1090 デモを差し替えることになった
「画面に何か映っているのに音が聞こえないっすー」
風と踊るのローヌがそんな報告をした。
『気付かれたかー……』
まあ、他にも気付いた者はいたはずだ。
トモさん夫婦はローヌの報告の前に俺の方を見てきたから確実にそうだろう。
あえて何も言わなかっただけである。
『空気を読むって素晴らしい』
報告は皆の耳にも届く訳で、周知の事実となった。
そして周囲がざわつき始める。
「ホントだー」
「どうしたんだろう」
疑問を口にしながら不安そうな面持ちになっている面々。
デモ画面であることには気付いていないようだ。
「さっきとは違うよね」
さっきというのは爺さんがグリスもどきでやらかした時のことを言っているようだ。
今回は、余計なことをした者はいないはずである。
それと「さっき」という単語を耳にしてグリスの爺さんが地味に落ち込んでいた。
「1人だけ音が出ない訳じゃないし」
「作るの失敗した?」
誰かがそんなことを口走る。
「「「「「そんなー……」」」」」
一部の面子が早とちりして消沈していく。
『こらこら、根拠レスでしょうが』
困ったものである。
「心配はいらない」
「へ? どういうことっすか?」
「チェックのためのテスト信号はまだ送ってないからな」
「ほえ? じゃあ、これは……」
「テレビモード起動時のデモ画面だ。
動画になっているが、音は入っていない」
そう説明すると、全体にホッとした空気が拡がっていく。
早とちりしたことを悟ったローヌはショボーンとした顔になったけど。
「すんませーん……」
ローヌは萎れながら謝ってきた。
「気にしなくていい。
むしろ、よくぞ報告してくれたと言っておこう」
「ほへ?」
呆気にとられたようにポカンとした顔になるローヌ。
ナーエやライネにからかうように両側から肘で突かれて、ようやく我に返ったようだ。
何だかモジモジし始めた。
『子犬系の属性があるな』
犬耳と尻尾が似合いそうだ。
ふと、そう思った。
普段の口調がそれを助長しているのかもしれない。
「些細なことでも遠慮せずに報告してくれ」
「「「「「ええっ!?」」」」」
俺の言葉が意外だったのか、ドワーフ組が驚いていた。
大方、些事を報告するなんてあり得ないとか思っているのだろう。
親方衆あたりは、どやしつけそうな雰囲気あるからな。
「それが故障でなくても構わない。
疑問や気付いたことはドンドン言ってくれ」
唖然呆然のドワーフ組である。
ただ、元王たちは驚きつつも感心している風であった。
『若者より爺さんたちの方が柔軟そうだな』
もっと頑固なんだと思っていたのだが。
目から鱗が落ちる思いをしたのかもしれない。
「今の報告なんかも足りない部分が分かって助かった」
そう言うと若いドワーフたちも納得したようだ。
ただ、デモに音が足りていないことはキット作成時から知っていた。
間に合わせで音なしにしたのだ。
後で差し替えるつもりだったんだけどね。
放置してしまったのは内緒である。
実は本放送までには間に合わせようと思っていたのを失念していたり。
だから、助かったというのはウソではない。
俺の言葉を受けて、皆が「おお」と感心したような表情でローヌを見た。
「照れ臭いっすー」
今度は恥ずかしさに耐えられないのか、クネクネしながら縮んでいく。
「「「「「アハハハハハ」」」」」
皆はローヌのその仕草がツボったらしく笑っている。
ますます縮むローヌであった。
俺はデモをどう変更するか頭を捻っていたので笑いそびれたけど。
もう1人の俺に任せれば良かったかもしれん。
ちょっと勿体ない気がした。
『いやいや、そんなことを気にしている場合じゃないぞぉ』
てれらじのテレビモード起動時のデモ画面を早急に作り直す必要があるからな。
リミットは皆が俺の方へ向き直るまで。
つまり、作業時間は照れ臭そうにしているローヌがいじられている間だけだ。
何時までもその状態が続く訳はない。
そんな訳で今の映像だけのものに音を加えるだけにした。
『よし、完成』
どうにか間に合った。
さっそく仕上げた新しいデモ用のファイルを送信する。
実はこのデモファイルは差し替えに対応している単なる動画情報だ。
ただし、てれらじ専用なのでスマホ上で他の動画ファイルのように再生はできない。
専用の再生アプリを入れれば話は別だけど。
てれらじの方には本体の中にその記述がされている訳だ。
テレビモードで起動したりセレクターを切り替えた時に動作する。
専用のデモファイルしか再生できないがね。
その代わりデモファイルは差し替えができるようになっている。
自動対応なのでデモファイルをてれらじに送信するだけのお手軽仕様。
なお、古いデモファイルは消されるわけではない。
バックアップファイルとして残されるのだ。
新しい方を消去すれば直前のものが再生されるようになっている。
一種の保険だ。
最初はもっと多機能だった。
プロトタイプは複数のデモファイルを切り替えて再生することができたのである。
登録順だったりランダムだったり。
曜日や時間によって再生するデモファイルを切り替えることも可能だった。
キット化する時に省略したけどね。
皆に敬遠されないよう記述する術式を減らすためだ。
そこまで差はなかったけど、初心者相手には少しでも簡単な方がいい。
デモファイルの差し替え対応だけでも初心者には充分に高度だけどね。
内容を理解するのは今後の授業で頑張ってもらわねばならない。
ともかく、デモファイルの差し替え対応は省略せずにおいて助かった。
そこまで省略していたら、かなり面倒なことになっていたと思う。
『こういうこともあろうかと、なんて台詞は言わんがね』
新規のデモファイルも適当な効果音を元のロゴ映像に加えただけだし。
目新しさがないにも程がある。
『ああいう台詞は、驚いてもらえる時に限るよな』
何度も言うようだが、最初のデモ画面は仮のものだったのだ。
最初から差し替える予定で用意したに過ぎない。
指摘されたために繰り上げで差し替えが早まっただけのこと。
失念していたせいで手付かずだったけどね。
お陰で、ちょっと焦ったのは内緒である。
本放送に間に合えばいいと思っていたせいで油断した。
『残り1週間を切ってるんだけどね』
だからといって俺は夏休みの宿題をギリギリまで放置するタイプって訳じゃない。
シャーリーと神官ちゃんのテコ入れに夢中になって失念していただけなんだ。
『まあ、言い訳か』
潔くないのは自分でも分かる。
忘れていたのは事実だからな。
下手をすれば当日まで忘れていた恐れすらある。
そういう意味ではローヌは救世主であった。
『マジ感謝だよな。
あそこで指摘してくれて本当に助かった』
迂闊なことは言えないので、直接的には感謝の言葉をかけることはできない。
自分の恥をさらすだけで済むなら構わないのだが。
皆が疑心暗鬼になって、てれらじの信用が落ちてしまうのは困るのだ。
『自業自得だ……』
我ながらアホすぎる。
まあ、ローヌには何かの機会にサービスするとしよう。
「テレビモード起動時のデモファイルを差し替えたから後で確かめておいてほしい」
続いて次のチェックに移ろうとしたのだが……
周囲からカチカチ音が聞こえてきた。
「後でって言っただろう」
動画ファイルの差し替えだから異常動作などするはずがないというのに。
そう思ったから、後でと言ったのだ。
まあ、気になってしょうがなかったのだろう。
皆は俺のぼやきも聞こえていない様子だったし。
「あ、凄ーい。
さっきと同じようで全然違うー」
「ホントだ」
「音が加わるだけで、こんなにも変わるんだ」
「うんうん!」
「凄くワクワクするね」
「何か動作してるって気がするー」
こんな具合に、はしゃいでいる面子が多い。
「ふぅむ、一工夫するだけでこうも差が出るか」
「驚かされるのう」
「これは術式の授業をもっと受講せねばならんの」
「「「「「まったくじゃ」」」」」
元王の爺さんたちまで妙に感心しているし。
予想外すぎて唖然とするほかない。
『マジかよ、ホントかよ、効果音を追加しただけだぞ……』
しかも即興で用意したから適当な代物だ。
どのくらい適当かというと鼻歌をそれっぽくアレンジしただけだ。
フンフンフ~ンがチャンチャンチャラ~ンになっただけ。
音階の差があるからそれっぽく聞こえるに過ぎない。
この適当さを知っても、皆はあの反応をするのだろうか?
『盛り上がりすぎだろー』
普通の反応をしているのはトモさん夫婦くらいである。
「初々しい反応だね」
「本当ですね」
この2人は色々と魔道具に慣れているからな。
「ゴロゴロ」
シーザーのシーダが喉を鳴らして俺を見上げた。
今まで伏せて静かにしていたのだが。
「え? ドンマイ?」
『どこで、そんな言葉を覚えてくるんだか』
犯人は女性陣の班に付きっ切りな約1名だとは思うのだが……
『ローズだけとは限らんのか』
色々と思い当たる節が浮上してくることに苦笑しそうになった。
とはいえ、気を遣ってくれるのは嬉しいものだ。
「サンキュー」
シーダに礼を言うと厳つい顔がクシャッとなって更に厳つくなった。
これで本人は笑っているつもりである。
この顔を見れば幼い子供なんかは普通に泣きそうなんだが。
大人でも気の弱そうなタイプは卒倒しても不思議ではない。
ボーン兄弟とかはボーダーライン上だろうか。
なんにせよ、うちの国民はあからさまにビビったりはしないだろう。
そうならないよう[これは笑顔です]という題名の画像添付メールで通知してあるし。
とにかく俺には待つことしかできなかった。
多少の脱線は仕方あるまい。
読んでくれてありがとう。