1128 各人各様の反応だったりする
全員が死体から距離を取ったところで、俺は死体に変化を感じた。
『負の波動を感じるな』
特に驚きはない。
ラフィーポの連中が死んだ時点でこうなりそうな予感はあった。
漠然としたものだったけどな。
怪しげなポーションを取り出した段階で察知できていれば、未然に防げたのだが。
あまり嫌な予感がしなかったせいか、深刻に受け止めなかったというのはある。
『もう少し先まで予測していればな』
まだまだ甘いという訳だ。
それでも警告が間に合ったのは素直に喜ぶべきだろう。
「運が良かったな」
カーターに声を掛ける。
「ハルト殿?」
説明を求めるように視線を向けてくるカーター。
「少しでも遅れていたら犠牲者が出ていたかもしれんぞ」
言いながら熊蔵たちの死体が転がっている方を指差した。
「え?」
カーターが再びそちらを見ようとした、その時──
「キャ──────ッ!」
フェーダ姫付きのメイドが悲鳴を上げた。
「何事か!?」
振り返ったカーターが目撃したのは異様な光景であった。
服毒自殺で死んだはずの者たちがビクビクと痙攣し始めていたのだ。
死体であるのは爺さん公爵たちも確認済みだったのだが。
まるで釣り上げられた魚が暴れているかのように派手な動きを見せる死体。
負の波動の影響だ。
それだけではない。
「どういうことだっ!?」
爺さん公爵が叫んだのは、死体が気味の悪い動作で起き上がったからである。
操り人形的なカクカクした動きには生き物の気配など感じられなかったことだろう。
「何が起きておる!?」
イケメン騎士ヴァン・ダファルに問うが、それは無茶振りだ。
「分かりません。
あのポーションが原因なのでしょうが……」
比較的冷静に分析しているようだが、表情には余裕がない。
それでもマシな方だと言えた。
他のエーベネラント王国の騎士たちは完全に泡を食っていたからな。
「馬鹿な!」
「あり得ないっ!」
「死んでいたはずだ!」
「どうして死者が起き上がるんだ!?」
「呪われている!」
口々に驚愕の声を上げている。
最後の騎士だけは、本質を言い当てていたが。
無意識に見た目から感じたことを言っただけだとは思うがね。
『練度が低ければ、そんなものか』
一方でゲールウエザー組はというと……
「総員、撤退準備」
ダイアンが即座に決断。
「「「「「了解」」」」」
残りの護衛騎士たちが応じて動き始めていた。
「殿下」
ダイアンの呼びかけに無言で頷きフェーダ姫の手を引く。
実に落ち着いたものだ。
トンデモ現象を目撃しても焦った様子が見られない。
『影は薄くても、デキる男は違うってことか』
逆にそんなだから影が薄いのかもしれない。
フェーダ姫の方も特に慌てた様子もなく冷静に状況を観察していた。
相変わらず気丈なお姫様である。
メイドたちは腰を抜かしている者もいたが、これは仕方あるまい。
彼女らへの対応はモリーとアデルの姉妹騎士コンビがフェーダ姫の護衛を促していた。
残りの面子は、のたうち回る死体からストームたちを守る陣形で隙なく構えている。
これなら何かあっても後れを取るようなことはそうそうないだろう。
だが、そこから先については減点しなければならなかった。
ストームやフェーダ姫の防備を固めると動きを止めてしまったのだ。
撤退準備の完了は確認されていたが、そこから先の行動がない。
『さっさと退避すればいいものを』
どうやらストームの指示待ちのようだ。
ストームは死者のダンスに見入ってしまっている。
指示を出せる状態になかった。
『しょうがないか……』
こういう経験が不足しているからな。
何が危険かを判断し、どのタイミングで動くべきかの判断が念頭にない。
ならばフェーダ姫がストームに注意を促すべきとは思うのだが……
ストームと並び立って同じように死者の様子を見ている。
俺が見ていることに気付いたようで、チラリとこちらを見て軽く笑みを浮かべた。
そして、小さく目礼する。
『そういうことかよ』
俺がいる場所が最も安全と判断したようだ。
チャッカリしているというか、何というか……
『相変わらず大物だよな』
フワフワした雰囲気だから、ついつい忘れがちになるんだよ。
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死体が痙攣を初めた時、エクスは慌てた様子で駆け寄ってきた。
「賢者様っ」
泡を食いながらも、どうにか対応しようとしているようだ。
「ありゃ、どうなってるんだ?」
「どうもも何も見ての通りだが?」
「ふざけてる場合かよっ」
苛立たしげにエクスがツッコミを入れてきた。
「どうやったら死体が勝手に動き出すんだ」
何か知っているだろうと強く視線を向けてくる。
賢者に対する過大評価も甚だしくはないだろうか。
まあ、拡張現実の表示をオンにしているから正解は知っているけどさ。
それ以前に負の波動を感じた時から見当はついていたけどね。
「あれじゃあ、まるで魔物じゃねえかっ」
「分かってるじゃないか」
「はぁっ!?」
訳が分からんと言う顔をするエクス。
「自分で答えを当てておいて、そんな顔をするのかよ」
「バカなことを言うなよ、賢者様っ」
「何処がバカなんだ?」
「決まってるだろっ。
アイツらは人間だったんだぞ。
死んで魔物になるとか聞いたことねえっ」
思わず溜め息が漏れた。
それを見たエクスが焦れったそうに歯噛みする。
「バカはお前だ、エクス」
「なんでだよっ!?」
「頭を冷やして冷静になれ。
生きた人間は魔物にはならないが、死ねば話は別だ」
例外もある。
禿げ豚段ボール野郎がオークコングに成り果てた時のようにな。
だが、ここでそんな希有な事例の話をする必要はないだろう。
「まさかっ!」
俺の言葉にエクスが驚愕した。
「気付いたようだな」
「アンデッド……」
「正解」
「けどよぉ」
エクスは唇を突き出して不満を露わにしつつ反論を始める。
「変なポーション飲んだら、人が死んでアンデッドになるとか聞いたことねえぞ」
「前例がないから今後もないなんて思わないことだ」
「納得できるかぁっ」
「事実を直視できない奴は死ぬぞ」
「ぐっ」
「見ろ、アンデッド化が終わった」
「くっ!」
俺の指差す先を見たエクスが驚愕に目を見開き呻いた。
奇妙な動きで死体だった者たちが立ち上がったからだ。
ちょうど爺さん公爵も焦った様子を見せていた。
ヴァンに何が起きたかを問うている。
『そりゃあ、あんな動きを見せられればなぁ』
アンデッド化した者たちの動きは動画で見たロボットダンスに近しいものがあった。
そのものの動きではない。
随所にそういうものに近い動作が見られるというだけだ。
それでも全体的に通常の人間の動きとは明らかに違ったのは事実。
故に──
「気持ち悪っ」
エクスがそんな声を漏らすのも無理からぬことだと思った。
『人の形をしたものが見慣れぬ動きをすれば確かにそう思うか』
時が止まったかのように訓練場内にいる面々の動きが止まっていた。
どうやら俺が考えている以上のインパクトを受けているようだ。
そういうのが致命的な隙になり得るのだが。
『しょうがない』
俺が対応するしかないかと思い始めていた時のことである。
一斉にメールの着信が入ってきた。
『マジかー、こんな時にぃ』
思わず愚痴りたくなったさ。
だが、それをする時間がもったいない。
[タイトル:アンデッド化]
[タイトル:スパイ=アンデッド]
[タイトル:スパイがアンデッドに]
[タイトル:アンデッドに変身]
[タイトル:城内にアンデッド出現]
他にも類似のタイトルが並んでいるような状況だったのでね。
俺は全メールを改良したメールアプリで同時に開いた。
【多重思考】と【速読】を駆使して一瞬で確認する。
まあ、タイトルだけで状況がほぼ分かったけれど。
スパイがアンデッド化したとの報告だからな。
文章の形式などに差異はあるが、内容はほぼ同じ。
ペンダントを取り出して見つめていたと思ったら変なポーションを出して飲んだ。
藻掻き苦しんで死んだと思ったらアンデッドとして復活。
大体、そんな感じである。
あとはそれに対応するとして締め括られていた。
もちろん、すべてのメールがだ。
皆の成長が感じられるものの、喜んでいるような場合ではない。
『同時多発テロかよ』
ふざけた真似をしてくれるものだ。
冗談じゃない。
皆からの報告が相次いだことに苛立ちが急浮上した。
もちろん、皆に対してではない。
この状況に対してと、それを作り出した奴に対してな。
あまりの腹立たしさに【千両役者】で隠さねばならないほどだった。
でないと殺気が漏れ出していただろう。
メイドたちなんかは失神させてしまったかもしれない。
自重は大事である。
『それにしても、面倒なことをしてくれたもんだ』
状況はより悪化したと言えるだろう。
それでも俺は心配していない。
皆をスパイの捜索に向かわせておいたのが功を奏した結果になっていたからだ。
ミズホ組が動けば犠牲者が出ることはないだろう。
学校では対アンデッドの授業は初期からちゃんと教えている。
レベルは2桁の者たちばかりだが、対処できるはずだ。
見たところアンデッドは雑魚レベルだしな。
読んでくれてありがとう。