1091 キレてないですよ?
結局、昼休憩を挟むことになった。
皆のやる気を削ぎたくなくて待ち続けた結果だ。
元々、そろそろ昼かなって時間だったから、そんなに長く待った訳じゃないけどさ。
「「「「「申し訳ありませーん……」」」」」
盛り上がっていた時とは正反対なドンヨリした雰囲気で謝ってくる一同である。
特にどやしつけたりはしてないんだけどね。
マイクを使ったから怒鳴る必要もなかったし。
淡々と昼休憩にする旨を告げただけだ。
「時間的に区切りがいいから昼休憩な」
こんな感じである。
そしたらピタッと喧噪が止まった。
ギギギと軋むような音が聞こえてきそうな緩慢でぎこちない動作で振り向く一同。
顔には「ヤバい」とか「やっちゃった」などと書かれているかのような焦りようだった。
だけど、皆はふざけていた訳じゃない。
単純に驚きや喜びを表現していただけだ。
今日の授業は臨時に行ったものだが緊急性はないのだし。
体育館はちゃんと夕方まで使用できるように手続きしてある。
そこは万全なのに、皆のお通夜っぷりが著しい。
何故か俺と視線が合うと皆はビクビクするし。
『あるぇ~?』
別に怒っているつもりはないのだが。
イライラして怒り顔にでもなっているというのか?
そう思って【天眼・遠見】を使って自分の顔を見てみたけれど……
『別に何ともないよな』
【千両役者】を使うまでもなく、表情は穏やかだと思うのだが。
目だけが笑っていないなんてこともない。
もちろん殺気を放っている訳でもない。
『なんでだ?』
疑問しか湧き上がってこないため困惑するばかりだ。
怒っているつもりはないのに皆が畏縮しているんだからな。
理由が分からず困り果てて首を捻っていると──
「そりゃあビビるんじゃないかな?」
トモさんが声を掛けてきた。
苦笑されてしまっているので、俺が何かやらかしたのは間違いないようだ。
『何だ? 何をやらかした?』
考えても考えても思い浮かぶものがない。
俺としては懸命に考えているつもりなのだが。
「どゆこと?」
あっさりギブアップだ。
じっくり考える時間的な余裕がある訳じゃないからね。
「皆、やっちゃった自覚はあるのに叱られないからさ」
「ふぁっ!?」
思わず奇妙な声を漏らしてしまった。
それだけ驚かされたってことだ。
「俺が何かやらかした訳じゃなくて?」
「……なるほど。
そんな風に考えていたんだね」
どうやら俺がやらかしたのではないらしい。
「少なくとも俺は皆がやらかしたとは思ってないぞ」
だから怒る理由がないのだ。
「そこは認識の差だね。
皆はやらかしたと思っている」
『そんなこと言われてもなぁ……』
「別に目くじら立てるほどのことじゃないだろう?」
ちょっと盛り上がっただけだ。
その後のモチベーションのことを考えれば有益じゃなかろうか。
まして有害だなどとは、間違っても思っちゃいない。
「皆はそうは思ってないんだよ」
「解せぬ」
「ほら、最初の予定では昼休憩までだっただろう?」
「それはそうだけどさ」
どうにも納得しかねる。
「告知には夕方までの延長もあるって記載したはずなんだが」
「それは、やっちゃった場合じゃなくて真面目に授業を受けての話だろう?」
「不真面目なのはいなかったと思うけどな」
そう答えると、何故か苦笑された。
「脱線したじゃないか」
「否定はできませんね」
トモさんとフェルトの言葉に皆が小さくなる。
皆が申し訳ないと思っているのは事実のようだ。
『えーっ、マジで!?』
声には出さなかったが、皆の反応は驚きであった。
俺は問題にするほどじゃないと思っているんだけど、そうではないらしい。
「これくらいは許容範囲だろう。
確かに羽目を外しすぎるのは良くないけどさ」
「そのあたりの認識に差異があったんだろうね」
トモさんの言うことは正しい。
が、理解に苦しむ原因が判明した訳ではないだろう。
「それにしたって過剰反応じゃないか?」
またしても苦笑された。
「ハルさんがそんなだからこその反応なんだよ」
「えー、何だよそれ」
「皆は叱られないのが逆に怖いんだよ」
矛盾していると思うのだが、トモさんは大真面目だ。
「ほら、本気で怒ってる時に笑顔になる人っているじゃないか」
「……そういう時は目が笑ってないと思うけど」
「雰囲気にのまれて、そこまで確認する余裕がないんじゃないかな」
「勘弁してくれよー」
どこまでビビられているんだか。
「ゴロゴロ」
シーダのドンマイがありがたい。
「とにかく、俺は息の詰まるようなピリピリした授業なんてしたくない」
皆に向けてそう言ったが、反応は鈍い。
ウンウンと頷いた新規国民組はほとんどいない。
そういう意味では神官ちゃんやウィスは天使を見た思いだ。
傍観する感じのベルやナタリーの存在もありがたく感じる。
皆がショボーンとしているのを見ると、何故か罪悪感が湧き上がってくるんだよね。
『俺、何もしてないんだぜ?』
とはいえ、これを声に出して言うのは控えた方が良さそうだ。
余計に落ち込むことになる気がする。
皆も俺も、双方がね。
『これは頭を冷やさないとダメそうだ』
延々と話し続けても、余計に落ち込むだけだろう。
昼休憩でワンクッション置いた方がいいと思う。
「今回のくらいなら許容範囲だと言ったよな。
それを踏まえて午後の授業を受けてほしい」
オロオロした感じで左右を見る一同。
困惑しているのは手に取るように分かる。
だから、それに対しては何も言わない。
昼休憩を挟めば少しは落ち着くと信じてスルーだ。
「午後からここで授業再開だ。
残りのチェックを終わらせるぞ」
「「「「「はい……」」」」」
意気消沈しているのが、ありありと分かる返事である。
『昼休憩だけで復活できるかな?』
ちょっと不安になってきた。
「本当に怒ってないからね」
念押しのつもりで言ってもビクッとされるし。
しかも土下座されるのかと思ったくらい強いビクッだったんだぜ。
『冗談キツいよ……』
メンタルダメージは土下座級であった。
おまけに何も解決していない。
『どうすりゃいいんだ』
自問自答しようと試みるも、答えなんて出てきやしない。
途方に暮れたくなったさ。
「ハルさん、今のままじゃ何を言ってもこのままのような気がするよ」
俺が困っているところにトモさんが声を掛けてくれた。
「私もそう思います」
それに同意するフェルト。
「うーん……」
トモさん夫婦の言う通りだとは思うんだけどね。
それでも皆を見ていると踏ん切りがつかずに二の足を踏んでしまうのだ。
何とかしたいと思ってしまうが故にね。
そんな風に俺が渋っていると──
「昼休憩を挟んで様子を見た方がいいんじゃないかな」
トモさんがそう言って解散を促してくれた。
『やっぱり、そうだよな』
今の俺は、下手の考え休むに似たりの状況に陥っている。
『考えるだけじゃ何もしないのと同じだし』
当たって砕けろの精神で前に進んでみるのがいいかもしれない。
清水の舞台から飛び降りるほどの覚悟を要求されているわけでもないし。
『どうせ何もしないなら、本当に休憩を挟んだ方が良さそうだ』
それは元より分かっていたんだけど、行動に踏み切れなかったんだよね。
背中を押してもらったトモさんに救われた思いである。
「サンキュー、トモさん」
礼は言ったけれども、まるで足りていない気がする。
「どういたしまして」
「すっごく助かったよ」
凄くを強調して言ってみた。
「いやいやいや、そんな大袈裟だよ」
苦笑しているトモさんだが、まんざらでもなさそうだ。
俺はまだ足りない気がしていたけど。
「さすがは気配り名人」
『これで、どうだ』
とばかりにダメ押しする。
「ぬなっ!?」
トモさんが急に挙動不審になった。
一瞬で落ち着きをなくすとは俺も思わなかったさ。
「名人って名人って何だよ」
大事なことでもないのに名人を2回言ったし。
完全に落ち着きを失っている。
「どうしたんですか、アナタ?」
フェルトも怪訝な表情で首を傾げていた。
「あー、照れてるんだと思うよ」
「照れているんですか?」
俺の返事にフェルトは半信半疑だ。
「トモさんは褒められるのに弱いからね」
「そうだったんですか」
フェルトが何やら考え込んでいる。
その心中が如何なるものかは俺には分からない。
2人きりのときに今日の情報を活用するかなぐらいには想像がつくけどね。
とりあえず、今度こそ本当に解散して昼休憩に入るとしよう。
「午後の授業はチェックだけで終わらせないぞ。
その後は別のものを作ってもらうつもりだ。
今日の実習のおさらいになるから、そのつもりで」
モチベーションを上げられそうな告知をすることも忘れない。
『逆効果になる恐れもあるけどな』
現状では吉と出るか凶と出るかは不透明。
しかしながら賽は投げられたのだ。
「集合はここに1時間後だ」
あとは実行あるのみ。
「それじゃあ、解散!」
読んでくれてありがとう。




