なる知識としてではなく、実体験があるということだ。


「へー、前にもアンデッドを見たことあるのか?」


「あるよっ、スケルトンとゾンビだけだがな」


「倒したのか?」


「無理に決まってんだろうがっ。

 俺は魔法の使えない前衛職なんだぞ!」


 噛みつくような形相でエクスが吠えた。


 ただし、ボリュームはミニマムだ。

 大声を出して目立てば標的にされかねないと懸念しているのだろう。


「俺には生活魔法だって使えやしねえんだ」


「武器に魔法を付与してもらえば前衛職でも戦えるぞ」


「っ!?」


 聞いたこともないらしくエクスは愕然としていた。

 が、すぐに復活する。


「とにかく、今はそんなこと気にしてる場合じゃねえよ」


 エクスが青い顔で訴えてきた。


「早くここから逃げねえと」


「そうか?」


 何気なく答えた。

 その必要性を感じなかったからだ。


「そうかって……」


 一瞬だが呆気にとられてしまうエクス。


「相手はアンデッドなんだっ」


 エクスは、またもヒソヒソ声で吠えた。


「冗談なんて言ってる場合じゃねえんだぞぉ」


 呻くように声を絞り出すエクス。

 必死さは充分に伝わったが、俺の意思は変わらない。


『コイツ、俺が魔法を使えるってこと忘れてるだろ』


 こんな単純なことを失念するなど、普通は考えられない。

 それだけ動揺しているのだろう。


『以前のアンデッドとの遭遇で酷い目にあっていたのかもな』


 だとすればトラウマになっていたとしても、おかしくはない。


「誰が冗談なんて言ったんだ?」


「─────っ!」


 俺の切り返しにエクスが顔を真っ赤にした。

 そのまま地団駄でも踏みそうな形相である。

 それでも辛抱強く声を絞り出す。


「急いで全員を外に逃がさねえと大変なことになるんだ」


「外に逃がしてどうするんだよ?」


 俺の疑問に、エクスは何を言っているんだとばかりに唖然としていた。


「分からないのかっ?

 建物ごと奴らを燃やすしかねーんだよ」


 西方の一般的な冒険者としては常識的な判断だと言えるだろう。

 実体を持つアンデッドは徹底して燃やすのが西方では基本のようだし。

 人的被害を出さない対応として考えれば間違っていない。


 だが、それは魔法を使える者がいない場合の話だ。

 エクスは完全に視野狭窄の状態に陥っているらしい。


『どうしようもないな』


 はぁーと長めの溜め息が出た。


「カーター」


「何かな?」


「カーターなら、ここを燃やすか?」


 もし、燃やすのであれば持ち主の許可が必要になる。

 緊急事態であれば事後承諾ということも考えられるのだが。

 俺はそこまでする必要性を感じていない。


「燃やすことはないと思うけどね」


 カーターも同意見のようだ。


「被害が無駄に大きくなるだけだし。

 そもそも、ヒガ殿がいるのに逃げる必要などないよ」


『まあ、そういう反応になるとは思ってたけどな』


 俺がアンデッドをまるで問題にしていないのを目撃しているし。

 慌てず騒がずにいたのも半分はそのためだろう。


 残りの半分はカーター自身の性格である。

 フェーダ姫ほどではないにしても、ジタバタするようなタイプじゃないからな。


 そう考えて、別の疑問がひとつ連鎖的に解消した。


『ダイアンたちが逃げない訳だ』


 最初から逃げる必要性を感じていなかったのは、今となっては明白である。

 だから、ダイアンは「撤退」ではなく「撤退準備」と言ったのだろう。


 念のためにいつでも逃げられるようにはしておく。

 だが、本当に逃げる必要性はない。

 ダイアンはそう判断したのだ。


 カーターと同じく、俺がアンデッドを相手にしているのを見た訳だし。

 ストームはその話を耳にしているだろう。


 フェーダ姫も知っている。

 彼女を欲した伯爵がヴァンパイアだったからな。

 まあ、奴は骸骨野郎と呼んだ方がお似合いな奴だったが。


 あれを始末したのはシノビマスターということになっている。

 だが、その後にシノビマスターと互角の勝負をしてみせた。

 それが念頭にあれば充分だろう。


 一方で爺さん公爵だが、こちらも特に慌てた様子は見られない。

 あまり多くを見ている訳ではないのだが。

 それでも落ち着いていられるのは、今までのあれこれを知っているからなんだろう。


 爺さん公爵の周りにいる騎士たちはピリピリしていた。

 泰然自若としている爺さん公爵と違って落ち着きがない。

 パーチドデッドが、いつ動き出すのかと神経を尖らせている。

 絵に描いたような臨戦態勢だ。


 おそらく本人たちは徐々に腰を落としていっていることにすら気付いていないだろう。

 彼らの視線はパーチドデッドと爺さん公爵の間を忙しなく行きつ戻りつしている。


 爺さん公爵はそれを見ても何も言わない。

 苦り切った表情で嘆息するのみである。

 言葉で落ち着きを取り戻せるものではないと判断しているようだ。


『それにしても、ビルは静かだな』


 そう思って視線を向けると、エクスは愕然を顔に張り付けて絶句していた。

 カーターの言葉に、ようやく泡を食う必要がないことを悟ったようだ。

 ただ、隙だらけなのは感心しない。


『これがうちの国民なら後で説教なんだが』


 そこまではしない。

 せいぜい忠告をする程度だ。


 冒険者は自己責任だし、それが活かせぬようなら痛い目を見るだけである。

 エクスなら充分に反省するだろう。


「ハルト殿、変じゃないかな?」


 カーターが首を傾げながら聞いてきた。


「何がだい?」


「先程から、あのアンデッドは動かないんだが」


 カーターの言う通りであった。

 パーチドデッドたちは立ち上がった状態のまま何もせずにいる。


 厳密に言えば、小刻みに震えたりはしているので停止している訳ではない。

 身動きが取れないだけなのだ。


「俺が魔法で封じ込めているからな」


「おおっ、凄いね」


 カーターが目を丸くしつつも喜んでいる。


「いつの間に!?」


 復活してきたエクスは驚くばかりだ。


「でも、そのままじゃないんだろう?」


 カーターが対応しないのかと聞いてきた。


「うちの面子にやらせようと思ってな」


「ああ、それで足止めしているのか」


「そういうことだ。

 エクスに任せても良かったんだがな」


 自分の名を挙げられたエクスがビクンと震えた。

 ギョッとした顔で俺を見てくる。


「せっかくのチャンスなのに、こんな具合だから指名はしないがな」


 この言葉でエクスは安堵の吐息を漏らしながら肩を落としていた。


『ホントにトラウマなんだな』


読んでくれてありがとう。

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