1093 二度漬けダメ、絶対
シヅカとマリカがドアップで迫ってくる。
串カツをリクエストした2人に野菜の串カツを取り分けようとしただけなんだが。
2人には、あまりにもな仕打ちだったようだ。
肉は禁止と言ったわけではないんだけどね。
「はいはい」
あまり意地悪すぎるのも考え物ってことだな。
前のめりなのを少したしなめるつもりで言ったことが逆効果になってしまったし。
これ以上は暴走させかねないので素直に肉系の串カツを皿に盛る。
マリカの方にはシャーベット状にしたソースをのせた。
「ふおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ」
たまらずヒューマンモードからラミーナモードになって尻尾ブンブンである。
風圧で砂が舞い上がりそうにな勢いだ。
え? 先にレジャーシートがまくれ上がる心配をしろ?
そんなのは最初から理力魔法で対策済みだ。
追加でシートを敷いた範囲内に砂が入ってこないよう結界を展開した。
「こらこら、尻尾を振るのは程々にな」
「はーい」
シュシュッとケモ耳と尻尾が引っ込んだ。
素直な良い子である。
続いてローズやシーダの分も盛りつけていく。
結局、皿は1人2枚となった。
肉の串カツの皿とその他の皿で分けられているのは言うまでもない。
重箱の串カツは野菜だけのものを除いて売り切れ状態だ。
補充は可能だが、今はしない。
すぐに無くなるのが目に見えているからだ。
皆が食べきってからでも遅くはないだろう。
なにはともあれ「いただきます」だ。
シーダも「ゴロゴロ」と喉を鳴らして前足を合わせていた。
守護者組の一口目は全員一致で肉の串カツ。
何の肉が使われているかはランダムだ。
それでも、みんな笑顔になる。
『ホント肉が好きだね』
「くーくぅっくくっくうくーくーくくぅ、くっくーくっくぅくっくぅ」
景色を見ながらお弁当を食べるなんて、まさしくピクニックだねー、だってさ。
海に来てピクニックというのも微妙な気はするがね。
俺が言い出したことなんだけどさ。
もはや泳ぐような季節じゃないから海水浴と言われるよりはマシだと思うが。
「うむ、これも趣があって良いものじゃのう。
主の隣に座って食事をするのは、更に良いものじゃ」
シヅカが頬を緩ませながら串カツを咀嚼する。
「ソースが冷たくて絶品~」
マリカも幸せそうに食べていた。
1人だけ咀嚼する時の音がシャリシャリ聞こえてくる。
串カツが出来たての時には、すぐに溶けてしまうであろうシャーベット風ソースの音だ。
お弁当なので冷ました状態で詰めているからソースも溶けたりはしない。
「ふむ、冷めても衣がベタつかぬか」
シヅカが感心している。
「衣にも薄く味付けしておるようじゃな。
このままでも食べられるが、我らもソースをつけたいものじゃのう」
「くーっ」
「ゴロゴロ」
ローズとシーダが同意しながら頷く。
「そう言うと思ったよ」
あまりに思惑通り過ぎて苦笑を禁じ得ない。
「ちゃんと特製ソースを用意してあるから心配するな」
俺はニヤリと笑ってウィンクした。
そして倉から箱状のソース入れを出す。
ソース入れは横長で沢山の箸を横置きして入れられるような大きさだ。
それなりの深さの容器に特製ソースがタップリと入っている。
片手で持つとバランスを崩してソースをこぼしてしまいかねない。
たとえ両手で持ったとしても料理にソースをかけるには不向きな形状と言える。
「主よ、これはどう使うのじゃ?」
シヅカが困惑して聞いてきた。
このソース入れをソースポットとして見ているのは間違いないだろう。
疑問に思うのも道理というものである。
「これはソースポットとして使うんじゃないぞ」
そう言うと、シヅカは困り顔から何かに気付いたような表情に変わった。
「おお、左様であったか。
匙か何かですくって流しかけるのじゃな」
「それも違う」
そもそも、匙なんて出してないし。
その予定もない。
俺の返事にシヅカは再び困惑し始めた。
「どうすると言うのじゃ?」
「それはな」
俺は野菜の串カツを手に取った。
「こうやるんだよ」
言いながら俺は串カツの具をソースに潜らせた。
言葉で説明するより実践して見せた方が早い。
何事もお手本は大事である。
ちなみに、大阪の串カツ屋はどの店もこのスタイルらしい。
らしいというのは日本人だった頃にマイカから聞いた話だからである。
この話を聞いたのは社会人になってからのことだ。
大学を卒業してから、マイカはミズキと旅行に出かけることが多くなった。
え? 卒業後は離ればなれになったはずなのにどうして知っているのかって?
それはマイカが旅行に行くたびに帰ってくると必ず電話をしてきたからだ。
串カツのソース入れの話は土産話のひとつとして聞かされた。
『それでは今回も土産話をしてやろう。
ありがたく拝聴するがいい、フハハ』
毎回、そんな風に芝居がかった台詞回しで切り出してきていたのが懐かしい。
当時は切り出し方にイラッとしていたけどな。
後は普通に喋るのだから尚更である。
だったら最初から普通に喋れと言いたい。
過去のマイカにツッコミを入れても仕方ないんだけどな。
とにかく大阪旅行の土産話では、大阪は新世界の串カツ屋のことを聞かされた。
『それがさー、傑作なのよー』
順を追って話していたのだが、食事の話になった途端に笑い出した。
そしてマイカの笑いが止まらない。
傑作な話の内容は聞かされていなかったので、こちらとしては意味不明である。
「おい、何のことやらサッパリだ。
このまま笑い続けるだけなら切るぞ」
『あー、ゴメン、ゴメン』
どうにか笑いのマラソン状態は解除させることができた。
「で、何が傑作なんだ?」
『プッ、ブホァッ』
旅行の体験を思い出させるだけでツボるなど、よほど衝撃的な出来事だったのだろう。
『アハハハハハハハハハハハハハハハ』
オマケに俺と電話しているのを忘れたかのように、ひたすら笑っているし。
お陰で俺は再び何がなにやら状態。
当然のことながら、おかしくも面白くもない。
すっかり置いてけぼりにされた気分を味わわされていた。
「おい……」
『ああっ、待って待って!』
苛ついた俺が電話を切ると言い出すのを察知して、ようやくマイカの爆笑が止まった。
『ちゃんと話すってば』
「で?」
何が引き金になるか分からないので単語などは省略して促した。
『─────っ……』
なかなか話し出さないと思ったら、何かを堪えているような空気が伝わってきた。
またしても吹き出しそうになったのだろう。
我慢しているようなので俺も口出ししないことにした。
変に突いて再び爆笑されても困るからな。
ループ状態から抜け出せなくなってしまうような気がしたし。
何か嫌な予感がしたからだと思う。
ある意味でそれは間違っていなかった。
『それで、どこまで話したっけ?』
マイカは笑い出しこそしなかったものの、こんなとぼけたことを言い出したからな。
「おい……」
『ああ、ゴメンってば。
笑いすぎて前後がややこしくなってるのよ』
小さく嘆息が漏れた。
大山鳴動して鼠一匹のパターンだと気付いたからだ。
殊更、大袈裟に言った結果が「ふーん、そうなんだ」レベルってことは珍しくもない。
大学時代のように面と向かって話せる状況なら、抑制されたんだけどね。
大抵はミズキが一緒だからさ。
電話だとそうはいかないのが困ったところである。
俺は逆ギレされることも想定して腹をくくった。
「ガイドブック片手に大阪の街へ食べ歩きに行ったところまでだ」
『サンキューサンキュー。
それだと何も話してないも同然ね』
だから言ってるだろうという言葉はグッと飲み込んだ。
『串カツの専門店に行ったのよ。
名物らしくて串カツ専門店ばかり並んでいる所があったんだけど』
「どの店にするのか悩んで食いっぱぐれたとか言うんじゃないだろうな」
『アハハ、ある訳ないじゃない。
ミズキが一緒なんだからさー』
「じゃあ、何だ?」
『どの店も同じなのよー』
「何がだ?」
『ソースの二度漬け禁止』
「は?」
何を言っているのだろうと思った。
『あー、そっかぁ。
まずは店のシステムを説明しないといけないわね』
そこから串カツ専門店のシステムとやらを聞かされた。
「要するに、そのソース入れは取り分けないタイプの共用品ってことだな」
『そうそう』
どの店もそのスタイルというのは些か驚かされた。
だが、爆笑するほどのネタではない。
『これが前提』
「だろうな」
さすがに、この程度でマイカが爆笑するとは思えない。
『どの店の前を通っても同じ文言の張り紙とか、のぼりが出てたのよ』
再びマイカが笑いそうになっていた。
『ソースの二度漬け禁止ってね』
「それだけ?」
『えーっ、凄いんだからぁ。
ヘタしたら店の看板より大きく書いてあったりするのよ』
そんなことを言われても見てないから何とも言えない。
『あーっ、もうっ!
絶対に笑わせてやるんだからっ!』
そんなことを言って後で写真まで送りつけてきた。
まあ、確かにインパクトはあったが爆笑するほどではない。
関西人はユニークだと思った程度だ。
とはいえ、写真は役に立った。
こうしてソース入れも参考にさせてもらったからな。
「皆で使うから二度漬けはしないように」
「おお、なるほどのう」
「くーくぅくくっくー」
その発想はなかった、だそうだ。
ローズが面白がってさっそくドップリと串カツを漬けようとした。
『マズい!』
見た瞬間に泡を食う思いをさせられたさ。
「ストップだ、ローズ!」
俺は強めに制止の声を掛けた。
読んでくれてありがとう。