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1098 ハルト、呼び出しを受ける

 自分で最初から最後まで物作りを達成すると自信につながるらしい。

 たとえそれがキット品でもね。


 てれらじを完成させた翌日から受講した者たちに変化があった。


 え? 何故そんなことがすぐに分かったのかって?

 学校で受ける授業の傾向が変わったという報告があったからだよ。

 律儀にも自己申告でね。


 皆が苦手と言っていた授業を積極的に受けるようになったのだ。

 工作が苦手と言っていた女性陣が工作系を。

 ドワーフ組は術式関係を。


 面白い変化であると言えよう。

 それ以上に皆がやる気を見せてくれたことが嬉しかった。

 更なる成長を見る日も遠くなさそうだ。


 あ、ローズとシヅカに手伝ってもらった実験は失敗に終わったと思われる。

 ローズがそばにいるだけで【教導】スキルが効果を発揮するかどうかというやつね。


 思われるというのは明確な結果が出なかったというだけのことだ。

 ローズの見守る班が目に見えて作業効率を上げたりしていれば話は別だったんだけど。


 工作技術なんて個人差を考えないといけないからね。

 仮に差があったとしても誤差範囲だったってことだ。


『見守るだけで【教導】の効果が出るなら苦労はしないよな』


 やはり、授業の補助くらいはしないといけなかったのだろう。

 何事もそうそう都合の良い方へ進むものではない。

 それが分かっただけでも収穫と言える。


 ただ、事前にそれが判明していても試すことはできなかったがね。

 戦闘訓練と違って物作りはローズさんの守備範囲外である。

 本人にやる気がないんじゃ、しょうがない。


 それでも色々と収穫があった。

 これ以上を望むのは贅沢というものだ。

 だから、俺は充分に満足している。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □


 その後の数日は特に何もなかった。

 初放送の日が近づくにつれて、放送局のメンバーが色々と忙しくしていたが。


 局内を走り回っているのが特に印象的だった。

 廊下でぶつからないように壁走りや天井走りまでして行き違ったりするくらいだからな。


 B級Ninja映画のノリ全開で走らなきゃならんとは……


『何がそこまで忙しいんだ?』


 サッパリな感じで見当もつかない。

 初放送の準備は既に終わっているはずだが。

 トラブルという雰囲気もないし訳が分からない。


 そういう時は事情を知ってそうな人に聞くべきだろう。


 とはいえ走り回っている面子の邪魔をするのは気が引ける。

 故に話を聞くなら他の人員ということになるだろう。


「なあ、トモさん」


「なんだい、ハルさん?」


「彼らは何を走り回っているんだ?」


「放送当日は何があるか分からないから対応するための訓練だって」


「訓練は分かったけど、走り回るのは何故?」


「そこは俺にも分からない」


 かといって走り回っている面々に話を聞くのは勘弁願いたい。

 元々、忙しそうにしているから遠慮していたけど。

 それ以上に声が掛けづらい理由があったのだ。


『皆、顔が怖いよ』


 もうちょっとで殺気立つんじゃないかってくらい必死の形相。

 少しでも邪魔しようものなら噛みつかれるかと思ったくらいだ。


 そんな訳で声は掛けられなかった。

 翌日もそんな感じ。

 本当に噛みつかれることはなかっただろうけどね。


 まあ、忙しそうにしていたのは事実だし暇になってから聞けばいい。

 この時はそんな風に思っていた。


『まさか、あんなことになるとは思ってなかったんだよなぁ』


 そうして放送当日を迎えたのだが。

 俺は自室のテレビの前でくつろいで……いられなかった。


 夕食後にトモさんから電話がかかってきたのである。


『もしもし、ハルさん?』


「どうしたのさ?」


 そろそろ放送が始まるだろうって時間だ。


『至急、放送局に来てもらえるかい』


「は? どゆこと?」


 事情の説明もなく「至急」と言われても、何がなにやらサッパリだ。


『時間がないから急いでね』


 そこでブツッと通話が切れた。


「あっ、ちょっと!

 もしもしっ、トモさん!?」


 無情の不通音がツーツーと耳の奥で木霊する。


 簡単でいいから何が起きているのかくらい教えてくれてもいいだろうに。

 そうは思ったが、通話が切れたんじゃ聞くことはできない。


 しかも急ぐように言われているから電話を掛け直すのも良くないだろう。

 そんな訳で転送魔法で駆けつけた。


「やあ、待っていたよ」


 呼ばれたからトモさんの前に跳んできたんだが……


「スタジオの前だよね」


「そうだね」


 素っ気ない感じの返事だが、トモさんは楽しそうだ。

 傍らにいるフェルトは申し訳なさそうにしているのだけど。


 なんだか嫌な予感がしてきた。

 スタジオに入るドアの小窓から中の明かりが漏れてきている。


「中が明るいようだけど」


 目の前にトモさんたちがいるので小窓から中の様子を覗き込むことはできないが。


「そろそろ放送開始の時間だからね」


 それでも放送局のメンバーが中で走り回っているのが気配で分かる。

 【天眼・遠見】を使えば、何をしているのかは一目瞭然なんだろうが……


 どうにも踏ん切りがつかない。

 嫌な予感がブレーキをかけるのだ。


 見ないと意地を張ることが無意味であることも分かっちゃいる。

 単に先延ばししたいだけだ。


 まあ、急ぎで呼び出されたからには時間稼ぎしたところで意味はないのだろうけど。


「そういう訳で──」


 トモさんがそう言い始めるのが合図であったらしい。

 夫婦でササッと俺の両サイドに回り込んでくる。

 そしてガッチリと腕を抱え込まれてしまった。


『ええーっ』


 フェルトさんも割と大きい方なので、そんなことをされると困るのですよ?

 感触的には、ふにゅんとして至高の感触なんですが。


『あー、やらかい』


 などと一瞬だけ思ってしまった。


『いかん、いかん、友達の奥さんなんだから』


 とはいえ力ずくで逃れようとすると至高の感触を余計に味わうことになる。

 とりあえず接触部分の感触が伝わらないように結界を挟んでおく。

 如何に押し付けられようと結界が触角を遮断する訳だ。


「何をするのかな?」


 その上でフェルトに問うた。

 トモさんに聞いても、はぐらかされそうだからね。


「申し訳ありません」


 フェルトが軽く頭を下げた。

 そのわずかな動きで彼女の胸元が弾力を感じさせる潰れ方をした。

 感触が伝わる状態だったら冷静でいられたか自信がない。


「陛下を逃がさないようにするためだそうです」


「逃げないから解放してくれと言ってもダメなんだよな」


「はい、申し訳ありません」


 溜め息が出てしまう。


「こういうの、俺の奥さんたちに知られると面倒なんだけど」


 矛先がすべて俺の方へ向いてしまうことも含めてね。

 力ずくでない方法で脱出することも見当したくなるくらいだ。


 ぶっちゃけ転送魔法を使えばいい。

 俺だけで跳べば抜け出せる。


 が、逃げると大変なことになりそうな気がするのだ。

 呼ばれた理由が未だに不明だし。

 迂闊に逃げ出してトラブルの対応が遅れると困る。


 皆で解決できないほどの何かが発生しているなら、解決せず逃走する訳にはいかない。

 放送初日に放送できませんでしたなんてことになるのだけは回避せねば!


『けど、変だな?』


 なんというか違和感がある。

 トラブっているならもっと鬼気迫る感じの雰囲気になっていてもおかしくないはずだ。


 そういうものが、まったく感じられない。

 スタジオ内の気配は緊張感に包まれてはいるが、それだけだ。

 絶体絶命的な空気がない。


 それはトモさん夫婦も同じだ。

 俺のことは絶対に逃すまいとはしているけど。


 助けてください的な感じじゃなくて、客引きのそれである。

 それも質の悪いやつ。

 両腕を抱え込まれて引きずり込まれようとしているからね。


 これで引き込まれる場所がスタジオでなく何かの店だったら……


『ぼったくられそうだよな』


 まあ、フェルトが申し訳なさそうにしているので悪質な感じはしないけど。


『ただなぁ……』


 フェルトも確実に隠し事をしている。

 隠しきれないワクワク感のようなものをチラチラと見え隠れさせてるし。


「2人とも何を企んでいるのかな?」


 俺の問いにフェルトは気まずそうに視線をそらした。

 トモさんはニコニコしているし。

 あまりにも不自然だ。


『あれは絶対に何か目論んでる』


 もはや脱出不能だけどな。

 しょうがないので大人しく連行されたさ。


 気分は何かやらかした容疑者である。

 何も疾しいことはしてないけどな。


 で、放送局のスタジオに入ったんだが。


「おいおい、今から撮影するのかい?」


 スタッフの配置状況から察するにそうとしか思えなかったのだ。

 スタジオで今日の放送内容を視聴しつつ対談したりインタビューを受けたり。


 それを後日、放送する。

 そういう風に見受けられた。


『考えたものだ』


 おそらくトモさんの入れ知恵だろう。


「だからってサプライズで呼び出ししなくても──」


「撮影じゃないよ」


 俺の言葉を途中で遮るようにトモさんが言ってきた。

 困惑したまま某部屋的なセットに上げられ──


「さあさあ、そこのソファーに座って」


 強制的に座らされた。

 俺が座ったのはL字型に配置されたソファーのゲスト側ポジションだ。

 司会者ポジションにトモさん夫婦が座る。


 セット外にスクリーンが設置されているから、これで今日の放送を見るってことだろう。

 そして撮影ポジションについている自動人形たち。


「どう見ても撮影するようにしか見えないんだけど」


「甘いよ、ハルさん。

 溶けきらないほど砂糖をぶち込んだお汁粉よりも甘いよ」


 大事なことでもなさそうなのに2回も甘いと言われましたよ。

 ディスられ方が不健康な感じである。


「嫌な甘さだね」


 口の中がジャリジャリしそうだ。


「とにかく撮影じゃないなら何なのさ?」


 このタイミングでリハーサルなんてことはないだろうし。


「生放送に決まっているじゃないか」


「なんですとぉ─────っ!?」


 青天の霹靂であった。


読んでくれてありがとう。

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