1094 休憩時間は終わりました
串カツをソースに漬けようとしたローズがピタッと止まった。
「くぅくくー」
なんでさー、と御立腹だけどね。
念のために理力魔法でソース入れにフタをしておく。
他の皆も分かってないみたいだし。
今は俺が大きな声で制止したことで驚いて止まっているけど。
なんだろう? って感じで俺の次の言葉を待っている。
場合によっては待ちきれずに串カツをソース入れに突撃させかねない。
「このソース入れは共用で使うからな。
齧った串カツは漬けてはいけません」
二度漬けだけが禁止事項ではないのだ。
むしろ、それが二度漬け禁止の理由である。
「くくっ!」
ああっ! と自分が何をしでかすところだったか気付いてショックを受けるローズ。
「くっくぅ」
ごめーん、とすぐに謝ってきた。
「分かればいいんだ。
そんな訳で食べてない状態のものを漬けてくれ」
シヅカたちにも呼びかける。
「相分かった」
「ゴロゴロ」
「マリカもー」
みんな2本目の串カツを手に取り順番に串カツをソースに潜らせていく。
もちろん、2本目も肉だ。
シーダは尻尾を使って器用に串カツをソースに潜らせ食べていた。
シーザーの尻尾が伸びるとは知らなかった。
まあ、限度はあると思うが。
もっと驚かされたのは、串を器用に掴めることだ。
まるで象の鼻である。
「旨いか?」
至福の表情で食べているのを見れば聞くまでもないのだが。
皆、つい聞いてしまうほど無言でひたすら咀嚼していた。
串までしゃぶり尽くすんじゃなかろうかと思ったほどだ。
「これは美味よ、絶品よ」
シヅカが絶賛する。
『そこまでか?』
俺なんかは普通だと思うのだが。
「衣につけた味がソースを引き込む役割を果たしておる。
しっかりした味付けなのに、くどさは微塵も感じられぬわ」
何やらグルメレポーターのようなことを言い出したシヅカさんである。
『確かに、そういうのは狙ったけどさ』
「主はこれに気付かせるために最初はソースを出さなかったのじゃな」
何かシヅカが誤解している。
「いや、マリカにはシャーベットソースを出しただろ」
「おいしかったのー」
マリカがバンザイをするように両拳を突き上げる。
体全体でアピールしたくなるくらい、美味しかったようだ。
「すまんな、シャーベットソースはあれっきりだ」
そこまで受けると分かっていたら、もっと作ったのだが。
「堪能できたからいいのー」
健気なことである。
「良いかの?」
そういやシヅカの話をぶった切る形になっていた。
「おお、スマン」
「気付かせるためでなければ、どういうことじゃ?」
「単にソースのない状態の味を知ってもらいたかっただけだ」
シヅカがガクッと軽くズッコケた。
『小技も覚えてきたなぁ』
召喚直後は世俗にまるで染まっていなかったとは思えないほどだ。
まあ、長らく封印されていた反動とかあるのだろう。
それに奥さん同士で情報交換とか密にやっているみたいだし。
仲良きことは良きことかなってね。
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昼休憩も終わり、俺たちは体育館に戻ってきた。
もちろん転送魔法で。
別の場所に跳んでワンクッション置くことも考えたけどね。
新規国民組がどれくらい馴染んでくれたかを確認するために直接行きました。
少し早めだったこともあって人は、ほとんどいませんでしたとさ。
目論見は脆くも崩れさった訳だ。
自分たちが転送される空間だけ確保するように確認して跳んだのが裏目に出た。
皆の反応を新鮮な目で確かめたいと制限をかけなければね……
「体育館よ、私は帰ってきた!」
ちょっと悔しかったこともあって思わず口走っていた。
「帰ってきたよー」
「ゴロゴロ」
俺の台詞にマリカとシーダのテンションが上がってしまったらしい。
ダダダダダーッと壁沿いに走り始めた。
「主よ、大袈裟じゃ」
シヅカには嘆息しながら呆れた目で見られてしまったさ。
「くーくー」
頷きながら、それに同意するローズ。
グランダムネタは、うちの守護者組には理解されませんでした。
「おのぉれぇーっ」
理解されないと分かっているのに尾安尊人さんのネタをぶっ込む。
自棄クソの心境である。
「変に芝居がかって言われてものう。
ドンドン酷くなっておるとしか言えぬぞ」
やはり、ネタだと理解されない。
悲しいものである。
まあ、ローズはさすがに気付いたようだが。
満遍なく動画を見ているからね。
肩をすくめて「やれやれ」と言いたげにしているけど。
「フハハ、ネタを理解されずに孤立無援で困っているようだね」
そこに妙なテンションで現れたのは救世主か?
少なくともネタの分かる相手であるのは間違いない。
昼休憩から戻ってきたトモさんだ。
何処から見聞きしていたのかは謎だが尾安さんの似てない物真似は見られたらしい。
「孤立無援よりトモさんに似てない物真似を見られた方がツラい」
ガックリきましたよ。
「大丈夫だ、ハルさん。
尾安さんを真似ようとしても似ないのは分かっているさ」
「うぐっ」
全然、大丈夫じゃない。
「遠塚秋朗さんの名台詞も真似た訳じゃないのだろう?」
「ぐはっ」
追撃までもらってしまった。
「だからハルさんのは物真似じゃなく台詞ネタだよ」
「……………」
更には似てない認定までいただきました。
ますますツラいです。
「台詞ネタじゃと?」
俺が凹んでいる間にシヅカが反応した。
「そうだよ」
トモさんが答える。
「なんじゃ、主たちの好きな絵芝居の話かえ」
「「絵芝居って……」」
アニメのことをそう表現されるとは思わなかったさ。
「紙芝居のことを考えると、そんなに変でもないのかな?」
トモさんはなかなか柔軟に受け止めているようだ。
「いいんじゃない?」
俺としては面倒くさいのでどうでもいい。
これがマイカだと訂正するために延々と説明し始めると思う。
場合によってはミズキもそちら側かもしれない。
「そういうことだ」
特に訂正することもせずに返事をした。
「それは分かったが、あれはどうするのじゃ?」
シヅカが目線を壁面へと向ける。
走り回るマリカとシーダ。
じゃれ合うように走り回っている。
「楽しー!」
「ゴロロ」
最初は高まったテンションのままに走り始めただけなのに止まらない。
走ることが目的にすり替わっているからだろう。
「おーい、戻って来ぉい!」
俺が呼びかけるも──
「あははははっ!」
「ゴロロロロロ」
2人とも聞いちゃいませんよ。
「もはや誰も止められんのだ」
遠塚秋朗さんの台詞ネタを引っ張ってくるトモさん。
俺などよりずっと特徴を捉えている。
声質は違うんだけど、雰囲気は充分に感じた。
やはりプロの声優は違う。
違うけど──
「いや、それシャレになってないから」
収拾がつかなくなってきた事態を解決する役には立たないと思う。
まだ昼休憩の時間内ではあるけどさ。
そろそろ皆も集まりつつある。
『はしゃいでいる場合じゃないんだぞ、まったく……』
切っ掛けを作った俺が偉そうなことは言えないんだけどさ。
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どうにかマリカたちを回収した頃には全員が集合していた。
午後の授業開始まで後わずか。
「よーし、5分前行動ができているな」
「「「「「はいっ」」」」」
しっかりした返事があった。
新規国民組にも、ちゃんと伝わっているようだ。
神官ちゃんなんて国民になったのはつい先日のことなんだけど。
シャーリーや女子組だって、まだまだ日が浅い。
それに今日の授業に参加したドワーフ組も元小国群の面子だ。
やはり新規国民組の中でも新参者としてカウントされるだろう。
それでも全員が授業の準備を終えていた。
走り回っていたマリカも今は準備オーケーな状態で待機。
授業を受ける訳ではないシーダも俺のそばで伏せて大人しくしている。
余裕を持って行動する指導が徹底されていることに一安心だ。
授業が始まるまでの5分間は雑談で過ごした。
準備完了した状態だから他にすることないんだよね。
予習とかできるような状態でもないし。
それならリラックスして待つのがベストだろう。
どうせ5分なんてすぐだ。
そうこうするうちに午後の授業開始を合図するチャイムが鳴った。
「じゃあ、続きから始めるぞ」
「「「「「はーい」」」」」
先程の返事より間延びした感じになっているのはリラックスできたからだろうか。
とにかく、授業を進めることにする。
テレビモードの動作チェックはラジオモードの時と同じ方法を採用した。
マイクを使って話している姿をリアルタイムで送信。
「どうだ、画面にちゃんと映ってるか?」
あちこちで頷いたり返事をしたりと反応があった。
「映ってないとか音が聞こえない者は手を挙げろ」
この指示には反応がなかった。
では、次だ。
読んでくれてありがとう。




