1120 カーターの復帰待ちだったりする
3桁レベルに達している2人が連携すればスパイの捕獲は簡単なお仕事であろう。
条件をつけて縛りを入れても、極端に難しくはならないはずだ。
『だよな……?』
念のため似顔絵の画像を添付しておいた。
それから現在位置を赤丸でポイントした見取り図も。
あの2人がスパイの視線に気付いていないはずはないのだけどね。
わざわざ添付するのは別の意味があるからだ。
そんなに大したことじゃないがね。
端的に言えば[作戦の失敗は許されない]ってこと。
いかにも極秘任務って感じだろう?
暗号とかは使ってないけどさ。
そこまでやるとナタリーに何を言われるか分からんから自粛している。
え? 本物はこんなもんじゃない?
それは俺も承知の上だ。
こんな不確かな方法でメッセージを伝えるなど、あり得ないと思う。
暗号の方がまだ明確な手段と言えるだろう。
これは雰囲気を楽しんでもらうためにノリでやっているだけだ。
気にしてはいけない。
『ドヤ顔で言うことではないとは思うけどな』
ただ、こうした方がベルはやる気を出してくれる。
主に楽しそうだからと言う理由で。
え? 逆にナタリーのテンションが下がるんじゃないのかって?
ナタリーだったら大丈夫。
生真面目さんだから、引き受けた仕事で適当なことはしない。
それよりもベルのモチベーションを上げる方が大事である。
そのためにショートメッセージではなくメールにしたのだ。
[条件1:生け捕り
なお、怪我も極力させないのが望ましい]
生け捕りは当たり前の条件だろう。
話を聞く必要があるからな。
死なれちゃ何にもならない。
ベルたちなら楽勝と思うかもしれないが、油断しているとアウトだ。
スパイの教育を受けているなら自害することも考えられるのでね。
鑑定結果によれば、家庭の事情で借金奴隷になったのが影響して脅されてもいるし。
情報を漏らせば家族を消す、とね。
捕まれば尋問が始まる前に自殺するのが目に見えている。
脅している連中は、それを見越しているのだ。
こういうことを考える輩はスパイが死ねば、家族に借金の返済を迫るだろう。
限界までしぼり取ってから最終的には消すパターンだ。
『テメエら人間じゃねえって言いたくなるよな』
こういう脅しを平然とするような輩を許せるはずもない。
バーグラーの時の元奴隷組を思い出してしまったしな。
[条件2:誰かに気付かれてはならない]
スパイの仲間に気付かれるのは論外。
すべてが同じような境遇の奴隷とは限らないからな。
奴隷でないことも考えられる。
現場責任者などは特にそうだろう。
こんなのに知られればバッドエンドのフラグをゲットしたも同じだ。
捕まったことが敵側に知られれば、スパイの家族の安全が不透明になるからな。
敵にしてみれば──
「捕まったなら早く死ね」
ということなのだろう。
悪党の考えそうなことである。
また、エーベネラント組に気付かれるのも危険だ。
フェーダ姫付きのメイドのように非戦闘員もいるからな。
人手不足の影響で職業倫理に疑問符のつく面子がいても不思議はない。
「スパイが捕まったんだって?」
「そうそう、そうなのよ」
たったこれだけの噂話から敵側に知られる恐れがある。
あとは噂が事実かどうかの確認を取ればいいだけ。
敵にとっては楽な仕事だ。
それを防ぐためにはエーベネラント組にも察知される訳にはいかない。
できて当然の必須条件ではあるが、ここまでなら2人は無事にクリアするだろう。
だが、それでもこの[条件2]は意外に難しい。
条件の[誰か]という部分に細かい指定がされていないからだ。
つまり、ミズホ組にも気付かれてはいけないということになる。
最初から知っている俺は除外されるがな。
皆の目を欺けるかが鍵になってくる。
本来であれば、そこまでする必要はないのだけれど。
『今回の面子の中では上位のレベルなんだから頑張ってもらわないとな』
訓練の一環という訳だ。
ナタリーは面倒だと思うだろう。
ベルは、その中で楽しみを見出そうとするはず。
楽しそうな任務になればなるほど張り切るってことだな。
[以上、諸君らの健闘を祈る]
これで指令の文面は書き上げた。
実に短い代物ではあるものの、これで充分である。
ベルたちが引き受けてくれるならばだが。
そうでない場合は、条件2だけ緩くする必要がある。
婆孫コンビの目を欺くのは、今回のミズホ組には至難の業だからな。
ほぼ無理だろう。
空気を読んでスルーはしてくれるとは思うがね。
それも俺が確認した時まで伏せたりはしない程度のものではあるけれど。
メールの文面を【速読】スキルを使わず推敲する。
使うとあっと言う間に終わるからな。
使わなくても、すぐに終わってしまうけど。
落ち込んでいるカーターに声を掛けながらだとしてもね。
「心配するな、カーター」
呼びかけに対するカーターの反応は芳しくなかった。
ノロノロとした動作で俺の方を見てくる。
「俺がキッチリ締め上げる。
バカどもには、とやかく言わせない」
「あー、うん」
うつろな瞳を向けて力なく頷くカーター。
重症である。
折れていないだけでも助かったと言うべきかもしれない。
『これは時間がかかりそうだ』
ちょっとゲンナリである。
一方で推敲の方は、サクッと終わっていた。
カーターが打てば響くような反応を見せてくれていれば多少は違ったかもだけど。
なんにせよ、あとはベルとナタリーの2人に送るだけ。
『送信、っと』
レスはすぐに来た。
俺の中では『そろそろレスを書き始めるかな』ぐらいのタイミングだ。
『早っ』
さすがにタイトルは頭に[Re:]がついただけの簡素なものだったけどな。
それでも本文を省略する訳にはいかない。
本当に読み切ってからレスしているだろうかと思ってしまったさ。
受信してタイトルを読んだ瞬間にレスの打ち込みを始めたのかもね。
せっかちにも程がある。
『ベルさんかい!?
早い、早いよっ!』
思わず内心でグランダムの台詞ネタに走ってしまったさ。
生憎と脳内再生での物真似もまるで似てはいない。
イントネーションとかを寄せるので精一杯だ。
元から似せるつもりはないというのもあるがね。
それよりも、ちゃんと本文を読んだのかが気になる。
『読みながらレスした、に1票』
たぶん、そんなところだとは思うけど
[了解しました。
とても楽しそうな任務をありがとうございます]
ある意味、予想通りのレスだった。
ベルらしいと言える。
短文ではあるが2行目はそれなりに入力が必要だ。
モタモタしていたら、この高速レスはなかったはず。
スマホの使い方に習熟しているのは明らか。
『こういうのって年齢は関係ないんだな』
強い興味を抱けるかどうかなんだろう。
年を取ると経験が増す分、そういう気持ちが薄れやすくなるとかはありそうだけど。
それに対してナタリーは遅れている。
が、これはベルの様子を窺っているからだろう。
現にベルの表情を見てから小さく溜め息をついた。
急に生き生きし始めたベルを見たからなのは言うまでもない。
俺が転送するまでもなく、イエスでレスをしたことを確信したようだ。
同時にその表情は諦観の感じられるものになっていた。
それを見てから待つことしばし。
ナタリーからもレスが来た。
こちらもタイトルはベルと同じ。
そして本文は3行。
[仕方ありません]
1行目がこれ。
この単文で面倒くさいと言いたいのが実に良く伝わってくる。
ちなみに面倒なのは極秘任務についてではない。
[その仕事は承ります]
2行目は嫌々な感じが文面に出ていたので、そうではないように思えてしまうがね。
けれどもベルの返事がイエスだった時点で予測できたことだ。
ナタリーが否定してこないことも面倒に思うことも。
ベルが行動するならナタリーも動くからだ。
2人が別行動を取るなど滅多にあるものではない。
だからこそ、ベルの行動をフォローするのはナタリーの役目のようになっている訳で。
特にベルが楽しんでいる時は振り回されるから憂鬱になるようだ。
それでもベルに付き合うナタリーは筋金入りのお婆ちゃん子ってことになるよな。
レスを返すのも、わざわざベルの様子を確認してからだったし。
とはいえ、引き受けてくれてホッと一安心。
たぶん大丈夫と思っていても返事を確認するまでは微妙にドキドキするものだ。
[ですから! うちのベル婆を暴走させかねない指示の出し方をしないでください]
3行目の一文は予想を少し上回っていたけれど。
あとで何か言われると予測はしていたのだ。
『このタイミングでクレームが来るということは……』
些か悪ふざけが、すぎたようだ。
俺にとってはナタリーがヘソを曲げるのが面倒である。
[すまん、気を付ける]
慌ててショートメッセージを送ったさ。
もちろん、ナタリーだけに。
ベルに送るとしたらセーブさせるために一言なんだろうけど。
『そんなことしたら逆効果になりかねないんだよな』
余計に張り切る恐れがあるのだ。
ここは何もメッセージを送らないのが無難というもの。
任務達成という結果は変わらないはず。
が、その過程で何がどうなるかまでは読めない訳で。
『あとでナタリーに愚痴られるんだろうなぁ』
そう思うと気分にブルーな色が混じってくる。
うちの奥さんじゃないからチューで誤魔化す必勝パターンも使えない。
『俺、詰んだ』
自業自得である。
調子に乗ってしまった自分を殴りたくなったのは言うまでもない。
読んでくれてありがとう。