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1107 あまり嬉しい状況ではない

 自分たちが注目されていることに気付いたビルが嘆息した。


「俺の独り言が出てたとか?」


 諦観を感じさせる黄昏れた感じで聞いてきた。

 矯正中の癖がまた出たのかと凹んでいるようだ。


 この様子だと、かなり気をつけて独り言を言わないように頑張っているみたいだな。


「そうじゃないな」


 俺が否定すると、深く深く安堵した。

 ガックリ崩れ落ちるのかと思ったさ。


「俺たちが目立つから最初から注目されてた感じだぞ」


「はあっ!?」


 弛緩したと思ったら急に伸び上がった。


『態とやってんのか?』


 そう思うくらい大袈裟で芝居がかった動きだ。


「賢者様はともかく、なんで俺がっ?」


 本気で驚いているっぽいから笑えない。

 独り言を封じた反動のようだ。


『これを注意したら独り言が復活しそうで嫌だな』


 とりあえずオーバーアクションには何も言及しない。

 目立って恥ずかしいけど、絶えず独り言を聞かされる方が俺は嫌だ。

 恥ずかしさは今の方が上だがな。


 それよりも何を聞かされるか分からない方が怖い。

 変なことを知って巻き込まれるのは御免被る。


『そんな事態になるくらいなら俺は恥ずかしい方を選択するぞ』


「二刀流なんて珍しいだろ」


「うぐっ」


 ぐうの音くらいは出たようだ。

 が、そこから先が続けられないビル。


「おまけに荷物持ちを引き連れてソロで無双したそうじゃないか」


「ちょっ」


 ビルが目を丸くして泡を食い始めた。


「どうして賢者様がそれを知ってるんだよっ?」


「フフフ、それは秘密だ。

 俺の情報網を甘く見るなよ」


「マジかよ、シャレになんねえぞ」


 慌てた様子から一変して顔色を青ざめさせる。

 ちょっと悪いことをしたかと思ったが、種明かしをする訳にもいかないだろう。

 まさか、エルダーヒューマンだから聴覚が常人より何倍も凄いなんて言えるはずがない。


「それと無双したってなんだよ」


「オークの群れを1人で屠ったんだろ?」


「おいおい、群れとか大袈裟だって」


 焦った様子で修正してくる。


「いても、せいぜい8頭だったよ」


「そうか? それでも充分に群れていると言えるだろ?」


「そうかもしれんが、そんなので無双とか恥ずかしすぎるわっ」


 泡を飛ばしそうな勢いで反論してくるビルである。


「そうでもないだろう。

 パーティで殲滅したというならともかく、ソロなんだからさ」


「いや、しかしな」


 ビルはなおも反論を試みようとする。


「しかも無傷で屠ったんだろ?」


「それはそうだが……」


 が、そのトーンは徐々に落ちていくばかり。


「だったら無双と言っても差し支えはないと思うがな」


「いや……」


 それでも諦めきれないようだ。

 ビルの中では、もっと圧倒的でないと無双とは言えないのだろう。

 抵抗があるのか恥ずかしいのか、あるいはそのどちらもか。


『多感な年頃の子供かよ』


 いい年した大人が拘りすぎである。


 まあ、無双と言われて変なスイッチが入る厨二病患者よりは遥かにマシだとは思うが。

 これはこれで面倒くさい。


「少しは話を流せるようになれよ」


「う……」


 痛いところを突かれたとばかりに固まってしまうビル。

 それでも、すぐに復帰してくる。


「とにかく誤解を招くようなことは広めないでくれ」


 よほど己の噂を拡散させたくないようだ。

 どう考えても無駄骨だけどな。


「俺はそういう話を聞いただけだ。

 この話は他の奴にはしていないぞ」


 そりゃ、そうだ。

 聞いたばかりの情報だからな。


 俺の返事にホッと胸をなで下ろすビル。


『甘いなぁ』


 内心で苦笑する。


 だが、これで噂が情報ソースだと思っただろう。

 少なくとも、いま聞いたばかりだとは思うまい。


『計画通り』


 ここはニヤリとしたいところだが、表情でバレるのはいただけないので我慢だ。


 まあ、本当に計画通りって訳じゃない。

 単に言ってみたかっただけだ。

 もちろん、声に出して言うことはなかったがな。


「何か言ったか?」


 安堵していたビルが何気ない感じで聞いてきた。


「いいや、改めて場所を変えるかは聞こうと思っていたがな」


 どうにか誤魔化す。


『危ない、危ない……』


 意外に勘が鋭いものだ。

 ソロで活動しているのだから、それも当然なのかもしれないが。


「そうだな……

 ここじゃ野次馬の耳目を集めるだけか」


 ビルも賛同し、俺たちは移動することになった。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 俺たちは食堂へと足を運んだ。

 既に昼のピークはとっくにすぎているため、店内に客はいない。


「大丈夫なのか、この店」


 店内をキョロキョロと見渡したビルは心配そうな表情をしていた。

 妙な勘違いをするものだ。

 何故かは想像がつくけどな。


「昼は店で食べないだろう」


「なんで分かる!?」


 ビルが驚き混じりで不思議そうに聞いてくる。


「普通の食堂なら、この時間帯に混雑はしないからな。

 昼に食堂で食べる習慣があれば、それくらいは知っているぞ」


「そういうことか」


 単純な理由にビルもすぐ納得した。


「飯はちゃんと食えよ」


「な、なんだよ」


「冒険者は体が資本だからな」


「……分かったよ」


 微妙な空白の間がビルの不摂生を証明したようなものだ。

 が、あまり深く追求すると反発されるのがオチである。


「ここに座るか」


 俺は目くじらを立てることもなく適当な席を選んで座ることを促した。

 無言で頷き向かい側に座るビル。


「「……………」」


 些か微妙な気分である。

 野郎2人でランチタイムだからな。


 ふと、腐女子は喜ぶだろうかなどと考えてしまった。

 お陰で居心地の悪い空気が更に密度を増した気がする。


『やぶ蛇だ』


 これが昼時の喧噪に包まれた状況であれば、こんなことも考えなかっただろう。

 奇妙な焦りを感じつつ適当に注文を済ませたさ。

 店員が去るのを待つわずかな時間さえ、もどかしく感じてしまったのは内緒である。


「魔法で話を聞かれないようにするぞ」


 パチンとフィンガースナップで魔法を使った合図を出しておく。

 先に遮音結界を展開したので指を弾いた音も周囲には聞かれていない。

 聞かれた場合は、店員が呼ばれたと勘違いしかねないからな。


「お、おお?」


 ビルは戸惑っている様子だ。

 そこまでする必要性を感じていなかったと見た。


「念のためだ」


「そうか、分かった」


 真顔に戻って話を聞く体勢になる。


「バンディ・ノンロワが俺を罠にはめた張本人って話だったよな」


 会頭のフルネームを知っているようだ。

 さすが悪名高き有名人。


「そうだ、そいつが逮捕された」


「本当なんだろうな?

 奴は尻尾を掴ませないから今まで捕まらなかったんだぜ」


 疑わしげな表情を隠すことなく聞いてくる。


「ああ、間違いないぞ。

 言い逃れのできない証拠がいくつも出てきたって話だしな」


「どこから入ってくるんだよ、そんな情報」


「詳細は言えんが、ゲールウエザー王国でも上の方にいる人物だ」


「……ウソだろ」


 呆然とした面持ちになるビル。


「賢者ともなればコネもそれなりに強力なんだよ」


『どうだかな』


 自分で言っておきながら嘘くさいと思う。

 今回の情報提供者ダニエルとのコネができたのは、俺が賢者だったからではない。

 ガンフォールの紹介があったからこそである。


『まあ、いいか』


 説明するの面倒だし。

 したところで信じないだろうし。

 というか、俺がミズホ国の王だって言わなきゃならなくなるから説明できないな。


 それでも俺の言葉に呆気にとられるビル。

 が、やがて我に返ると敗北感をにじませた表情で長く嘆息した。


「賢者様と呼ばれるだけはあるってことか」


「まあな」


 嘘も方便ということにしておこう。


「それはそれとして野郎に目をつけられる理由が分かんねえんだよなぁ」


 ビルは腕組みまでして考え込み始める。


「悩む必要もない分かりやすい理由だぞ」


「え?」


 ポカンと口を開いた状態でビルは俺の方を見てきた。


「そいつ、裏で金貸しをやってたからな」


「なにぃ───────────っ!?」


 立ち上がって憤慨しやがった。

 遮音結界を展開しておかなきゃ店の外まで絶叫が聞こえていたに違いない。


「とりあえず座れ」


「すまん」


 しおしおと萎むように席へと戻っていく。


「あの野郎が新人たちに借金を背負わせていたのかっ」


 やはり鋭い勘をしている。


「そういうことだ」


「へっ、邪魔をされたから逆恨みして俺をハメたと?」


 忌々しげにしながらも確認すべく聞いてくる。


「孤立させて借金を背負わせる計画もしていたようだぞ」


「どこまでも、いけ好かねえ野郎だぜ」


「今後はイライラさせられることもないだろう」


「何だよ、やけに自信たっぷりじゃないか」


「その会頭は色々やらかしていてな。

 既に極刑が確定しているんだとよ」


「マジかー……」


読んでくれてありがとう。

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