1099 放送されてますよ?
生放送なんて聞いてない。
「それは、もっと慣れてからの予定だったじゃないか」
「予定は未定ということだよ、ハルさん」
トモさんが不敵な笑みを浮かべている。
してやったりと言わんばかりである。
そりゃそうだろう。
俺が最後の最後まで気付かなかったのだから。
今頃になって数日前からのスタッフの慌ただしさの理由に気が付いた。
生放送に対応するために特訓していた訳だ。
それでも走り回るのは謎だけど。
何にせよ、ものの見事にはめられてしまった訳だ。
俺の頭の中では「君の生まれの不幸を呪うがいい」の台詞がリフレインしていた。
本家の三毛田さんバージョンと、トモさんバージョンが交互である。
「謀ったな、トモさんっ」
俺には台詞ネタで対抗するしかできない。
グランダムで敵が裏切られる有名なシーンなのでトモさんなら分かるかもしれん。
一応【発音】と【朗読】のスキルがあるので、それっぽくは言えたと思う。
「君の父上がいけないのだよ?」
途中までは『さすが、トモさん』と思ったのだが。
「どうして疑問形なんだよ」
「えっと、違った時の保険?」
「正解だから保険なんて必要ないよ」
「おおっ、やたっ」
小さくガッツポーズなんかしているし。
「ハルさんの切り返しもやるものだね」
実に楽しそうである。
俺は自棄クソで言っただけなんだが。
「転んでもただでは起きないんだからさ」
そして感心することしきり。
座布団1枚とか言われそうな気がしてきた。
「転んだんじゃなくて、はめられたんだけど」
「そうとも言う」
「そうとしか言わないよ」
ブスッとした顔で言い返すと──
「アッハッハ」
またしても笑われてしまった。
「申し訳ありません」
フェルトが謝ってくる。
『どんな状況だよ、これ』
俺はブスッとしてるし。
トモさんは声を出して笑っている。
そして頭を下げるフェルト。
『カオスにも程があるだろう』
その上、しゃがんでいるスタッフの方を見るとスケッチブックが掲げられていた。
いわゆるカンペというやつだ。
[既に本番中です]
その一文を見た瞬間に背筋が凍り付く思いをした。
「マジでっ!?」
俺の声に気付いたトモさんたちが、そちらを見る。
「あ……」
フェルトが固まった。
頭の中が真っ白になっているかもしれないようなフリーズっぷりだ。
トモさんも一瞬だが、固まっていた。
「ぬわにぃーっ!?」
岩塚群青さんの物真似で誤魔化しているところを見ると本気で驚いたようだ。
『気付いていなかったのか』
そういや放送時間になっていた。
スクリーンには秋祭りの様子が映し出されている。
始まって数分といったところか。
「謀ったな、スタッフッ」
トモさんまで台詞ネタを使ってきた。
似ている訳じゃないけど、臨場感が違う。
雰囲気は俺の何倍も出ていた。
『さすがはプロの声優』
などと感心している場合ではない。
「だから本番中だって。
台詞ネタなんて、どれだけの国民が分かるんだよ」
思わずツッコミを入れたさ。
そしたら、しゃがんでいたスタッフがスケッチブックに何か書き込んだ。
[字幕でフォローします]
その字を見た途端にトモさんがニヤリと笑った。
「フハハハハ、うちのスタッフは優秀だね。
頑張って特訓した甲斐があったというものだよ」
フォローされると分かった途端にフリーダムな一面を覗かせる。
「この調子でガンガン行こー」
頭が痛くなりそうなことを言ってくれる。
『これ、アカンやつじゃないか?』
どんな発言が出てくるか、トモさんのみぞ知るってところだ。
「とりあえず番組が始まってるので、まずは秋祭りの様子を見ませんか?」
フェルトが軌道修正してきた。
正直、ありがたい提案だ。
このままトモさんに進行を任せたらカオスな状況になりかねない。
「じゃあ、見る」
トモさんが止まった。
どうやら事前に取り決めがあるようだ。
放送中、トモさんはフェルトの指示に従うことを決めているみたい。
端的に言うならフェルトが司会者ってことのようだ。
最初はトモさんがやるのだと思っていたんだが。
トモさんはアシスタント的なポジションみたい。
『で、俺がゲストなのか』
既にグダグダな放送内容になっている気がするのだが。
どういう風に番組を制御するつもりだろうか。
普通、こういう形式の番組って録画して編集するものだと思うんだけど。
スタジオの面子が途中で切り替わったり。
あるいは画面の端の方に映したり。
臨機応変に対応するのは至難の業だと思うのだが。
しかも、俺たちに提供されるのは秋祭りの様子にナレーションを当てたもの。
それだけだ。
故にセットの中にいる俺たちには自分たちの状態が分からない。
既にロクでもない醜態をさらしている気もするのだが。
どのタイミングで番組が始まったかも分からないし。
『それを考えると恐ろしいな』
もしかすると、スタジオ入りした時には既に始まっていたかもしれないし。
だとしたらグダグダどころの話じゃない。
これを面白おかしくイジれるだけの技量がスタッフにあれば、まだ助かるんだけど。
初放送で色々と手探り状態だったことを考えると厳しいものがある。
それでもスタッフの奮闘に期待するしかなかった。
「では、ここで秋祭りの前に行われたプレオープンの模様を御覧いただきましょう」
フェルトがカンペを見ながら番組を進行させる。
『プレオープンの様子も放送するのか』
これも初耳だが、これはこれで面白いとも思った。
ゲームの説明のため既に配信した映像もあるけれど。
が、あれはあくまで説明のために編集したものだ。
楽しませるために再編集したものとは臨場感や面白さが格段に違う。
アデルが心底悔しがるところなんて説明動画として配信した方には入ってないからね。
「これは本当に悔しそうですね」
ダンダンと地団駄を踏むアデルの姿を見てフェルトがコメントする。
『あれはモグラ叩きの結果発表の時の映像だな』
途中まで接戦だったはずが、終盤で差を広げられて負けた勝負だ。
姉にたしなめられていたのと対戦相手であるヴァンが落ち着いていたので印象的だった。
「未だに思うんだけど、地団駄を踏む人が本当にいるなんてね」
続いてトモさんが信じ難いとばかりにコメントした。
俺も気持ちは分かる。
日本にいた頃には見かけることがなかったからな。
役所に勤めていた頃にゴミ箱を蹴っ飛ばす来庁者なら見たことあるけど。
警備員に連行されるほどの大騒ぎをして、最終的には通報された。
で、器物破損と傷害で逮捕。
公務執行妨害でおかわりまでするという強烈なオバさんだった。
『それを思えば、地団駄なんて可愛いもんだ』
「俺もこっちに来てから見るようになったかな」
ゲストが喋らないのも変だろうし、コメントする。
トモさんをフォローする形になったのは元日本人同士として感覚が近いからだろう。
西方人、というよりルベルスの住人からすると地団駄を踏むのは変でもないみたい。
しょっちゅう目にするものでもないけどね。
現にフェルトも俺の言葉を受けて小首を傾げているくらいだもんな。
「ああ、やっぱりそうなんだ」
トモさんは俺とフェルトを見比べて安堵していた。
「日本じゃ、みっともないと思われるだろうしな」
そう言うと、フェルトも頷いていた。
スクリーンでは再び流れた地団駄のシーンにテロップが載せられていた。
[悔しがる気持ちは分かります]
やけに同情的だなと思ったのだが。
悔しい顔をしているアデルの顔のアップで静止画になると、別のテロップに変わった。
[ですが、マナーは守りましょう]
指導的なコメントを入れてくるとは予想外だったが。
他国の人間を使っているしな。
『まあ、見られる訳じゃないから問題ないんだろうけどさ』
バレなきゃいいってもんでもないだろうに。
ちょっとモヤッとしたが、啓発的な指導だからやむなしということにする。
これが茶化した感じで笑いを誘うような感じだったら後で注意することになったはずだ。
その後もヴァン対アデルの勝負が取り上げられていたが、流す感じで終わる。
実にあっさりで、さっきのテロップを流すのが主目的だと明確に分かるくらいだった。
「決着がつきましたね」
「この女騎士はクンフ……修行が足りないな」
「だから小ネタを挟もうとしても分かる面子はほとんどいないって」
「ハッハッハ」
俺たちのコメントもこの程度である。
そこから土産物を見て回るシーンになった。
「漆器の受けがいいですね」
「そうだね、これほどとは予想外だ。
西方では珍しいんだろうとは思っていたけど」
トモさん夫婦が俺の方を見た。
「「どう思われますか、陛下」」
「トモさんに陛下と言われると、違和感しかないよ」
「あっ、うん、俺も言ってて変な感じだった」
2人で誤魔化すような感じでハハハと笑う。
妙に照れ臭い感じがするものだ。
「あの、これ生放送なんですけど」
「そうでした、ごめんなさい」
ペコリと頭を下げて謝る。
フェルトとカメラ担当の自動人形のどちらに頭を下げるか迷いかけたけどな。
『迷うくらいなら両方だ』
てな訳で、頭を下げるのは2回になってしまった。
「「「「「っ!!」」」」」
スタジオの後ろに下がっているスタッフが慌てている。
「おいおい、ハルさん。
一国の王がほとんどの国民が見ている前で頭を下げるのはどうかと思うよ」
「いいよ、別に気にしてないから。
国民以外が見ているなら気にするけどね」
さすがに他国の人間も見ているなら国王としての体面も考えないといけないだろう。
「平常運転だね」
「俺は何時だって平常運転さ」
うそぶいておく。
何時だってというのは言いすぎだと思うけどな。
そのあたりはトモさん夫婦にもバレている。
ツッコミが入るかと思ったが、スルーされた。
密かに待っていたので、ちょっとガックリきたのは内緒である。
読んでくれてありがとう。