1115 カーター、壊れる?
「どうだい、ハルト殿?」
カーターが問いかけながらもドヤ顔をしていた。
「こんなに綺麗な絵が描かれているんだよ」
これは予想できなかっただろうと言いたいのかもしれない。
『確かに予想外だった』
ただし、カーターが考えるのとは異なる部分での話だったが。
カーターは絵が綺麗だということをアピールしていた。
それに対して俺は中身全体が気になっていた。
絵が綺麗かどうかについては確かに肯定する。
だが、そのことに驚きがあるかと聞かれれば否と答えざるを得ない。
幸いにも深く追求されることはなかったので答えずに済んだ。
もしも答えることになっていたら、どうにか誤魔化すしかなかったと思う。
「こんなに線が少ないのに一目で何か分かるんだ」
カーターが珍しく興奮気味だ。
初めて見た時は、よほど驚かされたものと思われる。
現在の心境を言葉にするならば「この感動を君に!」だろうか。
「色もついていないのに凄いよね」
『そりゃあ漫画の描き方だからな』
そのツッコミは内心だけに留めておいた。
カーターの熱の入り様からすれば、根掘り葉掘り聞かれることは目に見えている。
西方では漫画は根ざしていないのだ。
もちろん漫画風のイラストも。
「しかも、ひとつひとつの絵は小さいのに」
マジマジと絵に見入るカーター。
「こんなにもリアルなんだ」
感動モード継続中のカーター。
「コストを抑えるためだろう」
俺は普通のテンションで答えた。
カーターから伝染することはない。
爺さん公爵のようにアレルギー的な反応をすることもない。
あの爺さんは、嘆かわしいとばかりに先程から嘆息してばかりだ。
苦言を呈することがないのは、言っても無駄だと気付いたからだと思われる。
それとカーターがちゃんと仕事をやっているというのもあるだろう。
さすがに仕事をほったらかしにしていたんじゃ、爺さん公爵も黙っちゃいないはずだ。
「だと思う」
カーターも同意した。
少しテンションを戻したようだ。
「それでも採算度外視もいいところだよね。
これなんかは金貨を出してもおかしくない本だよ」
オマケと言われても普通は信じないだろう。
『金貨ね』
1枚1万ゲート。
日本円換算で10万円ということになる。
カーターは何枚とは言っていないので、そこが最低ラインだ。
『いったい何枚を想定しているのやら……』
が、決して大袈裟な話ではない。
西方の商人に買い取りをさせても、その最低ラインから値付けをしかねないのだ。
ただし、俺が買い取るならもっと安くなるけどね。
「そうでもない」
俺がサラッと否定すると──
「そうなのかい?」
カーターが不思議そうに聞いてきた。
俺の言葉がにわかには信じられないようだ。
「金貨を出せば、最低でも何十冊と買えるぞ」
「ええっ、そんなバカなっ!?」
カーターが驚愕の声を上げた。
「こんなにリアルな絵が描かれているんだよ」
それだけでも大きな価値があるとばかりに反論してくるカーター。
俺は無言で小型のスケッチブックとペンを引っ張り出した。
「何を?」
困惑するカーター。
「まあ、見てな」
俺はササッとオマケ本の絵を真似て描いていく。
模写するのはスキルに頼るまでもない。
ただ、俺がペンを走らせ始めた時点で【模写】スキルをゲットした。
スキルの種の効果だ。
一般スキルだったので難なく熟練度がカンストした。
こちらは【才能の坩堝】の効果だ。
ペンの速度を上げると、上級スキルの【速筆】を得た。
これも一般スキルより一段上なだけなので、じきに熟練度がカンスト。
『おおっ、描きやすいな』
描画スピードも上げられそうだけど、やめておいた。
これ以上は人間業ではない気がしたからだ。
『きっと、今更だけどな』
それでも自重は大事である。
現にカーターは呆気にとられていた。
その表情はいつの間にか困惑から驚きに塗り替えられていたのだ。
ここでスピードアップなんかしたら、どうなることやら……
想像するまでもなくドン引きものだろう。
とはいえ、今のカーターを見ている分にはちょっと面白い。
あんなに熱の入っていたカーターが絶句しているのだから。
つい、イタズラ心を刺激されてしまった。
別にラソル様を見習った訳ではないのだけれど。
『ならば、これはどうだ?』
俺は模写していた絵を描き上げると、スケッチブックのページをめくった。
そして、カーターをチラ見する。
今までの模写と違って少し大きめに描き始めたのだが……
「えっ!?」
模写でないことに気付いたカーターが驚きの声を上げた。
『つかみはオッケーってね』
「ええっ!?」
カーターが更に驚きの声を上げるのに時間はかからなかった。
そこに描かれていたのがカーターだったからである。
写実的な部分は微塵もなかったけどね。
模写していた時の漫画のタッチをそのまま残して描いていたのだ。
それでもカーターが自分だと気付けるくらいには上手く描けたらしい。
『ふむ、目コピじゃないのに描けるものだな』
【模写】スキルは役に立たないのだけど手慣れた感じでペンが動く。
絵をそのまま真似をするのと違ってデフォルメが必要だから似ないかと思ったのだが。
自分で考えていた以上に上手く描けた。
周囲からも感嘆の声や漏れ出た吐息が聞こえてくる。
『それほどだったか』
皆の驚きぶりに俺の方まで驚かされてしまったさ。
で、その間に一般スキルの【イラスト】が身についていた。
言うまでもなく、これも熟練度カンストである。
描き終わった時には周囲まで静まり返っていた。
周囲の空気がやりすぎ感で埋め尽くされたかのようだ。
なにしろ、ミズホ組まで呆気にとられているんだから。
今回のお供は古参の面子ではないけどさ。
古参の面々はゲールウエザー王国の捕り物の方へ助っ人に行ってしまったのだ。
助っ人を募集するや否やのことであった。
俺が直接の手助けをしないから腕試しに丁度いいと思ったらしい。
『腕試しって……』
どう考えても過剰戦力なんですがね。
手柄を上げたいと主張される方が、まだ分かる。
それにしたって手応えなく終わって準備運動にもなりゃしないだろう。
一応は自重するように言っておいたけど……
『誰も逃さないのは確定したな』
相手は犯罪者だから同情する気はないがね。
そんな訳で同行しているのは主に女子組だったりする。
まあ、残りの面子も女子ではあるのだけど。
いずれも新顔ばかりだ。
それにしたって、もう少し耐性があってもとは思うのだけれど。
色々と自重しないものは見せているのだし。
イラストを描くだけで驚かれることなんだろうかと言いたい。
それとも俺は本当にやりすぎたのか?
『どうしてこうなった』
自重しようとしたのではなかったか。
軽いイタズラのつもりで始めたことの結果がこれである。
考えなしに行動すると碌なことがないってことだ。
結論、俺はラソル様のようにはなれない。
『なりたいとも思わんけど』
とにかく、この場のおかしな空気をどうにかしたい。
うちの面子はすぐに復帰したけど、エーベネラント組が誰1人として戻って来ない。
ならば手立てはただひとつ。
カーターを再起動させるしかあるまい。
俺はカーターを描いたスケッチブックのページを切り離した。
そしてカーターに押し付ける。
「え?」
困惑しながらもイラストを手にするカーター。
漫画タッチの自分の似顔絵を見て顔を上げた。
俺を見る目が「どういうこと?」と問いかけている。
言葉さえ出てこなくなってしまったようだ。
『そこまで重症だったか』
一抹の不安を覚えたものの俺まで絶句している訳にはいかない。
「プレゼントするってことだ」
カーターの目が、これ以上ないくらい大きく見開かれた。
「か……」
「か?」
「家宝ものだあああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
絶叫しながらガッツポーズを決めるカーター。
『あー、うるさい』
まさかの暴走。
再起動したと思ったらこれである。
『こんなキャラじゃなかっただろう』
そのくらい衝撃的で嬉しかったんだとは思うのだけど。
カーターでなくても過剰反応だ。
これがうちの国民なら脳天にチョップを入れて止めているところである。
まあ、これのお陰で周囲のフリーズ状態も解除されたんだけど。
そこからカーターの肩をトントンする。
視線が俺に向けられたところで、爺さん公爵たちの方を指差した。
「あ」
一瞬で興奮が冷めた。
ただし、顔面はこの上なく赤い。
きっとプチ黒歴史と化したことだろう。
故に俺は強引に話を進めることにした。
「こんな具合に手早く簡単に描ける人間もいるんだよ」
「それはどうかな?」
カーターはすぐ話に飛びついてきたが疑問を呈している。
割と冷静だ。
「技術はあっても、ここまで手早く描けるものだろうか」
そして懐疑的である。
「描けるよ、間違いない」
「断言するんだね」
「これを描いたのはうちの奥さんだから」
「ふぁっ!?」
カーターが素っ頓狂な声を出して固まっていた。
「描き方の癖とか知ってるからね」
これだけではカーターも反論してくるだろう。
「それに、この本に使われている紙は普通紙だぞ」
「あ」
今頃になってカーターが気付いたようだ。
ファックスを使うのでエーベネラント王国にも輸出しているのにこれである。
しかも数量が限られているので現状は王城内でしか使われていない。
ゲールウエザー王国でも似たようなものだ。
それを知っていたはずなんだが、どれだけポンコツになっていたのだろうか。
読んでくれてありがとう。