1113 カーターのハマっているもの
仮面の傭兵エクスに扮したビルがフェーダ姫たちを追うために去って行った。
俺は追わない。
護衛の仕事を受けたのはビルだけだからな。
クックと喉を鳴らして笑う声に横を見る。
喉を鳴らしたのはカーターだった。
「彼は律儀だね」
楽しそうに笑う。
「でも、君の所の国民じゃないんだろう?」
問いかけるカーターの目は輝いていた。
それだけ興味津々ということなんだろう。
俺が国民以外の人間に対してドライでないのが珍しいのかもな。
「前に世話になったことがあってな」
「へえ、それは凄いね!」
笑みを浮かべたまま目を丸くして驚きを露わにするカーター。
俺が世話になる様が想像できないと言いたげだ。
そんなことはないと思うのだが。
「お節介というか、世話焼きなんだよ」
「あの見た目でっていうのが凄いね。
普通なら他人とは関わろうとしなくなると思うんだけど」
『なるほど、そういうことか』
「あー、あのマスクは俺の特製なんだ」
「え?」
「事情があって魔道具で変装させているんだよ」
俺の説明にカーターがキョトンとした顔になった。
そこから表情が微妙に変わっていったかと思うと肩を振るわせ始める。
「プッ、ククッ、アハハハハハッ!」
とうとう笑い出してしまった。
「そんなに笑うことか?」
「すまない、ハルト殿」
どうにか笑いを引っ込めたカーターが涙目だ。
本気で笑っていたのは間違いない。
「相変わらず、ぶっ飛んだことを考えるんだなと思ったら、ついね」
「ぶっ飛んだって何だよ?」
「だってハルト殿なら、もっと簡単に変装させられるんじゃないのかい?」
「できるけど、それだと逆に本人が変装していることを失念しかねないんだよ」
「そうなのかい?」
「変装していることに違和感を感じるようなら忘れないんだろうがな」
「あー、自然すぎて別人になりきれないのか」
「そゆこと、役者じゃないからな。
覆面傭兵エクス・キュージョンに成り切ってもらわないと」
「覆面傭兵って格好良さげだね」
「そうか?」
「そうだよ、ミステリアスな感じがして物語の登場人物みたいだ」
「物語って……」
現実のビルを知っても、そんなことが言えるだろうか。
少し考えてみる。
『……………』
ミステリアスな雰囲気は皆無だな。
だが、別のタイプでなら出てきてもおかしくはなさそうだ。
言うまでもなく、お節介な賑やかし要員でだけど。
「最近は架空の戦記物語に夢中でね」
俺が考えている間にカーターが俺の想像しなかった方向へ話を進めてきた。
興味を持っている物語を俺が予想し始めたと勘違いしたのかもな。
「知ってるかい?
ロードストーン戦記」
「いや、知らないなぁ」
そう答えはしたものの引っ掛かりを感じる。
『何処かで聞いたようなタイトルだ』
「新進気鋭の作家、チキズミー先生の超大作でね」
『ん?』
更に引っ掛かりを感じた。
新進気鋭なのに超大作ってどういうことかとか。
変な名前だなとか。
特に後者には強い違和感を感じた。
「架空の大陸を舞台に冒険と友情をテーマに主人公たちが旅を続ける物語なんだ」
「ふーん」
相槌を打ったが、内心では違和感を増していた。
『なんか日本の少年漫画誌みたいな感じだな』
冒険と友情、そして最後はハッピーエンドが約束された大団円。
そんなキャッチコピーを掲げた月刊誌が俺が日本人じゃなくなる直前に創刊されていた。
『まさかなぁ……』
そうは思うが、こっちに転生した日本人でもいるんじゃないかと思ってしまったさ。
「滅亡した古代帝国の皇帝の証であるエンペラーストーンが物語の根幹にあってね」
「へえ」
どうやら、そのアイテムがタイトルの元のようだ。
「主人公はその伝説のエンペラーストーンを探し求めて旅をするんだ」
「ほう」
「これがもうワクワクさせてくれるんだよ。
最初は小さな村の危機から始まるんだけど、主人公たちがドンドン成長していくんだ」
「あー、なるほど」
少年マンガにありがちなパターンだ。
「ということは色んな敵が出てきて戦うんだな」
「そうなんだけど、飽きさせない工夫があるんだよ」
「徐々に敵が強くなっていくとか」
「うんうん」
「敵だったライバルが仲間になるとか」
「えっ、どうして分かるんだい!?」
「敵も単純に強くなるだけじゃないとか」
「ああ、そうだね」
カーターがちょっと唖然としている。
「特殊な能力を持っていたり」
「うんうん」
驚きつつも嬉しそうに頷くカーター。
「凄いんだよ。
色んな敵がいてさ」
子供かと思うほど瞳をキラキラさせている。
「おいおい、大丈夫かよ」
「え、何が?」
「王様がそんなに夢中になって仕事はどうするんだ」
「あー、そのことかぁ」
俺の指摘に苦笑するカーター。
「大丈夫、ちゃんと仕事もしてるよ」
「ホントかよぉ?」
つい疑わしい目で見てしまうのも仕方あるまい。
それくらいの熱意を感じた。
「お陰で寝不足の毎日さ」
カーターが苦笑していた理由はこれのようだ。
「寝不足は良くないな」
「カッツェにも言われたよ」
爺さん公爵こと宰相のカッツェ・ヒューゲルを見た。
渋い表情で頷かれる。
だが、同時に諦観を感じさせる空気が漂っていた。
幾度となく説教と説得を重ねたのであろう。
『この頑固爺さんが匙を投げるとか、どんだけなんだよ』
一般人がドン引きするマニアの領域にドップリ浸かり込んでいるのは確実である。
まるで日本の人気マンガのファンを見ているかのようだ。
完全にハマっていると断言できる。
「でもさ、本当に凄いんだ」
「主人公たちを盛り上げる脇役にまで工夫があるんだろう?」
「そうなんだよ」
笑顔で頷くカーター。
「敵が圧倒的な軍勢だった時は、どうするんだろうって私が途方に暮れてしまったよ」
そういう時のパターンを考えてみた。
『いくつかあるな』
主人公が覚醒して無双するとか。
特殊な地形を利用して逆転するとか。
こういうのは物語特有の無茶なパターンと言えるだろう。
あるいは数には数で対抗する正統派のパターン。
敵の敵は味方ということで中小のグループで共同戦線を張ったりする訳だ。
このパターンは軍勢対軍勢の大規模戦闘も魅力だが、そこに至るまでがミソである。
今までに出会ってきた敵も味方もまとめるべく説得していくのが熱い。
こういうのはラストバトルになったりしやすいのだが。
『カーターの口振りだと違うようだな』
「それだと強力な助っ人が現れるとかかな」
「おおっ!」
カーターは短く叫ぶと目も口も開いてしまっていた。
「よく分かったね。
前に戦ったドラゴンが仲間を連れて助けに来てくれたんだよ」
『それは、どうなんだ?』
ドラゴンが群れで来るとか一方的な展開になるんじゃなかろうか。
敵の軍勢にどれだけ精鋭がいるかにもよるとは思うけど。
「そういう派手な戦闘ばかりじゃないんだよ。
軍勢と戦ったあとは街中でのクエストだったし」
パワーインフレを起こさせないために作者なりに考えた話の流れなのだろう。
バトルものだけを見たい読者が多いと人気の急落を招いたりしかねないのだが。
「敵が悪徳商人でさ、飽きさせないんだ」
「卑怯な手を使ってくるパターンか」
「その通りだ」
俺が言い当てたことにカーターが素で驚いていた。
喜ぶ余裕も失うほどとは思えないのだが。
「もしかして読んだことがあるとか?」
どうやら勘違いされてしまったようだ。
「いや、ないよ」
「それで分かってしまうとは……
さすがハルト殿は賢者と呼ばれるだけはあるね」
『そういうことじゃないんだけどな』
何となく日本のマンガのパターンを踏襲しているような気がしただけだ。
こちらとしてはカーターの言葉に苦笑しかできない。
ただ、それとは別に思ったこともある。
『本当に凄いものだ』
カーターがではなく、作者がな。
正直なところ西方人がここまで考えた物語を創作できるとは思っていなかった。
舐めすぎていた訳だ。
ちょっと申し訳なくなって、心の中で反省した。
「さぞかし壮大な話なんだろうな」
「そりゃそうだよ、全100巻だからね」
「ブホァッ!」
思いっ切り吹いたさ。
「何処が新進気鋭なんだよっ」
吹いた直後にはツッコミを入れていた。
「それだけ出せばベテランじゃないかっ」
「いやいや、そうじゃないんだよ。
いきなり100巻の物語をまとめて出してきてね」
「ぬわにぃっ!?」
あまりの予想外な返事に岩塚群青さん風の驚き方になってしまった。
もちろん無意識である。
似ていない物真似をしても楽しくないからな。
それだけ予想外だった訳だ。
デビューと同時に100巻を刊行とか正気の沙汰ではない。
こんなのは日本でだって考えられないことだ。
売れっ子作家なら数冊の同時刊行もあるかもしれないが、100巻はない。
出版社の負担が大きすぎるからな。
西方ならば更に負担は増す。
安価な紙はまだまだ出回っていないからな。
だが、それを成し遂げた者がいる。
『何者なんだ?』
本名ってことはないだろうけど……
読んでくれてありがとう。