1095 ベルの質問
てれらじのチェックは続く。
「続いて動画再生モードのチェック、いくぞー」
「「「「「はーい」」」」」
皆が返事をしてモード切替をしたのを確認。
「よーし、じゃあ手を出してくれ。
これから動画再生で使うMVカードを配布する」
配布方法が転送魔法なのは言うまでもない。
皆もそれを察してくれたようで、手を出してくれた。
「いくぞー」
声掛けしてから転送すれば、過剰な反応はなかった。
ビクッとした者も多少はいたようだけど。
それでも、かなり慣れてきたと言えるのではないだろうか。
こうして新規国民組もミズホ国の常識に馴染んでいく訳だ。
「受け取ったら側面のカードスリットに差し込む」
耳慣れない単語混じりの指示だったと思うが、特に迷った様子は見られない。
『各部の名称は午前中の授業で軽く説明しただけなのにな』
皆の適応力も高そうだ。
「画面の表示が切り替わってない者は?」
MVカードを差し込んだ時点で画面が切り替わらないなら動作不良だ。
サンプル動画をいくつか入れてあるので、それらがサムネイル表示されるはず。
が、異常を訴える者はいない。
「正常動作をしているなら画面上では小さな絵が幾つも並んでいるはずだ」
コクコクと頷く者が多い。
頷かなかった面子も否定的な反応は見せなかった。
「左上から横に3個目の絵をタップしてくれ」
この指示にも迷いを見せる者はいない。
スマホで慣れたからだろう。
まだまだ使い始めて間もない面子もいるけどさ。
「そしたら再生が始まったと思う。
動画が再生できない者はいるか?」
返事なし。
これも大丈夫そう。
「確認できたら再生を一時停止させて右上の×印をタップだ」
スピーカーから漏れ聞こえていた音声が止まった。
正しい動作をしているようで何より。
今のところはミスらずに作れているようだ。
「動作に違和感を感じるとかもないな?」
念のために確認してみたが、やはり返事はない。
ただ、静かに手を挙げる者が1人いた。
ベルである。
「おー、何か問題あったか?」
動画再生モードは他のモードと違ってタップ操作を行うからな。
術式の記述に失敗していても気付きにくかったりする。
「いえ、そうではありません」
ベルの返答は不具合に関連するものではなかったようだ。
だとすると疑問が湧いたか、意見があるかのいずれかだな。
「質問か?」
何となくだが、こちらのような気がしたので聞いてみた。
「はい」
正解だったようだ。
「この大きさだと少し離れた場所に置いて見るのが最適かと思うのですが」
「あー、それな。
ベルの言う通りだ」
てれらじの画面はそこそこ大きい。
テレビとしては小さい部類だが、タブレット端末よりは確実に大きい。
少し離れて見ることを想定しているからだ。
手元で見ることも可能なギリギリの大きさだけどね。
ただし、その場合は眼精疲労を起こしやすくなると思う。
「最良の距離に置くことを想定した場合のことを考えたのです」
どうやら本命の質問は、まだだったようだ。
『これは完全に気付いているな』
「この場合、手を伸ばすだけでは操作できないのではないでしょうか?」
ベルは画面の大きさから最適な視聴距離を割り出したみたい。
さすがと言うべきだろう。
伊達に年は食っちゃいないってね。
ドワーフたちもウンウン頷いているので年齢は関係ないかもだが。
「それが不便だと言いたいんだな」
「はい、申し訳ありません」
何を言うのかと思ったさ。
「謝る必要は何処にもないぞ」
「ですが、授業を止めてしまいましたし」
「止めてはいないな」
キッパリ言い切ると意外なことを聞いたという顔をされた。
「よくぞ質問してくれたと言いたいね」
「はあ……」
ベルにしては珍しい生返事だった。
「先程も言ったが、疑問や意見はドンドン言ってくれ」
俺がそう声を掛けただけで、すぐに復活してたけど。
「ありがとうございます」
笑顔で礼まで言ってくる。
なかなか愛嬌があるというか魅了効果のありそうな笑みだった。
子供なんかはイチコロな感じで懐いてしまうんじゃなかろうか。
横にいるナタリーをチラ見した。
澄まし顔だが、微妙にニヤけていて誇らしげにしているのが丸わかりだ。
おそらく見たことはバレただろうが、気にしない。
目線が合って話をすることにならなきゃいいのだ。
もし、そうなっていたらナタリーの話が長くなっていたであろうことは想像に難くない。
『ひとことで言えば、お婆ちゃん子だからな』
俺が少し褒めただけで何気に誇らしげだったくらいだ。
ナタリー自身を褒めても、ドヤ顔にならないだろうから間違いあるまい。
「さて、質問に答えていなかったな」
「そう言えば」
ベルと苦笑し合う。
「解決方法は2種類ある」
俺がそう言うと──
「「「「「おおーっ」」」」」
ベルではなく皆が驚いていた。
解決方法がないとは思っていなかっただろうが、複数あるのは想定外のようだ。
「ひとつは最適な視聴距離を手元側に寄せる方法だ。
これは既に組み込まれているから、すぐにでも試せる」
既に解決済みとは更に想定外だったらしい。
授業を受けている面子のうち、ほとんどの者が呆気にとられていた。
例外も1人だけいたけど。
「ああ、本当だね」
俺の言葉をヒントにササッと答えを導き出し、画面操作していた。
「この方法があったかー」
などと感心しているトモさんが、その例外の1人だ。
生徒たちの視線を一斉に浴びているのにマイペースである。
てれらじの画面を見るために俯いていた顔が前を向いた。
「ぬわにぃっ!?」
気配で感付いていたのに、わざとらしく驚いている。
岩塚群青さんの物真似ネタを使いたかっただけだろう。
「誰の物真似かを理解しているのは俺とフェルトくらいなものだよ」
何度も使う物真似ネタはフェルトも誰の真似なのか分かるようになってきた。
トモさんの好みとか知りたいがために色々と研究や取材しているみたいだからね。
「おのぉれぇーっ」
懲りずに尾安尊人さんの物真似を入れてくるし。
まさか連鎖させてくるとは思わなかったさ。
「はいはい」
適当にあしらって、皆にトモさんが実行した方法を説明する。
ガックリしているトモさんの姿が視界の片隅にあったがスルーした。
「ものを摘まむ時の指の形を少し開き気味にして──」
説明用に出した、てれらじの画面に接触させる。
「画面に指をつけたまま摘まむ動きをして画面から指を離す」
ピンチインの操作で再生中の動画が縮小された。
「「「「「おお─────っ」」」」」
「限度はあるが任意の大きさに縮小できる」
再びピンチインしていく。
ただし、今度は少しずつ動きを止めながらだ。
「元に戻したい時は逆の動作をすると拡大できる」
広げてピンチアウトしていくことで元の大きさに戻した。
「この方法なら手元で見やすいサイズにできるって訳だ」
映像が縮小されてしまうため細かなものが見づらくなるのが欠点と言える。
「これがひとつ目の方法だ」
皆も一通り試し始める。
確認した上で、やはりベルが聞いてきた。
「残りの方法はどのようなものなのでしょうか?」
「もうひとつは午後からの実習に関連するものだ」
「と言いますと?」
ベルが首を傾げた。
実習という単語で何かを作るということだけは分かったはずだ。
その先が思いつかないのだろう。
知らないものを想像するのはベルをしても容易ではない。
トモさんは──
「ああ」
と呟きながら小さく頷いていたので気付いているのは明白。
まあ、知っている者が圧倒的に有利な問題だ。
クイズにしたつもりはないけどな。
「そういう時のためのオプションを用意してあるんだよ」
「オプションですか?」
「任意で後から追加する装備や部品のことだ」
「その様なものがあったのですか」
「リモートコントローラー、略してリモコンだ」
「「「「「おおーっ」」」」」
皆、一様に感心していた。
細かく説明しなくても、どういう代物か理解したらしい。
話の流れに加えて正式名称を言ったのだから当然か。
「ちなみにこれもキットだから」
「「「「「おおっ!」」」」」
驚きの声を上げる一同。
既にキットが用意されている=事前に準備されている、ということだ。
そこまで準備されているとは思わなかったのだろう。
それを証明するようにベルが感心していた。
「そこまで考えておられたのですね」
この様子だと、てれらじのキットを用意した時点でリモコンもあったと思ってそうだ。
『そうでもないんだよなぁ』
リモコンも必要かなとは思っていたけどね。
作ったのは昼休憩の時だ。
もちろん【多重思考】で、もう1人の俺を何人も呼び出したのは言うまでもない。
え? スマホにアプリを組み込めばリモコンなんて必要ないだろって?
そうだね。
だけど、物事には段階ってものも必要な時があると思うのだよ。
道具としてだけを見て要不要を判断すべきことじゃない。
これは物作りのトレーニングなんだ。
問題視すべきは製作難易度だろう。
リモコンは全部のパーツが小さいから、てれらじよりも難易度が上がる。
できれば同等くらいにしたかったんだけどね。
手先の器用なドワーフたちには差を感じないだろうけど。
むしろ術式の記述が簡単すぎると思われそうだ。
女性陣とは差が出そうで頭の痛い話である。
痛し痒しというか、ままならない。
だが、これで進めると決めたので何食わぬ顔をしておく。
迷いを外に出しても皆を動揺させるだけだ。
読んでくれてありがとう。