1100 ただいま放送中
「それで漆器に興味を向けている客人についてなんですが」
フェルトが話を戻してきた。
些か強引かとは思ったものの、これ以上の脱線は確かに好ましくない。
ただでさえグダグダになっているのだ。
フェルトの司会者としての感覚は真っ当であると言えよう。
『凄いな、いつの間に……』
思わず感心していたら──
「銀食器とかの方が豪華だろうに、どうしてこんなに食い付きがいいんだろうね?」
トモさんがフォローするように質問してきた。
『なるほど、納得』
フェルトはトモさんのアシストがあるから安心して司会することができるって訳だ。
息もピッタリだし。
『さすがはおしどり夫婦』
お茶の間で「リア充爆発しろ」とか言ってる者もいるかもしれん。
ここが日本なら確実に言われているだろう。
主にネットの掲示板で。
「珍しさがメインじゃないかな」
聞かれたので真面目に答える。
「漆は水気を弾くし。
透き漆のような素朴な見た目のものでも光沢がある」
「なるほど、西方の方の目には珍しく映りそうですね」
「黒漆や朱漆のものなら高級感もあるし。
蒔絵を施したものなら尚更だと思うがね」
「珍しさだけでなく高級感もですかー」
「確かにそうかもね。
日本でも漆器は高級なイメージがあったよ」
感心するフェルトと同意してくれるトモさん。
「まあ、必ずしも高級感だけで興味を持った訳じゃなさそうだけど。
ゲールウエザーの宰相は素朴な味わいの透き漆にも興味を持ってたしな」
「あ、今ちょうどそのシーンが流れてますね」
透き漆の漆器と睨めっこをしているダニエルを見てトモさんが──
「注目の鑑定結果はこのあとすぐ!」
銀座弾正さんの物真似をぶっ込んできた。
「それっぽく見てるからって鑑定士じゃないからね」
「あの、テレビを見ている人が何のことか分からないと思うんですが……」
確かにフェルトの言う通りだと思っていたらカンペが出た。
[テロップ流して動画情報の案内も出します]
本当に今日が初放送なんだろうかと思ったさ。
カンペを見てフェルトも落ち着いたようだ。
「こちらのオルソ侯爵という人は漆器の軽さに注目してますね」
「目の付け所が違うな」
俺も同意した。
「注目の鑑定結果──」
トモさんが再び銀座さんの物真似をしようとしていた。
「「それはもういいからっ」」
俺とフェルトで上から被せるように潰す。
「はい……」
台詞のツープラトン攻撃にトモさんあえなく撃沈。
ちょっと変則のタッグだったけど、たまにはいいだろう。
「それにしても、この方たちは異国の重鎮同士なんですよね」
「まあ、元は全員そうかな。
オルソ侯爵の国は併合されたから2人は同じ国だけど」
「随分と仲が良さそうに見えますが」
フェルトの中ではヒューマンの国はもっと緊張感があるイメージのようだ。
「友好国だからね」
その一言で──
「なるほど」
あっさり納得したので、思い込みが激しい訳ではないようだ。
「それよりも俺は、こっちのクラウド王が面白いと思う」
復活したトモさんがクラウド王の姿を指差す。
「この人、ずっと食べ続けていますね」
「このオッサンはうちに来るとこんな感じだな」
「オッサンって……」
「アハハハハ、友好国とはいえ一国の王様をオッサン呼ばわりとはね」
フェルトが戸惑い、トモさんが笑い転げる。
いや、本当に転がっている訳じゃないけどさ。
「さすがはハルさんだよ」
「そんなこと言われてもなぁ」
そうとしか思えないのだ。
「食べ過ぎて引っ繰り返ったことがあるのに食べるのがやめられないんだぞ」
「よくそれで太りませんね」
呆れるフェルト。
「フードファイターだったりして」
楽しそうに笑うトモさん。
だけど、フードファイターなんて単語を皆は知っているだろうか。
『うちの国民でも全員は無理だよなー』
そんな風に思っていたら──
[フードファイターに解説のテロップ入れます]
なんてカンペが出た。
『やるな、スタッフ』
まるで戦いの最中に成長する主人公キャラのようだ。
「うちに来た時だけみたいだから大丈夫だろ」
とりあえず自分たちの話の方に集中しておく。
「しょっちゅう来ているなら話は別だが、普段は節制してるだろ」
「「あー、そういう……」」
そして2人には妙にあっさり納得されてしまった。
スタッフたちも頷いている。
それだけ、ミズホ国の飯は旨いってことなんだろうけど。
「ハルさんの御飯は特に旨いからね。
クセになる味というか、病みつきになる感じかな」
「そうですね」
「そこまでかい?」
どうにも納得しづらいんだけど。
「ハルさんが、そこまで料理上手とは知らなかったよ」
「【料理】スキルがあるからだろうけど、そこまでかな?」
熟練度はカンストしてるけど一般スキルだし。
あんまり鍛える気がないから上位スキルが生えてくる気配もない。
「そこまでだね」
「そうです、陛下は御自身の料理の腕前を過小評価しすぎです」
トモさんはともかく、フェルトは何やらヒートアップし始めている。
なんだか地雷を踏み抜いてしまった模様。
「あー、落ち着け落ち着くのだ、司会者よ」
何とかなだめようと思ったら変な口調になった。
「ブフッ」
そしたら変なツボにはまったらしく、トモさんが吹き出した。
「プッ」
連鎖してフェルトも吹き出す。
「「アハハハハハハハハハハハッ」」
しまいには夫婦でそろって笑い出すし。
「えー……」
どうして笑われるのか、いまいち理解できないんですけど。
「君たち、このままだと放送事故だぞ」
司会者とアシスタントが笑い続けるだけとか、どんな番組だ。
「「あっ」」
2人は一瞬で笑いの世界から戻ってきたけどさ。
[大丈夫です]
カンペでスタッフがフォローを入れてくる。
『何処が大丈夫なんだよ』
ツッコミどころ満載だろうに。
[上手い具合に追いかけっこのシーンを入れました]
『クラウドとダニエルのあれか』
どうやらいつでも差し込めるようにしてあったらしい。
番組の構成が謎だ。
どんな風に放送されているのだろうか。
録画してあるから、あとで見るつもりだったけど見るのが怖くなってきた。
とりあえず今は考えないことにする。
現実逃避であり問題の先送りだが、どうせ今は番組を真の意味では視聴できないのだ。
皆も見ているであろう編集後のVTRだけは見られるがね。
俺たちの様子はスタジオでは見られないように徹底されているらしい。
放送波の受信さえできないもんな。
スマホを使って視聴されないように対策したに違いない。
『そこまで徹底するか』
まあ、視聴したことで俺たちが畏縮してしまうことを恐れたのかもね。
見ることができないなら仕方がない。
ならば目の前の生放送出演というリアルに集中するのみだ。
その後もプレオープンのダイジェスト映像が流れる。
が、そうそう面白いことはない。
王太子ストームの謎めいた単独行動が風変わりではあったけど。
それでも抜群に面白いかと言われると、微妙なところだ。
レイナやアニスあたりだとドン引きものだと思う。
そういう意味では、エーベネラント王国のフェーダ姫は大物である。
多少の変な人っぷりを見せられても婚約を破棄することもないのだから。
『まあ、悪い人間じゃないからな』
そこは大事だ。
もしもDV野郎だったら、結婚したあとが大変である。
まあ、そういうのを嗅ぎ分けるのが天才的なフェーダ姫が見極めをしくじるはずもない。
『色々あったからな』
そのあたりはプレオープンの映像には出てこないけど。
続いて当日の映像リターンズって感じで番組は進んでいく。
カメラ目線でベリルママがVサインをしているところから始まった。
それも俺の知らぬ間にである。
ずっと一緒だったのに、こんなお茶目なことをしているとは気付かなかった。
「いつの間に……」
そう言ってしまうくらい皆の視線が外れている。
これでは誰も気付いていないだろう。
絶妙な位置に自動人形がいたというのもある。
わざわざ視線を向けるはずもない場所だ。
ガン見されているなら皆も視線を向けたかもしれないが、相手は自動人形。
それも斥候用だから監視対象に気付かれないような対策は施してある。
ベリルママ相手では、それも無意味だったけど。
「本当だね。絶妙なタイミングだ」
「さすがはベリル様ですね」
トモさんとフェルトも感心している。
そりゃあルベルスの世界で唯一の神様だからね。
「陛下も気付かれていないタイミングでこんなことをされているなんて」
それだけでネタになるとは天然なだけではない母親である。
「これはもう忍者と言ってもいいんじゃないかな」
トモさんが、そんなことを言い出した。
忍者級のスゴ技だとは思うが、神様を忍者呼ばわりするのはどうかと思う。
『いや、ベリルママだと喜ぶか?』
あり得る話だ。
ベリルママは褒められていると思うだろうし。
特に俺が忍者みたいだとか言ったらノリノリで受け入れると思う。
場合によってはコスプレまでしてくるだろう。
『……………』
それはそれで見たい気もするけどね。
言えば喜んでコスプレしてくれそうだけど自重すべきだろう。
ルディア様たちが巻き添えになりそうだし。
ラソル様とかアフさんは喜んで付き合うだろうけど。
ルディア様とフェム様は強い抵抗を感じるんじゃなかろうか。
おそらくはミニスカ系のくノ一コスプレになるだろうからね。
根拠はないが、そんな気がするのだ。
『あとで色々と苦情を言われそうだよな』
そのせいで罪悪感の海に引きずり込まれることになるのは勘弁願いたいところだ。
読んでくれてありがとう。