110 ローズさん、やり過ぎです
改訂版です。
「ワイバーンは突進するしか能のない相手だから戦いやすいぞ」
端的に言うなら脳筋なのだが、月狼の友から勘弁してくれという目を向けられてしまった。
翼竜は亜竜の一種で俺たちにとっては単なる獲物でしかないけど西方人からすれば脅威を覚える大型の魔物だもんな。
その割にノエルは静かなまんまで慌ても騒ぎもしない。
ルーリアは何か思い詰めたような顔をしているものの悲壮感はなさそうなので月狼の友よりは落ち着いた印象だ。
「ローズさんや、程々にな」
「くぅくっくーくぅ!」
まっかせなさーい! とか言ってるけど大丈夫かな。
ミズホ組以外の面子とは別の意味で不安を覚える。
「来たっ、ワイバーン!」
視界にハッキリと捉えたレイナが翼竜を指差しながら騒ぎ出した。
パニックに陥るほどでないのが救いだ。
「くくぅーくくくっくう」
ローズ行きまーす、だってさ。
ホント、どっかで聞いたような台詞が好きだよね。
というか、向こうが急降下姿勢に入る前に飛び出して行っちゃった。
ドン!
とかいう音が聞こえたかと思えばピンクの弾丸が天空に駆け上る。
翼竜の脇を抜けて雲の向こうへ飛んで行ってしまった。
衝撃波のせいで翼竜が姿勢を乱し泡を食っている。
どうにかホバリングできるようになったところでキョロキョロしているのは何が起きたのか分からないからだろう。
「途中からあの精霊獣が見えなくなったと思ったらあの有様なんだが」
リーシャも困惑しているな。
「天に向かって加速したように見えた」
ルーリアはあれが見えたのか。
自信なさげなので明確に見えたわけではなさそうだが。
「まさか、そんなことある訳ないやんー」
顔を引きつらせて苦笑いするという器用なことをしながらアニスが否定してきた。
が、どう見ても必死になって認めまいとしているようにしか見えない。
「いくら精霊獣や言うたかて羽根もなしに空なんて飛べるわけあらへんしー」
「魔法で飛んでる」
「うぐっ」
あっさり撃沈したアニスの顔は完全に血の気が引いていた。
しばらくは満足に喋ることもできそうにないかもなとか思っていると。
「ねえ、ちょっと! ヤバくない!?」
レイナの切羽詰まった声にそちらを見れば上空を指差して凍り付いていた。
翼竜が俺たちの方を向いてギャアギャアと吠えているようだ。
「おおっ、タゲられたな」
「暖気なこと言ってんじゃないわよぉっ!」
翼竜はホバリングの状態から急降下の姿勢に入った。
垂直落下で俺たちが乗る船に突っ込むつもりなのだろう。
が、次の瞬間──
「ギャアァオォァォ─────ン!」
鼓膜を突き破るような悲鳴を上げていた。
上空から急速降下してきたローズによって胸元に一発もらったからだ。
それなりに痛かったのだろう。
だが、本気の一撃だったら悲鳴など上げる前に死んでいたけどな。
どうやらローズはストレス発散のサンドバッグにするつもりらしい。
翼竜は蹴りやパンチに弾き飛ばされるも、すぐに反対側に回り込んだローズによって別方向へ飛ばされていた。
ピンクの軌跡が縦横無尽に駆け巡る。
「凄まじいものだな」
ルーリアがそう漏らした。
「そうかい?」
「ワイバーンを雑魚扱いしている」
その発言にギョッとした表情を浮かべる月狼の友の一同。
今頃気付いたというか気付かされたみたいな空気が漂っている。
「でなきゃ、こんな場所に来ないさ」
俺の返しに諦めの表情に変わっていくのが何とも言えないところだ。
「なんとも出鱈目が過ぎるというか、無茶苦茶だな」
「これでも披露する相手は選んでいるつもりだ」
ルーリアが苦笑交じりに首を振った。
「あの勝負で上には上がいるものだとは思ったが……」
まるで遠い過去を懐かしむかのような口振りだけど、それって今日の午前中のことなんですが。
「私が放浪していた理由など些細なことだと思い知らされたよ」
「無神経になれとは言わんが、神経が細いと苦労するだけだぞ」
俺も人のことは言えないんだけどな。
なんとも言い難い困惑の表情を見せるルーリア。
「かもしれないな」
軽く溜め息をついて頷いた後は吹っ切れたように笑みを見せていた。
人間、そう簡単に変われるものではないが今回のことが切っ掛けになるなら幸いである。
不意に頭上に影が差した。
見上げるとワイバーンを掲げるようにしてローズが降りてくる。
「くぅくっくー」
たっだいまー、と気軽に声を掛けて来たところを見るとストレス発散タイムは終了のようだ。
ローズはまだ宙に浮いてる段階でワイバーンを甲板の空いたスペースに放り投げた。
まるでゴミ箱にポイ捨てしているかのような気軽さだが重量物であることを忘れないでほしい。
これくらいでこの船は沈んだりはしないけど、大揺れするくらいのことは考えてくれないと。
レイナとか顔を真っ赤にしてクレームをつけてきそうだもんな。
仕方がないので理力魔法でキャッチしてゆっくり下ろした。
ポイ捨てした張本人は甲板の上に降り立ってパンパンパンと手を払っている。
一丁上がりって雰囲気からすると満足したようである。
思いっ切り手加減していたのになぁ。
マラソン感覚か?
一発で仕留めなかったせいで翼竜の方は酷いことになっているんだが。
「素材で使えそうなの皮くらいじゃないのか、これ」
「くぅー」
テヘペロされてしまいましたよ。
一見すると無傷に見えなくもないんだが出目金みたいになっている時点で中身がグシャグシャなのはお察しだ。
鑑定してしまえば一発なんだが直に触って確認することにした。
部位による微妙な具合を確かめるのは、その方が手っ取り早い。
さっそく翼を持ち上げてみたものの手にした部分以外はフニャリと垂れ下がる。
「骨が完全に粉砕されてるな」
「くうー」
いやぁって、照れる場面じゃないんだが。
首も似たようなもので何処を持ってもダランと垂れてしまう。
顎は押せば顔の形が変わった。
全身確かめてみたけど、何処もグニャグニャである。
溜め息しか出てこない。
「あのなぁ、いくら──」
ストレス溜まってたからってやり過ぎだと言おうとしたが勢いよく押し寄せてきた月狼の友によって遮られてしまった。
「うわあっ! こんな間近でワイバーン見たん初めてや」
「これを一方的に撲殺とか無茶苦茶じゃないのっ!」
「すごいですねぇー!」
「「大っきいね!! 思ってたより大っきいね!」」
「未だに信じられない。ワイバーンを完封など悪夢としか思えないんだが」
リーダーのリーシャだけ声のトーンが普通である。
他の皆は興奮に次ぐ興奮といった感じで、しばらくは止まりそうにない。
「私も信じられないな。全身がグシャグシャとは夢にも思わなかった」
ルーリアが俺の前に来て話し掛けてきた。
そういうのはローズさんに言ってあげなさい。
きっと大威張りで喜ぶから。
いや、既にルーリアの言葉を耳にして喜んでいるな。
「いつもは首に蹴りを入れてへし折って終わりなんだが」
「首ポキというのは、そういうことか」
よく覚えていたな。
ジャイアントシャークを狩る前に軽く話した程度だったはずなのに。
「おまけに空まで飛べる」
「そうや! それやねん!!」
「おわっ!」
急に後ろからアニスが回り込んできた。
「なあなあ、なんでなん?」
先程のレイナのようにドアップで迫ってくる。
「なんであんなに自在に飛べるん?」
更にズズイと前に出てきたので、こっちは仰け反るしかない。
とりあえず押し退けてから答えることにした。
「むぎゅ」
アイアンクローしたくなるところを穏便に口を塞いで黙らせる。
「魔法だ」
以上、と言外に込めた一言でシャットアウト。
一応、ハリーやツバキに実演させたけどな。
まだ高速では飛べないものの軽く飛び回るくらいはできるし。
「ええなぁ。うらやましいわ」
興味を持たれたのはスカウトする側としても幸いだ。
そういう気持ちが色よい返事につながるからな。
「じゃあ、そろそろ帰るから」
ひとこと断ってから翼竜と船を格納する。
足元に何もなくなった瞬間に少しは騒がれるかと思ったが、そういうことはなかった。
多少は信用されているということかな。
そして転送魔法で宿の部屋に跳んだのだが皆キョロキョロしている。
どうも落ち着かないらしい。
まあ、国民になるなら慣れてもらうしかないのだけど。
誰にも[疲労]などの状態異常が出ていないことを確認してから話を続けることにした。
まだスカウトのスの字も言ってないのでね。
とりあえずツバキとハリーにお茶の用意をさせて一息つくことにする。
お茶を待つ間に幻影魔法で再びレーヌ儀を出した。
赤い光点を2カ所で表示させる。
「陸地の赤い点が現在位置で、海のがさっき居た所」
「うわー、この国の端から端までより距離あるやんか」
ゲールウエザー王国は南北に長い国だから引き合いに出したんだろう。
けど、どれだけ距離があるか分かっているのかね。
「あのー、この南にある四角い場所って魔人伝説のある所じゃないですか~?」
お気楽な調子で聞かれると気が抜けるんですがね、ダニエラさん。
おまけに聞いてくる内容は物騒なことだし。
そのせいか月狼の友の面々は俺とは逆に過敏な反応を示していた。
「曾婆ちゃんが言ってた魔人の島とかいう昔話か……」
驚きつつも怯えの色を見せているリーシャ。
「大婆様の言っていたことは本当だったの!?」
右に同じな状態のレイナ。
「うちはてっきり子供に言うこと聞かせるための作り話や思てたわ」
悪いことをした子供をさらって食べるという話になっているらしい。
ルーリアやノエルは知らないようなのでラミーナ独自の伝承みたいだな。
何故か日本のおとぎ話を思い出してしまったさ。
読んでくれてありがとう。




