1086 説明なのか説得なのか
ドワーフたちの中から挙手があった。
元王である爺さんたちのうちの1人だ。
え? 名前があるだろって?
あるだろうな。
思い出すのが面倒だから、どうでもいいけど。
必要になったら思い出すことにする。
とにかく何か質問があるみたいなので話を聞こう。
「何かな?」
「キットに付属した手順書を元に皆でひとつ目を作れと言うのじゃろうが」
ここで言葉を句切って女性陣の方を見た。
「いくら分からんところがあったら質問するようにと言ってもな」
爺さんは工作が苦手な面子の心配をしているようだ。
確かに不安そうな面持ちの者もいる。
「それだとこういう工作ものが苦手な者には厳しかろう?」
爺さんは俺の方を見て小さく嘆息した。
が、侮るような雰囲気は感じられない。
不安そうにしていた面子を純粋に心配しているのだろう。
爺さんの言葉に何人かは頷いていたしな。
「何も心配はいらないよ」
「なぬ?」
虚を突かれたようにポカーンとした表情になる爺さん。
「何のためにスクリーンを用意したと思う?」
俺の問いかけに他の面子もちょっと呆気にとられたようになっていた。
すっかり存在を失念していたみたいだな。
まるで何処かの王太子のような存在感の希薄さである。
『え、ちょっと待って』
今スクリーンに映し出されてるの俺なんですが。
それって俺の影が薄いってことにならないか?
『いやいやいやいやいや!
俺が注目を集めてるからスクリーンの俺は見てなかったんだよ』
セーフです、セーフ!
俺の感覚的にはアウフくらいの際どいところだったけどな。
セウトだったら際限なく落ち込んでいたかもしれん。
「これで手本を見せるから心配は無用だ」
何事もなかったかのように振る舞う。
内心では動揺していても、それを微塵も出さない【千両役者】先生はやはり偉大である。
「「「「「おおー」」」」」
どよめきが生じた。
手順書があるから説明はないと思っていたのかもしれない。
「それは分かるのですが、一度で覚えられるでしょうか?」
今度はベルが聞いてきた。
すぐに気付くあたり、さすがは元宮廷魔導師団総長だ。
「手本はいくつかの段階に分けて区切りながら説明していくから大丈夫だ」
「「「「「おお─────っ」」」」」
一際、大きなどよめきが体育館の中に木霊した。
「ひたすら作業を繰り返して覚えさせられるんだと思っていたが」
「予想外もいいところだ」
「最初に手本を見せてくれるのは確かにありがたい」
「しかも途中で手を止めながらだというのだからな」
「それも予想外というか、考えられんことだよな」
「でも、ありがたいことだぞ」
「まったくだ」
「雑用をしている間に見てモノにしろと言われるのとは大違いだな」
「親方批判はやめとけ」
「そうだぞ、後が面倒くさいからな」
ドワーフたちが興奮気味だ。
先程から正座したままだが身を乗り出すようにしている。
彼らにとっては画期的だったようだ。
ドワーフたちがざわめいている中で視界の片隅に手を挙げる何者かの姿を捉えた。
女性陣が挙手したようだ。
そちらの方へ振り向く。
「質問か?」
不安もあるだろうし、丁寧に対応しなければなるまい。
「そうっす」
返事をしたのは風と踊るの3人娘が1人、ローヌだ。
「もし手順が覚えきれなかったら、どうすればいいっすか?」
「自分たち、こういうの自信ないっす」
申し訳なさそうにナーエが言った。
「すんません」
そしてライネが謝る。
段階を踏んで説明しても、最終的には自分で一から作らねばならない。
そこに不安を感じているのだろう。
見れば、不安を感じているのは女子組ばかり。
冒険者になった理由が垣間見えた気がした。
手先の器用さや仕事の手順を覚えることに対して苦手意識を持っているのだろう。
もちろん、そういうことに対する想定はしてある。
「手順の説明は何度でもするぞ。
各自にキットを配った後もそれは同じだからな」
俺がそう答えると、主に女性陣からワッと歓声が上がった。
「それからスマホは使いこなせるようになったか?」
今度は俺から問いかける。
「へ? 一応は使えると思うっすけど」
「動画とか見てるっす」
「というか、最近は動画を見てばかりっす」
3人娘が真っ先に答えたが、他の面子も動画を見るくらいは問題なくできるようだ。
「そんな諸君に朗報だ」
「「「「「え?」」」」」
何のことだか分からないと首を傾げる一同。
「今から俺が説明する手順や内容は動画として記録される。
もちろんすぐに動画は配信されるからスマホで見ることができるぞ」
「「「「「おお─────っ」」」」」
再び体育館内を皆の驚く声が木霊する。
「これなら苦手に感じたところを何度でも再生できるだろ」
コクコク頷く3人娘ほか不安そうにしていた面々。
「それでもダメそうなら迷わず俺を呼べばいい」
これで安心するだろうと思ったら、何か様子がおかしい。
逆に戸惑う感じになっていた。
互いに顔を見合わせて不安そうな顔に逆戻り。
『なんでだよっ!?』
吠えたいところだったが、それで怯えさせたりしては不安を煽ることになる。
どうにか我慢した。
「それは、ちょっと……」
「陛下を呼びつけるなんて……」
「図々しいよね……」
漏れ聞こえてくる呟きから、不安の原因は理解した。
「いいか?」
問いかけるように不安を感じているであろう面々に話し掛ける。
「俺が今日の授業を担当する講師だ。
そしてお前たちは俺の生徒なんだからな」
そこはハッキリさせておかねばならない。
皆が遠慮するのは俺が王という肩書きを持つからだろう。
だが、いま宣言したように今日の俺は皆を教える立場である。
そこを忘れてもらっては困るのだ。
とはいえ、事実をハッキリさせたくらいでは皆の戸惑いは完全に消えるものではない。
やや薄まりはしたようだが。
もう一押しも二押しも必要なようだ。
「教わる側の生徒が遠慮してどうするんだ。
学ぶ意欲がないのかと思われかねないぞ」
戸惑っていた面々は、ばつの悪い表情で俯いた。
「頼むから質問されない講師の立場も考えてくれ」
俯いていたハッと顔を上げる。
形容のしがたい表情だ。
戸惑いと申し訳なさとが入り交じったような感じだろうか。
それでもしばらくすると腹をくくったように強い意思を感じさせる瞳を向けてきた。
『これなら大丈夫そうだ』
授業が始まってるはずなのに、少しも進んだ気がしないのは何故だろう。
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質問が他にないことを確認して授業を進める。
まずはキットが入った箱を掲げて見せた。
「このキットの名前は[てれらじ]。
テレビとラジオが一体化しているのが名前の由来だ」
そこから箱を開けて中の確認をしていく。
部品が不足するなどの問題はなし。
「じゃあ次は解説書を見てくれ。
数字が振ってあるだろう。
その順番で作っていけば完成させられるからな」
そう言いながら解説書をスクリーンに映し出しながら番号順に流れを説明。
「──という具合に進めていく」
一通り説明し終えたのだが、反応が薄い。
完全に静まり返っていた。
『えっ、初っ端からしくじった!?』
よく見ると何だか呆気にとられているような感じだ。
特に工作に馴染みが薄いであろう面々の戸惑いぶりが強いように感じる。
「これが、てれらじ……」
「凄く簡単そう……」
「解説書も図解で分かり易いね」
そんな感想が聞こえてくる。
ちょっと微笑ましい気分になった。
続いて最初の手順の説明だ。
ここがある意味、最大の難関と言える。
「術式の記述は丁寧にな。
意味が分からないからって雑にするなよ。
そんなことすると、後で絶対に損をするぞ」
正常に動作しなかったり映像や音にノイズが乗るからな。
だが、どう損をするかはあえて言わない。
理由を知ると大したことはないと勝手に判断し適当にする者が出てくるものだ。
得体の知れない感じにしておく方が薄気味悪がって強引なことはしないだろう。
「それじゃあ、作業を始めてくれ」
皆が作業を開始する。
「くれぐれも言っておくが、説明したところまでで止めてくれよ」
その注意は耳に届いているのかと思うほど集中している。
見守るように見ている同じ班の面々も俺の方を振り向きもしない。
いや、むしろ作成者ではなく周りで見ている方が必死に見える。
よくよく考えれば当然だ。
後で自分がその作業をするのだからな。
ここで、あまりゴチャゴチャ言うと集中を乱しかねないので俺も口を閉じる。
かわりに注意深く観察することにした。
指示に従わない者がいないか見張るためだ。
まあ、杞憂に終わるんだけどな。
あちこちの班から徐々に歓声が上がってくる。
「意外に簡単だった」
「呆気なかったよ」
「見ていてスムーズだったものね」
「どうして今まで苦手だと思っていたのかな」
「ホントだよー」
「そっちも上手くいったのか」
「もちろん!」
「ハハハ、それは何より」
まだ終わっていないのに、満足そうな声が聞こえてくる。
既に全行程を終えたかのような雰囲気だ。
読んでくれてありがとう。




