1112 到着したけど、それってどうなのさ
国境を越えた後も特に問題が発生することはなく目的地に到着。
何度も追い抜きやすれ違いはあったけどね。
自動人形で対応するようなことにはならなかったので助かった。
ただ、到着してからの方が微妙に問題があってピンチだったりするのだが。
「お久しぶりでございます、ハルト様」
満面の笑みでフェーダ姫に挨拶されてしまった。
「おお、久しぶり」
別にフェーダ姫に問題がある訳じゃない。
無関係とは言わないけど。
「久しぶりだね、ハルト殿」
カーターも笑みを浮かべて挨拶してくる。
「ああ、久しぶり」
『ヤベー』
問題があるのは、現在の状況である。
『なんで王城に到着するなり、王族が直に出迎えるんだよっ』
俺は内心でツッコミを入れていた。
だが、これを無かったことにはできない。
宰相である爺さん公爵が渋い表情で2人を見ているのは俺と同意見だからだろう。
この状況の何がマズいか。
それはビルがこの場にいることである。
ビル自身にも何ら問題はない。
あくまでも、この場に居合わせた状況がよろしくないだけだ。
俺がミズホ国の王であることがバレてしまいかねないからね。
その場合はビルには悪いが記憶を封印させてもらうしかないだろう。
ただ、カーターもフェーダ姫も見知らぬ相手がいることで気を遣ってくれたのは明らか。
挨拶をする順番もゲールウエザー組に対してが先だったし。
俺への呼びかけでも余計なことは喋らなかったし。
それでもビルがうちの面子に2人が誰であるかを聞いてガチガチになっていたけど。
その前から何かしら感じ取っていたらしく強張った表情だったし。
こういうのに慣れていないのが、ありありと分かった。
今まで、こういうのとは縁のない冒険者生活だった訳だしな。
『王族が直々に出てくれば、そうなっても仕方ないよなぁ』
どう考えたって、王族が城の庭に出てくること自体がおかしいのだ。
如何に前もってファックスで知らせていたとはいえ、一般常識的に考えればあり得ない。
普通は謁見の間で応対するものだろう。
プライベートを強調したいなら別室ということもあるとは思うが庭はない。
いずれにせよ、ビルの動きがおかしくなっていた。
立ち止まっているだけでも細かく震えている。
何故か古いバイクの振動を思い出してしまったほどだ。
武者震いでないのは間違いない。
歩けば動きがカクカクしているし。
昔の映画に出てきたサイボーグ警察官のようだった。
さすがにロボットっぽい動作音はしなかったが。
俺の脳内では効果音として再生していたけどな。
とにかく、王族を前にして緊張しているとしか思えない。
そんな動きだったのだ。
が、そのことに納得できると同時に──
『それは、おかしいだろう』
と内心で矛盾を追及するツッコミも入れていた。
何故なら、ビルが護衛しているのも王族だったからだ。
今回はゲールウエザー王国の王太子ストームが親善大使の代表だったのである。
なのに、エーベネラント組の出迎えを受けるまでは平然としていた。
道中で慣れたとかではない。
最初に紹介した時から落ち着いていたのだ。
紹介したのは俺じゃなくて護衛隊長のダイアンだったけど。
随分と砕けた雰囲気だった。
「ストーム王太子殿下であらせられる」
短い紹介に加え全員が立ったまま。
何も知らされていなかったからだ。
会議室のような場所に集められて各々の集団に分かれていたらスルッと入ってきてたし。
『いきなり紹介とか始めるんだもんなぁ』
整列もしていなかったしな。
おまけに雑談していた時の余韻が残っていた。
空気が緩んでいるとでも言えば良いだろうか。
そんな状態で、しれっと紹介されれば背中に冷水を浴びせられたも同然。
現に宮廷魔導師団から選抜された面子などは面食らっていたくらいだ。
「「「「「────────っ!?」」」」」
目を全開状態で見開き声にならない叫びを絞り出していた。
これ以上ないくらいに愕然としていたのは間違いあるまい。
ダイアンがわざとらしく咳払いするまで固まっていたしな。
「「「「「申し訳ありませんっ」」」」」
最敬礼で謝罪する魔導師団の一同。
それを見ても、ビルは「へー、そうなんだー」と言っているような落ち着きぶりだった。
「殿下の御意向である故、謝罪は無用だ」
メイドたちは苦笑していたので毎度のことなんだろう。
ダイアンも手慣れた感じだし。
面食らっていた魔導師たちは王太子と接する機会がなかったのは明白だ。
本当の意味で復帰できたのは、もっと後だったからな。
その間も後もビルには変化がなかったのは間違いない。
「おいおい、今回の護衛相手はこの国の王位継承権第1位なんだぞ」
ストームたちが席を外してから俺がそう言っても平然としていたくらいだ。
身じろぎすらしなかったからな。
「みたいだな」
返事をしたことから話を聞いていなかったなんてことはない。
上の空って感じでもなかったし。
「みたいだなって……」
投げ遣りに近い返事に、こっちが呆れて何も言えなくなったさ。
「賢者様だって普通にしてるじゃないか」
別段、変でもないだろうとばかりに言われてしまったし。
「俺はこれが初めてじゃないからな」
その返事にビルがウンザリしたような顔つきになった。
おまけに溜め息までつかれてしまったさ。
「道理で色々と情報を持っていたりする訳だよ」
『さり気なく言ったつもりだったんだがな』
ビルには呆れられてしまった。
「別にすべての情報の出所がここの王族って訳じゃないぞ」
「そういうことを気軽に言える時点で賢者様は普通じゃねえよ」
こんな調子だから王族相手に畏縮したなんて考えられなかったのだ。
今にして思えば、ストームの影の薄さが原因だったのだろう。
王太子なのに相変わらず存在感が希薄なままのようだ。
この時はそのことを失念していたけどな。
いや、そっちは気にならなかったと言うべきか。
「えーっ!?」
俺に対する普通じゃない評価のせいで動揺させられてたからね。
ちょっと凄いくらいなら仕方ない。
パワーレベリングとかもしたし。
けど、ビルの「普通じゃねえ」発言は、そういうレベルを超えていた。
目があり得ないと語っていたのだ。
「何だよそれー」
唇を尖らせて文句を言うが──
「こんな仕事をサラッと受けられる冒険者は賢者様だけだぜ」
なんてことを真顔で言われてしまった。
冗談めかして言うならともかく、そういう雰囲気は皆無。
『マジで言ってんのか……』
ビルには、そこまで凄いものを見せたつもりはないのだけれど。
とは言うものの、派手に魔法を使ったり戦闘したりと色んな相手に見せてしまっている。
王族に限った話ではない。
特にエーベネラント王国の属領では色々とやらかした。
当時はスケーレトロ王国だったけど。
城門キックと壁抜きキックで部分的とはいえ城を破壊したり。
最前線で一輪車野郎と戦ったり。
広範囲魔法を使ったり。
シーザーズを大量に呼びつけたのも、これが切っ掛けだったと言えるだろう。
その後も、移動手段を確保したりしたもんな。
『少し自重するべきか』
今更な気がするけど。
あまり縛りを入れるのも窮屈だ。
『ま、なるようになるだろう』
こういうのをケセラセラと言うのだったか。
スペインとかそのあたりの言葉だと思うのだが。
古い洋画から広まったと聞いた覚えはある。
『それでいいよな』
そんな感じで今後も自由にやっていこう。
ビルは知りすぎた男になってしまう恐れもあるがな。
迂闊な男ではないし大丈夫だろう。
何かあっても、その時はその時だ。
それこそケセラセラだろう。
「では、若い2人はあちらで」
カーターが爺臭いことを言う。
まだ20代なのにね。
だが、ビルがいるので余計なことは言わない。
エーベネラント側のメイドが案内する形でフェーダ姫とストームがついて行く。
「エクス、何をしている。
護衛なんだから行かないと」
ビルに向かって呼びかけた。
エクスというのは今回の仕事をする上での偽名だ。
仮面の傭兵エクス・キュージョンを名乗らせている。
俺としては約束の履行という意味を込めたつもりである。
他にも処刑とかの意味も含むけど他意はない。
「うおっと!」
エクスに扮したビルが体をビクつかせた。
俺に言われて自分の仕事を思い出したのだろう。
慌てて2人を追おうとしたが、不意に立ち止まった。
「賢者様は来ないのか?」
振り向きざまに聞いてくるビル。
「依頼を受けたのはエクスだけだろう」
俺は護衛の依頼を受けていない。
単なる紹介者であり、移動手段の提供者というだけだ。
「そうだけどよ」
「俺は俺で別の用があるんだよ」
「おお、そうだったのか」
「感心してる場合じゃないだろ」
フェーダ姫たちの方を指差す。
2人は既に建物の中へと入っている。
その後ろに護衛騎士やメイドたちが続いているので、まだ見失う状況ではなかった。
そうなるのも秒読みで時間の問題だったが。
モタモタしている時間はない。
「むっ、いかん!」
慌てて後を追う。
追いながらも振り返るビル。
『まだ、何かあるのか』
さすがに今度は立ち止まったりしなかったがね。
「助かったよ、賢者様」
そう言いながら軽く手を振ってきた。
そのまま前を向いて足早に去って行く。
返事を聞くつもりはないようだ。
「おう、頑張れよ」
それでも返事はしておいた。
無反応だったので聞こえているかどうかまでは分からないが。
『慌ただしいことだ』
俺は苦笑しつつ軽く溜め息をついた。
『一応はバレなかったかな』
読んでくれてありがとう。