1092 約束は守りましょう
午前の授業を終わらせる号令と共に皆が動き出してくれれば良かったのだが……
生徒は誰も動き出す気配がない。
『マジかー……』
そこまで落ち込むほどのことだっただろうか。
まあ、それを決めるのは皆であって俺ではないのだが。
「トモさんたちはどうする?」
待っても埒は明かないので動いてくれそうな相手に声を掛けてみた。
「学食でランチタイムだね」
トモさんが答えるとフェルトが頷いた。
皆も学食に行くだろう。
とすると俺は行くことができない。
この昼休憩は時間的には短いが現状を打破するための冷却期間のようなものだ。
一緒の空間に俺がいれば誰も落ち着けないだろう。
そんな訳で昼休憩のために移動する場所の候補がひとつ潰れた。
まあ、学食は最初から選択肢の候補に入れなかったかもしれないのだけど。
静かな場所を求めていたからね。
「ローズ、シヅカ、マリカ」
守護者組を呼んだ。
シーダは俺のすぐ側で待機しているので呼び寄せる必要がない。
「くぅー」
「移動するのじゃな」
「呼ばれて参上ぉ~」
離れた場所にいた3人が集まってきたところでスタンバイ完了。
転送魔法の出番である。
「フハハハハ」
意味もなく高笑いする。
言うまでもなく皆はドン引きしていたけどね。
まあ、これも演出だ。
こうやって煙に巻けば呆気にとられるだろうし。
そうなれば、ひとつ前の出来事の印象も薄くなるはず。
たぶん……
過保護星人な俺としては心配でしょうがない。
が、解散を宣言した以上は撤回することもできんしな。
行動したからには成るように成ると思うしかあるまい。
俺の望んだ結果になるかは別にしてだけど。
それが判明するのは1時間後。
ドキドキしてくるが、それを表情には出さない。
動揺しているのがバレたら高笑いした意味がなくなるからな。
グダグダになるとも言う。
『そんなことになったらプチ黒歴史ものだろう』
考えるだけでも恐ろしいし、考えたくもない。
「諸君、さらばだ」
ボロを出す前に俺は転送魔法を使った。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
転送魔法で跳んできた先はオオトリだ。
宿泊施設の食堂に来たのだが……
『さすがに、ここでの昼食は無いな』
座席の多さが静けさよりも寂しさを強調していたからだ。
そんな訳で外に出る。
無言で歩き続け、砂浜まで来た。
「時折、主は突拍子もないことをするのう」
シヅカが俺の隣で苦笑している。
「そうか?」
「午後から授業で戻るというのに、ここまで来るのじゃからな」
「約束しただろう?」
問いかけるが、返されたのは怪訝な表情であった。
「約束じゃと?」
「おいおい……」
まさかシヅカがボケてくるとは思わなかった。
「自分で要求しておいて忘れたとは言わないよな?」
「……………」
念のためのつもりで聞いてみたら返事がない。
それどころか首を傾げてくる始末である。
「隣の席に座っての食事を要求してきたのは誰だ?」
「おお、そのことじゃったか。
このような砂浜に連れ出されては、そんな風には思わぬであろう?」
『え、何? 俺が無自覚にボケていたってこと?』
微妙なところじゃなかろうか。
天然ボケを噛ましたようには思えないのだが。
ここには座席がないからシヅカの言うことも分からなくはないけどね。
とにかく、俺は約束を守るのみだ。
「ピクニック気分で昼食も悪くないと思うんだがな」
「ほう、そういうことじゃったか」
ニヤリとシヅカが笑った。
「真夏のような暑さは既にないが、逆にそれが良いかもしれんのう。
海水浴ではなく景色を見ながら主と食事を楽しむのも乙なものじゃろうて」
『説明的な台詞をどうもありがとう』
そんな心境である。
何にせよピクニックと言ったからには、レジャーシートの出番である。
適当な場所に倉から出したシートを砂浜に広げた。
ビーチパラソルも追加しておく。
それを見てシヅカが笑った。
「まるで海水浴に来ておるようじゃな」
「ビーチパラソルは余計だったか?」
「いや、これはこれで良いじゃろう」
シヅカが賛同するなら却下する理由などないので、そのままとする。
続いて重箱を出した。
「ほう、秋祭りの時のものとは違うようじゃが?」
重箱の蓋に描かれた八重桜の家紋は特に目立つからな。
「あっちは簡易版の弁当箱で、こちらは正式なものだからな」
こういう部分で高級感を出さないとね。
期待しているシヅカに悪いし。
まあ、涼しい顔をして出しているものの最初から用意していた訳じゃない。
シヅカと約束した時点では、何処か適当な店でと考えていたくらいだし。
そんな訳で重箱を用意して中に料理を詰めたのはオオトリで食事をすると決めてからだ。
普通はそれだと間に合わないが、倉と【多重思考】スキルと魔法をフル活用した。
『サンキュー、俺』
もう1人の俺たちに礼を言う。
『どういたしまして』
『いいってことよ』
『気にするなって』
今回は3人に働いてもらった。
別に何処かの鉄人をオマージュして和洋中でそろえた訳じゃない。
重箱が3段あるから3人だっただけだ。
人数にこだわる必要もなかったか。
1人1品にすれば、もっと早く仕上がっていた。
魔法を駆使していたので、それこそ数分とかからず終わっていたはず。
普通なら即席で仕上げた料理など味が犠牲になっていると思われてしまうところだ。
が、様々な魔法を駆使して時短を実現させている。
煮物ならば圧力鍋を参考にしてアレンジした理力魔法を使ったりとかね。
それぞれの段を開いていくと、シヅカの眼光が鋭くなった。
「まったく……」
そして何か悟ったような表情で嘆息する。
「毎度のように驚かせてくれる主よな」
「そうか? どのあたりがだよ」
「どれも手が込んでいるではないか」
シヅカが言うほどでもないと思うんだけど。
御飯はにぎり寿司だけだし。
おかずの品数もそう多い訳ではないからな。
串カツとか意外に場所を食うんだよ。
そのせいで真ん中の段は茶色が半分以上を占拠していた。
どう見ても彩りが考えられているとは言いがたい。
『これでもバランスは考えたんだがな』
一応はというレベルでだが。
何しろ最初は串カツだけで2段目を埋め尽くしていたからな。
唐揚げと違ってカツは衣で覆われた状態で揚げられる。
その状態では具が肉か野菜かに関係なく見た目は茶色にしかならない訳で。
形からある程度の見分けがつくとはいえ、色だけはどうしようもない。
2段目は危うく茶色い衣の布団に覆い尽くされるところだったのだ。
半分に減らしたのは正解と言えるだろう。
残りのスペースには、ホウレン草のおひたし、ひじき、プチトマトを入れた。
茶色一辺倒よりはマシという程度の配色バランスである。
3段目は、だし巻き卵、煮物野菜、焼き鮭、マカロニサラダ、栗きんとん、などだ。
こうして見ると2段目の茶色アピールぶりは思った以上だ。
『串カツはもう少し減らすべきだったか』
あるいは通常サイズではなく、もっと小さくしておくべきだった。
そう思っても後の祭り。
面子が肉食系だからと単純に考えてしまったのが敗因だ。
「ふむ、どれも旨そうじゃのう」
「くぅ~」
「おいしそー」
「ゴロゴロ」
皆が好意的な反応をしてくれたのが不幸中の幸い。
「重箱に詰めた分だけじゃなくて、おかわりもあるからな」
「ほほう、おかわりには串カツもあるのじゃな?」
「串カツもあるの?」
シヅカとマリカが前のめりになって聞いてくる。
重箱の中の串カツが肉メインということに気付いているようだ。
見た目は判別しづらくても匂いが遮断されている訳ではないからな。
その割にローズが静かだけど。
それくらい当然だと思っているからだろう。
俺との付き合いが一番長い訳だし。
いや、一番長いのはベリルママだったな。
なんにせよ付き合いが長いせいで、俺の考えそうなことや行動パターンはバレバレだ。
「もちろんあるぞ」
とりあえず聞いてきた2人には答えておく。
「「おおーっ」」
手を取り合い喜ぶ2人。
ローズは当然だと言わんばかりに、うんうんと頷いている。
対するシーダは傍観者と化していた。
その表情や仕草を言語化するなら「ふーん、そういうのがあるんだー」だろうか。
シヅカやマリカほど食いついてこないのだけは確かである。
厳つい顔をして意外にも草食系という訳ではない。
割と何でも喜んで食べる方なのだ。
現に重箱から漂う匂いをかいでニコニコしている。
まあ、西方人がその笑顔を向けられたら震え上がってしまうだろうが。
ともかくシーダが傍観者状態なのは顔に似合わず大人しいからだ。
それと串カツを見るのも食べるのも初めてということもあると思われる。
うちに来て間がないから、それも仕方あるまい。
今までは魔力がメインの食事だっただろうしな。
魔物を倒して食べるにしても、調理なんてできる訳がないし。
どれが串カツなのかさえ把握できていないはずだ。
食べればマリカたちのようになることも充分にあり得る。
「それじゃあ、取り分けるからリクエストしてくれ」
「「串カツっ!」」
シヅカとマリカの食いつきっぷりが微笑ましい。
『串カツが旨いのは分かるんだけどさ』
「よし、じゃあピーマンとタマネギだけの串カツを──」
「「肉ぅ~っ!」」
俺の言葉を途中で遮りながら悲しげに吠える約2名であった。
読んでくれてありがとう。