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1118 トラブルサモナー

 それまで静かだったイケメン騎士ヴァン・ダファルがスッと壁際から寄って来た。

 そのままカーターを庇う位置に立つ。


 飛び込んできた騎士は、その手前で立ち止まり一礼して膝をついた。

 そして俯いた姿勢のまま──


「報告します!」


 声を張った。


「何事か?」


 問うたのはヴァンだ。

 スパイには背を向ける格好になっているので聞かれることはないだろう。

 すっ飛んできた騎士も、その姿勢から唇を読まれることはない。


「トーン卿が親善大使様に決闘を挑まれましたっ」


「なんじゃとおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」


 爺さん公爵が真っ先に叫んだ。

 我を忘れたかのような絶叫である。


 お陰で他の面子が驚きの声を上げても、完全にかき消されていた。


 とにかくエーベネラント組にとっては驚天動地の大事件。

 爺さん公爵などは血圧が急上昇しているのではなかろうか。

 それでいて顔色は悪い。


 下手をしなくても外交問題ものだからな。

 スパイだけでも面倒事なのに、面倒事の重ね掛けが来るとはね。


 俺も大いに驚かされたさ。

 【千両役者】のお陰で、顔色や表情は変えずに済んだけど。


『この上、決闘騒ぎだと!?』


 ただの決闘ならスルーで終わらせることもできただろう。

 如何に友好国といえど、向こうの揉め事に首を突っ込むほどお節介ではない。


 まあ、カーターに頼まれれば仲裁に入るのも吝かではないが。

 そうでないなら「好きにしてくれ」で通すところだった。


 が、今回は素知らぬ振りはできそうにない。

 報告に来た騎士が、勝負を挑まれたのは親善大使だと言ったからだ。


 本来であれば親善大使などお飾りである。

 親善という言葉がつかない本物の大使が色々な仕事をするからな。


 では、親善大使はどんな仕事をするのかということになる。


 簡単に言えば挨拶回りだろう。

 もしくは広報活動。

 相手国の国民感情が悪くならないようにするのが親善大使の仕事ってことだな。


 そんな訳で外交的に難しい調整が必要な場合にはガス抜きの意味合いが出てくる。

 故に著名人が任命されることが多い。


 直接ではないにしても相手のことを知ってれば人は安心するものだ。

 名前くらいは聞いたことがあるというだけでも有名人なら信用されやすいからな。

 そういう実績や功績のある人選がされているからではあるが。


 まあ、これはセールマールの世界の話だ。

 ルベルスの場合はどうかというと、似て非なる部分がある。

 隣国まで名前を轟かせるような有名人なんてそうそういないからな。


 英雄的な冒険者なら、あるいは知られているかもしれないが。

 その場合は事前に性格面などを徹底して調べられることになるだろう。


 どんなに有名な冒険者であっても、貴族と絡むようなことはそうそうないからだ。


 故にマナーなどの知識はサッパリという者も少なくない訳で。

 公の場でヘマをする恐れがある。

 確率的には非常に高いと言わざるを得ないのが冒険者だ。


 相手の心証を悪くしかねないのでは親善大使に任命できない訳で。

 つまり単なる有名人ではダメってことだ。


 では、どんな人物が選ばれるか。

 肩書きが重視されることになる。

 こういう偉い人が来ますよとなれば、それだけで人は噂するからな。


 西方人は娯楽に飢えている。

 大したことのないゴシップでも夢中になるくらいには。


 隣国の偉い人が来たと噂が流れ始めれば、あっと言う間に拡がるだろう。

 国同士の関係が良好な場合はそれだけで充分である。


 意図的に変な噂を流すのであれば状況も変わってくるかもしれないが。

 親善大使を迎え入れようというホスト国がそれを許す訳がない。

 ゲストも変なのを送るはずもなく。


 そんな訳でゲールウエザー王国が送り出した親善大使はストームであった。

 王太子という肩書きは、この上なくインパクトがあるはずだ。

 おまけにフェーダ姫と婚約しているとくれば、話題性も抜群だろう。


 本人は影が薄いけどな。

 故に問題はまず起こさないとも言える。


 ゲールウエザー王国が友好国の安定化を支援するべく送り込んだのだ。

 絶妙な人選であろう。


 その相手に無礼を働くバカが出てくるとは思いもよらなかったが。

 完全に想定外である。


『よりにもよってストームに決闘を挑むとかバカすぎる』


 相手が誰だかよく分からずにというのが真相なんだとは思うが。

 先に確認をしない時点でバカ確定である。


 この調子では自分の首が飛ぶとは夢にも思っていないだろう。

 肩書き的にはもちろん、物理的にもね。


『それを知ったらどうなるやら……』


 確か、勝負を吹っ掛けた側はトーン卿とか呼ばれていた。


『貴族ってことか』


 それも騎士では止められないのだから騎士爵ではない。

 最低でも準男爵だろう。

 バカな真似をしたものである。


 当人にしてみれば、騎士に止められないことを利用しているつもりか。

 やりたい放題で悦に入っているのだろうが、それは悪手である。


 お家断絶は確定したも同然だ。

 ゲールウエザー王国との外交問題に発展するのは明白だからな。


『けどなぁ……』


 前に聞いた話では、エーベネラント王国もまともな面子で周りを固めたはずだ。

 爺さん公爵が宰相として厳選したというのだから変なのが割り込む余地はないだろう。


 旧スケーレトロの面子も変なのは排除したし。

 山奥でスローライフに勤しんでいるはずだから、ここには来られないはずだ。


 来ても城内に入れはしないだろうけど。

 それ以前に逃亡は不可能だ。


 あの連中にできることは農業メインの生活を送ることだけ。

 やらなきゃ死を待つのみだからな。


 とはいえ、スローライフには似つかわしくない光景が繰り広げられていそうだ。

 諍いが絶えないというか。


 殺伐としている光景しか想像できない。

 全滅していても不思議ではないと思うが、知ったことではない。


『まあ、奴らのことはどうでもいい』


 つまらぬものを思い出してしまった。

 斬らなかっただけでもありがたいと思ってもらいたい。

 俺は13代目のあの人ではないのでね。


 さて、無駄なことも含めてあれこれと考え事をしている間にも事態は動いていた。

 動かしたのは爺さん公爵である。


 騎士たちに指示を出して足早に去っていた。

 国の一大事だから即応するのは当然だろう。


「カーター、そのトーン卿とやらは何者だ?」


 珍しく憂鬱な表情を向けられた。

 右手で額を押さえながら嘆息する。

 よほど厄介な相手のようだ。


「隣国ラフィーポ王国から来た伯爵で、王の親書を携えてきた使い走りだよ」


 額を押さえたまま答えた。

 俯き加減なのでスパイには見られていないだろう。


『【読唇術】に気付いているか?』


 間近にスパイがいないんじゃ、盗み聞きなんてできないしな。

 情報を集めて論理的に考えるだけでも辿り着きそうだ。


『それにしても使い走りときたか』


 カーターにそこまで言わせるとは終わっている。

 どれだけ疎ましく思われているかが分かろうというもの。


 想像するに短絡的で図々しさが際だった輩ではないだろうか。

 ……俺まで憂鬱な気分になったさ。


『そんなバカには会いたくないなぁ……』


 だが、そういう訳にもいかない。

 巻き込まれたのはストームだ。

 何かあったら問題があるどころではない。


『何かムカついてきたぞ』


 トーンとかいう猪野郎をどうにかしないと気が済まなくなってきた。

 そいつを締め上げるとしよう。


 その後のことが色々と面倒になりそうだが気にしない。

 そうなったらなったで色々と潰すまでだ。

 変なのを送り込んできた奴には責任を取ってもらうさ。


『これ以上ないくらいキッチリとな!』


 誰だ? トラブルメーカーと言ったのは?

 俺はトラブルを解決するために動くんだ。

 トラブルを引き起こすつもりはないぞ。


 え? 毎度のことだから信用できない?

 ……それを言われると切り返しがしづらくなるじゃないか。


『ん?』


 ふと、称号が気になった。

 何故だか増えている気がしたのだ。


『見たくないなぁ……』


 嫌な予感しかしない。

 いや、ここまでになると確信だ。


 俺は視野外領域にログを表示させた。

 嫌々ではあるが確認する。


[新規に称号を獲得しました]


『ああ、やっぱり』


[新しい称号は[トラブルサモナー]であります]


『……………』


 なに、その平成の元号を発表した時のような表現の仕方は。

 おそらくは俺がダメージを受けるだろうと思って気を遣ったのだろうけど。


 変な気の遣われ方をする方が嫌だ。

 地味にダメージがデカい。


『トラブルを召喚する者って何だよ?』


 神様のシステムに文句を言いたくなったさ。

 言っても返事はないだろうから無駄だけどな。


 せめて、巻き込まれる者とかにならなかったのかとは思うが。

 称号が取り消せないのはもちろん、修正もできないのは分かっている。


 裏技はあるにはあるが使えるものではない。

 称号をパワーアップさせて書き換えるというものだからだ。


 [精霊獣の友]なんかは好例と言えるだろう。

 [チョイぼっちオヤジ]に始まり[ぼっちの道を歩む者]から変わったからな。


 とはいえ、これは運が良かっただけだ。

 今回も同じように良くなるとは限らない。

 しかも、今まで以上にトラブルに巻き込まれ続けないといけない訳だし。


『前の称号も過去情報として残るしな』


 リスクが高い上に効果も微妙とくれば試せるものではない。

 試したいとも思わないが。


 俺にできる無難な逃げは見なかったことにするくらいである。

 そんな訳で、どうあってもトーンとかいうバカを締め上げねば気が済まなくなった。


「行こう、カーター」


「えっ!?」


 カーターが仰け反るように驚いている。


「ハルト殿が行くのかい?」


 動揺を抑えきれないのか目を丸くさせながら聞いてきた。


「俺も関係者だぞ。

 誰がストームを連れて来たと思っているんだ?」


「ああ、いや、そうじゃなくてね……」


 気まずそうに視線をそらされた。


「なんだよ?」


「ハルト殿はどのくらい怒っているのかな?」


 恐る恐る聞いてくる。


『ああ、大きな問題になることを考えているのか』


 確かに感情のままに動くとカーターに迷惑をかけそうである。

 そこは配慮が足りていなかった。

 反省しなければなるまい。


読んでくれてありがとう。

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