1124 熊が座布団?
エクスの下手な芝居が熊蔵を苛立たせた訳だが。
こめかみに青筋が立っているところを見ると激怒ものだったようだ。
まともに動ける状態だったなら、即座に殴りかかっていたに違いない。
「お、のぅ、れぇ……」
が、エクスは皮肉げに唇を歪めるだけだった。
「たかが使節団の代表ってだけだろうが」
正しい認識だ。
誰かから説明を受けたのだろう。
「何をしても許されると思ったら大間違いだぞ」
言い終わると同時に木剣を振り下ろす。
さほど力を込めているようにも見えないスイングだったが、それでも風を切る音がした。
「くっ」
焦った様子で熊蔵が仰け反る。
エクスは威圧した訳ではない。
木剣で頭をかち割ろうとした訳でもない。
それでも熊蔵には恐怖を感じ取るに充分だった訳だ。
『あの様子じゃ、ビルがボコボコにしたんだな』
ストームの代理人として決闘の相手をしたものと思われる。
拡張現実で熊蔵のレベルを表示させてみた。
エクスとの差は30以上ある。
『微妙だなぁ』
そこそこ鍛えちゃいるが、他国に来て傍若無人に振る舞えるレベルじゃない。
まあ、それ以前に外国に出て我が物顔で好き勝手するのはどうなのかという話もあるが。
そのあたりは熊蔵がバカだからとしか言い様がない。
『ああ、バカだから恥知らずなことができるのか』
事前に予想していた人物像がド真ん中すぎたことに呆れるやら感心させられるやら。
内心で苦笑する気も起きなかったさ。
『おっと』
熊蔵がフラフラしている。
足元が覚束無くなってきた。
出血の影響だろう。
そろそろ限界が近い。
「カーター」
「何かな?」
「あれがトーンとかいう他国の貴族で間違いないな」
思わず使いっ走りと言ってしまいそうになった。
下らないことでラフィーポの連中を有利にするような発言は我慢だ。
よくよく考えれば、エクスが既に色々と言っているから我慢は無意味なんだけど。
「ああ、ザップ・トーン伯爵だ」
『座布団白色?』
つい、下らないことを考えてしまった。
口に出さなかっただけマシと言えるだろう。
元日本人組が同行していれば、それも危うかったが。
何にせよ、熊蔵は熊蔵だ。
名前が座布団ぽくても熊は座布団にはなれない。
ゆるキャラがプリントされたクッションなら、ありだとは思うが。
アレはそんな可愛いものじゃないから無理だけど。
「いま奴が死んでも大丈夫か?」
疑問を口にすると、諦観のこもった目でカーターに見つめられてしまった。
俺がどうにかするつもりだと勘違いしたようだ。
「失血死の危険領域に入ったみたいだから聞いたんだが」
「えっ!?」
思いもよらぬ言葉を聞いたせいか、カーターは驚いたきり言葉に詰まっていた。
まあ、それも数秒のことだ。
「このタイミングは避けてほしいかな」
「今はマズいんだな?」
「死んでもらうにしても処刑の体裁を整える必要があるからね」
完全退場処分は確定のようだ。
カーターもよほど腹に据えかねているのだろう。
『何をやらかしたんだ?』
碌でもないことだけは分かるが。
『フェーダ姫に横恋慕でもしたか?』
それでストームに斬り掛かったのだとしたら、一連の流れに説明もつく。
普通はそんな真似はしないのだが……
『熊蔵だからなぁ』
ないとは言い切れない。
むしろ、その可能性が高いと言うべきかもな。
「逮捕から尋問した流れにしておきたい訳か」
カーターが頷いた。
「彼の同行者は多いからね。
ちゃんと証言してもらわないと」
俺は逆に頭を振る。
「こちらに都合良くなるよう報告させようと思っても無駄だぞ」
「え?」
「そんなもの向こうの都合でねじ曲げられるに決まってるだろ」
一瞬、カーターが呆気にとられたような表情になった。
俺がそこまで確信を持って言ってくるとは思わなかったようだ。
とはいえ、すぐに苦笑する。
「……だよね」
カーターが同意した。
「まあ、それでも既成事実はあるに越したことはないか」
カーターの言うことも尤もだと思ったので行動に出ることにした。
サッと前に出る。
「ちょいと待った」
そう言いながらエクスの肩を掴んだ。
ギョッとした表情を向けられる。
気配を掴めなかったせいで驚いたようだ。
「賢者様かよ……」
安堵の溜め息と共に言葉が吐き出された。
「勝手に殺すとカーターが困るんだとよ」
「へ?」
「尋問してから処刑する流れが必要ってことだ」
「んー?」
エクスが首を傾げながら考え込む。
その間に俺は魔法を使った。
毎度のごとく、西方において人前で使う時バージョンの演出付きである。
まずはフィンガースナップで魔法行使の合図。
そこから光の魔方陣を小さく展開させる。
あとは身振りも呪文も省略だ。
というよりサクッと終了したので、そんな時間的余裕がなかったのだが。
余韻を残しつつ消えていく魔方陣の光が残っている間に終わったからな。
『反応はいつものごとくか』
意識が朦朧とし始めている熊蔵の様子に代わりはなかった。
が、他の面子は驚く者も多い。
エーベネラント組でも俺のことをよく知らない面々なんかもその口だ。
「ちょっと、あれって儀式魔法じゃないの!?」
「さあ?」
「さあって!」
「儀式魔法かどうかは知らないわよ。
だけど、無詠唱だし凄い魔法を使おうとしているのだけは分かる」
フェーダ姫付きのメイドがヒソヒソ話していたり。
熊蔵よりは幾分マシな状態でボロボロになっている連中が目を見開いていたり。
コイツらは熊蔵の部下で護衛の戦闘要員のようだ。
他にも連れて来ている面子はいるのだろうが、ここにはいない。
『熊蔵の部下もスパイごっこかよ……』
何もしていないとは考えにくい。
だとするなら、それこそが正解だろう。
実に鬱陶しい限りだ。
『スパイは全員、退場してもらうか』
奴隷は消したりはしないが、城内からは出てもらう。
もちろん、二度とスパイはさせない。
そのためにはスパイの居場所を把握し背景事情を確認する必要がある。
『皆にも動いてもらうか』
スパイを探し出すくらいなら大丈夫なはずだ。
俺が【多重思考】でもう1人の俺を何人か呼び出せば楽々終わるがな。
だが、それでは連れて来た面子が育たない。
『これも訓練だ』
メールで指示を出す。
了承のレスの代わりに、この場を静かに去って行くミズホ組の面々。
程なくして俺以外のミズホ組はすべて姿を消していた。
全員が作戦行動に移った訳だ。
これで城内にいるスパイは漏らさず発見できるだろう。
多少時間はかかるかもしれないがな。
『そういや、婆孫コンビから連絡がないな』
そうは思ったが時間切れである。
魔方陣の光が完全に消えた。
それと同時に熊蔵は崩れ落ちる。
「何を?」
怪訝な表情でエクスが俺を見てきた。
「気付いてなかったのか?」
「何に?」
「コイツ、死にかけていたんだぜ」
この一言でギョッと表情を変えたエクスが慌てて熊蔵を見る。
「心配するな。
処刑前の尋問に耐えられる程度に回復させた」
「あー、なるほど」
頷いたものの、すぐに首を傾げる。
「じゃあ、崩れ落ちたのはなんでだ?」
「騒がれるとうるさいので眠らせた」
「あー、はいはい」
俺の言葉を受けてエクスはしきりに頷いている。
「正解だわ、それ」
「どういうことだ?」
「このオッサン、ネチっこいったら……」
エクスは頭を振りながら嘆息した。
決闘でそのあたりを思い知らされたということなのだろう。
「しつこいのか?」
「シャレにならんくらいにな」
辟易した気分を吐き出すように溜め息をつくエクス。
『そんなに酷いのか……』
ある程度は予測していたのだが。
どれだけ痛めつけようと負けを認めないタイプらしい。
実に面倒くさい奴だ。
だからこそと言うべきか、そういうのが実戦では侮れない敵となる。
下手に手加減などを考えていたりすると足をすくわれかねない。
場合によっては自分が命を落としたりする訳だ。
『こういう性格だから選ばれたんだな』
そしてカーターが静かにキレて処刑の判断をしたのも大いに頷ける。
「絶対に負けを認めないタイプだったか」
「分かるか?」
エクスが助けを求めるような視線を送ってきた。
『もう、方がついているだろうに』
そうツッコミを入れたかったが、やめておいた。
それを言うと更に情けない顔をされそうな気がしたからね。
読んでくれてありがとう。




