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1116 カーターに証明はできない

 そもそもチキズミーという著者名の時点で引っ掛かりは感じていたのだ。


『逆に読めばミズキチって』


 大学時代のミズキのあだ名だった。

 カーターが知らなくて当然ではあるな。


 知っていても気付くかどうかは微妙なところか。

 友達の奥さんの昔のあだ名について想像を巡らすとは思えないし。


 それはともかく、ミズキは当時から文章を書くのが好きだった。

 文章専門でイラストは苦手にしていたがね。


 そちらはマイカの得意分野だった。


『何かというとイラストを描きたがったよな』


 大学の頃はノートに近いサイズのスケッチブックをよく持ち歩いていた。

 手ぶらに近い時でもメモ帳は手放さなかったし。


 卒業後は年賀状で毎年のようにイラストを披露してくれたものだ。

 そして旅行に行けば、毎回必ず自作絵はがきを送ってきた。

 現地の絵はがきや写真入りポストカードなど1枚もなかったからな。


 帰ってきたら帰ってきたで旅行記をコピー本にして送ってきたし。

 旅行記の文面をミズキが、挿絵はマイカが担当する形でな。


『今回の物語の著者がミズキなのは、むしろ当然か』


 オマケ本はノータッチのようだったが。

 本編の方は、逆にマイカの入り込む余地はないだろうけど。


『いや、2人のコンビである以上は挿し絵も入るか』


 120ゲートの値段設定も正体を確信してしまえば頷ける。

 新書サイズなのは確実だ。


 ページ数は薄い本並みになるとは思うが……

 そこは仕方あるまい。


 280ページ以上の本を120ゲートで売ってしまえば西方の出版業界が混乱する。

 価格破壊どころの話ではないのだ。


『壊滅してもおかしくないな』


 1回きりで少部数の発行であれば、そういうこともないだろうが。


 ただ、あの2人が次のシリーズを考えていないとは考えにくい。

 それどころか意欲的に準備をしているものと考えられる。


『最近は描いているのを見ないと思っていたら……』


 趣味が変わったのかと思ったら大間違い。

 俺の所へ見せに来なくなっただけだったのだ。


『おかしいと思ったんだよ』


 日本人だった頃のマイカは事あるごとに画像添付したメールを送ってきていたからな。

 俺が生まれ変わる直前まで見ていたものだ。

 見間違えるはずもない。


『こんなことをしていたとはね』


 呆れはしないが、納得してしまった。

 とにかく絵を見た時点で俺はマイカの仕業だと確信した訳だ。

 言葉にして説明するのは難しいためにカーターを納得させるのに四苦八苦したけど。


『あそこまで漫画タッチで描ける西方人なんていないと思うんだがな』


 オマケ本で使われている紙が普通紙であることと合わせれば疑う余地などない。

 さすがにカーターも、そこを指摘されれば頷かざるを得なかった訳だ。


 更にダメ押しの情報がある。


「それと、これは手書きだと思っているようだが厳密には違うぞ」


「どういうことだい?」


 やや疲れた表情を見せながらカーターが聞いてきた。


「元になる原稿は手書きだけどな。

 それを魔法で複製してるんだよ」


「ええっ!?」


 俺たちを出迎えてから驚いてばかりのカーターである。

 ファックスにはコピーの機能を持たせていないから当然だろう。


「それを証明する方法もあるが、カーターには無理だろうな」


「そんなことはないと思うけどな」


「そのオマケ本に水を垂らすことができるか?」


「うっ」


 俺の問いかけに、カーターはたじろぐ。


「それは確かにできない」


 絞り出すような声で答えた。

 カーターにとっては家宝に等しいものであるのは分かっていた。

 俺が描いた似顔絵を驚喜する勢いで家宝ものであると宣ったのだ。


 そのタッチはマイカの描く似顔絵のそれである。


『マイカ印の似顔絵はさんざん見てきたからな』


 そのタッチを真似るくらいは朝飯前というもの。

 熟練度をカンストさせた【模倣】スキルに頼るまでもない。

 意図的にオフにしていないので使ってしまったけど。


 とにかくマイカのイラストを凄く大事にしているのだけは確実だ。

 俺の言うことを証明するために水に濡らすなどできる訳がない。


 紙は一度でも濡れると、元通りにはならなくなるからな。

 乾かしても波打った形になるのが致命的だ。

 その上、しなやかさも失ってしまう。


 ミズホ国内で流通している普通紙だと、そうならない加工をしているがね。

 輸出する紙まで、そんな真似はしない。

 したところで紙が普通のインクを吸わなくなってしまうだろう。


「でも、そんなことで証明できるのかい?」


「ああ」


「どうやって?」


「手書きならインクがにじむ」


『西方のインクならな』


 内心で思ったことは、口には出さない。

 言えば話がややこしくなるからな。

 ミズホ国のインクを普及させるつもりもないし。


 友好国だけで普及させたくても、それは容易ではない。

 数を出せば他国にも確実に流れてしまう。


 制限をつけても、便利な物があれば換金目当てで横領を企てるバカが出てくるものだ。

 インクのようなものはすり替えやすいしな。


 すり替えは、いずれ発覚するにしても時間を稼ぐことができる。

 その間に裏ルートで売りさばいて終わりだ。

 現物という証拠がなくなるので足がつきにくい。


『指紋採取やDNA鑑定のような科学捜査は存在しないからなぁ』


 何にせよ、裏ルートに流れれば他国に流れることになるだろう。

 国内で売りさばけば足がつきやすいと分かっているから裏に流すのだ。


 そして、流れ着いた先が権力者だったりすると面倒なことになりやすい。

 エーベネラント王国にちょっかいを出すバカが現れる恐れもある。


 確率上は低いのだとしても、ゼロではない。

 いつかは起こり得ることなのだ。


『ならば、その確率をゼロにするまで』


 特殊インクは輸出しないって訳だ。


「複製は魔法で状態を固定しているから、そういうことがない」


「何と……!?」


 カーターが静かに驚愕する。

 爺さん公爵も驚いていた。

 耳をピクピクさせているのは聞き漏らすまいとしているからだろう。


「言っとくが、複製の魔法はそっちの宮廷魔導師でも無理だぞ」


「そんなに難しいのかい?」


「制御が困難で暴走させやすい」


 放出型で錬成魔法をコントロールするのは無理があるからな。

 途中で区切りを入れて制御を安定させようというのが間違いだ。

 最初から制御しきれないと暴走する。


「おまけに魔力消費量が桁違いに多いからな」


「儀式魔法にしてもかな?」


「暴走事故を拡大させるだけだな。

 暴走させやすいと言ったはずだが?」


「そんなにかい?」


「試すのは勝手だが、死傷者が続出するだろうな」


「……それは試せないな」


 神妙な面持ちでカーターが言った。

 爺さん公爵も小さく頷いている。


「確かにハルト殿の奥さんの仕事のようだね」


 間違いなく裏付けを得たとばかりの言い様だ。


『魔法の制御力で納得から確信にシフトしたか』


「こんな内職をしているとは知らなかったがね」


 我ながら情けない話である。

 思わず苦笑が漏れた。


 それはカーターにも伝染する。


「大変だねぇ」


 カーターが苦笑しながら言っても、少しも嫌みには感じない。


「別に、そういうのは気にしてないからいいよ」


「放任主義なんだね」


「どうだろうな」


 指摘するのも面倒なので適当に濁したけど、放任というのとは違うと思う。

 不干渉でもない。


 あえて言うなら趣味でやってることに口出しをしないだけだ。

 どう考えても仕事ではないからな。


 シリーズは無料配布していないものの、荒稼ぎしている訳でもないし。

 オマケ本が必ず付いて来ることを考えると小遣い稼ぎの感覚かもしれない。


「では、こういう手法もミズホ国では普通なのかな?」


 カーターが言いながら別の本を出してくる。

 一目でロードストーン戦記の本編だと分かった。


 西方では考えられないであろうホッチキス止めだ。

 表紙は革だけど。


 こちらはタイトルとナンバリングがエンボス加工されているのみ。

 オマケ本との違いは、表紙も含めてとにかく薄いこと。


『手に取った状態で読みやすくしているのか』


 オマケ本は机上で開くことを前提にしているらしく、表紙が分厚い。

 その重みで目的のページを開いても閉じにくいようにしているのだろう。

 何にせよ本編は明らかにページ数が少ない。


『シリーズが全100巻になる訳だ』


 そのあたりはラノベとは違う。


 が、中身を見れば真似しているのは明らかだった。

 カラーの絵はないけど、挿絵も入っている。

 割合としては逆に多いくらいだ。


 そのせいか、裏表紙をめくった見返し部分が奥付になっていた。


「これは安価に本を出したい時に使う方法だな」


 西方人の感覚では、という枕詞がつくがな。

 うちでは製本まで錬成魔法を使う。

 コスト面で大きな差は出ない。


 それをしていないのは手作り感を出すためだと思われる。

 錬成魔法で仕上げてしまうと、あまりに整いすぎてしまうからな。


 西方では、ただでさえ高級品に分類されてしまう本だ。

 そんなことをすれば超高級品扱いされかねない。


 値段を聞く前に購入を断念されてしまいかねない訳だ。

 もし聞く者がいたとしても信じてもらえないと思う。


「そうなんだ」


 フンフンと頷いているカーター。


「ああ、それからな」


「何だい?」


 カーターが怪訝な表情を向けてくる。

 俺の雰囲気が微妙に変わったのを察したようだ。


「こちらを監視している連中は何者だ?」


「っ!」


 一瞬でカーターが引きつった表情になってしまった。


『あれ? もしかして固まった?』


 静止画像かと思うくらいピクリとも動かなくなったんですけど。


『気付かない訳ないでしょうが』


 内心でツッコミを入れてしまったさ。

 監視者がいなければ、声に出していたところだ。


『さて、どうしたものか』


 面倒事じゃないといいんだけど……


読んでくれてありがとう。

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